11.我、ぽけぽけじゃないし
雑談が続く中、唐突に画面上のモナが動き出した。
「む? これでよいか? そなたら、我の声が聞こえておるか?」
大きく手を振り視聴者にアピールする。
《あれ? モナちゃん復帰した?》
《モーションなおったか?》
《すねて、モーション切ってたかと思ったけど、なんか様子が違うっぽいね》
《機材のトラブルか何かかな》
《いうてタイミングよすぎじゃったやろ》
《偶然、かね。でも、たとえわざとでもモナが隠す必要ないか》
《はいはーい。聞こえてるよ~》
《おけおけよん》
「こっちの機器を間違って切ってしまっての、音声とかが伝わらなかったようじゃ。さいわいダンジョンの様子はそちらに映っておったようで、そこは不幸中の幸いじゃったがな。申し訳ない」
ぺこり。モナは頭を下げた。
《それなら仕方ない》
《タイミング的にはよかったしな》
《変にモナちゃんにつっこむ所だったからな》
《そのままだと無理言って、マヨの機嫌を損ねたかもしれない》
《……突っ込む。ふむ。ほほう……》
《巣に帰ってどうぞ》
《モナも言ってるように、ダンジョンの様子は流れてたからね。大丈夫だよ》
「そう言ってもらえると助かるのお」
そうして今度は、モナはウスベニを画面の前に押し出す。その丸い身体に口を寄せ、小さくささやいているようだ。
(ほれ、ウスベニ。おぬしも謝っておくんじゃ。そもそもおぬしが不用意に転がって装置に当たったからじゃぞ。なに、頭を下げておけばこやつらも悪いようにはせん。どころか好感度が上がってダンジョンであったとき手心を加えてくれるかもしれぬぞ。そこをおぬしがぐわーとやればいいのじゃ)
その言葉に納得したのかどうか……。ウスベニは画面に向かってその身体をぺたんと薄く広げた。
どうやら謝罪を表してるらしい。
《謝るウスベニもかわゆいな》
《ウスベニちゃんの冷感人形欲しいな》
《私もぽよぽよしたい》
《それにしてもマヨちゃんの声。筒抜けなんだよなぁ》
《聞こえてないと思ってこそこそしてるのかわいい》
《うむ、同意》
《意外と腹黒いな》
《いや、最初から割と腹黒かったぞ。いちいちぽんこつだっただけで》
《ツメがあまいんだよなぁ》
《詰めどころか、最初からあまあまのゆるゆるよ》
《ああ、でもモーション切っちゃったのはウスベニちゃんだったかぁ》
《ある意味グッジョブよな》
《うーん、わざとだったりしてな》
《タイミングよすぎだよね》
《いうてウスベニちゃんスライムやで》
《ファンタジーのスライム、最近はとっても賢いんやで》
《ウスベニちゃんには知性の光を感じるよね》
《モナちゃんにはぽんこつの光を感じるよね》
《笑う》
《文字数合わすなやww》
《でも、わざとだとしたらウスベニちゃん、相当の策士よ》
《ウスベニ有能説》
《サポートとしてはありだよねぇ》
「今後はこのようなことがないように気をつけるからな、許して欲しいのお」
言葉とともにモナは再度頭を下げた。
「そう言えば機器が止まった辺りで、何やら質問があったみたいじゃな。ちょっとログをあさるから待っておれ」
コメントを巻き戻して見ようとするモナだったが、それに待ったをかけるコメントがあった。
《ああ、いいよいいよモナちゃん。それより一緒にダンジョンの二人を見ようよ》
《うんうん、その方がいいでしょ》
《ちょうどそっちの方も変化ありそうだしね》
「む? そうか……。そなたらがそう言うならば、我もダンジョンを見るのはやぶさかではないの。すまぬがそうするか……」
モナはウスベニを懐に、ダンジョンの方へと目を向けた。
《さらりと過去コメントを読ませないようにした兄貴、ナイス》
《GJ》
《まあ、ダンジョンの方が気になってたのも確かだからね》
《ん? ぱっと見、二人が歩いてるだけのようだけど?》
《いや、音がね。カタカタいう音が聞こえるのよ》
《カタカタ……?》
《聞こえるか?》
《ヘッドフォンでなんとか……》
その言葉通りだった。前を歩いていたチルが足を止め薙刀を構える。
「どうしたの? 千留姉ぇ」
「いや、獲物がきたようだからね」
通路の奥に、ぼぉと光がともる。それはカタカタという音を伴って近づいてき、徐々にその姿をあらわにした。
「ふむ、これがスケルトンというやつか。ゴブリンのような異形よりも、骨が立って動いている方が、なんとも不思議に思えるものだな」
「何冷静に分析してるのー。一応敵なんだからね」
スケルトンを見据えながらものんきに話す姉を、サクは注意する。とはいえそういうサクの方も、いささか緊張感に欠ける口調であったのだが……。
「それで、サクは色々調べてきたんだろう? 教えてくれないか」
「んもう、仕方ないんだから」
サクは顔をほころばせ、早口でいいつのる。
「えっとね、あのスケルトン、骨をある程度砕いたら動かなくなって倒した扱いになるんだって。ただ、刃物だと結構骨が固くて時間がかかるみたい。それ以外だとスケルトンの身体にある炎みたいなの? それが弱点になっててある程度攻撃をすると倒せるって話。ただ的が小さいから、鈍器でもって砕いた方が楽って言ってたよ。まあ、千留姉ぇには関係ないかもだけど……」
「ふむ、ずいぶん詳しく調べてくれてる。助かるよ、咲。それじゃあ私はその弱点を狙うとしようか。骨は硬いとは言っても隙間だらけだからね。なんとでもなるだろう」
破顔一笑。チルはスケルトンに近づいていく。サクも後ろでそれを見守っていた。
胸に炎をともしたスケルトンは、近づいてきたチルを敵と認識したのか手に持った錆びた剣を振り上げ――、
――チルに向かって振り下ろした。
ゆっくりと歩く姿からは想像できない、存外と早い振り下ろしだったが、チルは横に滑るようにしてそれを避ける。
同時に下段に構えた薙刀を回転させ、その柄でもって振り下ろされた剣をたたき落とした。
そうしてその勢いのままに、切っ先をスケルトンの胸に向け――、
「せいっ」
――一閃、捻り込むようにして突き込む。それは骨と骨の隙間を抜け、胸の炎を断ち切り、吹き飛ばした。
途端に骨は力なく崩れ落ち、かき消すようにその痕跡もなくなる。残ったのは魔石が一つ。
「ふむ、まあこんなものだろう。今日の所はこの魔石を回収して終わりにするか……」
チルが魔石を拾いに行ったその時だった。
「千留姉ぇ、うえ!!」
サクの鋭い声が響く。
その声にあわせ、チルも薙刀を振り上げる。
そこにいたのは、天井をすり抜けるようにして現れた半透明の白い影――ゴーストだった。
振り上げ、回された薙刀はゴーストに命中。しかして、ぬるりとその身体をすり抜ける。
「これがゴーストか。今の感じだと斬れないわけでもなさそうだが……」
チルはちらりと後ろを見やる。それに答えるようにサクは――、
「うん、まかせて」
――そう言って、羽織った千早をひるがえす。
足を擦り、二度三度とその身体を舞わす。
「~~~~~~罪もけがれも、今はあらじな」
最後にそう一言、そうして白い影に向け、しゃんと鉾鈴を鳴らす。
響く鈴の音、たんと踏み打つ足音。それによりゴーストはすぅっと姿を消していった。
それを確認したサクは満面の笑みを浮かべる。どう? やったでしょと言わんばかりだ。
だがそれに対しチルの表情は芳しくない。
「なぜ消えたのかだとかいろいろ聞きたいことはあるが、それよりも咲、舞の中程をほとんど省略しただろう。無作法すぎるぞ」
「ええー、最初に言うところ、そこ~」
サクは不満の声を上げた。
「手早くすませなきゃなんだから勘弁してよー。それにぃおばあちゃんも言ってたよ、信心と感謝があれば多少の無作法は許してくれるって」
「それはそうだろうけど、だからといってそれに甘えきっては駄目だ。帰ったらちゃんとお礼を言うんだよ」
「はぁい」
納得はしたが不満なのか、サクは口をとがらせている。それを見てチルは柔らかく微笑んだ。
「とは言っても咲のおかげで助かったのは確かだ。ありがとう」
そう言ってチルは、サクの短く切りそろえられた髪をなでる。
「んふふー。でしょー」
今度は完全に満足したのか、サクは満面の笑みを浮かべた。
《巫女舞はいいおじさん>巫女舞はいい》
《完全に同意》
《わかりみが深い》
《きれいかわいい》
《舞ってる場所はアレなかんじやのに、よかったなぁ》
《ガチ舞いやったなぁ》
《いいたいことはわかる》
《おじさん、この二人のダンジョン攻略ずっと見てたいんだが》
《わかるー》
《でも、この姿を見せてくれるの初回だけかもしれない》
《そうよねぇ、次回からは動画に映されないかとか、気にしちゃうよねぇ》
《妹ちゃん、ネットワーク広そうだし、すぐ配信されてたこと気づきそう》
《そんなことより、レアモンスターと思われるゴーストが、すぐに倒された件について》
《そんなことじゃねぇ、重要なんだよ、俺たちにとっちゃな》
《ソウダソウダー》
《いやまあ、ゴーストがすぐ倒されたのも気になるけどね》
《でも、つくばダンジョンのオーク? と違って大分弱い感じがする》
《あれ、美夜ちゃん覚醒しなかったら多分二人ともおつってたからな》
《倒したときのアイテムドロップもなかったみたいだし》
《初回じゃなかったからかもしれないけどね》
《姉貴の言い方だと、あのゴーストって物理完全無効ってわけでもなさそうだしね》
「ふむ……」
モナがコメント欄を見ながら小さく頷く。
「まあアレは、つくばダンジョンのえふおーいーと違って、ちょっぴりレアなだけの魔物じゃからな。強いは強いがそれなりに倒せる。まあ、ぼーなすモンスターといったところかのぉ」
《ボーナスモンスター、ね……》
《それじゃあ、倒したら何かいいことあるのかな》
《ドロップ以外だと、うーーん》
《メタルなあいつみたいに経験値多かったりとか?》
「そこら辺は秘密じゃ。そなたら自身で考察するがよい」
質問するコメントに対してモナは、言葉少なに返答した。
《まあ、今回は深くは聞かないでおくか……》
《まあ、ある程度は予想がつくしね》
《でたーー! 予想はついている(予想はついてない)おじさん》
《知ったかぶりは見苦しいぞ》
《予想を書き込む分には自由なんだから、わかってるなら書き込めばいいんだよなぁ》
《ほんそれ》
《知ったかおじさんはいいとして、あの二人モンスターを倒したならクラスが手に入ったよね》
《あ、それ気になる》
《うんうん、そっちの方が重要やね》
《教えてモナモナー》
「ふむふむ、あの二人のクラスじゃな。ちと待っておれ」
ウスベニをわきに置き、資料をめくるモナ。だがその動きが止まる。
「うむぅ、まさかそんなことが起きるとは……。ということはあやつは……。むむむ……、ほえー……」
モナはしばし止まって悩み、納得し、最後にぽけっと口を開けた。
《モナ、何ぼけぼけしてんのよw》
《気になる反応しないで!》
《なんか面白クラスだったのか?》
《思わせぶりな発言で俺たちを惑わすモナモナ……》
《いぃ…………》
《よくない、教えて》
《ぽけ顔さらさないでよ、笑うじゃん》
《モナ、ボケた?》
「誰がぽけ顔じゃ!」
モナはコメントに対しおとがいをならす。
「ちょっと予想外なことがあってびっくりしただけじゃ。別にぼけとらんわ」
そう言い放ち、しばし考え込む。
「…………クラスに関しては、多分見ておればわかるじゃろう。そうじゃな……、そなたらも一緒にぽけ顔をさらすがよいわ」
《ぽけぽけな自覚あるじゃん》
《あー、でもなんだろ、気になるなぁ》
《まあ、見てりゃわかるんだろ。おとなしく待ってよーぜ》
《モナと違ってぽけ顔さらさないけどね》