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9/22

 そして、夜。

 やっとのこと、底無し沼と化した露天風呂から抜け出したオレ。

 もちろんのぼせた。

 アルステールも、のぼせただろうと思ったが女というのは風呂に強いのだろうか? 全くのぼせた素振りすらなかった。


 シェルフィスからギブスを着けなおしてもらい、部屋に寝っころがっていると、コンコンとノックする音が聞こえてきた。

 オレはドアを開ける。

 そこには、山賊の手下が居た。

「何だ? 何か用か?」

「お頭が話をしたいと……」

「話? リンチか?」

「そ、そんな。滅相もない。とにかく、話がしたいそうです」

「わかった」

 オレは山賊の手下の肩を借りながら、頭目の所へ向かった。


 たまたま、その光景を目撃してしまったレミュリアがサッと物陰に隠れた事には、全く気づかなかったが。


「来たか」

 頭目は居た。

 ソファーに座って、酒を飲んでいる。

 また、酒か。

 絶対飲まねえぞ。

 オレを向かいのソファーに座らせると、手下はそそくさと出ていった。

「何だ、話って」

 オレは率直に聞き出す。

「自己紹介をしていないと思ってな」

 オレはガクッとくる。

「そ、それだけでオレを呼んだのか」

「まだ、他にある。んで、俺の名はガザロだ」

「なかなかごつい名前だな」

「ほっとけ。それで、お前の名は?」

 オレはその時、レミュリアやアルステール、シェルフィスやルミニオン、リティアの反応しか記憶になく、サラッと名乗ってしまった。

「頑吉だ」

「……」

 急に無言になってオレを見つめるガザロ。

 かと思ったら、いきなり下を向いて肩を微かに震わせ、くくくく……と笑う。

 オレのこめかみに血管が浮き上がる。

「……」

 言わなければよかった。

 しかし、今更遅い。

「だーっはっはっはっ!!」

 豪快に笑い転げるガザロ。

「この野郎!! ヒトがせっかく名乗ってやったというのに!!」

「わはははっ!! す、すまん! ひっひっひっひーーっ!!」


 オレは必死に怒りを堪え、ガザロが落ちつくまで待った。


「それで、話の続きは?」

 オレはなるべく冷静を装って呟いた。

「ああ、その事だが。俺達があの町を襲う理由を話しておきたくてな」

「ふむ。その理由とは?」

「俺には、一人の娘が居るんだ。まだ、幼くてな」

「まさか、その一人娘の為に町を襲っていたなんて事は言わないよな?」

「違う。この砦に居る奴らは可哀相な奴らでな。皆、何らかのいざこざで村や町を追い出された奴らなんだ。それで、金もない家もない。このままでは生活もままならない状態だった。それで……」

「町を襲った。というわけか」

「その通りだ。悪いとは思っている。しかし、これも生活の為だ。それに、盗みはするが人殺しはしない」

「そうか、だから町のエルフには死人が出なかったんだな?」

「そうだ。お前とやり合った手下はまだ不器用で寸止めを失敗して怪我をさせてしまったが」

 俺の左腕を指さす。

「だが、お前の手下で、オレの仲間の一人が犯されそうになったぞ」

 俺はリティアの事を言ってみた。

「そいつは、俺の考えに付いていけず。ここから出ていった奴だ。でも、そんな事があったとは。それは、謝る。すまん」

 意外にあっさりと謝るガザロ。

「ま、まあ。それは本人に言ってくれ。それに、犯される前にオレが天誅を食らわしたからな」


 それから、オレは色々とガザロの話を聞いた。

 話の節々に『ユーネスという悪王』というフレーズが何回も出てきた。

 手下の中には村を焼き払われて命からがら逃げてきた奴も居るらしい。

 あの町でも、ユーネスの圧政の影響が出ているらしく、この頃、金品が少なくなってきているらしい。


「それならガザロ、オレ達の反乱軍に入らないか?」

「反乱軍?」

「ああ、聞こえは悪いが、悪王ユーネスに天誅を食らわす為に結成した軍だ。まだ、規模は小さいがな」

 小さいどころかまだ兵もいないが、嘘も方便というやつだ。

「そこに入れば、俺たちの生活を何とかしてくれるのか?」

「……」

 オレは一瞬言葉に詰まった。

 う……。そこまで考えていなかった。


「貴方たちの生活なら、私が何とかします。その代わり、私の兄、ユーネスを倒した後。ですが……」


 レミュリアがいつの間にかそこに立っていた。

「何だ、レミュリアちゃん聞いてたのか」

「はい。ガンキチさんがこの部屋に連れてこられるのを見て、心配になって……」

 その後ろにはアルステール、ルミニオン、シェルフィスまで居る。

「その話は本当か?」

 ガザロは立ち上がってレミュリアの手を優しく握る。

「はい。私達に協力してくれるのなら……」

「おおおおおっ!!」

 狂喜するガザロ。

「その代わり、ひとつ約束してください。もう、盗みはしないと」

「ああ、約束だ! もう、絶対にしねえよ!」

 ガザロはコクコクと上下に首を振る。

 にっこりと笑うレミュリア。


 その夜は突然、宴会になった。

 ララミルというガザロの娘も、顔を出した。

 ハッキリ言って、全然親に似ていない。

 トンビがタカを産むとはこの事か。


 オレはまた、酒を飲んでしまった。

 次から次へとグラスを満たす酒から逃げるように外へ出て、気がつくと草むらの上に寝っころがっていた。

 そこで、ふと誰かが声を掛けてくる。

「大丈夫か? ガンキチ」

 ルミニオンだ。しかし、オレは意識がもうろうとしていて、誰かよく分からなかった。

「ふひゃひゃ……。アルステールか?」

「そんなに会いたいなら呼んできてやろうか?」

「なぁんだ〜。ルミニオンかぁ〜」

「しょうがない奴だな、全く」

「なんだよぉ〜。シェルフィスのトコに行かないのかぁ〜?」

「ばーか。そんなんじゃねえよ」

「それじゃ、何で、オレのトコに来てんだぁ、そんな趣味はねえぞぉ」

「違うよ。お前に礼を言いたくてな。これで、胸を張って町長に報告できる」

「ははは〜。照れるじゃねえか〜」

「これで、自警団の奴らを連れていけるし、反乱軍にも入れる……」

 ルミニオンは右手を差し出した。

 オレはもうろうとした意識の中、その手をガシッと掴んだ。

「これから、よろしくな」


 2日後、脚も治ったオレはガザロとその手下達をぞろぞろと引き連れて、エルフの町へ向かった。

 町に入る前にルミニオンが町長に事情を説明し、次に町長が町人を集め、もうこの山賊達は危害を加えないと説明した。

 その中、ガザロは山賊を代表して皆に謝罪をしていた。


 そして、ルミニオンの自警団をプラスしたオレ達の反乱軍は更に規模が大きくなった。

 その日の夜の作戦会議――。

「そろそろ、拠点が欲しくなったな」

 オレはエルフの町を占拠しているような状態の自軍を見て、ふと呟いた。

「しかし、今の私達には拠点を作るような資金はありませんわ」

 レミュリアが言う。

 確かにその通りだ。

「作れねえんなら盗めばいいじゃねえか」

 唐突に、ガザロが言った。

 思いのほか、その言葉にみな黙り込んだ。

「それは……。いけるな」

 今の反乱軍は約1500。

 まだまだとても大軍とは言えないが、小規模の部隊となら戦えないこともない。

「アネさん。ここから近いユーネス軍の砦はないか?」

 オレはシェルフィスに訊いてみる。

「もう、アネさんはよしてって言ってるでしょ。………ええと、うん、あるわ。ここから約360ケザルくらいかしら。アテラタス砦ね」

「アテラタス砦………。その360ケザルってのはここから何日くらいかかるんだ?」

「早く着いて1日……。遅くて2日くらいかしら」

「往復で約4日か……。よし。んじゃ、そこの兵力を調べてみるか」

 まずは兵力を調べないとな。

 相手の人数も知らずに戦うというのは、兵にも不安感を与え、士気に影響する。

 そこで、ガザロが言った。

「おう、調査なら俺に任せな」


 翌朝、ガザロは数人の手下と共に、馬に乗ってアテラタス砦へ調査に出発した。

 こういうとき、携帯電話があると便利なんだがな……。


 昼。

 急に、ヒマになった。

 ガザロたちが帰ってくるまで、一体何をすればいいのか?

 オレはルミニオンの家の借り部屋でボーッとしていると、

「ガンキチさん。居ますか?」

 この声はレミュリアだ。

「何だ、開いてるよ」

 レミュリアは少しドアを開け、顔だけ出して。

「少し、付き合って欲しいんです」

「何だ何だ? レミュリアちゃん買い物でもするのか?」

「取り敢えず、出てきてください」

 レミュリアはニコニコしながら手招きする。

 オレは素直に出てみると、そこには……。


 エルフの服なのか? 妙に可愛らしい服を着たアルステールが立っていた。シェルフィスのような短いスカートではなく長袖ワンピースのロングスカートに青いマフラー、ふわふわの赤い手袋を身につけている。

 所々、オレが着ているエルフの服に似ている箇所がある。

 しかし、

 ……。

 か、かわいいかも。

 こんなことを思うのは普段は鎧とか、鎧の下に着る黒い服くらいしか見ないからなのかもしれない。そうに決まっている。

「ふふふ……。ね? アルステール、ガンキチさんは気に入ってくれるって言ったでしょ?」

 嬉しそうに言うレミュリアにアルステールは、

「ひ、姫様! そ、その、ボクは……」

「わかってますわ。『気分転換に着てみようかと思っただけ』でしょ?」

 そして、レミュリアはオレに向き直り、

「それで、ガンキチさん。今日はお時間ありますよね?」

「……そ、そりゃ、ヒマだけど……」

 レミュリアの顔がぱあっと明るくなる。

「良かった! それじゃアルステール、今日はガンキチさんとデートね」

『ええっ!』

 オレとアルステールは同時に言った。

「まあ、息もピッタリ。それでは、ガンキチさん。アルステールをしっかりとエスコートしてくださいね☆」

 ササッとレミュリアは素早く去っていく。

 ふたり残されたオレ達。

「……えーっと」

 アルステールはジッとオレを見る。

 あからさまに困惑している顔だ。

 オレがチラ見すると、慌てて視線を外す。

「ど、何処か行くか」

「う、うん」

 と、オレはアルステールを連れて外に出ようとすると、いきなり、ルミニオンが現れる。

「コラ、ガンキチ。その服でデートに行くのか?」

 まるで、誰かに仕込まれたようなタイミングのよさ。

 オレの服を指さす。

 山賊やら、ガザロとの対決やらでシェルフィスから買ってもらったバーゲン品のエルフの服はボロボロになっていた。

「う……、むう、それもそうだな」

 オレは頷くしかなかった。

 ルミニオンはオレの腕をグイッと引っ張り、自分の部屋に連れていき、タンスから服を引っ張りだして、オレに着せる。

「ほう、多少サイズが大きいが、似合わんこともないな。よし、これで行け」

 バババッとオレを着替えさせると、オレは部屋から放り出される。

 そして、

「新しい靴を玄関に置いてあるから、それを履いていけ。頑張れよ」

 と、親指を立ててパタンとドアを閉めた。

「……」

 再び合流したアルステールと一緒に玄関に行くと、シェルフィスから買ってもらったバーゲン品の靴とは比べ物にならないほど頑丈そうで、エルフ的に格好の良さそうな真新しい靴が置いてあった。


 あからさまに誰かか企てたシナリオだ。

 見当が付きそうな者が何名か思い浮かんだが、今は考えないことにする。


 外に出てみたはいいが、何処に行けばいいかわからない。

 困ったぞ。

 しかも、アルステールを見ると、ガラにもなくドキドキしてしまうぞ。

「ん、と、お前、何処か行きたいトコはあるか?」

 アルステールは少しうつむき加減に、

「ガンキチが行きたいところでいいよ」

 と呟き、赤くなって視線をそらす。

 なんだこの反応は。

 こんな反応をしてくれると、どんな返答をすればいいかわからなくなってしまうではないか。

 しかもオレの行きたいところって言われても、ここはオレの地元じゃないし。


「ん?」

 何気なくオレはズボンのポケットに手を突っ込むと、何か紙切れのような物が入っていることに気付いた。

 オレはそれを引っ張り出して見てみる。


 その紙にはこの町の簡単な地図が記されており、ご丁寧に赤いインクで道順を辿ってくれていて、ある場所を丸く囲んで、そこで終わっている。


 なんて手の込んだ事を……。

 しかし、今の行くところが全くわからないオレにとって、この地図は神の助けだ。

 その神とは誰という疑問は、今は振り払っておく。


 道順を辿って行くと、アルステールが突然足を止めた。

「ん? 何だ? どうしたんだ?」

 オレの言葉にも反応せず、アルステールはある所に視線を集中させている。

 眼をらんらんと輝かせて。

 その方向を見てみると、

 何か、よく分からん文字で書かれた看板。

 しかし、売ってる物を見て即理解した。

 細い刀身の剣。弓。ナイフ。

 エルフらしい武器の数々が並んでいる。

 つまり、武器屋。

 素晴らしいスピードでアルステールは店に入ると、らんらんとした眼で武器を手に取って見はじめた。

 こいつ、まさか武器フェチだったのか。

「ガンキチ、ほら、これ、見てよ。すごいよこれ♪」

 さっきまで恥ずかしいのか、気まずいのか、無口だったアルステールがウソのように嬉しそうに喋りだした。

 それはそうと、見せられた剣は確かに凄い。

 艶やかな刀身。手にフィットしそうな柄。

 白い隼を描いた鍔。

 ……結構見る目があるぞ。

 そこで、オレも数々のRPGからの知識を掘り返して、負けじと色々武器を探してみる。

 一本のナイフを見つけた。

 金色の柄、固くて握りにくそうかと思いきや、意外に柔らかく手にフィットする。

 そして鏡のような刀身。

 それはルミニオンの剣のミニサイズバージョンといった感じだ。

 オレはそれをアルステールに見せる。

「おい、これも結構すごいぞ」

 すると、予想以上の反応が返ってきた。

「わあっ☆ すごい!」

 オレの手に持っているナイフを持ってみようとして、アルステールの指がオレの手に触れる。

 その瞬間、ビクッとしてオレの顔を恐る恐る見る。

 かあっと真っ赤になる。

「あ、す、すまん」

 パッと手を引っ込める。

 ……。

 まずい。今の顔、心臓の運動を早くしやがった。

 オレはアルステールの手にナイフを乗せてやる。

 照れながらそれを受け取ると、アルステールはまたらんらんと眼を輝かせ、それを鑑賞する。

 そんなアルステールを見ていると。

 ……買ってやりてえな……。

 という思いがいきなり頭をよぎった。

 だが、金はシェルフィスから貰ったほんの僅かな小遣いしか持っていない。

 上着のポケットからその僅かな小遣いを出そうと手を突っ込むと、

「ん?」

 金貨とは別に、また紙のような物が指先に触れた。

 取り出してみるとそれは、どうやら紙幣のようだった。

 ルミニオン……何て気が利く奴なんだお前は。


 オレはそのナイフに付いている値札らしき紙に書いてある数字と、紙幣の数字を比べてみる。数字だけは勉強したぞ。字はダメだが。

 ナイフが6500、紙幣が10000。

 余裕で足りるではないか。

 オレはすぐにそのナイフをアルステールの手から取ると、

「あっ……」

 アルステールは名残惜しそうな顔をする。

 が、

「買ってやるよ」

 オレは照れまじりに言う。

「えっ!? いいのか!?」

 潤んだ瞳で顔を輝かせた。

 ……。

 ま、まずい。更に心臓の運動が早くなった。

「あ、ああ」

 真っ赤になりつつある顔を見られないよう、オレはカウンターにそのナイフを持っていった。


「6500サフィルになります……」

 と、言いながら店の男主人はジロジロとオレとアルステールを見る。

「彼女にプレゼントですか? いいですねぇ。いいもの選びましたねえ。これは結構人気なんですよ。愛する人の護身用にとプレゼントに買って行かれる方が多くて……。それと、お似合いですよ☆ 二人とも」

 オレとアルステールは瞬時に真っ赤になった。

 恥ずかしさに耐えきれず、俯くアルステール。

「あ、あのなあ」

 オレはうろたえつつ紙幣を男主人に渡す。

「いいえ。言わなくても分かりますよ。お幸せにね☆」

 釣りの3500サフィルの紙幣と金貨を受け取った。


 オレ達は店を出た。

 男主人から言われた言葉がオレの頭の中にいつまでも残っていて、何だか気まずい。

 それはアルステールも同じようで、さっきから隣で黙ったままだ。


 ふと、オレは手に持っている、あの男主人が顔に似合わず綺麗に包装してリボンまで付けたナイフを思い出した。

「そ、そうだ……これ……。ほ、ほら」

 アルステールの手に握らせる。

「……そ、その。あ、ありがとう……」

 真っ赤になって、精一杯の声でアルステールは言った。


 その頃。

 木の影から覗いているシェルフィス、レミュリア、ルミニオン。

「むきーっ! 何て焦れったいヤツなの、ガンキチちゃんは! そこで手を握るなりしたらどうなの!」

 歯がゆそうに手をわきわきさせるシェルフィス。

「二人とも、奥手ですね。やっぱり」

 苦笑いのレミュリア。

「ああいう奴ってのは、いざ結ばれると激しいんだよな……」

 ニヤニヤするルミニオン。

「何がですか?」

「ウブね……、姫様も」

 はあ……。と、聞こえてきそうな表情で頭を抱えるシェルフィス。

「全く、こっちが必死に考えたシナリオなんだから、もう少し役に立ててよね……」


 腰の道具袋の中に、オレのプレゼントを入れたアルステールは、妙にモジモジしながらオレの横を歩いている。

 思い立ったように顔を上げると、


「ええと……。その、ガンキチ。手を、その、握っても……いいかな?」


 アルステールが、

 あのアルステールが、

 いや、今のはオレの空耳だろう。

 アルステールはそんなコトを言う奴ではない。

「ダメ……だよね。やっぱり」

 急に沈んだ表情になる。

 おい、まさか本当に言ってるのかこれは。

 気がつくとオレはアルステールの柔らかな手を握っていた。

「あ……」

 赤くなるアルステール。

 もちろん、オレの顔も熱を持ち始める。

 ちくしょう、落ち着きやがれ。オレの心臓。


「ん……と、その、何でだ?」

「えっ、何が?」

 真っ赤になりながらも、アルステールは顔を上げる。

「いきなり、手を握っていいかなんて」

「その……。イヤ、なのか?」

「そ、そんなわけはない」

「それじゃ、いいじゃないか。別に……」

 握っている手が汗ばむ。

 オレの汗ではない。

 アルステールの汗だ。そうに決まっている。


「おおっ! 手を握りおったぞ!」

 ルミニオンがニヤニヤしながら言った。

「あの奥手なアルステールが……。積極的ですわ」

 レミュリアはその光景を見て驚いている。

 実際の所、レミュリアはアルステールの浮いた話を一度も聞いたことがない。

「やっと進展したわね……。少しだけど」

 やれやれと頑吉達を見つめるシェルフィス。

「私は嬉しいですわ。あのアルステールが……」

 ハンカチで目元を拭うレミュリア。


 アルステールと手を握って歩く。

 たったこれだけのことなのに、さっきまでスローだった時間が、妙に早く過ぎていく感じがする。

 再び地図を辿って村を歩く。

 丸で囲んだ終着点の所に着いた。

 そこは……。


 ルミニオンと一緒に酒を飲んだ店。

 酔っぱらって途中から記憶が飛んでしまった店。


「昼間からお酒はまずいんじゃないの?」

 シェルフィスが呟いた。

「いいんだよ。酒は飲まなくとも、あそこは普通にメシ屋なんだから。それに、酒に夜も昼間もない」

 ルミニオンは自分で言ってうんうんと頷く。

「心配ですね。アルステールはお酒に弱いから……」

『なにっ!?』

 ルミニオン、シェルフィスは同時にレミュリアを見た。

「それと、弱いのに、お酒が好きなんです」

「それじゃ、酔うと性格が変わるとか?」

 ルミニオンはニヤニヤする。

「そうですね……。多少……いや、結構変わりますね」


「そういえば、お腹が空いたな……ボク」

 アルステールが細いお腹を押さえながら呟いた。

「お前、昼飯食ったのか?」

「実は……。まだ」

「……」

 オレは考えた。

 メシ屋なんぞ、この町ではここ以外知らない。かといって探していたら日が暮れそうだ。

 ……。


「へえ、結構メニューがいっぱいあるんだな……」

 アルステールはよく分からない文字で書いているメニューを見て言った。

 ……。

 入ってしまった……。

 この店に。

「ガンキチは何を頼む?」

 オレにメニューを見せる。

「いや、オレはその文字、読めないから。お前、適当に頼んでくれ」

「……うん、わかった。……ええと、……。あっ。これ、ここの名物じゃないか」

 しばらくメニューを眺めた後。

「すみませーん! 注文したいんですけどー!」

 ウェイトレスを呼び、注文を済ました。


 妙な物が来ないよう祈りつつ、オレは料理を待った。

 アルステールは『どんな料理か楽しみだな』みたいな顔をして待っている。

 しばらくして、ウェイトレスが料理を持ってきた。

 次々と並べられる料理。

 その中に、ひとつ見たことのあるボトルが……。

「あれ? これ、酒だ」

 あっけらかんとアルステールが呟いた。

「さ、酒だな」

「ここの名物って書いてたから……」

 紫色の液体。

 ルミニオンと一緒に飲んだ酒。

 あの、妙に甘い味で凄まじいアルコール度数の――。

「まあ、いいか」

 良くない。

 良くないぞ。

 グラスにコポコポと紫色の液体を注ぐアルステール。

 オレは絶対に飲まねえぞ。

「ガンキチも飲む?」

「い、いや、オレはいい。苦い経験もしたことだから」

「そうだな。またキスしてくるかも知れないし」

 言って、あッと口を塞ぐアルステール。

 途端に真っ赤になる。


 まずは、ここの店のまともに食った事のない料理から手を付けてみる。鳥の唐揚げやソーセージ、キャベツのような葉っぱにくるまれたロールキャベツのようなものなど、肉料理ばかり目に付くが、アルステールは肉好きなのか、それともメニューには肉料理しか載ってなかったのか、とにかく胃がもたれそうだ。

 食ってみるとうまい味だったが、野菜も食わないと病気になりそうだ。

 オレが肉料理にちびちびパクついてると、例の紫色の酒、それを少し口に含むアルステール。

「あれ、この酒、甘くて飲みやすい」

 そしてごくごくと飲み始める。

 ダメだ。それが、その甘さが罠なのに。

 そんな一気に飲んだら……。


 ダン! と勢いよく置かれるグラス。

「……」

 ……め、目が座った。

 酔ったアルステールの完成だった。

 そんなオレを見て、

「なによ。にゃんか文句あんの?」

 おまけに弱いときたか!

「お、おい。酔ったのか?」

 料理を食べ終わったオレは、アルステールに一応声を掛けてみる。

「酔ったわよ。ええ、酔いましたとも」

 お、女言葉。

 あの、アルステールが女言葉。

「なによ、わたしの顔に何か付いてンの?」

 わたし! ボクって言っていたアルステールがわたし!

「ガンキチ! どうしてよ。どうして、もっと積極的になってくンないのよ。酔ってる時はあんなに積極的だったのに」

 いきなりオレにカラんできた。

 そして、ふらつきながら立ち上がり、わざわざオレの隣に腰掛ける。

「あんたが積極的になってくれないンなら、わたしが積極的になるしかないじゃないの」

 ぴたっと身体を密着させてくるアルステール。

 普段のアルステールは絶対こんな事をしないぞ。

 や、やばい、心臓が……。

「ねえ、聞いてンの?」

「あ、ああ、聞いてる」

 ジーッと見つめてくるアルステール。その焦点はあからさまに合っていない。

 アルコールで赤くなったのか、別の理由で赤くなったのか定かではないが、妙に艶っぽい顔だ。

「……」

 いきなり、オレの胸に手を当ててくるアルステール。

「おわっ!」

「きゃはははっ! 何、心臓バクバク言わせてンのよ」

「い、いや、それはお前が……」

「何よ、わたしの心臓の音も聞きたいの?」

「だ、誰が、んな事言った」

 オレの手を掴むアルステール。

 そしてその手を自分の胸に当てた。

「!?」

 柔らかな感触。

 頭に血が上る感覚。

 む、胸、オレ、アルステールの胸を触ってる!

 しかし、伝わってきた鼓動はオレと同じテンポだった。

「あ、あれ?」

「きゃはははっ! わたしも、あんたと居るから心臓の音が早くなっちゃってるみたい」

 ……。

 何だよ。

 結構、可愛い奴じゃねえか。

「ねえ……、ガンキチぃ……」

 コツンと頭をオレの肩に乗せてくるアルステール。

「な、何だ?」

「……あんた、トシいくつ?」

「じゅ、17だ」

「じゅうななぁ? わたしより年下じゃないの」

「そ、それじゃお前はいくつなんだよ?」

「ききたいの?」

「オレにトシを聞いておいて、お前は教えないってのか?」

「仕方ないなぁ……。わたしのトシはねぇ……。18よぉ……うふふふっ。きゃはははっ☆」

 ひとつ上。

 ほう、ひとつ上だったのか。

「に、しちゃあ結構子供っぽいな。お前」

 オレの一言に、アルステールは頬を膨らます。

 また普段のアルステールらしからぬ行動を……。

「なによぉ……。わたしがコドモだっていうの?」

「こ、子供じゃない。子供っぽいって言ったんだ」

「子供だっていうのね? わたしをコドモだっていうのね?」

「ち、違う」

 と、弁解するオレの声には聞く耳持たずにまた、オレの手を掴んで、


 むにゅっ


「!?」

 柔らかい感触。

 アルステールの胸……。

 また、触ってしまった。

「ほらぁ。これでもコドモだっていうの?」


 むにむに


 オレの手を上から押さえつけて上下に揺する。

 あ、まずい、理性が……理性が……。

「こ、子供じゃないッ!! わかった! わかったから……」

 パッと手を離す。

「やだぁ……。ガンキチのえっち☆」

 なんか、あんまり恥ずかしそうじゃないな。

「お前がやったんだ、お前が」

「そうよ。わたしがやったのよ。何か文句ある?」

 おかしい……。

 このアルステールは、アルステールじゃない。

 ごくごくとグラスに入っている紫色の液体を飲み干す。

「お、おい。そんなに飲んだら……」

 慌てるオレを尻目に、ダンッ! と、グラスを置く。

「にゃによぉ……。ガンキチぃ……。心配ばっかりしちゃってさぁ……」

 アルステールの目が更に座った。

「お、お前、ヤバイぞ。これ以上飲むな」

「飲むなって言うの? わたしに飲むなって言うの?」

「いや、だから、お前の身体が心配なんだ、二日酔いになるぞ」

 この酒は思った以上に強いんだ。

「それじゃ……。飲まないからキスして」

 ……。

 な、何だと!?

 アルステールが――キスして。だと!?

 オレの空耳か!?

 その前にここは店の中だぞ。

「どうするの、するの? しないの?」

 オレの肩に体重を掛けてくる。

 アルコールで濃くなったピンク色の唇が、妙に艶かしい。

 必死に欲望と戦っているオレに痺れを切らしたのか、アルステールは、

「いいわよ。してくれないんなら、飲むから」

 ボトルとグラスを掴む。

「わわわわっ! 飲むな! 頼むから飲むな!」

 慌ててその手を掴む。

「……それじゃあ、キスしてよ」

 ん、と目を閉じてオレに唇を突き出すアルステール。

 ど、どうしよう……。

 こういう時に限って硬直する身体。

「………」

 目の前で目を閉じているアルステール。

 固まったオレ。

 ……。

 ど、どうすればいいんだ。

 こんな、どさくさ紛れにしてもいいのか? そりゃ、あの時、オレは酔ってて、アルステールにキスしてしまったようだが……。

 シラフのオレに、そんな度胸は無い。

「なによ。一度、わたしにキスしたくせに、今更できないっていうの?」

 目を閉じたままアルステールが言う。

 ……。

 アルステールが嫌いなわけじゃない。

 どちらかというと、妙に気になる……。

 いつもオレの気付かない所で気をきかせてくれるアルステール。

 仮面を取った時から、妙に気になりだしたアルステール。

 くっ、くそっ。覚悟を決めろ、オレ!


 アルステールの肩を掴んだ。

 震えながらも、唇を近付ける。


 かくん。


 ? なんか変な感触だな。

 妙に固いぞ。

 クチビルってこんな感触だったか?

「……?」

 オレは片目を開けて見てみる。

 キスしようとしたオレの唇は見事に空振りして、顎にキスしてしまっている。

 それは何故か?

 アルステールの首が人形のように力なく後ろへ傾いたからだ。

「!?」

 オレは思わずその顔をみる。

「……くー……くー……」

 寝てやがる。

 さっきまで真剣に悩んだ苦労は、一体何だったのだ。

 はあ……。

 まあ、パターン通りだけどな……。


 つぶれたアルステールを背負って、ルミニオンの家へ帰るオレ。

 力の抜けた人間が、これほど重く感じるとは……。

                  

 やっとのこと、ルミニオンの家に辿り着いた。

「おっ! 帰ってきたな」

 リビングに入ると、ルミニオン、シェルフィス、レミュリアの三人が待ち構えていた。

「少しは進展した?」

「アルステールを大事にしてあげてくださいね」

 口々に、デートの結果を聞きにくる。

 もう、勘弁してください……。


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