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山賊の根城に泊まって4日目。
オレの怪我は、脚の骨折以外だいぶマシになってきた。
さすがはシェルフィスの作った薬。
シェルフィスは、ここで湧いている温泉の成分を調べてみたところ、何とかかんとかという成分が入っていて、新陳代謝が活発になってとても治療に良いらしい。
と、言うわけでオレはその温泉に入ることになった。
ギブスを4日ぶりに外し脚を地面につけると、当たり前だがまだ痛かった。
「あまり動かさないようにね」
と、シェルフィスに釘を刺され、結局ルミニオンから入浴を手伝ってもらった。
ついでにルミニオンも風呂に入っている。
この露天風呂は結構広い。
オレの部屋の4倍はあるか? まあ、こんだけ山賊の人数が多ければ当然と言えば当然だが。
ふむ。この温泉は何か妙にポカポカと身体が熱くなるな。そんなに熱い湯でもないのに。
脚の痛みが何となく薄れてきたような気がせんでもない。
そんな事を考えていると……。
「ふーっ。なかなかいい湯だ。おーい、リティア! お前も入ってこいよ!」
ルミニオンが冗談めいた事を言う。
はは……。何言ってんだか……。
「うん! 今入るよーーっ☆」
がぼっ!
全く予想外の返事にオレは思わず湯の中に沈み込んだ。
「ぶはっ! ちょっ! ルミニオン何を……」
がららっ!
脱衣所と露天風呂を繋ぐ木の引き戸が、元気良く開けられる。
湯煙の向こうがわ……と、思ったが、ハッキリ言ってマンガのような濃い湯煙なんぞ存在しない。オレの目に幼児体型+αな裸体がいきなり飛び込んできた。
い、いくらまだ成長しきってないとはいえ、タオルぐらい巻いとけ!
ってそういう問題ではない。
そこにあるはずのものがない違和感。
………。
……………。
…………………。
オレのバカバカバカ!!
何処を見てるんだ!
「何やってるんだ? お前?」
ルミニオンは不思議そうな表情で、自分の頭をポカスカ叩くオレを見る。
「……いや、その……」
オレの反応を見て、ルミニオンはニヤーっと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「そうか、お前はエルフ族ではなかったな。まあ、エルフ族は基本的に男女に分けて入浴するという習慣がない。風呂に入るときは、いつもみんな一緒だ。水も節約できて一石二鳥だな」
ばしっとオレの背中をルミニオンが平手で叩く。
「見てみろガンキチ。俺の妹の成長ぶりを。後30年も経てば、立派なオンナになるぞ」
「30年なんて、オレはもう立派なオッサンになってるじゃないか……ぶくぶく」
顔を半分湯に沈めながら呟くオレ。
もちろん、頭と別の所に血が集中して出るに出られない状況だ。
だって、普通はそうだろ? しかしオレはロリコンではないぞ。
がららっ
今度は少しおとなしめに開く木の引き戸。
「どわっ!」
大きめな胸、細い腰、せくしぃなヒップ。
き、金色……!
何が金色かというと、髪の毛が金色なのは知っているが、髪の毛みたいで髪の毛ではなく、限りなくそれに近いものなんだが――。
それはシェルフィスだった。
た、タオルくらい巻け!
シェルフィスは手拭いを一枚手に持っているだけで、身体には何も巻いていない。
エルフ族はタオルを身体に巻くのが嫌いなのか?
「あら、ガンキチちゃん。奇遇ね」
オレの目の前に立って、わざとらしく言う。
ルミニオンはそのダイナマイツなボディを目の当たりにして、ひゅーっと口笛を吹いている。
「ああ、やめとけ。こいつはエルフ流の風呂に免疫が無いらしい」
ルミニオンが助け船を入れるが、逆にシェルフィスはニヤリと悪ガキのような笑みを浮かべる。
「あら、そうなの? ウブねぇ☆」
完全なるいじめモードだ。それを証拠に顔はいじめっ子になっている。
シェルフィスはわざとらしくオレの隣に腰を下ろす。
「どうしたの? ガンキチちゃん、お顔が真っ赤☆」
当たり前だ。女のハダカを生で見たことなんぞ母親以外ない。
「あ、あんまり、近寄らないでくれ」
オレはシェルフィスの身体を見ないよう顔を背け、爪先でチョコチョコと遠ざかる。
「むっ。私の身体見たくないの?」
シェルフィス、カチンときた顔をしてオレをチョコチョコと追いかけてくる。
「み、見たいけど、見たくない」
オレはまたチョコチョコと逃げる。
「意味わかんないわよ!」
シェルフィス、更にチョコチョコと追いかけてくる。
「なあ、オレは怪我人じゃなかったっけ? 脚折ってなかったっけ!?」
「そんなの私の薬を使えば5日で治るわよ! 何で逃げるのよ!」
――脱衣所の前。
アルステールとレミュリアが、引き戸の前に耳をすませて立っている。
「ガンキチの声とシェルフィスさんの声……」
アルステールの額にぴきぴきと血管が浮き上がる。
「た、大変ですわ……。このままではガンキチさんが……」
『ぎゃーっ! なな、何をするんだ!』
『触診よ触診! 治り具合を見てあげる』
『そんなん風呂から出た後でもいいだろうが!』
オレの悲鳴がアルステールの耳に届いた。
更にアルステールの額に血管が浮き上がる。
「……」
「あ、アルステール?」
恐る恐るアルステールの顔を覗き込む。
その顔はまさに修羅だった。
そして、何を思ったかいきなりツカツカと脱衣所に入り、服を脱ぎはじめる。
身体をバスタオルでグルグル巻きにして、脱衣所と露天風呂を繋ぐ戸をガラガラと勢いよく開け、更にツカツカと入っていく。
レミュリアはその間、呆気に取られて動けなかった。
「おわわわわっ!! アルステール!!」
オレは心臓が飛んで行きそうなくらいビビッた。
だって、あのアルステールが入って来たんだぜ? タオル巻いてるけど、
ジロッとシェルフィスを一瞥すると、オレの隣にガボッと入ってきた。
オレはシェルフィスとアルステールに挟まれるような形になった。
あからさまにシェルフィスはたじろいでいる。
そりゃあそうだろう。相当に殺気がこもってるのがよく分かる。
オレのとこまでビリビリと伝わってくるほどなんだから。
「ちょ、ちょっと。アルステールさん? ほ、ほんのおふざけよ。あははは……。そ、それじゃ私は上がるわ」
さっきまで身体を見せびらかせていたシェルフィスが、ウソのように身体を隠しながらそそくさと出ていく。
ルミニオン、リティアまで、
「そ、それじゃあ、俺たちも出るか! ほら、リティア、出るぞ」
「ええ〜っ、あたしもう少しガンキチお兄ちゃんと入っていたいのに〜」
「わがまま言っちゃダメだ。ほら、な?」
最後の部分は小声で、リティアにささやく。
リティアはアルステールを見て。
「……わ」
アルステールはリティアを見ていないが、全身から発される殺気が、リティアに恐怖を与えるようなメンチを切っている。
「お、お兄ちゃん。上がろう」
こくこくと頷くリティア。
「よ、よし。……ああ〜、いい湯だったな〜」
実にわざとらしい。
「何か、入ってすぐに出た気がするけど」
ボソッと呟くリティア。
「こらっ、聞こえちまうぞっ」
悪いが、全部聞こえている。
三人が出ていった後、一人取り残されたオレ。
アルステールが殺気のこもった横目でオレを見ている。
オレは何もしていない。何もしていないのに。何故そんな人を殺しそうな眼でオレを睨むんだ。
出るに出られない。というより動けない。このままでは茹で蛸になってしまうじゃないか。