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 明朝。

 みんなが山賊討伐の準備をしている最中、オレは左腕の痛みをこらえて、ルミニオンの小手を着けた。

 そして、右手でルミニオンに借りた剣を握り、ヒュンとひと振りしてみる。

 多少、バランスが悪いが弱い奴を相手にするくらいなら問題は無さそうだ。

 あくまで『弱ければ』の話だが。

「レミュリアちゃんと、リティアはお留守番な」

 オレはアルステール、ルミニオン、シェルフィスの4人で行くつもりだった。

「何を言っているのです! ただでさえ少人数なのでしょう? それに私のための戦いなのに、私だけ隠れて傍観なんて出来ません。私も行きます!」

 すさまじい気迫でオレにくってかかるレミュリア。

「姫様……」

 アルステールもその普段とかけ離れたレミュリアの様子に驚いて、言葉をなくしたようだ。

 とは言ったものの、武器を扱えない姫様が来ても足手まといになるのは目に見えている。

「あたしも行くよ。ガンキチお兄ちゃんのお手伝いする! 弓をお兄ちゃんから習って使えるようになったんだからっ」

 リティアまで同じ事を言い出した。

 助けを求めるようにルミニオンへ目を向ける。

「おい、こんなこと言ってるけど、ルミニオン、お前だってリティアが危ない目に遭うのは勘弁だよな?」

 ルミニオンは少し考えた後、

「そりゃまあ、心配じゃないと言ったら嘘になるが――、リティアは俺の妹だ。やる時はやるように育てたつもりだ」

「だけど、この前その山賊に襲われたんだぜ?」

 オレが言い終えた後、リティアは急に口を挟んできた。

「あの時はひとりだったから……、ガンキチお兄ちゃんと一緒なら怖くないもんっ」

 リティアは意外と頑固のようだ。

「まあ、いいんじゃないか? 危なくなったら守るくらいの余裕はあるだろ?」

 待て、ルミニオン。

 左腕が使えないオレにそんな余裕があると思うか?

 ましてや、相手の人数もわからないってのに。

「いざとなったらガンキチちゃんが囮になって私達を逃がしてくれればいいじゃない」

 恐ろしいことを言ってくれるシェルフィス。

 見捨てる気満々だ。

「ちょっと待て、アネさん、それはあんまりだ」

「冗談よ」

 意地悪な笑みを浮かべるシェルフィス。その赤い目はとても冗談を言っているようには見えなかった。

 オレは必死に訴えたつもりだったが、それも空しく、結局レミュリアとリティアのふたりを加えた6人でトパ山へ行くことになってしまった。


 トパ山――。

 隙間無く立ち並んだ樹木と、ゴツゴツした岩がそこら辺に転がっている。

 そこは、まるで自然の要塞のようだ。

 かなり足場が悪く、歩きづらい。

 登り始めてオレの脳内時間で2時間が経過しようとした時、ゴツゴツした堅い岩肌で、シェルフィスから買ってもらったブーツに早くも穴が開きはじめた。

「うおっ! 堅い岩肌が足の裏直撃だぞ!」

「大丈夫? あらら……こんな事になるんならもうちょっと高い靴を買ってあげた方が良かったわね」

 皮一枚となったオレのブーツの底を見て、シェルフィスが顎に手を当てながら言った。

「そんなに安物だったのか?」

「バーゲン品だったの☆」

「……」


 仕方がないので、穴が開きかけている足のブーツをかばいながら、まだ大丈夫な方のブーツで踏みしめて更に先へ進んだ。

 やっとひらけた場所に出たその時。

「何か居るわ」

 シェルフィスが何かに気付いた。

 オレとアルステール、ルミニオンは辺りを注意深く見回す。リティアはまだ慣れない手つきで弓を構える。

「そこに居るわね」

 シェルフィスが、手前の大木に弓を向け、弦を引き絞る。

 オレは悔しいことに、何処に何が居るのかさっぱりわからなかった。

 すると、パキッという枝を踏む音をきっかけに、結構な数の山賊が姿を現した。

 その数、20、21、22、23……。

 これ以上数えている余裕はない。オレは右手で抜刀し、応戦する。

 オレとアルステールは剣を振るい、ルミニオン、リティア、シェルフィスは矢を放って援護する。

 迫ってくる山賊へ苦し紛れに投げつけた石が当たって、痛そうな表情をしながらノックアウトする様を恐る恐る見ているレミュリア。

 山賊3人から一斉にかかってこられた時はかなり焦ったが、アルステールのフォローもあってなんとか切り抜けた。

 まるで、アリが巣を守ろうと総動員するが如くワラワラと出てくる山賊。

 峰打ちで次々と山賊どもを気絶させるが、徐々に右手の筋肉は悲鳴を上げはじめ、スピードが落ちはじめた。

 そんな握力の弱った右手の剣に山賊の斧を受け止めた瞬間、剣を落としそうになり、思わず両手で握ってしまった。

 ぶつんという音が聞こえたような気がしたかと思うと、激痛が走った。

「ぐぐっ……。この野郎!」

 オレは渾身の力を込めて、山賊の腹を蹴りその手に持っている手斧を叩き落とした。

 左腕の痛みを感じる暇もなく、また次の山賊が襲いかかってくる。

「ち、ちくしょう!」

 右手が上がらない。足も動かない。

 疲弊しきった右腕は、足は、もはや言うことを聞いてくれなかった。

 休憩が必要だが、そんなことをすれば永遠に休んでしまうことになりそうだ。

 斧が振り上げられる。

 ルミニオンはリティアとシェルフィスを、アルステールはレミュリアを守るのに必死で、オレを助ける余裕なんぞあるわけがない。

 やはり、これだけの人数で挑んだのは間違いだった。

 せめて、10人くらいで……。

 こんなことになるんなら――、あのふたりだけは縄で縛ってでも留守番させるべきだった。

「ガンキチ!!」

 アルステールの叫ぶ声が聞こえる。

 何故か、人間というのは死ぬ瞬間、世界がスローモーションになる。

 ちくしょう――。まだクリアしてないってのに――。

 斧が振り降ろされた。

 このまま脳天にあの分厚く固い手斧が食い込んだら、まず即死だろうな。

 オレはギュッと目をつぶった。

 その瞬間、寒気のする音が響いた。

 しかし、痛みはなかった。

 あまりの激痛に痛覚が麻痺したのか。

 それとも――。

「!?」

 まだ動くまぶたを開けて前を見ると、山賊の手斧は何故かオレの肩を掠めて地面にめり込んでいた。

 その山賊は手斧を引き抜くと、再び襲いかかってくる。

 ブンッと振られた手斧はまたも何故かオレを大きく逸れて空振り。

 その次は斧を振り上げて威嚇。

 こいつら、何やってんだ?

 オレは不思議に思い、周囲を見る。

 すると、何故か他の山賊も同じ事を5人にやっているではないか。

 そして、いつの間にかオレ達6人と山賊どもの間に見えない壁がそこにあるかのように空間が作られた。

「……何だよこの山賊ども。脅すだけでボクらを殺そうとしない……」

 オレと同じ疑問を、アルステールが口にした。

「そういえば……」

 ルミニオンが何かを思い出して口を開いた。

「町が襲われた時も、金品を持って行っただけで、山賊以外の死人はひとりも出なかった……」

「妙な奴らね……」

「実はいい人なのでは? 話し合えばわかるかもしれません」

「でも、あたしはこの人たちに襲われそうになったんだよ」

 口々に言い合う中、山賊の壁が2つに割れた。

「話し合えばわかりそうな奴が出てきたぞ」

 オレはこっちにスタスタと歩いてくる山賊の頭目らしき男を見て言った。

 その男が先頭に立つと、2つに割れた山賊の壁は元に戻る。

 山賊の頭目は大男というイメージがあるが、この男はやや痩せ型で身長はオレより少し高い程度。褐色の肌、刈り上げられた黒髪に黒い瞳。幾分、額に皺があるが、それがかえって強そうなオヤジの雰囲気をかもし出している。

 戦士の様な服に胸当てといった服装で、肩にでかい大剣をかついでいる。

 その頭目らしき男は、オレの前に進み出ると。

「いつかはこんな日が来ると思っていたが、こんなに早くやってくるとはな。お前ら、何処の手のモンだ?」

「エルフ町から派遣された討伐隊だ」

 オレは質問に答える。

「ほほう、そうか。しかし、俺達は『ハイそうですか』ってやられるワケにもいかんのでな」

 頭目は背中にかついだ大剣を正面に構えた。

 反射的に、オレも筋肉が痙攣している右手でルミニオンの剣を構えた。

後ろの5人も、剣、弓、石ころを構える。

「手を出すな」

 オレはそれを手をかざして制する。

「しかし、ガンキチ、お前怪我が……」

「なんとかなる」

 小手の隙間から血が滴る左腕を見て慌てるアルステールを、オレはなだめるように口の端を持ち上げて答える。

 言っておくが、さっきの言葉に根拠はない。

 運を天に任せているだけだ。

「傷が開いてるわよ」

 白い手がオレの腕を掴んだ。

 シェルフィスだ。

 どうやら傷が開いた事がバレたらしい。

 アルステールにもバレたんだから、当たり前か。

「だから、なんとかなるって」

 オレはその手をやんわりと離させると、剣を構えなおし、頭目に向き直る。

「死ぬ気なの?」

「オレは死なない。っていうか、多分ここじゃ死なない」

「そんな意味の分からないこと言ってもダメよ」

「いいから。どうせ全員でかかれば、向こうも全員でかかってくる。そうなりゃ負けは確定だ。全員捕らえられて牢屋に放り込まれる。1対1で勝負がつけられるんなら、そっちの方が好都合ってのはお前もわかるだろ」

「あんた左腕が使えないのよ!? 勝てるわけないじゃないの!」

「わわっ! バカ! 聞こえるだろ!」

 と、オレは慌ててシェルフィスの口をふさぐが、時すでに遅く。

「へへえ。お前、ケガしてんのか。左腕か。そうかそうか」

 頭目は何を思ったか、大剣を右手1本で持った。

「何のつもりだ」

「お前が右手1本で頑張ってんのに、俺が両手を使ったらフェアじゃねえだろうが」

「ふーん。でも、重そうだな」

「ハンデだ。ケガ人相手に本気だせるか」

「後悔するぞ」

 オレは切っ先を少し動かした。

「そりゃどっちかな」

 頭目も同じように切っ先を動かした。

 オレと頭目は互いに睨み合ったままピタリと動きを止めた。

 剣が息遣いでかすかに揺れる。

 一陣の風が吹いた。

 辺りの木々がザアッと波に似た音でざわめく。

 木の葉がオレと頭目の間にヒラヒラと舞って落ちる。

「ふんっ!!」

 頭目が斬りかかってくる。

 デカくて重そうな大剣を右手1本で持っているにもかかわらず素早い。

 オレは疲労の激しい脚を引きずるようにして辛うじて避ける。

「くっ!」

 モーションが大きいから何とか軌道を読めたが、攻められっぱなしではいつか直撃することは間違いない。

 頭目から発せられるプレッシャーで、やたらと早く息が切れる。

 でかいものを振り回す奴は決まってスタミナがあるのだろうか、頭目は次々と斬り込んでくる。

 疲労で身体がスローになったおかげで、一瞬避けるのが遅れた。

 オレの剣に頭目の大剣がカチ当たる。

 肘の筋を机の角に打った時のような痺れが右手に走り、剣は右手を離れ地面へ叩き付けられた。

 や、やばい。

「もらったぞ」

 ニヤリとほくそ笑む頭目の顔が一瞬見えたかと思うと、大剣が振り下ろされる。

 オレは身体を捻って辛うじて避ける。

 無理な方向へ関節の稼働限界ギリギリに捻ったからか、妙な音が鳴り痛みが走ったが今はそれどころじゃない。

 目標を見失った大剣は地面にめり込んだ。

 頭目は大剣を再度振り上げようとするが、深々と地面に突き刺さった大剣を右手一本で抜くというのは、頭目の力をもってしてもなかなか難しい作業のようだ。

 オレはその隙を見逃さなかった。

 落とした剣を素早く右手で拾い、残り少ない握力で前へ突き出した。

「だああああっ!!」

「ぬうううっ!!」

 オレが斬りかかるのと、大剣が地面から抜けて再び振り上げられるのはほぼ同時だった。

 再び振り下ろされる大剣。

 当たれば命がない。

 縦一直線へ振り下ろされる大剣を、苦し紛れに剣で横へなぎ払った時、奇跡的にもそれは当たり、軌道を大きくそれて、大剣はオレの右足に峰打ちを食らわした。

 こいつ……、最初から斬るつもりはなかったのか。

 そうじゃなければ今頃オレの右足はチョンパだ。

 その右足から嫌な音は鳴り響いたが……、頭目に隙が生まれた。

 これが最後の攻撃チャンスだろう。

 残った握力の全てを使い、剣を前へ突き出した。

 そして、頭目の喉元でピタリと止める。

 いや、そこで握力が尽きたと言った方が正しい。

「……」

 頭目の表情が一瞬にして変わった。

 負けを認めたのだ。

 オレはそう感じた瞬間、剣を落とした。

「……ど、どうだ、まいったか」

 オレはついに体力が底を突いて地面へ大の字になって倒れた。

 これじゃどっちが負けたのかわからん。

 頭目もその場で座った。

「運がいい野郎だ……」

 不精髭の口許に笑みを浮かべながら、悔しそうに呟いた。

 後ろで見守っていた5人がオレに駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!? こんな無茶をして……」

「よく勝ったもんだ。大した奴だぜ」

 ルミニオンがオレを立ち上がらせようとする。

「いてててっ!」

 身体の至る所に激痛が走り、オレは思わず座り込んだ。

 シェルフィスが素早く診断する。

 あちこちを手で触れた後、呟く。

「自力で歩くのは無理ね」

 頭目が立ち上がりオレに近寄ってくる。

 アルステールがサッと身構えた。

「何もやりゃしねえよ」

 アルステールに一瞥くれると、頭目は鞘に納めた大剣を手下のひとりへ放り投げて渡した。

 そしておもむろにオレを肩に担ぐ。

「いでででっ!!」

 身体が軋み、痛みが走る。

「おい! どうするつもりだ!」

「ついてこい」

 アルステールの言葉に答えるかのように、頭目は後ろを向いたまま呟いた。


 オレは頭目の肩に担がれたまま、山賊の根城のような建物に連れていかれた。

 そこはあまり広くなかったが、生活に必要な物はおおむね揃っているようだった。

 そして、医療器具も。

「あんまり綺麗なところじゃねえが、取り敢えず治療は出来る」

 頭目は無表情で呟いた。

 山賊の手下が見かけに似合わずベッドを綺麗にメイキングして出ていった。

 そのメイキング仕立てのベッドにオレは放り投げられる。

「あだだだだだっ!!」

 その僅かな衝撃でも、オレの身体に激痛が走った。

「ちょっと! 怪我人はもう少し大事に扱ってよ!」

 シェルフィスの文句を聞き流して、頭目は出ていく。

「ある程度怪我が治ったら、風呂にでも入っていけや。ここの温泉は怪我によく効くぞ」

 頭目はそれだけ呟くとドアを閉めた。


 しばらくして、オレの治療が終わった。

 治療の最中、シェルフィスの長い耳をどさくさに紛れて触ったが、それがどうしたと流し目をしてくる余裕たっぷりの表情。

「絶対おかしいです」

 アルステールはまだ警戒しているのか、鎧を脱がずにいる。

「そうだな、何もしないとは言っていたが、山賊の言うことだし」

 ルミニオンが、片手に弓を持ったまま答える。

「でも、私はそんなに悪そうな人には見えませんでしたわ」

 レミュリアが呟いた。

「姫様、人を見かけで判断するのはよくありません。ひょっとすると、我々を人質に取ったのかも知れませんよ」

 真剣な表情で語るアルステールに、レミュリアは少しタジタジする。


 と、


 アルステールの青いショートヘアに大きな手が置かれる。

「男勝りな嬢ちゃん、あまり人を疑うと、いつか後悔する時が来るぜ」

 頭目だ。

「うわわわわわっ」

 頭を撫でられてびびったのかアルステールは顔色が変わる。

 そして、何故か怪我人のオレにしがみつく。

「あだだだだだっ!」

「あっ、す、すまん」

 慌てて離れる。

「ダメだよ、ガンキチお兄ちゃんは怪我してるんだから」

 と、言いつつ。オレの顔を抱きしめるリティア。

 発展途上の胸がオレの顔に……。

 言っておくが、オレはロリコンではないぞ。

「両手に花とはこの事だなぁお前。ところで、その身体じゃあこの山を下りることは無理だよな?」

 口許をニヤつかせながら、頭目は言った。

 サッとその場の雰囲気が一転する。

「き、貴様! やっぱりボクたちを人質に……」

 アルステールは必死に恐怖と戦いながら頭目を睨み付ける。

 その青いショートヘアにまたしても大きな手が置かれる。

「話は最後まで聞け。その身体じゃあ、山を下りるのは無理だな、だったら、治るまでここに居ろって言おうとしたんだよ」

 アルステールは頭をなでなでされながら呆気に取られた顔をする。

「別にお前らを取って食おうとか、人質に取ってどうこうしようとか考えてねえ」

 頭目はアルステールの頭から手を離すと。

「ま、話はそれだけだ」

 一言告げ、部屋を出ていった。

 一同は、ポカンと口を開けて呆然としていた。オレは身体の痛みでそれどころではなかったが。


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