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 次の日の朝。

 エルフにしかわからない道順を辿らないと迷ってしまう森をシェルフィスのおかげで無事に抜けて、ようやくオレ達はエルフの町にたどりついた。

 奇妙な形の家が並んでいるところは、エルフ村と変わらない。ただ違う部分は森の中に大きな町があるという事とエルフしか居ない事。

 早速、オレ達はシェルフィスの友人から自警団のリーダーの事を聞き出した。

 名前はルミニオン。エルフの男。

 知ってのとおり、ここの自警団のリーダーで、腕利きのスナイパーらしいが、今は訳あって休業中らしい。

 しかし、そこを無理言って何とかしてもらうのがRPGの鉄則だ。

 と、言うわけでオレ達は今、ルミニオンの家の前に立っている。

 ドアをノックするが、返事はない。

 再度ノックする。

 コンコン……。

 また返事がない。

 気配は確かにある。

 シェルフィスがそう言っている。

 シェルフィスは耳がいい。間違いはない。

 と、言うことは居留守を使っているのだ。

 となれば、もう出てくるまでドアを連打するしかない。

 ひたすらにドアを叩き続ける。

「誰だ! 鬱陶しいッ!!」

 マシンガンノックの音に、たまらず中からルミニオンらしい男が飛び出してきた。

 褐色の肌、シルバーブルーの髪、シルバーレッドの双眸。長い耳。やや野性的なイメージのエルフだ。黒いタンクトップみたいなシャツが野性的な印象をより強く引き立てている。

「ふう、やっと出てきたか」

 マシンガンノックのおかげで手首の筋肉が疲れた。

 ルミニオンはオレ達を見回して。

「あんたらは誰だ?」

 訝しげな顔で呟いた。


 *     *     *


 その後、オレ達はルミニオンの家にお邪魔して、今までの経緯を全部話した。

 悪王ユーネスがレミュリアを狙っていること、反乱軍を結成するために優秀な武将に兵が必要なことを。

 しかし、まだ自己紹介はしていない。

 ルミニオンはじっと黙ったままで、気まずく、自己紹介をするタイミングが掴めなかったのだ。

 全てを聞いたルミニオン。

 しかし、その答えは。

「ダメだ。俺はもう、戦いとは無縁だ。さっさとお引き取り願おう」

 あっさりと家を追い出されてしまった。


 途方に暮れるオレ達。

 仕方なく町の隅っこで食事の準備をする。

 太陽は真上に位置し、昼を知らせていた。

「まるで聞く耳を持っちゃいねえな」

 オレがぼやくと。

「きっと、何か理由があるんですよ」

 と、レミュリア。

「それにしても、自警団のリーダーがあれで自警団が勤まるのかしら」

 案外キツいことを言うシェルフィス。

「何にしても、これで振り出しに戻ったな」

 アルステール、落胆の色は隠せない。

「オレは諦めるつもりはねえぞ」

 こうなりゃ意地だ。

 とことん張りついて説得してやる。

 どうせ、ここであいつが仲間にならなきゃ先に進まねえんだから。と、思う。

「でも、どうやって説得するんだ?」

「う……」

 アルステールのひと言に、オレは言葉を濁す。

 ぬう……。そう言われると、全く思いつかない。

 ……。今の状態は、まさに『途中まで進んでいたのに、ある所でいきなり進めなくなってヒントを求めてフィールドや街をウロウロしているRPGの主人公』状態だな。

 いや、『訳がわからないから、とりあえず経験値を稼いで、レベル上げに専念する主人公』か?

 こんな意味のないことを考えても仕方がない。

 頭を振って雑念を振り払い、改めて打開策を練ろうとした時。

 ふと、何かの視線を感じた。

 オレはその視線の出所を探ってみる。

 と、

 女の子が木の陰から頭だけヒョコっと出して、こっちを伺っている。

 オレと視線が合うと、トコトコと近付いてきた。

 近付いてくると、だんだんその顔がハッキリと見えはじめる。

 明らかに見覚えがあった。

 それも、昨日の晩に。

「リティア?」

 オレは試しに呼んでみる。

 すると、その女の子はパアッと顔を輝かせて。

「ガンキチお兄ちゃん!」

 ドスンとオレの胸に飛び込んできた。

 一瞬だけ呼吸困難に陥った。

「おい」

 アルステールの眼が座った。

「まあ……」

 レミュリアは唖然とする。

「あらら……」

 見つかっちまったな、とでも言いたげな顔でオレを見るシェルフィス。


『お前、こんな年端も行かぬ子供をたぶらかしたのか』

『いけませんわ。ガンキチさん』

 と、誤解しているアルステール、レミュリアにきちんと説明して、リティアを紹介したのは言うまでもない。


「腕、痛くない? 大丈夫?」

 リティアが、ピンクのバンダナを巻いたオレの左上腕を見て、心配そうに言った。

 何てピュアな言葉だ。

 ピンクのバンダナは赤黒い色に変色してしまっている。

「大丈夫、大丈夫! もう痛くないぞ」

 これは本当だが。

 シェルフィスの薬は本当によく効く。

 1日で痛みが消えて、傷口が痒くなる。

 そして、2日後には薄皮が張っているのだ。

 こんな薬が現実世界で出回ったら、外科の病院は商売あがったりだな。

「よかった。心配したんだから」

 安心したように、てへへっと笑うリティア。

 それを見てると、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られてしまうぞ。

 言っておくが、相手が子供だからだぞ。


 オレとリティアのやりとりをジッと見る3人。

「仲いいわね」

 と、まずはシェルフィス。

「そうですね。ふたりの間には強い絆を感じます」

 レミュリアが、アルステールを横目に言った。

「子供相手に、なに真剣になってるんだか」

 アルステールがボソッと言う。

 それを聞いたふたりが。

「あら? キミ、妬いてんの?」

「い、いけませんわアルステール。子供に嫉妬しては」

「ななななっ! 何を言ってるんですか! シェルフィスさんに、姫様まで!」

 アルステール、真っ赤になって慌てる。


 余談だがエルフは、人間より寿命が1ケタ多いらしい。だから、リティアの様な子供に見えるエルフも数字的には100歳を越えているとか。

「ねえ、ガンキチお兄ちゃん。今日は何処か行くの?」

 リティアが、オレの痛くない方の腕に腕を絡ませて言った。

 こんな気遣いにすら、ピュアさを感じる。

 発展途上の胸が腕に押しつけられるぞ。

 あわわわ……。また、オレは何を考えているんだ。相手はこんな年端も行かぬピュアな女の子だぞ。

「いや。しばらくはここに居るぞ」

 ルミニオンを説得するまではな。と、頭の中で付け加える。

 すると、リティアの顔がまたパアッと輝いた。

 こんなピュアに嬉しそうな顔をされると抱きしめたくなるぞ。

「ホント!? ねえねえ。何処に泊まるの? 泊まるところ教えて。ガンキチお兄ちゃんに会いに行くから!」

 頬を染めたりもせず、眩しいばかりの笑顔で言うリティア。

 ……。

 ピュアだ。ピュアすぎる。

「野宿だな」

「野宿ってことは、泊まるところ無いんだよね?」

「うん」

「じゃあ、じゃあ、あたしの家に泊まってよ、お兄ちゃんが、あたしを助けた人に会いたいって言ってたからっ」

「えっ? いいのか?」

「うん! 大歓迎だよ! お兄ちゃんも、ガンキチお兄ちゃんが来たら喜ぶよ。お友達も

一緒にみんなで泊まっていって!」

「それじゃ、お言葉に甘えようかな」

 オレの返事に、リティアは大喜び。

 だって、こんなピュアな女の子の好意を無下にするなんて、出来るわけないではないか。

「みんなもいいよな?」

 3人に問うと、

「もちろんですわ」

 ニコニコと笑顔で返答するレミュリア。

「野宿しなくて済むんなら大歓迎よ」

 シェルフィスも快諾した。

「まあ……、別にいいけど」

 アルステールはあまり乗り気じゃなさそうだが。

「やったあ! ガンキチお兄ちゃん、一緒に寝ようね!」

 アルステールの眉がリティアの一言に反応した。

「ア、アルステール。あの子は変な意味で言ったのではないのですよ」

 いち早くその反応に気付いたレミュリアが慌てて繕う。

「わ、わかってますよ姫様」

 しかし、眉はピクついたままのアルステール。

「ガンキチちゃん。人気あるわね」

 苦笑いのシェルフィス。


「ここだよ。あたしの家」

 リティアが、見覚えのある家に指さした。

 案内されて辿り着いた家は、何とルミニオンの家だった。

「リティア。お兄ちゃんて、まさか……。名前は何ていうんだ?」

「ルミニオンだよ。ルミニオン・ゼルテ」

 ニッコリとリティアが笑った。

 やられた。

 何という偶然。

 いや、RPGなら最初から仕組まれた事か。

 リティアが先に家へ入り、ルミニオンを呼んでくる。

 そして奥からルミニオンが出てきた。

「いらっしゃい。リティアの命の恩人……お、お前は!」

 オレの顔を見るなり、ルミニオンはビビる。

 当たり前だな。

「また会ったな」


 しばらくして。

 ルミニオンの家に招待されたオレは、おもむろに、テーブルの上に置かれたカップを手に取る。

 シェルフィスの家で飲んだお茶と同じだ。

 何とも言えない味だが、妙に心が落ちつく。

 ついでに、これはルミニオンが出してくれた。

 さっきとは待遇が全然違うぞ。

 ついでに、ルミニオンの態度も全然違うぞ。

「いや、さっきはすまなかった。まさか、リティアの命の恩人とは思わなかったから」

 ルミニオンがリティアの頭を軽く撫でる。

「このお兄ちゃんは、ガンキチっていう名前なんだよ。ねー♪ ガンキチお兄ちゃん☆」

「ほう、そうか。ガンキチか。いい名前だ」

 またもやウケが良い。

 からかっている様には見えないが……。

 この後、オレの名前が出てきたのをきっかけに、みんなそれぞれ自己紹介をした。

「あのね、あのね。ガンキチお兄ちゃん、あたしを守るために怪我しちゃったの。剣も折れちゃったの」

 リティアはオレの左上腕に指をさす。

 元の色が判別出来ないほど、左上腕に巻かれたバンダナの色は赤黒く染まっている。

 まあ、剣の方はただ単にナマクラ刀だっただけだが。

「そうか。それはすまなかった……。ああ、そうだ」

 ルミニオンは何かを思いついたように立ち上がってその場を離れ、タンスを開けて何かを探している。

 そして、黒い布にくるまれた棒状の物体を持ってきて、テーブルの上に置いた。

 ルミニオンは黒い布を取った。

 結構な装飾を施された剣が姿を現した。

 鍔がエルフの耳を象徴するかのように、左右へ突き出している。

 ルミニオンはその剣を鞘から抜くと、刃を確認するように見る。

 そのやや細めの刀身は約80センチほど、鏡のような光沢を放っている。

 あのナマクラ刀とは、雲泥の差だ。

 その剣を見て、アルステールの眼がらんらんと輝いている。

 ルミニオンは剣を鞘に収めると。

「ガンキチ。お前にこれを貰ってほしい」

 と、オレの前に差し出した。

 しかし、オレは。

「いや、そんな高そうな物貰えないぞ」

 と、定番な返事をする。

 素直に頂いたらそこで話が終わってしまうような気がしたからだ。

 それに、タンスの中に、布まで巻いて保管してたんだから、さぞかし大切なものに違いない。

 軽々しく受け取れるような代物ではなさそうだ。

 すると、ルミニオンはオレをジッと見た。

「お前は、こんな物よりずっと大切なリティアを救ってくれた。十分に受け取る権利はある」

「いや、でも……」

 徐々に押し返されるオレ。

「それにリティアを助ける為とはいえ、お前の剣を折った上に、怪我までさせてしまった事のお詫びの意味もある」

 ルミニオンはオレの左上腕を見る。

「あと、俺の武器は主に弓であって剣は矢が切れた時ぐらいしか使わない。だから、俺にとってこの剣は宝の持ち腐れというわけだ。お前のような人間なら喜んで渡せる。それと剣はこれとは別にもう1本持っているから心配するな」

「うう……しかし」

 このままではオレは剣を受け取ってしまうぞ。

 このまま受け取ったら、仲間に引き込む切っ掛けがなくなってしまいそうだ。

 そこで、オレはピーンとひらめいた。

「やっぱり、貰えない。貸してくれるんなら喜んで借りよう」

 うむ、咄嗟に思いついた言葉にしては上出来だ。

「しかし、それでは俺の気が済まない」

 おっ? この流れはもしかすると……。

 オレは迷わず言う。

「だったら。反乱軍に入ってくれ。それでチャラだ」

 すばらしい一手だ。

 と、オレが頭の中でガッツポーズをするが、ルミニオンは急に表情を曇らせた。

「……。それは、できない」

 重みのある声で、ルミニオンが呟いた。

「何故だ?」

 オレが聞くと、ルミニオンは視線を下に落とす。

 そして、ちらっとリティアを見ると、オレに言った。

「ふたりで話がしたい」

 外に出よう。そう指でジェスチャーする。

 なにやら深刻な表情だ。

 多分、リティアに聞かれてはまずい話なのだろう。

 オレはルミニオンと外に出た。

 何も喋らないルミニオンに付いて行って、辿り着いたところは何と酒場兼メシ屋。

 まだ昼過ぎな事もあって、客はまばらだ。

 適当に空いている席に向かい合って座る。

 すぐにウェイトレスらしいエルフの女が現れて。ルミニオンは注文する。

 ウェイトレスが去っていくと。

「酒は飲めるんだろう?」

 ルミニオンがいきなり聞いてくる。

「オレは未成年だ」

「歳はいくつだ?」

「17だ」

「なら、大丈夫。エルフの掟では150歳から酒が飲める」

「133年も足りないではないか」

「人間の年齢で、大体14、5歳くらいだな。だから、お前は飲める」

「……」

 ……オレの世界のモラルは完全無視だな。


 しばらくすると、ウェイトレスがつまみと結構大きな陶器のボトルを持って来て、テーブルに置いた。

 干し肉を固くなるまであぶって小さく切ったつまみ。

 その横の大きな陶器のボトルには、紫色の液体が入っている。

 ルミニオンは、グラスをオレの前に置くと紫色の液体を注ぎはじめた。

 あからさまに酒の匂いがする。

「どうした? 飲めよ」

 ルミニオンが勧める。

 しかし、オレは酒なんぞ飲んだことも舐めたことも無い。真面目だからな。

 赤ワインに青色の液体を混ぜたような色をしている目の前の液体。

 ご丁寧に、グラス満タンにしてある。

「甘いから、飲んでみろよ。俺は辛い酒は苦手でね」

 ルミニオンはひと口、紫色の液体を飲んでみせる。

 それに興味をそそられて、オレはグラスを手に取り、チビッと飲んでみる。

 甘い! メチャクチャ甘い!

 まるで、砂糖水を飲んでいるみたいだ。

 しかし。

 喉を通った途端、まるで熱湯を飲み込んだかのように、熱い固まりが食道を通り抜けていく。

 思わずオレはむせた。

「おいおい。大丈夫か?」

「だいじょぶ……」

 気分が良くなってきた。

 もちろん、これは体の調子が良くなったわけではない。

 オレはグラスの中身を一気に呷る。

 今度はむせない。

「お、おいおい! そんな一気に飲んで……」

 両手をあたふたさせて、ルミニオンが慌てる。

 オレは空になったグラスを底が割れそうな勢いで置く。

 自分が何をしているのか、だんだんよくわからなくなってきた。

「さあて。反乱軍に入れない理由。ゆってもらいまひょか!」

「お、お前。眼が座ってるぞ。相当弱いな」

「早く言いなはれ!」

 何を喋っているのかもわからなくなってきた。

 お前は何処の人間だ。とでも言いたげな顔で苦笑するルミニオン。

 しかし、根負けしたかのようにぽつりぽつりと語りだした。


――俺は、一昔。って言っても、50年くらい前だが。


「ごじゅうねんまえだとうぅ!? オレはまだ生まれてないでわないか」

「落ち着け」


――その頃、エルフ同士の紛争があってな、俺はそれに参加していたんだ。

 あの時の俺は若かった。


「今でも若いでわないか。ぬわーにをケンソンしとるか!」

「慌てるな」


――俺が攻撃した村は、ハーフエルフの村だった。ハーフエルフとは人間との混血のエルフの事だが。


「シェルフィスの住んでいる村と同じよーなヤツか?」

「まあ、よくわからんが、とりあえずそうかも知れん」


 ――俺は次々にハーフエルフどもを撃ち殺していった。だが、女子供は狙わなかった。それが俺のポリシーだった。


「ふむ! 気が合うでわないか!」

 ふらつきながら隣に座ると、オレはルミニオンの肩をバンバン叩く。

 ルミニオンはもう慣れたのか、無視して続ける。


 ――それがだ。俺の目の前で他の仲間が女の子を殺そうとしやがったんだ。見て見ぬふりなんて出来るわけがない。俺は我を忘れて、女の子を守る為、仲間を撃ち殺してしまった。そして、女の子を連れてその場から逃げだしちまった。


「うむ、あんたはエライ!」

 しかし、もうルミニオンはオレの言葉に反応しなくなった。


 ――おかげで俺は、エルフの間でお尋ね者になってしまった。そして、それから俺はその女の子と一緒に、ほとぼりが冷めるまで身を隠して暮らすことにした。

 生気を抜かれたような目をしていたその子を、黙って見過ごせるほど俺は非情な心を持ち合わせていないからな。

 その子は目の前で親を殺害されたショックからか、大部分の記憶が飛んでしまっていた。自分の名前すらも。

 そこで、俺はその子にリティアと名付けて『俺とお前は兄妹だ』と偽りの記憶を植えつけた。

 リティアはすぐに俺と馴染んだよ。それこそ本当の兄妹みたいに。

 リティアと平和に暮らす。それが俺に出来る小さな償いだった。

 そして、俺はリティアの笑顔を見る度に思ったんだ。もう、戦うのはやめようってな。

 これ以上、リティアのような犠牲者を出したくなかったんだ。


「それはチガウな」

 座った眼のまま、オレは言った。視界は既にグルグルと回っている。

「!?」

 ルミニオンがオレを見る。

「諸悪の根源を消さねえ限り、お前が戦うのをやめたって意味がねえ……ヒック」

「……」

 ルミニオンは目を逸らした。

「ヒック……それにユーネスってヤツは、聞くところによると、とんでもねえ悪人だ。クリスエルム王国の周辺を制圧したら、絶対にここにも攻めてくるだろうな……ヒック」

「……」

 ルミニオンはジッと黙ったまま、空になったグラスを見つめている。

「軍事演習で、村をひとつ焼き払うような奴だから。女子供にも容赦はしないぜ……ヒック!」

 辛うじて真面目な話ができているが、そろそろ限界が近い。

「オレだってよぉ。あいつらを危険な目に合わせたくねえぜ。可愛い奴ふたりも居るし、美人も居るし。かといって、今のオレに守る力はあるのか? と言われると、ハッキリ言って無いヒック」

「……」

「だったら、自分で守る力を付けるしかないヒック。つまり、反乱軍結成ってワケだヒック」

 グルグルと回る世界が少しずつ気持ち悪く感じ始めてきた。

「諸悪の根源を潰してしまえばヒック、いつ殺されるかなんて怯えて暮らさなくても済むし、戦争も無くなるヒック。つまり、リティアのような犠牲者が出なくなるってワケだヒック」

「……」

「ルミニオン。お前がやってるのはただ逃げているだけだ。食われそうなニワトリみたいになヒック」

 我ながら、とてつもなく格好をつけたセリフだ。シラフのオレなら、言ってて鳥肌が立っただろう。

「逃げ回ってても、いつかは捕まるだけだぜヒック」

「……」

 ルミニオンは無言で空のコップに紫色の液体を注いだ。

「もう1回聞くぞヒック。オレ達反乱軍結成の為に協力してくれないかヒック?」

 オレはルミニオンをジッと見つめたが、正直焦点が合っているのかどうかわからない。

 ルミニオンは、一気に紫色の液体を呷ると、グラスを置いた。

 そして、ぽつりとひと言。

「少し、考えさせてくれないか」

 オレは1回、ヒックとしゃっくりをして。

「ああ。いい返事を待ってるぜ……うっぷ」

 オレの頬が大きく膨らんだ。

 この中身はもちろん空気ではない。

 ルミニオンの顔色が変わる。

「――!? おい! 待て! 我慢しろ!」

 慌ててオレを酒場から連れ出した。


 オレは出すモノを全部出した後ヘベレケになり、ルミニオンの肩を借りながらリティアと3人が待つ家に帰った。

 辺りはもう黄昏に染まっている。

 家に入ると、4人は見慣れない絵柄のカードゲームをやって盛り上がっていた。

 多分、リティアが提案したのだろう。

「あ、お帰り! 遅かったね」

 と、リティアがオレに駆け寄ってくる。

 しかし、今のオレはかなりデンジャラスだ。

「おお〜! 可愛いリティア! 可愛い唇頂きッ!」

 タコのように唇を突き出し、リティアにキスを迫るオレ。

「きゃ〜っ☆ みんな見てるよ!」

 こんなコトを言っていても、嫌がらないリティア。ちゃっかり目も閉じている。ああ、オレは年端もゆかぬピュアな女の子に何という事を……。

 リティアの唇に、ちょっとだけ触れた瞬間。

「帰ってくるなり、ナニをやってるんだお前は!!」

「妹に何をするかッ!!」

 ルミニオン、アルステールのふたりから同時に、ばきごき! という音がしっくりくるパンチを貰った。

 しかし、酔ったオレはその程度では怯まない。

 どこかの医者が言っていた。酔った患者には麻酔は要らないと。

 つまり、オレはさほど痛みを感じなかったのである。

 オレは、顔にめり込んだアルステールの拳を掴むと。

「おお〜! 可愛いアルステール! その唇頂きッ♪」

 今度はアルステールに抱きついて唇を奪おうとする。

 どうも、オレは酒が入るとしつこくなるようだ。

 不思議な事に、邪魔をする……もとい、止めに入る奴が誰も出てこない。

「なな、何を言ってる! ん? 酒の匂い……」

 アルステールは可愛いという言葉に、一瞬抵抗が弱まった。

 酔っているオレは、その隙を見逃さない。

 カチンと前歯同士が激突。

「……」

 アルステール、一瞬『何が起こったかわからない』といった表情をする。

 シェルフィスは『やった!』という顔で、レミュリアは真っ赤になって『きゃー☆』とでも叫びそうな顔。そして、ルミニオンはリティアの目を塞いでいる。

 アルステールの身体に両腕を回して固定して、唇を堪能するオレ。

 柔らかくて、しっとりとしている。

 一瞬、ルミニオンの手が緩んだ隙に、リティアはその光景を見て、

「あーっ! ガンキチお兄ちゃん浮気者ーっ!」

 泣きそうな顔で叫んだ途端、

「ぷはっ! き、きゃあああぁぁぁっ!!」

 ばっちーん!! という音が鼓膜に直撃。

 素早く身体を離したアルステールは、女らしい悲鳴を上げながらオレに強烈なビンタをかましたのだ。

 今はただでさえバランス感覚が鈍いのに、そんなものを食らわしてくれるから、床に倒れて頭を強打してしまった。もちろん、これで気絶したのは言うまでもない。


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