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「ふむ、そのザム・エクストリアって奴以外みんな変わっちまったんだな?」
「そうだ。特にエマン・カシュー様の変わり様は凄いものがあった」
「とてつもない悪巧みを考えるようになったとか?」
「その通り。騎士の軍事演習という理由で村をひとつ焼き払ったり、反乱分子への見せしめとしてレジスタンスのひとりを処刑し、首を城門の上に1ヵ月間吊るした事もあった」
「うーむ。絵に描いたような悪者だな」
「ああ。評判も良かっただけに、あの変わり様は国民も相当ショックを受けていたよ」
アルステール、膝を抱えて言った。
ふむ、ここまでは普通のRPGと同じ展開だな。選択肢を選んで先へ進むゲームとは違って自分で全部考えなければならんトコロがちと違うが。
しかし、ザム・エクストリアか。考えてみる余地はあるな。
と、オレがいろいろ考えていると、アルステールが立ち上がる。
オレはそれを何気なく見ていたが、アルステールの身体がゆらゆらと揺れて見えた。
何だ? 地震か?
そう思った途端、アルステールの膝がカクンと折れると、オレの上に倒れてきたのだ。
「のわっ!?」
おおっ? 何だ? 柔らかい感触がオレの胸に……。じゃなくて。どわわっっ!? 何でアルステールがオレの上に!?
積極的だな。じゃなくて、ラッキー。あわわ、オレは何を考えているんだ。
「あ! す、すまん! 立ちくらみがして……す、すぐに退くから」
いや、別にすぐじゃなくてもいいぞ。
……はっ。いかんいかん!
「だ、大丈夫か?」
「目の前が真っ白だ……」
しかし、アルステールは低血圧か?
立ちくらみを起こすとは……。
アルステールが手を突いてオレの身体から退こうとした瞬間。
ガチャッ。
ありがちなパターン。
予想はしていた、でも、まさかな……と、思っていた矢先、無情にも玄関のドアがいきなり開いた。
「ただいまー! おふたりさん私の家でヘンなこ……と……」
買い出しから帰ってきたレミュリア、シェルフィスが凍りついた。
一瞬にして、辺りが氷河期になった。
そりゃあ、アルステールがオレの上に覆いかぶさっているんだから当然のリアクションだ。
シェルフィスがいち早く解凍すると。
「……お邪魔みたいね。出直しましょ姫様」
シェルフィスがレミュリアの肩を抱いて外に連れ出そうとする。
レミュリアは固まったままだった。
ようやく解凍したアルステールが、
「ちちち、違うんです! ひ、姫! シェルフィスさん! おい、ガンキチも説明してやってくれ!」
「説明も何も、その前に早く退いたほうがいいぞ」
オレの上に覆いかぶさっていた事を思い出して、パッと離れるアルステール。
頬が少し赤い。
ふむ。可愛いではないか。
数十分後。事の誤解をやっとのこと解くと。
「ホントにもう、びっくりしたわよ。家に入ったらガンキチちゃんを襲ってるんだもの」 と、まずはシェルフィス。
「ううう……」
真っ赤になるアルステール。
「全くです。アルステールが私より早くオトナになったかと思いましたわ」
と、レミュリア。
「うううう……」
更に真っ赤になるアルステール。
「まあ、いいじゃないか。何事も無かったんだから」
あっけらかんと言うオレに、シェルフィスが、
「私達が家に入るのにあと数十分遅れてたら、何事も無かったって言える自信ある?」
「う……」
くそう。反論できねえぞ。
オレとアルステールは、いけない事をして母親から怒られる子供みたいに小さくなってしまった。
「あ、そうそう。ガンキチちゃん、服はボロボロで靴も無かったわよね。買ってきたわよ」
シェルフィスがウインクしながら紙袋をオレに差し出した。
「おおっ! ありがたい!」
オレは早速、袋を開けて中身を取り出す。
エルフの服なのか、奇妙な柄の長袖だ。しかし、この際贅沢は言ってられない。
ズボンも履いて、靴もついでに履いてみる。
よくある旅用のブーツというヤツか。靴底が妙に薄っぺらいが。
「うん。似合う似合う! さっすが私のセンスね。耳の長さが足りないけど」
「普通だな」
「エルフっぽくていいですわ」
口々に言う3人。
褒めているのか、いないのかよくわからんが。
たかが服1枚、されど服1枚。
普段は服がいっぱいあるから。それが無くなった時の事なんか考えたこともない。
こうして、服が無くなってみると改めて服のありがたさがわかるな。
何はともあれシェルフィスに感謝だ。
オレはエルフの服上下と靴を装備した!
……。
……?
ちょっと待てよ?
装備。何かひとつ足りないぞ。
そうだ、武器だ。剣だ。
剣が無ければ、オレの剣道技が披露出来ないではないか。
それに気付いたオレは、次の日にシェルフィスから剣を買ってもらった。1番安くてチャチなやつだけど。
そして、その日は何事も無く終わった。
ついに、出発の日が来た。
オレの腕のためらい傷と胸の傷、脚と足の裏の傷はそこそこ良くなり、歩けるようにもなった。普通なら、3週間はかかりそうな傷だったんだが。一体どういう薬を使ったのか。
今、オレ達は村の門の前に居る。
「時間はどれくらいかかるんだ? その町まで」
オレは刀身約60センチくらいの安物の剣を肩に担いで訊ねる。
意外にこの剣は重い。安物だからか、それとも真剣なんぞ初めて手にしたからか。
地図を広げて返答するシェルフィス。
「そうね……。早くて1日。遅くて2日くらいかしら」
「なんだと?」
背負おうとしたリュックサックがピタリと止まる。
2日?
メチャクチャ遠いではないか。
この世界の人間&エルフにとっては、このくらいは当たり前なんだろうか。
「馬に乗ってもか?」
と、オレが言うと。
「馬? 馬なんて何処に居るのよ」
シェルフィスが辺りを見回す。
あら? 確かに2日前は兵士どもから頂いた馬が……。
「ない! 馬が消えたぞ? おい、アルステール。馬はどうした?」
「いや、確かにここに繋いで……」
アルステールは慌てる。
地面に蹄の跡が僅かに残っているだけで、馬は忽然と消えていた。
「ひょっとして、ここに馬を置き去りにしてたの?」
「いや、確かにここに繋いで……」
アルステール、同じ言葉を言う。
相当なショックを受けているようだ。
「あーあ。それじゃあ、盗賊に盗まれたんだわ。諦めることね」
シェルフィスがにこやかに告げた。
「今度からは、ちゃんと馬小屋に入れるのよ」
と、付け加えるのも忘れない。
ううむ、迂闊だった。
オレとしたことが、盗賊というものを忘れていた。
まあ、仕方ないな。何処かでまた手に入るだろう。
「ここに繋いで……」
「ほら、もういいから。仕方ねえよ。行くぞ」
呆然とするアルステールの頭を軽く撫でて、オレはリュックサックを背負った。
言っておくがこの中身は食料や水が何日分か入っていて、結構重いぞ。
ちなみに、テントはアルステールが背負っている。オレのリュックサックよりは軽いらしい。
オレやアルステール、シェルフィスは歩くのに問題無さそうだが、レミュリアは温室育ちみたいだから。結構辛いかもしれないな。
と、オレは思っていた。
しかし、読みは見事に外れた。
何と、レミュリアは散歩が大好きで、暇さえあれば外を歩き回るらしい。と、いうワケで歩くのは慣れているようだ。さすがに重い物を持って歩くのはキツいみたいだが。
こうして、辺りの景色をゆっくりと眺めながら歩くのは、随分久しぶりな気がする。
現実の世界じゃ、外は排気ガスで充満してるわ、車のエンジン騒音はするわでとてもゆっくり景色を眺める気にはなれない。
どうせ、高層ビルや道路ぐらいしか見えないしな。緑なんて街路樹と雑草とスーパーに売ってる野菜ぐらいのもんだ。
しかし、この世界はどうだ。
聞こえてくるのは風の音。草木が風で揺れる音。小鳥のさえずり。
排気ガスの匂いは微塵もない。草木の匂い、土の匂い。たまに頬を撫でていく風が心地よい。ちょっと冷たいがな。
一変の曇りもない広大で幻想的な景色。
高層ビルなどのバカでかい人工建造物はもちろん無い。
遠くの方で見えるアルプスの様な山脈なんか、思わず見とれてしまうぞ。
半日ほど歩いただろうか。太陽が西寄りになって、景色の色が変わり始めた。
「この分なら、今日中に着くわ。でも今日はこの辺で野宿にしましょう。夜中に押しかけてもどうせ入れてくれないから」
小さな川のせせらぎを通りすぎた辺りで、シェルフィスが言った。
しかし、今思ったが。怪我が治りたてだというのに、こんな重い物を背負って歩いても全然なんともないぞ。
すごい効果だな。シェルフィスの薬は。
オレはリュックサックを下ろした。
「ふぃ〜っ。重かったぜ」
焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。
辺りはすっかり真っ暗だ。
焚き火の近くには、アルステールが背負っていたテントが張られている。
テントはひとつしかない。
と、いうことは。あの中に4人で寝るのか?
まさか、オレひとりだけ外なんて事は無いよな?
初めて口にするあぶりたての干し肉を食べながら、オレは思った。
「ガンキチちゃん。そこで水汲んどいてね」
と、シェルフィスがオレに空の水筒を渡す。
手早く綺麗な川の水で水筒を満たすと、リュックサックの中に入れる。
今気付いたが、こんな透き通った水が流れている川は初めて見たぞ。
よく見ると、魚も泳いでいる。
釣り道具でもあればなぁ……なんて考えていたら。
「きゃああぁぁぁぁっ!!」
甲高い悲鳴が辺りに響きわたった。
「何だ!?」
「悲鳴よ! それもエルフの女の子の」
シェルフィスが長い耳をピクピクさせる。
何て耳がいいんだ。さすがにそこまで聞き分けられなかったぞ。長い耳は飾りじゃないって事か。
「よぉし! 助けるぜ!」
「ボクも行く」
「私も行くわ!」
アルステールが剣を、シェルフィスが小型の弓を手にする。
「ちょっと待て、レミュリアちゃんがひとりになっちまう。アルステール、お前は残れ」
「う……。わ、わかった」
オレとシェルフィスは、悲鳴が聞こえた場所へ急いだ。
森に隣接した街道。
毛皮の服を着て、斧を手にした山賊みたいな奴3人から囲まれている女の子を発見する。
「ぐぇへへへへっ! 可愛いお嬢ちゃん! こんな夜道にひとりで歩いちゃ危ないよぉ。こんな風になるからなぁ」
「ぎゃはははっ! 今日はツイてるぜぇっ!」
山賊の下品な言葉に、女の子は更に震える。
「い、いや……」
「お、俺はこの服が欲しいな! こ、この服は破らないで脱がしてくれよぉ!」
「だ、誰か……たすけて……」
『いィ〜たァだァ〜きま〜すゥ』
山賊3人が手をニギニギさせながら女の子に詰め寄る。
「待てえぇいッ!!」
女の子に襲いかかろうとした山賊どもは、オレの、何処かで見た変身モノのヒーローが登場するシーンで使うセリフに、ピタッと止まった。
「下品な山賊どもめ! この正義の味方ガンキチ様が来たからには、その女の子には指1本触らせねえぞ!」
安物の剣を素早く抜刀して言う。
キマった……。
一度こんなセリフを言ってみたかったんだ。
しかし、
「ぎゃははははっ! ガンキチだと! 面白え名前だ! ぎゃははははっ!」
山賊三人は爆笑する。
この野郎……。あの3人にはウケが良かったのに。
「ちえすとぉぉぉっ!!」
オレは山賊のひとりを狙い、一気に間合いを詰め、脳天に安物の剣を振り下ろした。
もちろん、峰打ちだ。いくら悪人といえど殺すのは気持ちの良い物じゃない。
あと、名前で笑われた怒りが少し込められている。
ズンという衝撃が両手に伝わってくる。
直撃! 70のダメージ!! という手応えだ。
途端に山賊のひとりは昏倒。
我に帰った山賊ふたりは、斧を手に襲いかかってくる。
しかし、そのスピードは真面目にやっているのかと思わせるほどスローに見えた。
重い斧だからスローに見えるのだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいい。
振り下ろされる斧、それを後ろへ飛び退いてかわした。
だって当たったら死ぬだろ。
斧が地面にめり込んだところを見計らって、オレは山賊の胴に一撃。
またひとり昏倒。
「残るはお前ひとりだな。観念しろ」
オレは静かに呟いた。
じーん……。
キマった……。
しかし、山賊は女の子に突進して。
「うがああああっ!!」
最後の卑劣な手段その1『女の子を叩き斬る』を強行しようとする。
しかし、そんなことはオレがさせない。
素早く女の子の前に立つと、斧を受け止めるべく、剣を構える。この間2秒くらい。
スローだから追い越してしまったじゃないか。
しかし。
バキーンと鉄をハンマーで叩いたような音が鳴り響いたかと思うと、オレの持っていた剣は半分ほど短くなってしまった。
つまり、真っ二つに折れてしまったのだ。
「うげっ!?」
斧は多少勢いが衰えたものの、確実にオレの肩口めがけて迫ってくる。
まずい。
このまま食らえば致命傷なのは間違いない。
辛うじて身体が数センチ動いた。
直撃は避けるが、左上腕に斧が食い込んだ。
「ぐっ!!」
嫌な音が聞こえた後、激痛が走り、鮮血が迸った。
何てこった。
とんだナマクラ刀だ。
山賊は『ラッキー!』とでも言いたげな顔で更に斧を振り上げる。
待て、こんなところじゃ終われねえぞ。まだ反乱軍も結成してないのに。
ドンという音がして目の前の毛皮の身体が揺れた。
違うぞ。
今の音は、オレが斬られた音じゃない。現にこうしてまだ生きている。
シェルフィスの放った矢が、山賊に直撃した音だ。
山賊はプルプルと痙攣すると、ばたりと倒れた。
「ふう。ガンキチちゃんひとりで大丈夫そうかなと思った矢先これだものね。しっかりしてよ正義の味方さん」
シェルフィスが小型の弓を背中にしまいながら言った。
「おいおい。殺したのか?」
痛む左上腕の傷を押さえながら言うオレ。
すると、シェルフィスはオレが倒した山賊を診て。
「こっちは内臓破裂。こっちは頭蓋骨陥没。両方とも脈が無いからジ・エンドね」
「……はは」
殺っちまった。
悪者とはいえ、生まれて初めて人を殺してしまった……。
「大丈夫かい? 怪我は無かったかい?」
オレは優しくその女の子に話しかけた。
女の子はシェルフィスが言った通り、エルフだ。発展途上なのか、耳はやや短めだが。
年齢は人間で言うと、10歳くらいかな? くりくりとしたブラックレッドの瞳に、ブラックゴールドの髪、長さは肩に届くぐらい。
ピンク色のバンダナを頭に巻いている。
そのエルフの女の子は、いきなりオレに抱きついてきた。
発展途上の柔らかい感触がオレの胸に……あわわわ。こんな年端もゆかぬピュアな女の子相手に何を考えているんだオレは。
言っておくが、オレはロリコンじゃないぞ。
「怖かった……。怖かったよぉ……うわぁぁぁぁん」
オレの胸で、肩を震わせて嗚咽する。
オレはその頭を優しく撫でて、よしよしする。
うんうん。助けてよかった。
左上腕が少し……いや、だいぶ痛いけど。
* * *
「あたし、リティア。リティア・ゼルテ。お兄ちゃんは?」
落ちついたエルフの女の子、急に自己紹介を始めた。
「オレかい? オレは正義の味方、頑吉だ」
ニッコリと笑って答えるオレ。
相手は子供だから接し方はこれで合ってると思うが。
「わあ! ガンキチ! カッコいい名前だね!」
意外な答えが返ってきた。
まあ、笑われるよりはマシだが。
「あっ! ガンキチお兄ちゃん、腕から血が出てるよ」
うむ、さっき山賊に斬られたからな。
なんて事は口が裂けても言えないが。
「大丈夫だよ。このくらい」
平静を装って言うオレ。
大丈夫なわけがない。かなり深く切って、肉と肉が離れかけてるんだから。今も必死に痛みをこらえているぞ。
なんて事は口が裂けても言えないが。
「ダメだよ! こんなにいっぱい血が出てるんだから」
リティアが頭のバンダナを解いて、オレの左上腕に巻き付けた。
ピンク色のリティアのバンダナが無残にも赤く染まっていく。
「それ、ガンキチお兄ちゃんに貸してあげる! 返すのはいつでもいいからね」
リティアはピュアな笑顔で言った。
何か、物凄くじーんとする。
「おう、必ず返すからな」
こんなピュアな子の好意を無下にするわけがない。オレは力強く答えた。
相手は子供だからな。
「それじゃ、あたし、帰るね」
「ひとりで大丈夫か?」
「うん。家、すぐ近くだから」
「また襲われたら、大声でオレを呼べよ。すぐに助けに行ってやる」
「うん……。ありがとう」
呟いたと同時に、何だかモジモジとし始めるリティア。
「……あのね、ガンキチお兄ちゃん。ちょっと、耳貸して」
オレは言われた通り、リティアの顔の前に耳を近づける。
「うんうん。何かな?」
「あのね……。……ちゅっ」
突然、リティアはオレのほっぺにキスをした。ついでに、オレは突然のピュアなキスに身体が硬直する。
「またねっ」
リティアは足早に去っていった。
オレはリティアの唇の感触がまだ残っている頬に手を当てた。
一部始終を見ていたシェルフィスがニヤニヤしながらオレに言った。
「惚れられたわね。正義の味方さん」
「やめてくれ」
「アルステールには黙っとくわ」
「な、何であいつが出てくる」
それに相手は子供だぞ?
それから、左上腕の傷をシェルフィスから治療し直してもらった事は言うまでもない。 ただ、包帯は巻かずにリティアのバンダナを巻いてくれと頼んだ。
すると、シェルフィスから「優しいのねぇ正義の味方さん」と茶化される。
だって、あんなピュアな子供の好意を無下には出来ないではないか。