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 オレ達はエルフ女医の好意に甘えることにした。


 歩けないオレをアルステールが背負い、エルフ女医に案内され、家に辿り着いた。

 やはり、他のエルフ族が住んでいると思われる家と同じように、エルフ女医の家も奇妙な形だが、中は人間の住んでいる家と大差なかった。

 部屋が二つに、リビング、ダイニング、キッチン。風呂にトイレも、もちろんある。無かったら困るぞ。

 2LDKといったところか。

 リビングに入ると、アルステールはオレを下ろして、甲冑を脱ぎ、傍らに置いた。

 レミュリアも近くに座る。

 床の敷物が、妙に触り心地いい。

 エルフ女医が、レトロな木製テーブルの上にカップを四つ置いて。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はシェルフィスよ」

 エルフ女医が名乗った。シェルフィスか、ファンタジックな名前だな。

 そう考えると同時に、オレは気付いた。

 しまった。自己紹介とくれば、オレも名乗らなければならないではないか。

「私はレミュリア・クリスエルムと申します」

「ボクは護衛のアルステール」

 レミュリア、アルステールの順に名乗っていく。あっと言う間に、オレの番になる。

 3人が、オレの顔を見る。

 重い沈黙。

 3人の視線がオレに突き刺さる。

 レミュリアはニコニコとしていて、アルステールはオレの視線に気付くとサッと目を逸らした。

「正義の味方じゃダメか?」

「みんな名乗ったのに、キミだけ隠すなんて不公平よ」

 ううむ……。このふたりには良い名前と言われても、現実の世界では笑われているからやはり自己紹介するというのは気が引ける。

「んーと……」

「?」

 シェルフィスの赤い瞳が不思議そうにオレを見た。

「オレの名前は……頑吉だ」

 名乗った途端、シェルフィスの表情ががらりと変わった。

 この世界の人間にはウケが良いが、エルフはどうだろうか。

「が、ガンキチ……」

 シェルフィスがプルプルと震えている。

「やっぱり笑うか……」

 オレは覚悟を決めた。

 仕方ないのさ。こんな名前で生まれてしまったんだから。

 しかし、シェルフィスは、

「何て良い名前なの!」

 いきなり、小柄な顔を思い切り近づけてきて、赤い瞳をキラキラさせながら言う。

 レミュリアは『ほら、やっぱり』とでもいいたげなニコニコ顔で、アルステールはオレと目が合うとサッと逸らす。

「外見といい性格といい、ピッタリだわ!」

 更に、シェルフィスがオレの手を小柄な手で握ってくる。

 この世界の人間とエルフはこんな江戸時代末期の一般市民のような名前を好むのだろうか?

 このキラキラとした赤い瞳。笑いをこらえている様子は微塵もない。

 少なくとも、ウソを言っているようには見えない。

 外見にも性格にもピッタリというのが多少引っかかるが、まあ笑われないだけよしとしよう。


「よーし! 決めた! 私もキミ達の仲間になるわ!」

 しばらくして、いきなりシェルフィスが言った。

「おおっ! それはありがたい! ……けど、何で?」

 すると、シェルフィスはオレの顔を見て。

「キミの名前が気に入ったから。では、ダメかしら?」

 赤い瞳でジーッとオレを見つめる。

「い、いや、ダメじゃないけど。そんな理由で……まあ、いっか」

「では、ここの病院はどうするんですか?」

 アルステールが聞くと。

「しばらく閉めるわ。ここの医者は私だけじゃないんだし」

 ううむ、何だかいい加減な気がしないでもないが……。

「何にしても、仲間が増えるというのは嬉しいです。しかも医学に長けている人なんて」

 素直に喜ぶレミュリア。

「戦いはちょっと苦手だけど、治療なら任しといて。短期間で治してあげるから」

 と、ウインクをするシェルフィス。


 と、いうワケで、医者のシェルフィスが仲間に加わった。


「さて、頼もしい味方が1名加わったところで、早速、作戦会議だ。アネさん。地図はあるかい?」

 たった今思いついたニックネームをシェルフィスに使ってみる。

「ア、アネさんはよしてよ」

 と言いつつ、地図を机の引き出しから取り出す。

 それを広げると。

 地球の世界地図とはかけ離れた、見たこともない地形。

 何処が何処なのか。

 それ以前に象形文字みたいな文字で書かれていてオレには読めない。エルフ語か?

 3人は、床に広げられた地図に注目する。

 とりあえず同じように注目しているが、オレは全然わからんぞ。

 まあ、とりあえず。

「地図を見る前に、最初に言っておくが、今のオレ達の戦力はゼロだ。今のままでは、クリスエルム王国どころか、山賊相手にも勝てない」

 3人が、オレに注目する。

「だから、何処かで優秀な武将と大勢の兵を集めねばならん。と、言うわけで、何かアテはないか?」

 3人が顔を見合わせる。

 しばらく考えた末に、レミュリアが口を開いた。

「ラムド・ガル……あの人が居れば……」

「ラムド・ガル? ああ、レミュリアちゃんの婚約者の将軍だな」

「ええ」

 レミュリアは少し頬を染めて答えた。


 *     *     *


 クリスエルム城――。

 ここは、謁見の間。

 大理石の円柱が左右の壁際に何本も並び、真ん中の床には真っ赤なシルクの長い絨毯が玉座に向かって一直線に敷かれている。

 玉座の後ろには、真っ白なベールが吊るされており、荘厳な雰囲気を漂わせている。

 玉座に、何者かが座っている。

 見た目、20代前半くらいか、薄化粧のキリッとした顔立ち、引き締まった口許。その高貴な雰囲気は明らかに王族の類だ。

 しかし、その眼光はとても禍々しい。

 その青年は、腰に下げている剣を鬱陶しそうに引き抜くと、下で跪いている騎士に向ける。

「レミュリアを取り逃がしたらしいぞ……。よかったな……。ラムド・ガル」

 騎士に向かって吐き捨てるように言った。

 跪いているのはラムド・ガルだった。

 赤い長髪、グレーの瞳の二枚目顔。

 嫌味たらしく言い放つ青年の言葉に、悟られないよう少し口の端を持ち上げる。

「とんでもございません。ユーネス殿下」

 玉座に座っている青年は、レミュリアの兄であり、クリスエルム王国を治める王でもあるユーネスだった。

 ユーネスは突然、逆上する。

「殿下ではないッ! 陛下と呼べッ!!」

 鈍い音が響き渡った。

 ユーネスが玉座から立ち上がり、ラムド・ガルの顔面を蹴りつけたのだ。

 無様に後ろへ倒れるラムド・ガル。

 しかし、すぐに起き上がり、またユーネスの前に跪く。

 口の端から流れる血を拭おうともしない。

「以後、気を付けます」

 ラムド・ガルは静かに言った。

 冷静さを取り戻したユーネスは、不敵な笑みを浮かべる。

「ふん、まあいい。貴様にはもうひとつ残念なニュースがある。レミュリアの追跡をザキュール暗殺団に任せた」

 ラムド・ガルの顔色が変わった。

 ザキュール暗殺団。その言葉を聞いた途端に。

「……そうですか」

 微かに声が震えている。

「奴らの事だ。2、3日も経てば足取りを掴める。これで貴様は、俺を裏切れなくなったわけだ。ははははははっ!」

「……」

 悪魔のように高笑いするユーネス。

 ラムド・ガルはじっと黙ったままだ。

 ユーネスは剣を腰の鞘に収めると、

「とっとと下がれ」

 脚で命令する。実に高慢極まりない態度だ。

 ラムド・ガルはそれを気にする素振りすら見せず、一礼して静かに去っていった。

 謁見の間から出ると、ラムド・ガルは袖で口の端を拭った。


 *     *     *


「そうか、レミュリアちゃんの命を盾にされたら、逆らうわけにもいかないな。でも、レミュリアちゃんはクリスエルムから逃げてきたではないか。従って、人質じゃなくなったんじゃないのか?」

「いいや、ユーネスはその権限を使って、刺客を送ってくる可能性もある。生かすも殺すもユーネスの言葉次第だ」

 アルステールはオレの疑問に答える。

「それじゃあ、刺客を送られる前に、オレ達が反乱軍を結成して強くなればいいじゃねえか」

 胸をはって、オレは答えた。

 その言葉に頭を抱えるアルステール。

「長生きするよ……全く」

「とにかく、ラムド・ガルはラムド・ガルだけとは戦わないでください。あの人も戦うことは望んではいないはずです」

 レミュリアが泣きそうな眼でオレに懇願する。

「わ、わかってるよ。それに、何か強そうだからオレも戦いたくねえし」

「お前じゃ、間違いなく勝てんな」

 アルステールがボソッと呟いた。

「う、うるさいな」

 当たっているだけに何も言えないオレ。

 第一、序盤から強い敵に勝てたりしたらゲームバランスがメチャクチャではないか。

「そういえば、ガンキチちゃんが言ったアテは無いこともないわよ」

 唐突にシェルフィスが言った。

「ガ、ガンキチちゃん……。と、とにかくそのアテは何だ?」

 妙な呼ばれ方をして少し焦るが、聞き流してシェルフィスに訊ねる。

「ここから西の方角に森があって、その近くにエルフの町があるのよ。そこに居る私の友達の知り合いに確か自警団のリーダーが居たような……」

 エルフ町の自警団か。悪くはないな。最初の戦力にしてはまあまあだ。

「その自警団の規模はどれくらいなんだ?」

「えーっと……結構、人数居るみたいよ。王国の騎士団とまではいかないけど」

「よし、それだ。決まりだな」

「あの町に行くのね?」

「ああ」

 オレは力強く返事をした。


(ガンキチさんは頼りになりますねアルステール。まるで、軍師みたいです)

(そうですね。何かこう、引き寄せられる妙な力も持ってますし――)

(まあ、アルステール。ガンキチさんに……そうですか。うふふっ)

(ひっ、姫様! ちっ、違いますよ!)

(うふふ……。まだ何も言ってませんよ)

(う……)


 レミュリアとアルステールが、何やら楽しそうにボソボソと話している。

 ちくしょう、何を言ってるのか全然聞こえないぞ。


 とりあえず、そのエルフの町へ行くことになったが、オレの脚が2日は絶対安静な為、出発するのは2日後になった。

 回復魔法があれば、一瞬で治せるんだが。

 結界はあっても、魔法という都合のいいものは無いようだ。

 あと、結界は魔法で発生させているんじゃなくて、機械で発生させているらしい。まあ、言い方を変えればバリアというヤツだな。


 翌日。

 怪我が完治していない為、あまり無理はできないからリビングでゴロゴロしているオレ。

 ついでに、今はアルステールと留守番だ。

 シェルフィスとレミュリアは食料の買い出しに行った。夕方まで帰らないそうだ。

 リビングの隅っこで、アルステールが本を読んでいる。

 そういえば、今のアルステールは甲冑を付けていない。

 こうしてみると、アルステールも普通の女の子だな。

 この細い身体で重い甲冑を着て、更にオレを背負って歩けるんだから大したモンだ。

 見た感じは、レミュリアより少し大きいくらいであまり変わらないんだが……。

「何、ジロジロ見てるんだ」

 オレの視線に気付いたアルステール。

 膝の上に読みかけの本を置く。

「いや、小さいなと思ってね」

「ぴくっ」

 アルステールの目元がピクついた。

「そこのコップが」

 オレはテーブルの上にあるコップを指さした。確かにこれは小さいんだぞ。エルフ用で。

「……はぁ」

「何だそのため息は」


 オレの脳内時計で4時間くらい経った。


 ヒマだ……。

 アルステールは黙々と本を読んでいる。

 オレも本棚から適当に取った本をめくってみる。

 ほとんどエルフ語の本ばかりで、理解不能だ。

 何故か日本語で書いているものも中にはあったが、あいにくと活字と向き合って数時間も耐えられる精神力をオレは持ち合わせていない。

 テレビもラジオもない。ゲームもない。

 まあ、当たり前か。

 ヒマだ。

 床をゴロゴロと転がっていたら、ふと、思いついた。

 オレ達は相手の戦力を知らない。

「なあ、アルステール」

「な、何だ?」

 ビクッとするアルステール。

「何でドモるんだ?」

「う、うるさいな。何だよ」

「ユーネスは、ラムド・ガルの他に部下が居るのか?」

「……ああ、3人ほどな。ひとりはザム・エクストリア、もうひとりはエマン・カシュー。最後はクラザート・トライドだ。みんないい人だったんだが……」

「詳しく話してくれ」


 *     *     *


 クリスエルム城――。

 3つの靴音が広い廊下に響く。

 そして、謁見の間へと消えていった。


 謁見の間。

 誰が掃除したのか、床や絨毯には埃ひとつ落ちていない。気味が悪いくらいに綺麗だ。

 フルアーマーに身を包んだ近衛兵がふたり、玉座を挟んで立っている。

 その玉座にユーネスが座っている。

 禍々しい、悪魔の様な眼光。

 不自然に整った髪形。

 ユーネスは剣を抜き、切っ先を目の前で跪いている3人に向ける。

 3人はピクリとも動かず頭を垂れている。

「顔を上げろ」

 ユーネスのひと言で、3人が同時に顔を上げた。

 左右のふたりは男。中央のひとりは女だ。

 ユーネスは3人を確認するように見て。

「奴の動向はどうだ」

 誰に言うのでもなく、呟いた。

 それを中央の女が答える。

「はい。特に不穏な動きはありません。全ては予定通りかと」

 その言葉に、ユーネスは恐ろしい笑みを浮かべる。

「そうか。少しでも不穏な動きを見せればすぐにザキュール暗殺団に合図を送れ。では、エマン・カシュー。引き続き監視を頼むぞ」

「はい。仰せのままに」

 エマン・カシューと呼ばれた女が答えた。

 それを聞くと、ユーネスは次に右の男を見る。

「ザム。貴様は何か言いたいことがあるようだな」

 ユーネスの目が恐ろしくギラつく。

 ザムと呼ばれた右の男は何も答えない。

 恐ろしい眼光をジッと見つめたまま、微動だにしない。

 重い沈黙。恐ろしい眼光から発されるプレッシャー。

 耐えかねたようにザムが口を開く。

 ブルーの双眸がプレッシャーで微かに震えている。

「いえ、ゴホン、何もありません」

 かすれかけの声で言った。

「ふん。まあいい」

 そんなザムを嘲笑うかのように一瞥すると、

「クラザート、貴様は引き続き町の巡回をしろ。反乱分子を見つけたら容赦なく殺せ」

 左の巨漢、クラザートに告げる。

「御意」

 クラザートは力強く頷いた。

 それを確認すると、ユーネスは剣を収める。

「下がれ」

 低い声で命令した。

 3人は、静かに立ち去っていった。

 謁見の間を出ると、ザムはふたりに気付かれないよう歯がゆそうに唇を噛む。

 ――いけすかない奴だぜ。おっかない眼で睨みやがって――。

 心の中で舌打ちをした。


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