21
大理石の壁、自分の姿が映るほどピカピカの床。
迷路のような廊下。
そして、一歩進む度に近くなる恐ろしい気配――。
城の構造をある程度理解しているラムド・ガルが居たおかげで、道に迷う事もなく、オレ達は順調に、確実にユーネスの元へ近付いている。
約2時間ほど歩いたか、オレ達は大きな扉の前にたどり着いた。
奥から、恐ろしいプレッシャーがビリビリと伝わってくる。
「ここが、謁見の間だ……。多分、ユーネスはこの先に居る」
ラムド・ガルの顔が険しくなっているのがわかる。
この先にユーネスが――。
諸悪の根源が――。
アルステール――オレはやるぜ。
「みんな、準備はいいか?」
オレの確認に、全員が頷いた。
でかい扉を勢い良く蹴り開け、中に躍り込むオレ達。
「ユーネス!! 覚悟しやがれ!!」
腰の剣を素早く抜き、正眼に構える。
みんな、一斉に戦闘態勢に入った。
廊下より綺麗な大理石の壁、鏡のようにピカピカな床。
左右均等に同じ本数立ち並んでいる荘厳な柱。
その間には赤い豪華な絨毯が敷かれ、それは5段ほど上に位置する玉座へと繋がっている。
玉座に、そいつは座っていた――。
下を向いていた顔を、ゆっくりと上げる。
その顔は、見た目二十代前半くらいか、薄化粧でキリッとした顔立ち、それに釣り合う高い鼻。
王族だけあって、高貴な雰囲気を漂わせる。
しかし、その眼光を見た瞬間、人間を見ている気がしなくなった。
恐ろしく禍々しい眼。
プレッシャーが、ビリビリと伝わってくる。
こいつが――ユーネス。
「全く――礼儀がなっていない連中だ」
ゆっくりと、口を開くユーネス。
妙に耳に響く声。
オレには、聞いているだけで耳障りだ。
「圧政を繰り広げ、民を苦しめ、レミュリアちゃんを殺そうとした。王族の風上にも置けない奴! 悪王ユーネス!! 成敗してくれる!!」
オレは大声で叫び、ユーネスを睨み付けた。
しかし、ユーネスはクックックと笑い飛ばす。
「何だ? 何がおかしい!?」
「レミュリアちゃん――か。何処の誰か存じぬが、吐き気がするほどお人好しなヤツだな――。それに」
ユーネスは恐ろしい眼でラムド・ガルを睨む。
「久しぶりだな――。ラムド・ガル。予想通り裏切ってくれて、礼を言うよ――」
凄味の効いた声。
縮み上がりそうな声だ。
しかし、ラムド・ガルは動じることなく。
「殿下――。お覚悟を」
と、言い放った。
ユーネスの眼が剥かれる。
「最後まで、腹の立つヤツだよ。お前は――」
額に血管を浮き上がらせ、ユーネスは腰の剣を抜いた。
剣から紫色のオーラが吹き出ている。
呪いの剣か? それとも――。
「ここに来たことが、貴様らの運のツキだな――ふはははははっ!!」
ユーネスは背筋が凍るような笑い声を上げながら、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、
足元が揺れはじめた。
地震だ!
「な、何だ!?」
その場に居る仲間全員が、バランスを崩しかける。
「後、半時もすれば、この城は炎に包まれる――。貴様らの丸焼きが目に浮かぶ――ふははははははっ!!」
高笑いをして、肩に付けたマントを投げ捨てるユーネス。
炎に包まれる!?
燃えているのか!?
まさか、こいつ、最初からこのつもりで――!
外から、逃げまどう反乱兵の叫び声が聞こえてくる。
「狂ってるわ――」
レザが短剣を抜いて、呟いた。
「これで、貴様らが万が一俺を殺せたとしても、逃げ道は無くなったということだ! ――そうだな、もう一つ決定的な絶望を与えてやろうか」
また、ユーネスは指をパチンと鳴らした。
いくつもの黒い人影がユーネスの周囲に現れ、全員揃ったところでピタッと制止する。
シャドウキラーとはタイプの違う、ボディースーツのような黒装束。
忘れもしない。こいつらはザキュール暗殺団。
集団の先頭に、リーダーらしき男が立っている。
黒く、長い髪。その髪のおかげで眼が隠れていて見えない。
だが、凄まじいまでの殺気を放出している。
ビリビリと痛いほど伝わってくる。
更に、鼻の十字傷、紫色の唇が、細い身体にも関わらず、恐ろしい雰囲気を漂わせる。
こいつは――強い。
「リック・ザキュール――!」
ブレイド・ブラッカーはそいつを見て顔色が変わった。
いつも冷静沈着なブレイド・ブラッカーが取り乱している。
レザ、ラザ、ティカイナも顔色が変わっている。
「久しぶりだな――。ブレイド・ブラッカー。まさか、そんな奴らとつるんでいるとはな」
リック・ザキュールと言われた長い黒髪の男が口を開いた。
その声は、小さいながらも畏怖を感じる。
「人の道に外れたお前に言われたくはない――」
ゆっくりと、両手で短剣ダーツを取り出しながら、ブレイド・ブラッカーは構える。
レザ、ラザ、ティカイナもそれに続く。
「――クックック、貴様とはいつか決着をつけなければならんと思っていた――」
嬉しそうにリック・ザキュールは言う。
背中の長い刀を音ひとつ立てずに抜き放つ。
そして、それを逆手持ちにする。
「くたばれッ!! ブレイド・ブラッカー!!」
一斉にリック・ザキュールを含むザキュール暗殺団が襲いかかってきた。
それと同時に、オレと対峙していたユーネスも斬りかかってくる。
紫色のオーラが放出される剣を、凄まじいスピードで振り下ろしてくるユーネス。
オレはブレイド・ブラッカー直伝の合わせをする。
が、しかし。
鼓膜が破れそうな甲高い音が響いた。
それと同時に、剣と剣はピタリと止められる。
!? そんなバカな!?
これで、普通なら持っている剣は吹き飛ばされるはずだ。
「ほう――。この剣を止めるとは――。しかし!」
オレの足が宙に浮いた。
何てパワーだ。
こんな細い身体の何処にこんな力が――。
背中から地面に落ちるオレ。
ゴホッゴホッと咳き込むオレへ、更に攻撃を仕掛けてくるユーネス。
それを、ラムド・ガルが止める。
剣と剣がカチ当たり、辺りに飛び散った小さな破片のひとつが、オレのほっぺたを切った。
「はっはっは――。ラムド・ガル。強いという噂を聞いていたが、この程度か!!」
鍔迫り合いをしているラムド・ガルの手がブルブルと震えている。
それをあざ笑うかのように、力を込めるユーネス。
「ぐ……う……」
「オレが居る事を忘れちゃ困るぜ」
斬りかかると見せかけて、オレはフェイントをきかせる。
「むっ!?」
鍔迫り合いに夢中になっていたせいか、ユーネスは見事に引っかかった。
すかさず、オレは水面蹴りをする。
それは呆気なく命中した。
無様に背中から地面に落下するユーネス。
その間に、サッと間合いを取るラムド・ガル。
オレは倒れたユーネスへ更に攻撃を仕掛ける。
部活では禁止されていた、『突き』をユーネスのどてっ腹目掛けてお見舞いする。
当たる瞬間ユーネスは身体を転がし、切っ先はピカピカの床へ直撃。
まずい――! 右手が痺れた!
サッとユーネスは飛び起きると、再びオレに斬りかかってくる。
とんでもない速さだ。
オレはすかさず防御態勢に入る。
再びユーネスの剣に合わせをしようとした瞬間、ルミニオンの借り物の剣が。
どんな剣、斧を受け止めようと傷ひとつ入らなかったルミニオンの剣が――。
真っ二つに――折れた。
* * *
襲い掛かってくるザキュール暗殺団に短剣ダーツを次々と投げ、命中させていくブレイド・ブラッカー。
レザ、ラザ、ティカイナも遅れを取らない。
「この強さ――。前以上だ――。嬉しいぞブレイド・ブラッカー!」
嬉々として刀を振るうリック・ザキュール。
それを、鮮やかに受け流すブレイド・ブラッカー。
一般兵なら、ここでバランスを崩すはずが、リック・ザキュールは、それすら受け流す。 攻撃の受け流し合い。
その間、ラザ、レザ、ティカイナは次々と暗殺兵を倒して行く。
残る暗殺兵は僅かだ。
そして、一人の暗殺兵がティカイナの前に出る。
「あら、久しぶりねノイエル」
短剣ダーツを目の前の女暗殺兵に投げつけながら、ティカイナが口を開く。
ノイエルと呼ばれた女暗殺兵はそれを避けると、
「ふん――。ティカイナか。相変わらずブレイド・ブラッカーにくっついているようだな」
そいつは、アルステールの格好をして頑吉を殺そうとしたあの暗殺者だった。
「私の格好をして、ブレイド・ブラッカー様を誘惑して、見破られて、フラれて、アタマにきて、ザキュール暗殺団に入った。相変わらず単細胞みたいね。アンタは」
逆手持ちにした短刀を振るうティカイナ。
それを受け流し、反撃するノイエル。
その額に血管が浮かぶ。
「相変わらず――癇な女だ!!」
感情に任せ、思い切り横に一閃したクナイのような短剣は、ティカイナから見事に受け流された。
バランスを崩すノイエル。
「それが、単細胞だっていうのよ」
ティカイナの短刀がノイエルの身体に命中。
ノイエルは身体を痙攣させると、地面に崩れ落ちた。
横で最後の一人を切り捨てるレザとラザ。
ヒュッと短剣に付いた血を振り落とすと、ブレイド・ブラッカーの援護へまわる。
* * *
致命傷の軌道を描くユーネスの剣はラムド・ガルが放った白い盾によって変えられた。
オレは折れた剣から手を離し、必死に転がった。
床にめり込むユーネスの剣。
すかさず、ラムド・ガルが斬りかかる。
床にめり込んだ剣を抜こうと、力を込めるユーネス。
「殿下!! お覚悟を!!」
ラムド・ガルの剣が、横へ一閃される。
ユーネスは目を剥いた。
血飛沫が上がる。
床にビタビタと鮮血が飛び散る。
ユーネスの表情が苦痛、悔しさ、憎悪に満ちる。
致命傷だ。
もう、こいつは死ぬ――。
しかし。
「カスどもの分際でぇぇぇぇっ!!」
血を床に撒き散らしながらも、ユーネスは剣を引き抜き、更に襲い掛かってくる。
何て執念だ――。
「殺す――殺す殺す殺すコロスぅぅぅぅぅっ!!」
手負いとは思えないスピードで、ラムド・ガルに斬りかかるユーネス。
ついにラムド・ガルの剣が、真っ二つに折れた。
そして、鎧ごと肩口にめり込む。
「うぐっ!!」
激痛に歪むラムド・ガルの顔。
「おりゃああああああっ!!」
オレはユーネスに向かって突進する。
そして、地面を蹴ってジャンプ。
ブレイド・ブラッカー直伝の飛び蹴りだ。
それはユーネスの側頭部に命中した。
2メートルほど吹っ飛んで、ユーネスは床に転がった。
手応えがあった。
オレは更にユーネスへ殴り掛かろうとする。
しかし。
「うわっ!!」
赤いものが目に飛び込んできた。
ユーネスが、自分の血をオレに浴びせたのだ。
途端に視界がゼロになる。
「ふはははははっ!! バカめ!!」
立ち上がったらしい。ユーネスの気配が近付いてくる。
オレはたまらず、後ずさりをする。
しかし、足に何かが当たり、オレは無様に転んだ。
ちくしょう――目が見えねえ――。
「うおおおおっ!!」
ラムド・ガルの気合を発する声。
ヒュンと折れた剣を振る音。
「邪魔だぁぁぁっ!!」
「ぐあっ!!」
ドスンという音。
弾き飛ばされた。
一体、どうなった!?
くそっ!
オレは無我夢中に地面を探る。
何かが手に当たる。
折れた剣の切っ先だった。
夢中でそれを掴むと手に痛みが走ったが、ユーネスの気配がする方向に投げつける。
「はははははっ!! 何処を狙っている!!」
遠くの方で硬いものが壁にぶち当たる音が聞こえた。
更に近付いてくる気配。
オレは必死に地面を転がった。
「ぐうっ!」
右のふとももに激痛が走る。
斬られた。
「ぬおおおおっ!!」
ラムド・ガルの気合を発する声。
ユーネスの気配が遠ざかる。
そして、ドスンという音。
ユーネスが吹っ飛んだのか?
オレは必死に地面を探る。
何かが指先に当たった。
オレはそれを拾い上げる。
「当たれ!! こんちくしょう!!」
そしてユーネスの気配がする方向へ、渾身の力を込めぶん投げた。
風を切る音が瞬時に遠ざかり、何かに当たる音が聞こえた。
「――」
当たったのか!?
くそっ!!
オレは目を袖で擦った。
少しだけ、視界がはっきりしてくる。
やや赤い色が混じった景色が見えはじめる。
床の上で大の字になって、ユーネスは絶命していた。
その眉間には、ルミニオンの剣の切っ先が深々と刺さっていた――。
* * *
徐々に、部屋が暑くなってくる。
火が広がってきている。
「――死んだか。契約終了だな」
リック・ザキュールはブレイド・ブラッカー達と間合いを取る。
そして、煙玉を地面に叩きつけた。
あっと言う間に濃い煙が立ち込めて視界を遮る。
「むっ!? 逃げるか、リック・ザキュール!!」
後を追おうとするブレイド・ブラッカー。
しかし、既に姿はなかった。
「ふん――。貴様との決着は、また今度だ。会えたらの話だがな――」
遠くから声が響いてくる。
それを最後に、殺気は消えた。
「くそっ――逃がしたか――」
* * *
オレ達は、真っ赤な炎に包まれ燃えさかる城内を、必死に走った。
激しい炎は、大理石の壁にも燃え移り、さらに激しさを増す。
進んできた道は火災により崩れ落ちて、回り道を余儀なくされる。
そうこうしている間に、火の手は更に広がってくる。
「くそっ!! ここもダメか!!」
崩れ落ちた元扉だった所は、瓦礫に埋まり行く手を遮っている。
「こっちだ!! こっちへ回るぞ!!」
ラムド・ガルの誘導に従い、オレ達は必死に逃げる
むせ返るような焦げた匂いが立ち込める廊下。
辛うじて均衡を保っている天井から、焦げた大理石の小さな破片が降ってくる。
「危ない!! ガンキチ!!」
ドンとブレイド・ブラッカーに突き飛ばされる。
その瞬間。
ズンという音が鳴り響き、ブレイド・ブラッカーの身体は、オレの代わりに巨大な瓦礫の下敷きとなった。
「ブレちゃんッ!!」
「ブレイド・ブラッカー様!!」
オレとラザ、レザ、ティカイナ、ラムド・ガルは渾身の力で、熱を帯びた瓦礫を持ち上げようとする。
しかし、全員が力を合わせても、その瓦礫が動くことは無かった。
「バカ者!! 拙者を助けるヒマがあったら逃げろ!!」
苦しげな声で、ブレイド・ブラッカーは叫んだ。
瓦礫の間に微妙な隙間があったのか、ブレイド・ブラッカーは生きていた。
「でも!!」
いつの間にか、オレの目から涙が溢れていた。
「いいか、ガンキチ。拙者の教えた通り修行を繰り返すのだ。そうすれば貴殿は立派なシャドウキラーになれる。拙者が居なくとも、大丈夫だ」
「嫌だ! ブレちゃん、絶対助けてやる!!」
オレは再び全力で瓦礫を持ち上げようとする。しかし、やはりビクともしない。
「無駄だ!! 早く行け!!」
「嫌だ!! 助けるんだ!!」
再び、瓦礫を持ち上げようとする。
無駄とわかっていても――。
上の階で轟音が鳴り響く。
振動が足に伝わってくる。
「早く行け!!」
ブレイド・ブラッカーの声。
しかし、それでもオレは躊躇った。
レザ、ラザ、ティカイナも思いは同じ。
また、上の階から轟音が鳴り響いてくる。
このままじゃ――危ない。
「行けーッ!!」
ブレイド・ブラッカーの鬼気せまる声から押し出されるように、オレ達は走り出した。
オレの目から、止めどなく涙が流れる。
ちくしょう――。
ブレイド・ブラッカー――。
オレの師匠――。
* * *
しばらく走った所で、
「ごめん、みんな。坊や。ここでお別れ」
ティカイナが急に立ち止まり、呟いた。
その目から、涙が流れている。
「ティカイナ!! 何故だ!!」
驚くオレに答えることなく、ティカイナはオレの頬にキスをすると、
「ごめん――。坊や――」
踵を返し、燃えさかる廊下へ戻っていった。
「ティカイナ!!」
後を追おうとして、ラザ、レザに止められる。
「ダメ!! 行きましょうガンキチさん――」
ふたりとも泣いていた。
そして、目で訴えている。
止めてはダメ! って――。
* * *
空を焦がすほどの勢いで燃えていくクリスエルム城――。
憎しみも、掛けがえのない物も、全てを燃やし、灰にしていく――。
辛うじて脱出を果たしたオレ達は、呆然として、それを遠くから眺めていた。
陰ながらオレを守ってくれていたシャドウキラーの一人、ティカイナ――。
そしてオレの師匠、ブレイド・ブラッカー――。
様々な思いを、オレはひとつの言葉にして、叫んだ――。
「ちくしょおーッ!!」