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「よし、早速、反乱軍結成の為の作戦会議だ」
「ぱちぱちぱち」
レミュリアが拍手をしてくれる。
「反乱軍……、何か物騒だな」
アルステール、眼を細くして呟いている。
それを聞き流して、
「まずは地図だ。地図を出してくれないか」
地図がなければ話にならん。
しかし、返事がなかなか返ってこない。
「おい、地図は?」
「無い」
うつむいているレミュリアに代わって、アルステールが言った。
「は?」
ちょっと待て。
オレはもう一度聞いてみる。
「地図だよ。地図は?」
「無いって言ってる。ボク達は着の身着のまま必死に脱出してきたんだ。これ以外持ってない」
アルステールが腰の革袋に指をさした。
「ちょっと見せてみろ」
オレはアルステールの腰からひったくるように革袋を取る。
「あ! ちょ、ちょっと!」
中身を探ってみると、薬草に、包帯のような布に、ガーゼみたいな布。
火打ち石に油紙。ほんのすずめの涙程度の金貨。
んで、袋の底の方に、また布みたいな物が出てきた。
「何だこりゃ?」
「あ! それは……」
オレはそれを広げようとすると、脳天に衝撃が走った。
アルステールがオレの頭を甲冑のグーで殴ったのだ。
そして、オレの手に持っていた布をひったくる。
「そ、それはボクの下着だっ」
顔が真っ赤だ。よほど見られたくなかったのか。しかし、
「な、何で下着が袋に……ぐふっ」
オレはずるずると地面に倒れる。
脳天にコブをひとつ作ったオレは、気を取り直して作戦会議を再開する。
「地図がないとすると……、今、ここが何処だか判るか?」
レミュリアを見る。
恥ずかしそうに首を横に振る。
アルステールを見る。
少し照れながらも首を横に振る。
――ちょっと待て。
「水と食料はあるか?」
「無い」
またも、アルステールにキッパリと言われる。
まあ、確かに死に物狂いで逃げてきたんだから仕方ないか。
――ちょっと待てい。
「狩りは出来るか?」
「したことがない。もちろん姫様も」
またまた、アルステールからキッパリと言われる。
まずいではないか。
ついでに言っておくが、オレも狩りなんぞしたことがない。狩人じゃないんだから。
右も左もわからない。
水も食料もない。
砂漠のド真ん中じゃない事が不幸中の幸いだ。
* * *
「何か見えるか?」
「暗闇だけだな」
オレ達は今、馬に乗り、当てもなく何処かへ進んでいる。
もちろん、オレはアルステールにしがみついて乗っている。
本当はレミュリアちゃんの馬に同乗したいところだが、婚約者が居ると思うと気が引けてしまって、仕方なくこっちの方へ乗っている。仕方なくだぞ。
水は川や泉を見つければ何とかなるが、食料は今のところ、どうにもならない。
あの岩場でジッとしていたらジリ貧だ。
と、言うわけで取り敢えず歩き回っているワケだ。
なるべく森は迂回し、辺りを見渡せる平原を通るようにする。
当たり前だが、案内板や標識は無い。
何て不便なんだ。
まるで、サバンナのど真ん中に立っている気分だ。
風が容赦なく薄着のオレを撫でていく。
寒いぞ。
「ぶえっくしょん!」
でかいくしゃみ。更にガタガタと震える。寒さを表す典型的なジェスチャーだ。
破れかかったTシャツに短パンしか着ていないからとにかく寒い。夏なのに。
胸に巻かれた包帯が少しだけ寒さをやわらげているが、あまり意味はない。
甲冑越しにオレの震えが伝わると、アルステールは馬を止め、振り返る。
「寒いのか? 冬なのにそんな格好をしているからだよ」
何だと、この世界は今、冬だと? どうりで寒いわけだ。
「す、好きでこんな格好をしてるワケじゃねえ……」
ガチガチと歯を鳴らしながら言うオレを見て、アルステールは肩のマントを外した。
それをオレに着せる。
「こんな物しかないが、何も着ないよりはマシだろう」
オレはそれを頭からかぶり、胸の前で合わせる。
「うむ、少しはマシだ。ぶるぶる……。恩に着る」
オレが感謝すると、アルステールはプイッと横を向いて言った。
「ああ、風邪をひかれても困るからな」
更に、オレの脳内時計で2時間くらい歩き回る。
しかし、何処を見回しても家の明かりひとつ見えない。
オレが、もう一度辺りを見回そうとしたとき。横に並んだレミュリアが唐突に口を開いた。
「そういえば、正義の味方様。貴方の名前を聞いてませんでしたわ」
……しまった。何とかそっちの話題を触れさせないように気を付けていたが、こうもストレートに訊かれると誤魔化しようがない。
それは何故かというと、自己紹介というモノにいい思い出がないからだ。
「お、オレの名前か?」
「そうですわ」
「言わなきゃならんのか?」
「貴方の名前を知りたいのです」
真剣な眼差しでオレを見つめてくるレミュリア。
「絶対に笑わねえか?」
「えっ?」
「オレの名前を聞いて、笑わねえかと聞いてる」
「え、ええ、それはもちろん。そんな失礼な事をするはずがありませんわ」
「何だ、じれったい奴だな」
やりとりを聞いていたアルステールが、痺れを切らした。
もうどうにでもなれとオレは意を決した。
「お、オレの名前は……」
「名前は?」
レミュリアとアルステールの顔が更に近寄る。
「が、頑吉。赤輝頑吉だ」
聞いた瞬間は無表情なレミュリアとアルステールだったが、10秒、20秒経つにつれて、その顔は驚きに染まってくる。
「が、ガンキチ……」
レミュリアの目が徐々によくわからない光を放ち始める。
「……」
アルステールの目は何かを抑えようと必死な光を放ち始める。
「何て良い名前なのです!」
キラキラと目を輝かせながらレミュリアは感動したように言った。
「だ、だから言いたくなかったんだ……って、なにっ? いい名前だと?」
これは新手のけなし方なのか? いや、しかしこの目は嘘を言っている目じゃない。マジだ。
余談だが、高校で初めてこの名前を呼ばれた瞬間、教室中が爆笑の嵐になったんだが。
「本当か? 本当にそう思ってるのか?」
「こんな事に嘘を言う必要が何処にあるのです? 素敵な名前ではないですか。勇ましくて、男らしくて……」
レミュリアの目はキラキラと光っていて、嘘、世辞、嘲笑などの単語が思い浮かばない。
信じられんが、どうもマジで言ってるようだ。不思議な気分と同時に初めて名前を褒められて、くすぐったいようなかゆいような。
「お前はどうなんだよ?」
今度はアルステールに訊いてみる。
「まあ……、良い名前なんじゃないのか」
プイっと横を向いてぶっきらぼうにアルステールは呟いた。
――信じられん。この世界ではこの名前はウケが良いのか?
* * *
オレの脳内時計で更に2時間ほど経って、だんだん腹が減ってきた頃、
「おい、あれを見ろ」
アルステールが唐突に甲冑の指をさした。
その方向を見てみる。
「あれは……明かり? 村だ!」
オレ達は嬉々として馬を走らせた。
「ダメだッ!!」
一見、小さそうな村の門に辿り着いたオレ達は、有無を言わさず門番から追い払われてしまった。
門番は、顔、身体を全部覆い尽くしたフルアーマーを着ているが、その手に持っている武器は何故か弓。腰には補助的な短剣、背中には数え切れないくらいたくさんの矢が入った矢筒をしょっている。
オレ達は門番に見つからない場所へ隠れると。
「ううむ……。何で話も聞いてくれねえんだ?」
「変な村だな」
と、アルステール。レミュリアは顎に指を当てて、
「でも、何処かで見たことがあるような……」
と、呟く。
オレは辺りを見回した。
「何だ、門があるわりにはヤケに手薄だな」
門の周辺以外のところは、ほんの僅かな草木が生えているだけでほぼ無防備だ。
草木の向こうには、村の家屋がうっすらと見える。
そこで、オレは侵入を試みた。
しかし。
ゴンという定番な音が額から鳴り響いた。
「ぐわっ!?」
オレは見えない壁におでこを思い切りぶつけ、軽い脳震盪を起こしひっくり返った。
「大丈夫ですか!?」
レミュリアとアルステールが慌てて駆け寄ってくる。
「あたたた……。何だ? 透明な壁があるぞ。そうか、これが結界だな? RPGとかでよくある」
「あーるぴーじー?」
アルステールが首を傾げる。
「気にするな。オレの世界の言葉だ。……しかし結界に弓ときたら……」
まさかな。いくら異世界でもそんなのが……。
「エルフ!」
レミュリアがあり得ないだろうと思っていた答えを口にしてしまった。
まさか、本当にそんな種族が存在するとは。
……いや、好都合だ。
あの長い耳を一度触ってみたいと思っていたからな。
「エルフって……森に住んでるモンじゃないのか?」
ゲームで得た知識から考えて、疑問に思ったことを訊ねると。
「いいえ。2種類いますの。森に住む普通のエルフと、人間と同じ村で共存するエルフという具合に。ただ、どちらのエルフも知らない人間には警戒心が強いらしいです」
「んじゃ、この村は人間と一緒に住んでいるエルフの村って事か」
「そうですね。そう考えると、さっきの門番の態度も頷けます」
「厄介だな」
アルステールが呟いた。
オレ達は、エルフ村に侵入する為の作戦を練った。
しかし、これだ! と、思うような策は出てこない。
さんざん頭を悩ませて出した結論は、
「ふむ、やっぱりこれしかないみたいだな」
「何をするつもりだ?」
「ちょっと貸せ」
オレはアルステールの腰に下げている剣を鞘から抜き取る。
そして、切っ先を左腕に当てる。もちろんオレの腕だぞ。
「痛いのは嫌なんだが……」
オレは剣を持つ手に力を込めた。
左腕に剣が3センチほど刺さった。
「ぐっ!」
やっぱり痛い。激痛に顔が歪む。そして、一瞬めまいを覚える。
「きゃっ!」
レミュリアは思わず顔を両手で覆う。
オレの腕から血が滴り落ちる。
「ば、バカ! 何をするんだ!」
それを見たアルステールは仰天する。
オレの手から剣を奪い、血が滴る腕に革袋から素早く取り出した包帯を巻こうとする。
「待て!」
オレはアルステールの手を掴んだ。すると、アルステールは真っ青な顔で言う。
「ち、ち、血が出てるんだぞ! それもこんなにいっぱい! は、早く止めないと……」
そんなアルステールを無視して、オレは更に包帯を巻いた胸をドンと叩いた。
「ぐくっ……」
更なる激痛にオレの顔がまた歪む。
じわじわと胸の包帯が赤く染まる。
「ななな、何をしているんだっ!!」
「あああ……」
更に真っ青になるアルステール。レミュリアはフラつきはじめる。
そんなふたりを尻目に、オレは痛みに耐えながら言った。
「いてて……、よーし。このままオレを門の前に連れていけ。重傷人らしくだぞ」
「! そ、そうか。わかった」
ふたりはオレの作戦を理解したようだ。
アルステールは少し戸惑いながらも、肩を貸してオレを連れていく。
そして、門の前に来ると、オレは苦しそうな表情を作る。と、言っても本当に痛いから半分はマジだけど。
門番がこっちに気付いた。
「ん? また貴様らか。何度来ても……」
「ケガ人だ! 治療をしてやりたいんだ。村に入れて欲しい!」
門番は血だらけのオレを見て焦る。
もちろん、左腕と胸の傷以外は血を付けただけのニセモノだが。
「さ、さっきは何ともなかっただろう!」
するどいツッコミ。しかし、
「そこで獣に襲われたんだ! 早くしないと手遅れになる!」
アルステール、ナイスフォロー。鬼気迫る表情も味があるぞ。
「お願いです! せめて治療だけでも!」
レミュリアの双眸がキラキラ光る。ついでに涙まで流して。
こんな攻撃を食らったら、首を縦に振らずにはいられなくなるぞ。
しかし、このふたり。女優真っ青の演技力だな。
「……。仕方ない、入れ……。だけど治療が済んだらとっとと帰るんだぞ」
ついに門番が折れた。
作戦『村に侵入する』が成功した。
村の中は、粘土をこねて作ったような奇妙な形をした家がいくつも並んでいる。
その中に、まともな中世ヨーロッパ風の家も混じっている。
人間と違う種族『エルフ』が暮らしているということが容易に想像できた。
さすがに夜なだけに、村人ひとり外に出ていない。
病院のような小さな建物に入ると、白衣を着た医者らしい女が姿を現した。
両耳が長く、鼻も高い。美しい金色のロングヘアに赤色の瞳。
身長150センチくらいか、レミュリアよりひと回り小さい身体。
完璧なまでのエルフだな。
しかし、何故RPGとかに出てくる女のエルフは美人が多いのか、それは永遠の謎だろう。
エルフ女医は見かけないオレ達を見て、少し躊躇するが血だらけのオレが目につくと、診察室のような部屋に入るよう手招きをする。
アルステールに肩を借りながら、奇妙な薬品の匂いがする診察室に入ると、ベッドに寝かされた。
羽織っていたアルステールのマントを取り、破れかけたTシャツを脱ぎ、胸の包帯を取る。
そして、身体のあちこちに付いた血を拭くと、エルフ女医が言った。
「この胸の傷、何か1回閉じて開いたような感じがするわね」
ぎくっ! しかし、開いたのは1回では無いぞ。2回だ。と、頭の中で付け加える。
「こっちの腕の傷も、妙に小さいし、ためらい傷のように見えなくもないわね」
ぎくぎくっ! 何でわかるんだ!?
オレの顔を細い眼で見るエルフ女医。
冷や汗がオレの頬を伝う。
ごまかすように笑うオレ。しかし。
「キミ、自分で傷を作って来たでしょ?」
細い目のまま、口の端が持ち上がる。
アルステールにレミュリアは『あちゃー』という声が聞こえてきそうな顔で頭を抱えている。
「へい……」
オレは観念して呟いた。
オレ達はこのエルフ女医からあれこれ聞かれた。
何で傷を作ってまで村に入ったか。
キミ達は何処から来たのか。
何か良からぬことを企んでるのではないか、など。
もちろん、全部説明して、誤解も解いた。
説明を終えると、椅子に座ったエルフ女医は脚を組み直して口を開いた。
「へへえ……キミ達、結構大変な目にあってるのね。でも、今、思ったんだけど、彼は全然関係ないのに、何故付いてきてるの?」
エルフ女医が鋭いことを聞いてくる。
「それは、クリアしないと……あわわ。じゃなくて、お、オレが正義の味方だからだ」
危うく余計なことを言いそうになった。
言ってもどうせ信じてもらえない上に、話をややこしくするだけだ。
「ふーん……」
エルフ女医が細い目でオレを見る。
「変わった人間ね。まあいいわ。とりあえず治療するから動くんじゃないわよ」
「う、うん」
ベッドに寝かされたままのオレの返事を聞くと、エルフ女医が赤と青の奇妙なビンを取り出した。
そして次にオレの一番大嫌いな物体を取り出した。
それは、
「ぎゃーっ! 注射はイヤーっ!」
オレは暴れる。小1の時、ルーキーでヘタクソな医者が注射針をオレの腕の中で折って、辺りに血が飛び散った事からオレは注射が大嫌いになった。
みんながみんな、あのヘタクソな医者ばかりではないと思っても、ガキの頃に起こった出来事はトラウマだ。
「こ、コラ! 子供みたいに暴れないの!」
暴れるオレ、それを押さえようとするエルフ女医。
しかし、その力の差は明らかだ。
すると、エルフ女医。また別の奇妙なビンを取り出し、フタを少し開けてオレに匂いを嗅がせる。
「へろへろへろ………かくん」
途端に視界が暗転した。
「ふう……全く。何処の誰が斬ったか知らないけど、胸の傷は結構深いのよ。麻酔無しで縫ったら注射刺すより痛いわよ」
エルフ女医、眠った頑吉を駄々っ子を見るような目で見て言った。
レミュリアの横に立っていたアルステールの身体が、しゅん、と小さくなった。
そして、治療が終わり、頑吉は目を覚ました。
オレの身体には至る所に白い包帯が巻かれていた。
胸、左腕はもちろんのことだが、右脚と、両足の裏にも包帯が巻かれている。
この事を聞いてみると、
「キミ、そんな脚でよく逃げてきたわね。それも裸足で。右脚は何本か筋が切れかかってるし、足の裏は凄いことになってたわ。私特製の薬を塗っといたからすぐに治るけど、最低2日間は安静にしてなきゃダメよ」
どうやら俺は結構な重傷人だったらしい。
しばらく経った。
カルテを書き終えたエルフ女医が、椅子を回転させてこっちを向いた。
脚を組んでいる為、スカートの間から薄いブルーの下着が脚の間からチラチラ見える。
「……何処を見てるんだ」
オレの視線にいち早くアルステールが気付くと、目元をピクつかせながらドスのきいた小声でオレの耳にささやく。
「ふむ、人間が着ている物と変わらんな」
オレがボソッと呟くと、アルステールはオレの背中を触って、2本の指が皮膚を挟むと、思い切りひねり上げられた。
0・5秒後に激痛が走る。
「ぎゃっ!?」
身体がビクンと跳ねたオレを見て、
「叱られちゃったわね、ふふ」
エルフ女医がデコを指でツンと突いた。
爪がちょっぴり刺さったぞ。
「ところで、キミ達。もう夜遅いから私は病院閉めるけど、どうするの? まあ、その様子だとお金も無いみたいだけど」
エルフ女医の言葉にオレは答える。
「なあに、金なら外でウロチョロしているモンスターどもを倒して稼いできてやる」
「何バカな事言ってんの。キミは最低2日間は絶対安静よ。それに、モンスターなんて居るわけないじゃないの」
「何!? RPGなのにモンスターが居ないだと!?」
しかし思い返してみれば草原を当てもなく彷徨っていたとき、一度もモンスターに襲われなかった。それはただ単に運が良かっただけかと思っていたが――。
「あーるぴーじーって何よ。変な言葉を使うわね。まあとにかく、もし仮にモンスターが居たとしても、お金なんて持ってるわけないじゃないの。持ってたら私もこんな医者やってないで何処かの戦士を雇って、モンスターハンターになったわね」
冷やかな視線を浴びるオレ。もちろん、レミュリア、アルステールの視線もそれだ。
エルフ女医はため息をつくと。
「しょうがないわね。今夜は私の家に泊まっていきなさい。どうせ泊まるところ無いんでしょ?」
と、ウインクをする。