19
一体、あれから何時間? 何日? どのくらいの時が過ぎたのだろうか……。
暗闇の中で、何度も嫌なシーンがリピートされる。
守る。
守ってやる。
アルステール。
あの笑顔。
あの匂い。
絶対に守る……。
だけど肝心な時に動いてくれない身体。そして、為す術もなく俺に向けられた嫌なシナリオを華奢な身体で代わりに浴びる。
ちくしょう! 守るって決めたのに!!
『アルステールッ!!』
「ぐっ! あっ!? いてててて……」
オレはガバッと起き上がった。
その途端、腹部に激痛が走る。
「あっ! ダメよ動いちゃ!」
ぼやける視界から、何者かの声が聞こえてくる。
そして、再び身体を布団に戻された。
徐々に、視界がはっきりしてくる。
目の前で、心配そうに覗き込んでいるシェルフィス。
「……よかったわ。目が覚めて。もう少し遅かったらどうなってた事か……」
よく見ると、周囲にはオレの仲間全員が見守っていた
ガザロ、ラムド・ガル、ブレイド・ブラッカーは手足や頭に包帯を巻いている。
戦いで負傷したのだろう。
「よかったぁ……。ガンキチお兄ちゃん。よかったよぉ……4日も眠ったままだったんだからぁ……」
オレの腕にしがみつき、号泣するリティア。
オレ……4日も寝てたのか。
リティアの頭を撫でながら、オレは誰に言うのでもなく聞いてみた。
「オレ達……、勝ったのか?」
すると、ザムが前に出てきて、
「ああ、俺のいい考えのおかげで、どうにかな」
何となく、ザムの表情が暗い。そう感じたのはオレの気のせいだろうか?
「そうか……」
「ここは、カダ砦だ。ついでに、メクダ砦も占領したぞ」
「えっ? マジか?」
「ああ、マジだ。俺のいい考えのおかげでな」
「そうか……」
生返事を繰り返すオレ。実感が無いせいもあるが、何か頭に引っかかる事があった。
『ガンキチ……。うぅ……』
――っ!!
全てを思い出したその瞬間。
「あ、アルステール!! アルステールは!?」
オレは激痛をこらえつつ起き上がった。
「が、ガンキチちゃん! ダメよ起きちゃ!」
慌てて止めようとするシェルフィスの腕をオレは掴んだ。
「アネさん! アルステールは大丈夫なのか!?」
オレはシェルフィスをジッと見つめ、問う。
だが、シェルフィスは目をそらした。
悲しげな表情で。
オレの頭に衝撃が走る。
「どうなんだよ!! 何で答えないんだ!!」
シェルフィスは答えない。
レザが車椅子を持ってきた。
「おにいさん。カノジョの所に行きたいんでしょ? 連れてってあげる……。いいでしょ? シェルフィス先生」
「……ええ」
チラッとレザを見て返事をすると、シェルフィスは部屋を出ていった。
レザ、ラザに抱えられ、車椅子に乗せられるオレ。
オレは一刻も早くアルステールの安否を知りたくて仕方が無かった。
ゆっくりと、レザが車椅子を押す。
ノロい車椅子。
早くアルステールに会いたい。
早く元気なところを見たい。
しばらくはベッドに寝ていることとなろうとも、元気になれば問題はない。
アルステールが寝ているだろう部屋の前に来た。
このドアを開ければ、『ガンキチ?』と、いう具合に呼ばれるんだ。そう、あいつが死ぬはずがない。
あいつは、自分で『ボクは死なないよ』と言ってたじゃないか。
約束は守ってもらわなきゃ困る。
約束は……。
真っ青な顔。
ベッドに寝ているその人物の顔。
アルステール。
ヒトが入って来たのに、反応くらいしろよ。
何で、目を閉じてるんだよ。
寝てるのか? はは、太い神経してやがる。
そうだろ? 寝てるんだろ?
「おい、起きろよアルステール……」
オレは車椅子から落ちるように降りて、アルステールが寝ているベッドまで無我夢中で這う。
腹の痛みなんぞ、関係ない。
近くで見るアルステールの顔は、更に真っ青だった。
オレの目から涙が溢れ出た――。
「おい、冗談はよせよ。はは、オレはこういう冗談は嫌いなんだよ」
オレはアルステールの無傷の顔に触る。
温かい。生きている。
まだ、生きている。
「ああ……。生きてた。良かった……」
アルステールの胸は、微かに上下していた。
オレは心の底から安堵した。
「ガンキチちゃん……。少し、話があるの……」
いつの間にか、シェルフィスがオレの横に立っていた。
少し、冷静さを取り戻したオレは、
「……わかった、アネさん」
と、返事をする。
しかし、立ち上がろうとして腹部に激痛が走り、再びうずくまってしまう。
ラザ、レザの手助けにより車椅子に乗せられ、オレが乗せられた車椅子を、シェルフィスが押す。
そして、そのまま部屋を出た所で、
「ガンキチちゃん……。実は……」
シェルフィスは後ろで小さな声で呟いた。
その言葉に、オレはまた嫌な予感がした。
「何だよ。その先を早く言えよ」
オレは後ろを振り返り、シェルフィスの眼を見つめ、言った。
「……」
「何だよ……」
シェルフィスは、オレを見つめたまま黙っている。
しばらくにらみ合いが続いた後、意を決したようにシェルフィスが口を開いた。
「アルステールは――。もう、長くはもたないわ――」
泣きそうな声で、シェルフィスが呟いた。
オレはその言葉を聞いた瞬間、
全てが聞こえなくなった。
ざわざわ――。
その音だけが、耳の中に鳴り響いている。
ざわざわ――。
「じょ、冗談だろ?」
「……」
「なあ、冗談だと言ってくれよ!」
「……」
「何でだよ、まだ生きてるじゃないか!」
「全ての手は尽くしたわ……。でも……」
「治るんだろ? アネさんの薬は最強だからな。元気になるんだろ!?」
「……」
「なんで――。なんでだよ――」
オレの眼から、引っ込んだはずの涙が溢れ出た――。
「……運ばれてきたアルステールを見た時、正直言って何処へ手を付けていいのかわからなかった……。それだけ、ひどい傷だったの……」
それだけ言って、シェルフィスは目を伏せた。
「――くそっ」
オレは悔しさのあまり、それ以上の言葉は出てこなかった。
死ぬ。
アルステールが、死ぬ。
何で、こんなパターン通りになっちまうんだよ。
「私だけの力じゃないわね……。本人の精神力も関係してる……。多分、ガンキチちゃん。キミよ」
「……オレ……?」
「そう、キミに対する想いが、彼女の生命を辛うじて維持させている。としか思えない」
「オレ……なのか? アイツ、オレのために……?」
シェルフィスは目尻を指で拭いながら、オレの肩に手を置く。
「……傍に居てあげなさい。少しでも彼女の命を延ばすためにも」
「……」
オレは袖でゴシゴシと涙を拭くと、
「……わかった」
と、答えた――。
* * *
クリスエルム城、謁見の間。
エマン・カシューが敗れた事を、近衛兵から報告されたユーネス。
その顔は、一層凶悪になっている。
「そうか、エマン・カシューは死んだか……」
動じることなく、ユーネスは高らかに笑う。
この反応は、もはや尋常ではない。
「万策尽きたな」
側に居たリック・ザキュールが冷静に呟く。
「策? 策だと? ふふふふ……そんな物、あんなカスどもには必要ない。エマン・カシュー。奴は策に溺れた。その結果がこれだ」
クックックと笑うユーネス。
「ふっ……。相変わらず面白い男だ、お前は」
長い前髪をかきあげながら、リック・ザキュールは同じように笑った。
気味の悪い声が、謁見の間に響いていった。
* * *
1日――。
アルステールは目を覚まさないまま、また1日、1日と時間は過ぎていった。
オレの腹の傷は、完全にとはいかないがそこそこに良くなり、徐々にだが特訓をできるようになった。
しかしブレイド・ブラッカーとの特訓の最中、アルステールの事ばかり頭に浮かんで、全く身に入らなくて、頭を冷やしてこいと言われる始末。
朝、昼、晩とアルステールの側で、寝顔を見て、顔や手を触る。
毎日が、この調子だった。
たまにレミュリアもアルステールを見に来るが、変わり果てたあいつを見て、泣きじゃくる始末。
……。
……ちくしょう。
あれから、約10日が過ぎた頃か。
オレは、いつものように、アルステールの寝ている部屋へ入る。
「あ……。ガンキチ……」
オレは耳を疑った。
久しぶりに聞く声。
聞きたかった声。
「アルステール!? 目が覚めたのか!?」
と、駆け寄ろうとしたオレを、シェルフィスが止め、耳打ちする。
「無理をさせちゃダメ……。命を縮めるから……」
「……わかった」
オレは冷静さを取り戻すと、
「あ、アルステール。オレは元気だ。お、お前も元気になれよ」
ちくしょう……。何でこうぎこちなくなっちまうんだ。
アルステールは無理して笑顔を作る。
「はは……。……そうだね。……ガンキチと……、また、デートするって……。約束したしね……」
力ないアルステールの言葉……。
何でそんな事覚えてるんだよ。
「何て顔してるんだよ……。……大丈夫……。ボクは、死なない……から……」
絶対に無理をしている。
オレに心配かけまいと、必死に作っている。
アルステールの手を優しく握った。
「あったかい……。……ガンキチの手……」
そういうお前の手は、冷たいじゃねえか。
くそ……。言葉が出てこねえ……。
ただ、ジッとアルステールの目を見ている事しかできねえ……。
「……」
「ガンキチ……。頼みがあるんだ……」
「何だ? 言ってみろ」
「一刻も早く……。姫様に平和を……。クリスエルムに平和を……。ユーネスを止めて……欲しい……」
こんな状況になっても、こいつはレミュリアの事、王国の事を考えている。
もう、オレには返事をするしかなかった。
「わかった。安心しろ。オレがカタを付けてやる」
アルステールはニッコリと笑う。
そして、目を閉じた。
「……アルステール?」
「……少し、眠くなってきちゃった……」
おい、アルステール!? と、揺すりそうになったオレを、シェルフィスが止めた。
「今日はこの辺にしといて……。無理をさせると危険だわ……。彼女、気付いてから、ガンキチちゃんが来るまで、ずっと目を開けてたから……」
「……わかった……」
アルステールの寝顔を見ると、オレはシェルフィスの言う通りに部屋を後にした。