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 カダ砦。

 王族の類の部屋と見間違うほど豪奢な部屋。

 薄暗く、異様な雰囲気を漂わせている。

 ロウソクの火が、何者かを照らす。

 赤い軍服、カールした金色の長い髪、細い身体に似合わない邪悪な眼の女性。

 エマン・カシューである。

「くっくっく……。この武器さえあれば……反乱軍なぞ……」

 エマン・カシューは宝石のちりばめられた、豪華な革製の鞄から何かを取り出し、それを恍惚とした表情で眺めている。

 鞄を閉めると、エマン・カシューは立ち上がり、ドアに視線を向ける。

「ソグト、入ってきなさい」

 エマン・カシューの一言に、ドアの向こうで待機していたのであろう側近らしき男が現れる。

「お呼びですか、エマン・カシュー様」

 ピシッと敬礼して、エマン・カシューに注目する。

「例のこの武器の状況は?」

 邪悪な視線を、側近へ向ける。

「はい。約6000ほど出来上がっております」

「……6000。まあ、よろしいでしょう。それでは、兵に全て配りなさい。戦いの準備です。反乱軍最後のね……くっくっく……」

「わかりました! 迅速に兵へ伝えます!」

 一礼して部屋を出ていく側近。

 エマン・カシューの部屋のドアが、パタンと閉められた。


 *     *     *


 ついに、この時が来た。

 カダ砦侵攻の日。

 予定通り、本拠地には4000の兵を残し、残りの12000はカダ砦侵攻軍となった。

 本拠地を守るメンバーはザム、レミュリア、ルミニオンとなり、侵攻軍メンバーは、オレ、ラムド・ガル、ガザロ、シェルフィス、ブレイド・ブラッカー、ラザ、レザ、ティカイナだ。

 ブレイド・ブラッカーとシャドウキラーの3人は、オレのボディーガード兼補佐役。

 ……。

 ひとつ気になることは、アルステール。

 仕方なくオレの部隊に入れたが、妙に心配だ。虫の知らせってヤツが、オレの耳の中でガンガンと響いている。

 今は一緒に居たいとか、離れたくないとかそんな気持ちじゃない。心配だ。

 だが、オレはアルステールを守ると決めた。

 そう、守ればいいんだ。

 オレの命にかけても。


「いいな! みんな生きて帰るんだ! 決して無理をするな! 以上!」


 言葉数は少ないが、オレはレミュリアに代わって演説をした。

 これはレミュリアの頼みでもあった。

 ガンキチさんが作った反乱軍なのに、一度も演説をしないなんておかしい。という指摘を受けたのだ。


『わああぁぁぁぁぁぁっ!!』


 やや、笑いが含まれる歓声が起こる。

 一応、士気は高まったようだ。

 みんな生きて帰るんだ……。オレはその部分を強く頭の中で復唱した。


 ついにカダ砦へ向けて、オレ達の反乱軍は進軍を開始する――。


 進軍している間も、オレはアルステールの側を離れることはなかった。

 その様子を見て、いつもなら茶化してくるはずの仲間達は、ただ見守っているだけで介入はしなかった。

 オレ達の様子が、いつもと違ったから、かもしれない。

 幻想的な景色と、隣に居るアルステールの顔を眺めながら進軍をして3日が経った。

 目の前に広がる切り立った谷。

 ガングニル谷――。

 底は見える。底無しではないようだ。だが、落下するとただでは済まないだろう。

 向こう岸が、やたらと遠く見える。

 向こう岸へ渡らなければ、カダ砦には行く事ができない。

 だが、オレが見る限り、向こう岸まで100メートルはある。

 今、反乱軍はこの谷付近で立ち往生している。


 しばらく向こうへ渡る道はないか、シャドウキラーに探させた結果。

「ここから南西へ約40ケザルくらいの所に、谷へ続く道がある。そして、北西へ約50ケザルの所に、向こう岸へ登る道があった」

 言い終えると、サッと持ち場へ戻るシャドウキラー。

 報告を聞いて、うなるオレ。

 ラムド・ガルと、顔を見合わせる。

「困ったな……。わざわざ谷を降りてると、相当な遠回りになってしまう」

「うむ……。谷を迂回すると、メクダ砦の付近を通る事になるから、危険が大きい。ここで無駄に戦闘をして消耗をすると、命取りだ」

「かと言って、北側は切り立った絶壁の岩山が延々と続いているから、移動するのは不可能だ」

 そう、北西は絶壁とガングニル谷が重なって迂回は不可能だ。もし迂回するならロッククライマーにでもならなければいけない。

 更に、南西はメクダ砦に限りなく近付いてしまうため、戦闘は避けられない。

 今、戦闘をして消耗すると、エマン・カシューの思うつぼになってしまう。

 思わぬ足止めをくらってしまった。


 1時間くらい付近で検討をしていた時。


「敵襲ーッ!!」

 兵の声に、オレとラムド・ガルは同時に振り向いた。

 突然の奇襲に兵が慌てる。

「落ちつけ! 慌てずに応戦するのだ!!」

 ラムド・ガルの騎馬隊が動く。

「敵は!?」

「エマン・カシューの本隊です!!」

 報告に来た兵が答える。

 何だと?

 エマン・カシューはカダ砦に居るはずでは。

 玉砕覚悟で出てきたというのか!?


 後方から矢が雨あられのように飛んでくる。

 後方にはシェルフィスの部隊が居る。

 シェルフィスが危ない!!

「くそっ!! アネさん!!」


 ガザロの部隊は果敢にもエマン・カシューの本隊へ突撃する。

 が、しかし、雨あられのように飛んでくる矢に苦戦を強いられている。

「野郎! 奴らは弓の名手か!?」

 矢が普通では考えられないテンポで飛んでくる。

 弓に矢をかけ、弦を引いて飛ばす。この動作があるかぎり、ここまでのテンポで矢は飛ばせないはずだ。

 まるで連発銃のように飛んでくる矢。

「くそっ! 怯むな! ぶっ殺すんだ!!」

 負傷兵が続出する中、ガザロは突っ込んでいく――。

「ララミル……。父ちゃん、帰れねえかもしれねえ……」


 白馬の死骸、白い鎧を着た兵の死体。

 被害を受けながらも、ラムド・ガルの騎馬隊は突撃を敢行する。

「くっ……このままではまずい」


 *     *     *


「ほほほほほっ! バカな奴らねぇ……」

 高笑いをするエマン・カシュー。

 そして、兵にサッと指示をする。

 矢を打ち終わった兵と入れ代わり、矢を充填した兵が前に出る。

 その兵が持っている弓……、いや、武器は……。


「何だ? あの武器は!?」

 驚愕するラムド・ガル。

 エマン・カシューの兵が持っている武器……それは、巨大なボウガンだった。

 銃身がまるでロケットランチャーを思わせる大きさ。しかも、兵の動作を見ていると銃身の横に付いているレバー弦を引くだけで矢が装填される仕組みになっているようだ。

 これなら、連射も可能だ。

 何て厄介な物を……。

 次々と倒れていく反乱軍の兵。

 くそっ……。まんまと引っかかったっていうワケか……。


「退路を断たれました!! このままでは……」

「くそっ!! 谷に降りるぞ!! 一旦、体勢を立て直す!!」


 部隊に指示を出し、後退する。

 まるで、谷へ追いやられるように――。


「ここは任せろ!! 私が何としても食い止める!!」


 ラムド・ガルの騎馬隊が強力な攻撃を仕掛ける。多少の被害を与えてはいるが、やはり劣勢はまぬがれない。


「ぐっ!!」


 左肩の鎧に、矢が突きたてられた。

 顔をしかめるラムド・ガル。


 すまねえ……ラムド・ガル……。


 何とか、部隊は谷へ後退できた。

 しかし、消耗が激しい。

 後退はできたが、退却はもはや不可能と言ってもいいだろう。

 退路を断たれた今、オレ達は進むしかない。


 しかし。


「ぐわぁぁっ!!」

「うわぁあっ!!」


 矢が次々と兵達に命中していく。

 オレのすぐ近くで歩いていた兵が、肉塊と化していく――。


「上だッ!!」


 そう。上にもエマン・カシューの伏兵が居た。

 オレ達の居る下方へ向け、あの巨大ボウガンを撃ってくる。


「ぐうっ!」

 オレの腹に矢が突き刺さった。

 激痛。そして、ひびの入った鎧。オレは刺さった矢を見た。木ではなく鋼鉄製の矢だった。そしてこの貫通力、これでは鎧を着ている意味がない。

 オレは地面に膝を突いた。

「ガンキチッ!!」

 アルステールが叫ぶ。


 ……これまでか……。

 更に飛んでくる矢の雨。

 ちくしょう……。アルステール……。

「はあ……はあ……。アルステール……。守ってやれなくてすまん……」

 じわじわと血がにじんでいく感覚。

「ガンキチッ!! しっかりしろ!!」

 アルステールがオレの腕を肩にかけ、抱えようとする。

 周囲には、オレのために盾となった兵が立ちはだかっている。

 その兵の身体にも、矢が次々と刺さり、地面に崩れ落ちる。

 ブレイド・ブラッカーが飛んでくる矢を叩き落とし、ラザ、レザが逆手持ちにした短剣で飛んでくる矢を防いでいる。


「くっ! 不覚……」

 ブレイド・ブラッカーの脚に何本かの矢が刺さった。

 膝を突くブレイド・ブラッカー。

「ブレイド・ブラッカー様!!」

 その前に立ち、必死に刀のような剣を振るうティカイナ。


 更に飛んでくる矢の雨。

 その何本かが、オレに致命傷を与える軌道を描いた。


 はは……。あっけなく終わったな……。

 オレの人生――。


 痛みは……無い。

 本当に死ぬときは、痛みなぞ感じないもの……。どこかの誰かが言っていたような気がするが……オレは目を開けて見たその光景に戦慄が走った。


「アルステールッ!!」


 オレの前に立ちはだかり、矢の雨をその身に浴びてしまった。

 胸、腹、脚、腕。次々と刺さっていく矢。

 アルステールの身体に。多少の筋肉は付いているものの華奢なあの身体に――。

 その姿は神々しくも儚い。

 オレが他の女とふざけていると、殺気をみなぎらせていたアルステール。

 オレには可愛い笑顔を見せたアルステール。

 初めて仮面を取ったアルステール。

 全てが、走馬灯のように映し出される。


 アルステールが……。


 嫌なパターンが。

 パターン通りに。


「ちくしょおおおっ!!」

 オレは腹の痛みも忘れ、崩れ落ちるアルステールの身体を受け止めた。

 口の中が血の味でいっぱいだ。

 多分、気管か食道から逆流してきたんだろう。

 いや、今はそんなことどうでもいい――。


 オレ、守るって言ったのに。

 絶対守るって言ったのに。

 命かけても守るって決めたのに。


「うぐ……。……ガンキチ……。大丈夫……か?」

「くそおぉっ!! オレは死なねえっ!! 死なねえようにできてるんだよ!!」

 ゴホッと口から血を飛ばしながらも、オレは吠えた。

「ガンキチ……。うぅ……。血が……」

 オレの口許を指でなぞり、血をぬぐう。

「お前の方がいっぱい出てるんだよ!! ちくしょう!!」


 守られてるのは……オレの方じゃねえか!


 シャドウキラー達が一斉に煙玉を地面に叩きつける。

 濃い煙が辺りを包み、あっと言う間に視界を遮られた。それでも矢の雨は止まらない。

「来いッ!!」

 誰かがオレの手を引く。

 ブレイド・ブラッカーだ。

 矢の刺さった脚にも関わらず、オレを抱え、矢の雨の中を全速力で走る。

「あ、アルステールが……こほっ」

 真っ赤な血がブレイド・ブラッカーの顔付近にかかる。さっきより量が多い。

「喋るな! 大丈夫だ!」

 少し後ろを、ティカイナがアルステールを抱えて付いてきている。

 オレは、アルステールの事しか頭に無かった。

 今は自分のことなど、二の次だ。アルステール、アルステールのことだけが――。

 大丈夫なのか? アルステールは死なないのか?

 徐々に目の前が暗くなっていく……。

 その時だった。


『わああぁぁぁぁぁっ!!』


 新手の軍が来た。

 しかも、数が多い。


「くそっ!! 終わりか……。ユーネスめ……」

 エマン・カシューの兵を一太刀で斬り捨て、ラムド・ガルは呟いた。

 表情に絶望の色が浮かぶ。


「ララミル……。父ちゃんを許してくれ……」

 自慢の大剣を振るい、矢の尽きたエマン・カシュー兵を叩き斬るガザロ。


「ああもう……。カレシも作ってないのに……。仕方ないわね。これも運命かしら」

 負傷兵を手当てしながら、シェルフィスは呟いた。


「ふふん……。メクダ砦の軍勢が加勢に来たわね。……この戦、もらったわよ。ほほほほほ……!」

 勝利を確信したエマン・カシュー。

 しかし、それは次に起こる出来事によって打ち消される。


『わあああぁぁぁぁっ!!』


「な、何!? どうして……」

 メクダ砦から来たらしい軍勢は、何故かエマン・カシューの兵に攻撃を仕掛けたのだ。

 思わぬ攻撃に、エマン・カシューの兵が怯みはじめる。

「どうして味方を攻撃するのよ!? 伝令! 伝令を!!」


 必死に応戦するエマン・カシュー軍。

 しかし、反乱軍の抵抗で消耗した軍勢は、新たに攻撃を仕掛けてきた軍勢に対応できるほど余力がなかった。

「矢を! 矢を射るのよ!!」

 指示をするエマン・カシュー。

 しかし、矢に最初のような勢いは無かった。

「どうしたの!? 何故、矢を……」

「ダメです! 弦が切れました!」

「そ、そんな……」

 弦の切れたボウガンを見せながら、兵は焦った表情で言う。しかし、もっと焦っているのはエマン・カシューだ。

 普通の弓のパーツを流用したこの巨大なボウガン。

 改造はしているものの、所詮は弓の弦。通常の3倍以上のペースで矢を発射する負荷に耐えきれなくなったのだ。

 矢が使えなくなったエマン・カシュー軍は空が飛べなくなった鳥に等しい。

「伝令! 伝令はまだなの!?」

 金切り声を上げるエマン・カシュー。冷静さを完全に失っている。


「ぐわッ!!」

「うがあっ!!」

 エマン・カシューの周囲に居た兵が、斬り捨てられた。

 あっと言う間に反乱軍から包囲されるエマン・カシュー。

 彼女の前に、何者かが現れる。


「年貢の収め時だな。エマン・カシュー。無駄だぜ。メクダの兵は全員寝返った」


 それは、今本拠地に居るはずのザムだった。

「き、貴様! 裏切り者のザム!!」

 エマン・カシューの眼が剥かれる。

「どっちが悪い人間かわからねえ奴にンな事言われたくねえよ」

 フン、と鼻で笑うザム。

「何故だ!! 何故、メクダの兵が……」

 ブルブルと震えながら、エマン・カシューは叫んだ。

「教えてやろうか。メクダの兵はな、元々アテラタスに居た兵なんだよ。つまり、俺の味方。そうだな。ユーネスの野郎が俺から兵を奪わなかったら、こんな事にはならなかっただろうな」

 ニヤリと笑うザム。更に続ける。

「『俺が行くから、用意しとけ』って書いた手紙を出して、後は途中で合流した……そのくらいだな」

「くっ……」

 エマン・カシューはギリッと歯を噛む。

 その仕種を見て、ザムは笑顔になる。

「ユーネスの野郎は、余程人徳が無いんだろうな」

「黙れ……!」

 キッと睨むエマン・カシュー。

「色々と好き勝手やっていた罰だな。はっはっは」

「黙れ! 黙れ!!」

「ま、話はここまでだ。で、どうするんだ? 仲間になんのか? それとも……」

 笑顔のままのザムに、エマン・カシューの邪悪な双眸が険しくなる。

「貴様らの仲間になるだと……? この私が貴様らのような下賤な輩の仲間になるだと? フフフフ……ハハハハハッ!! 笑わせる……!」

 腰に下げていた剣を抜く。

 そして、何の躊躇いもなく、自分の首に切っ先をあてがう。

「何を……!」

「私の事を、身体の隅々まで理解してくださるのはユーネス様だけ……。貴様らに捕らえられるくらいなら……」

 ザムはそれを阻止しようと手を伸ばす、が。


 真っ赤な鮮血がザムの顔に飛び散る。

 エマン・カシューはニヤリと邪悪な笑みを残し、崩れ落ちる。

「……」

 既に、こと切れていた。


 *     *     *


「何だ!? エマン・カシューの兵が、退いていく……」

 ブレイド・ブラッカーは、頑吉を抱えたまま立ち止まった。

 頑吉は既に意識を失っていた。

「とにかく、治療を!! 早くシェルフィス女医の元へ……!」

 ラザ、レザがブレイド・ブラッカー、ティカイナの手から頑吉、アルステールをひったくり全速力で走っていく。

「死んじゃダメ! 死なないで……。おにいさん……」

「死なせない! ガンキチさんのためにも……」


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