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 あれから9日が過ぎようとしていた。

 いまだにユーネスの進軍は無く、ザキュール暗殺団の襲撃も無い穏やかな日々が続いた。

 中庭を歩くと、兵の訓練する声が聞こえてくる。

 結構な人数に膨れ上がった為、弓兵隊の部隊長ルミニオンは結構辛そうだ。

 斧を主力武器としたガザロの山賊部隊もラムド・ガル精鋭部隊ももちろん日々訓練に明け暮れている。


 ブレイド・ブラッカーには、相変わらず特訓の相手をしてもらっている。

 まだ、オレの攻撃が当たった事は一度もない。

 ブレイド・ブラッカーが言うには随分動きに無駄が無くなったらしいが、オレにはイマイチ実感が無い。

 だって、一度も攻撃が当たらないんだぞ。

 スタミナも結構付いてきた。

 新しいコンビネーション技も編み出した。

 だが、それでも、ブレイド・ブラッカーの前ではことごとく避けられる。


 アルステールの方は、ラムド・ガルの上手い指導もあってか、徐々に腕を上げつつあるようだ。初めて会った頃の動きと比べれば雲泥の差だ。


 作戦会議。

「準備は整った。兵の士気も高い。悪王ユーネスの潜むクリスエルム方面への侵攻を提案する」

 ラムド・ガルのナイスガイな声が響く。

 円卓の騎士のように、丸く大きなテーブルにずらりと勢ぞろいする仲間達。

 今では、みな将軍みたいなものか。レミュリア以外は。

 シェルフィスは女医将軍と呼ばれている。

 何でもこじつけて将軍と呼びたがるようだな。ウチの兵は。

「アネさん。ここから近い悪王軍の拠点はあるか?」

 ラムド・ガルの提案を受理して、オレはシェルフィスに地図を見てもらう。

「アネさんゆーな。……えーと、そうね。確かこの辺にユパナ砦っていうのがあったはずよ。一応、シャドウキラーさんに調べてもらった結果、ウチの戦力より遙かに弱いみたいね。でも、油断は禁物よ。後、距離は604ケザルね。ここから約2日くらいかしら」

 地図を眺めて、一同沈黙する。

「何を考えているんだろうか? いかにも攻めて下さいと言わんばかりだな」

 オレは呟く。

「そうだな。しかし、ここを落とさずには先に進めない。もし罠だとしても、進むしか他に方法がない」

 ラムド・ガルの意見。

 確かにそのとおりだ。

「と、言うことは、次はユパナ砦だな」

 三段階伸縮可能な赤い槍を磨きながら、ザムの言葉。

 この言葉で、ユパナ砦侵攻が決定した。


 *     *     *


 クリスエルム城、謁見の間――。

 険しい顔つきで玉座に座るユーネス。

 禍々しい眼が、更に凶悪になっている。

 腰に下げた剣から、異様な雰囲気を漂わせる。

「ドマジを焼き払い、シャドウキラーを追撃し、失敗。更にレミュリア暗殺を躊躇っている……か」

 ユーネスの恐ろしい眼が光る。

 額には血管が浮き上がっている。

「貴様らしくないな。リック・ザキュール」

 苛立っている。

「ブレイド・ブラッカー。奴が一番の曲者だ。奴さえ倒せれば、あんな寄せ集めの軍隊なぞすぐに壊滅させられる」

 冷静な表情のリック・ザキュール。

「それに、お前こそ、あっさりと裏切られたな。ラムド・ガルだったか……」

「貴様には関係ない」

 リック・ザキュールの声を遮るように、ユーネスの声色が高くなる。

「ふん。まだ、こちらには手段がある。そうだな? エマン・カシュー」

 赤い軍服に身を包んだ女将軍、エマン・カシューがユーネスの前に跪いた。

「はい……お任せを」

 ユーネスと同類の邪悪な眼を光らせ、ニヤリと笑う。


 *     *     *


 まるで、戦意が感じられない。

 攻め込んできたとわかった途端、砦を明け渡して逃げていきやがった。

 ユパナ砦――。

 あっと言う間に手に入った。

 正直、気持ち悪いくらいに。

 侵攻を開始して、まだ3日目だった。


 ユパナ砦を新たな本拠地にし、更にまた一歩進んだ反乱軍。

 この砦は、アテラタス砦より大きい。

 それに伴ってか、オレの部屋も広くなった。


 その日の夜。

 うまい具合に広く、椅子もあり、円卓もある会議室らしい部屋を見つけ、オレ達はそこで作戦会議を行う。

「何か、事がうまく運びすぎて怖いくらいだ」

 オレは素直に心境をみんなに打ち明けた。

 今回の作戦会議にはティカイナ、ラザ、レザも参加している。本人の要望だ。

 アルステールは密かに『何でガンキチの周りには女が集まって来るんだ……』と、洩らしていたらしい。ラムド・ガルから聞いた。

「そうだな。妙に余裕があるというか……。何を考えているのかわからないな」

 ルミニオンが呟いた。

「向こうにはエマン・カシューが付いている。奴は頭がいい。これからは注意して進軍しなければならない。だが、残るユーネスの砦はふたつだ。ここを攻略すれば、残すは王都クリスエルムのみ……」

 ラムド・ガルの意見。

 しかし、エマン・カシューか……。このナイスガイが言うんだから、マジみたいだな。

「……それじゃアネさん、地図を頼む」

「アネさんゆーな!」

 と、ふくれつつも、シェルフィスは地図を広げる。色々と調べてきたのか、地図には何やら赤インクで所々に印を付けている。

「何だ? アネさんが調べてきたのか?」

「だーかーらー、アネさんゆーな! 私が調べるワケないでしょ。シャドウキラーさんに調べてもらったのよ」

「そうよ私とラザが調べてきたのよ☆ 後、ティカイナも」

 と、言いつつオレの腕にひっついてくるレザ……だよな? ホクロが無いから。

 レザ、ラザの後ろでティカイナがウインクする。

 ……リティアといい勝負な発展途上な胸が……。

 言っておくが、オレはロリコンじゃないぞ。

 ちょっと前に聞いた話だが、レザ、ラザは16歳らしい。そんなバカな。リティアといい勝負なロリータフェイスなのに。

 ごごごごご……、と効果音が聞こえてきそうな殺気が、ビリビリと伝わってくる。

「……」

 ギロリ! と言わんばかりの目でオレを見ているアルステール。

 それに気付いたオレは、慌ててひっついているレザを剥がす。

「そ、それじゃ、アネさん。続きを頼む」

 ごまかすようにシェルフィスへ振る。

「……。この周辺には砦がふたつあるわ。ひとつはカダ砦。もうひとつはメクダ砦ね。しかも、両方とも結構な戦力がある……。軍をふたつに分けた方がいいわね」

 オレの『アネさん』という呼び方に反応しなくなった。もう、諦めたわ。みたいな表情で説明するシェルフィス。

「オレ達の今の戦力は?」

 オレの問いにルミニオンが答える。

「約16000だな。志願者を募集したところ、約2000ほど増えた」

 ここ最近ルミニオン、ガザロで兵を募集したらしい。どんな方法でやったかはわからないが、焼き払われたドマジ街から逃げてきた者も居れば、ガザロのツテで他の山からやって来た山賊も居るようだ。

 シャドウキラー達の厳選なる目利きで通ってきている者達だから、スパイである心配は無いらしい。

 結構な戦力に膨れ上がった反乱軍。


「ふたつの砦の詳しい戦力はわかるか?」

 オレはシェルフィスに聞いてみる。

「そうね、カダ砦の戦力は約10000。メクダ砦は約7000ね」

 ここから東に位置するカダ砦はラムド・ガルが言うには、エマン・カシューが守る厄介な砦で、しかも、付近はガングニル谷という切り立った谷が、自然の要塞の如く行く手を阻み、進軍が困難らしい。

 更に、東南に位置するメクダ砦は四方が森林に囲まれていて、ラムド・ガルの強力な騎馬隊が役に立たない。

 それに伴い、進軍する部隊が限られてくる。

「メクダ砦は……。兵が居るってだけで、特に将軍らしい将軍は居ないみたいね……」

 シェルフィスの言葉。

「メクダ砦か……。こっちを先に攻略するってのも……」

「いや、エマン・カシューの事だ、私達が比較的戦力の低いメクダ砦に攻める事は計算済みだろう。進軍した途端に、手薄になった本拠地へ怒濤の如く攻めてくる。しかも、厄介な策を多々ご披露しながらだ。こうなったら勝ち目はない」

 ラムド・ガルの意見はもっともだ。

 しかし、厄介な策か。一体どんな策を使ってくるんだ?

 それがわかれば苦労しないか。

「だったら、玉砕覚悟でカダ砦を先に攻略するってのは?」

 オレの提案にシブい顔をするラムド・ガル。

「……ふむ。だが、メクダ砦はどうする?」

「あそこは多分このパターンだと、攻めてこない。そうだな。約、4000くらいここに残しておけば、多分籠城で守りきれると思う」

「一体、何処から根拠が出てくるんだ?」

 呆れ顔で言うルミニオンに、オレは。

「勘だ。オレのゲームの……あわわ、正義の味方のな」


 シーン……。


 唖然としてオレを見るみんな。

 まあ、当たり前だな。

「なあ」

 と、一人沈黙を破った者が居た。

「いい事を思いついたぜ」

 ザムだ。

「お、そりゃ、一体何だ?」

 すかさずオレは聞いてみる。


 *     *     *


 夜、ザムの部屋――。

 ザムはひとり、テラスに立っていた。

 その手には、レミュリアに比べるとかなり下手な文字で書かれた手紙を持っている。

 それを小さく畳んで、白い鳩の足に付いている小さな筒へ入れる。

 そして、優しく白い鳩を両手で抱えると、夜の闇の中へ放した。

 勢い良く飛んで行く白い鳩を見送りながら、ザムは呟いた。

「頼むぜ。お前だけが頼りだ……」


 *     *     *


 出発は、2日後……。

 カダ砦侵攻部隊は、オレ、ラムド・ガル、シェルフィス、ブレイド・ブラッカー、ラザ、レザ、ティカイナ、ガザロと決まった。

 ルミニオン、ザム、レミュリアは本拠地に残る事となった。

 例のいい考えを実行するために、ザムは残ると言いだしたのだ。

 ザムの部隊が居ないのは少し苦しいが、ラムド・ガルの騎馬部隊が居れば、何とかなりそうだ。

 それに、ブレイド・ブラッカー達も居るしな。

 ガザロもシェルフィスも居る。

 後方支援治療部隊のシェルフィスが居れば、多少の怪我は大丈夫だ。

 何も心配することはないんだ。

 そう、何も……。

 オレにはみんなが付いている。

 みんなが付いてるんだ……。


 自室のテラスから星を眺めながら、オレは思った。

 もう、習慣になってしまっている。

 現実の世界ではこんな星はお目に掛かれないからな。


 今度の戦いはかつてない激しい戦いになる。と、ラムド・ガルが言っていた。

 ひょっとすると、オレは死ぬかもしれない。

 しかし、オレがプレイしたどのゲームでも主人公が途中で居なくなったまま、エンディングに行くことはない。


 死ぬわけがない……オレが死ぬわけが……。

 そう思ってないと、気が変になりそうだ。

 しかし、やはり嫌な予感が頭から離れない。


「あまり、考えるのは良くないですよ」


 ふと、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはラザが立っていた。……ホクロが……あるからラザだな。

「な、何だ。見てたのかい」

 不思議なことに、ラザが相手だと妙に優しい言葉遣いになってしまう。

「はい。何か、ひどく思い詰めた顔をしてました」

 ラザがオレの手を握る。

「私が、ガンキチさんを守ります。だから、安心してください」

 ラザの真剣な表情。

 何か、妙に安心する。

「ちょっと、ちょっと! 私を忘れてない?」

 レザが上から降ってきた。

 スタッと何事もなかったかのように軽く着地する。

 続いて、ティカイナも。

「私も守っちゃうわよ。坊や」

 みんな、オレの肩や腕に触れて、元気づけてくれる。

 みんなの気持ちが痛いほど伝わってくる。

「ありがとう……」

 不覚にも、オレは泣きそうになった。

 それを何とか悟られないよう堪える。

「拙者も居る事を、忘れてもらっては困る」

 いつの間にか、ブレイド・ブラッカーが立っていた。

「貴殿は随分腕が上がった。後は跳躍力と俊敏さを身に付ければ、立派なシャドウキラーだ。それは、この戦いが終わった後の宿題としておく」

 オレはあれから、ブレイド・ブラッカーとの特訓を1日と欠かしていない。

 こちらに目線を合わせていなくとも、オレをちゃんと見ているブレイド・ブラッカー。 この無愛想な態度にも、妙に優しさを感じる。

「ブレちゃん……」

 オレが呟くと、


『ぷっ……』


 後ろに居た3人が、一斉に吹き出した。

「むっ? 何がおかしい?」

 カチンときた表情のブレイド・ブラッカー。

「くくくく……だ、だって、ブレイド・ブラッカー様をブレちゃんだなんて……」

「そ、その、結構、可愛いです……ぷっぷぷぷ……」

「くっくく……。坊や、いいセンスしてるわ……くっくっくくくく……」

 3人とも、腹を押さえている。

「そんな事言ってもなぁ。ブレイド・ブラッカーなんて名前が長くて言いにくいじゃないか」

 オレの説明に、

「ふむ。一理あるな」

 ブレイド・ブラッカーは納得したように頷く。

 前に聞いた話だが、ブレイド・ブラッカーという名は、姓と名前で分かれているわけではないらしい。


 3人が落ちつくと、ブレイド・ブラッカーは何かを言おうとして、

「む?」

 何かの気配を感じたようだ。

 確かに、何かの足音が聞こえる。


 コンコン……。


 誰かがオレの部屋のドアをノックした。

「どうぞー」

 と、オレが言うと、控えめにドアが開いた。

 入ってきたのはアルステールだった。

「な、何だ。どうしたんだ?」

 オレは一瞬、何処かで覚えのあるパターンだなと思った。

「そ、その……」

 アルステールは俯いて言葉を詰まらせる。

「ま、まあ、シャドウキラー達も居ることだし、こっち来いよ」

 と、オレは何気ない表情を無理矢理つくって誘ってみる。

 素直に付いてくるアルステール。

 が、しかし。

「あら? ブレちゃん?」

 そう、テラスに居たはずのブレイド・ブラッカーと、3人はいつの間にか姿をくらましていた。

「あ、あの!」

 アルステールは意を決したように口を開く。


 *     *     *


 屋根の上に立っているブレイド・ブラッカーと、レザ、ラザ、ティカイナの3人。

「ブレイド・ブラッカー様ったら、気が利くんですね。私、少し見直しました」

 ティカイナが囁く。

「拙者は野暮な事はしたくないだけだ」

 腕を組み、無愛想に呟くブレイド・ブラッカー。

「何か、ムカつく……」

 不満げなレザ。

「……ふう……」

 憂いを帯びた表情で、ため息を付くラザ。


 *     *     *


「何だと? カダ砦攻略に参加したいだと?」

 目の前で俯いているアルステールの言葉にオレは耳を疑った。

 アルステールにはレミュリアを守るため、ここに残るよう言っていた。

 理由は嫌なパターンが頭をよぎったからだ。

「姫様は許しをくれた。ガンキチと一緒に行っていいって……」

「バカッ!」

 ビクッと肩をすくめるアルステール。

「レミュリアちゃんは優しいからそんな事を言うんだぞ。お前が居なくなったら……」

「でも、シャドウキラーが守ってくれるって……」

 アルステールの表情がやや悲しげなものに変わった。

 確かにシャドウキラーは強くて頼りになる。

 あいつらのおかげで、ここ最近ザキュール暗殺団の襲撃はない。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 それは何故かって言うと。

「し、シャドウキラーだけでは不安なんだ。護衛のお前が付いていないと……」

 ちくしょう、言えねえ……。

 言ってもどうせ信用してくれねえ。

 スタッと何者かがテラスに着地した。

 アルステールも気付いた。

「ちょっと! シャドウキラーだけでは不安ってなによ。それは私達をバカにしてるの!?」

 レザだ。

 もう、声と喋り方でわかってきた。

 だが念のため確認を忘れない。

 ホクロはない。

 しかし、こいつ、聞いてたのか?

「ち、違う! ああもう……、くそっ! 何で聞いてるんだよ!」

 オレはやりきれない思いでいっぱいだった。

 そう、このパターンは、パターン通りになって欲しくない。

 だから、オレはアルステールにレミュリアを守れって言ったのだ。

 嫌な予感がする。これはどうしても、オレの頭から拭いきれない。

「おにいさんねぇ、カノジョの気持ち、わかってんでしょ? 一緒に行けばいいじゃない。それに、危なくなったら守ってあげれば……」

「できないんだよ! パターン通りだったら……」

 オレはレザの言葉を遮った。

 はたから見れば、オレはかんしゃくを起こしているガキのように見えるかもしれない。

 言い返そうとしたレザは、オレの表情を見て言葉を飲み込んだ。

「頼む、頼むよ。アルステール。ここに残ってくれ……」

 オレはアルステールの肩を掴んで必死に説得する。気付かないうちに相当接近している。

 あっ、まずい……。と、いう表情で顔を赤くし、レザが出ていったが、オレはそんな事に気を配っている心の余裕はなかった。

 肩を掴んでいる手の上に、優しく手が置かれる。

 下を向いていたアルステールの目が、オレの顔を捉える。

「ガンキチ、ボクを心配してくれているんだね」

 熱い視線。

 でも、不思議と今は心臓が暴れない。

「でも、ボクは大丈夫だよ。ラムド・ガル様に鍛えてもらったから」

「くそっ、なんでだよ」

 オレはやりきれない思いに身をまかせ、アルステールを抱きしめた。

「が、ガンキチ?」

 どうしてだ? RPGのキャラはどうしてこうなんだ? 断っても食らいついてくる。

 選択肢がふたつあるのに、悪い方しか選べない。もうひとつの選択肢は無条件で却下か、悪い方を選ぶまで無限ループだ。

 アルステールの背中に回している手に力を込める。

「嫌な予感がするんだ。何か、とても嫌な予感が」

「ガンキチ」

 アルステールもオレの背中に手を回し、力を込める。

「何か、良くないことが起こる。これだけはパターン通りになって欲しくない」

 オレはアルステールを離すと、真剣な目で訴えかけた。

 じっと見つめ返すアルステール。

「今日のガンキチは、ガンキチじゃないみたいだ」

「えっ?」

 聞き返すオレに、笑顔のアルステール。

「いつもはぐらかすのに、今日は妙に積極的だし」

「それは」

 と、言いかけて言葉に詰まる。

 更にアルステールは笑って、

「ニセモノ。じゃ、ないよね?」

「ち、違う。オレという人間は一人しか居ない……」

 これはアルステールが言ったセリフ?

 可笑しそうに笑うアルステール。

「本物かどうか、確かめさせて」

「えっ」

 これはオレが言ったセリフ?

 と思った瞬間、オレの首に回される腕。

 アルステールの顔が急接近。


 オレの唇に、アルステールの唇が。


「……」

「……」

 重なる唇。

 アルステールから――。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 な、長いっ!

 そ、そろそろ息が……。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ぷはっ!」

 先にギブアップしたのはオレだった。

「勝った」

 ふーっと息を吐きながら、アルステールは笑った。

 オレ、アルステールと。

 キスしたのは初めてじゃないけど。


 バク、バク、バク。


 な、何でこんなに心臓がバクバクいいやがる! オレの胸は!

 その胸に、アルステールの手が添えられる。

「ガンキチ、ボクは死なないよ。だから、心配しないで」

 眩しい笑顔を見せるアルステール。

 また、嫌なパターンが頭をよぎる。

「それに、ボクはガンキチと一緒に行きたいんだ。ガンキチと一緒に戦いたい」

「――くそっ。絶対守ってやる。守ってやるからな」

 それを振り払うかのように、オレはアルステールの身体を抱きしめた。

「ありがとう、ガンキチ――」


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