14
ブレイド・ブラッカーはわざわざ森の中を通って回り道をする。
ユーネスの兵に見つかりにくくするために、こうして回り道をしてるんだろうな。RPGのパターンだ。
目的地はアテラタス砦。
思わずオレが本拠地はアテラタス砦だと洩らしてしまった事で、ブレイド・ブラッカーは付いていくと言いだしたのだ。
もちろん、シャドウキラー達に異存はなかった。
このパターンだと、アジトが無くなったため、オレ達の本拠地に隠れるつもりか?
それにしても、オレのRPGの経験から考えてみると、シャドウキラーってのは滅多に外へ出ないんじゃないのか?
その滅多に外へ出ない奴らが、ゾロゾロと歩いている光景は、なかなか異様だな。
数時間か歩いて、ようやく森を出た時は、もうとっくに日が暮れて、辺りは夜の闇に包まれていた。
「随分遠回りしたな。この分だとしばらくは本拠地へ帰れそうにないな」
少しは歩き慣れたオレの足だが、やはり長時間歩くとふくらはぎがパンパンになる。
アルステールとレミュリアはそうでもなさそうだが、シェルフィスは結構辛そうだ。
「いや、あと1日といったところでござろう」
「なにっ? 1日? オレ達はドマジ街まで行くのに馬に乗っても1日とちょっとかかったんだぞ?」
「それは貴殿達が街道を通って来たからでござろう。街道を通るとどうしても道に沿って進んでしまう。これは結構な遠回りになるのでござる」
そう言われればそうだ。
道ってのは歩きやすいところに作ってるからな。それに沿って歩くって事は必然的に遠回りしているって事になる。
「後、我々は進みやすい所を見つけて歩いているから、貴殿が進んできた道よりは、かなり時間短縮ができる」
「……。さすがとしか言いようがない」
夜が更けて、闇が一層濃くなった頃。
妙な雰囲気。
さっきまで、何ともなかった。
夜の闇に色を染められ、藍色に変わった草木も、山も、さっきまでは、特に気にも止めなかったのに。鳥肌が立ってくる。
シェルフィスの耳が、ピクピクと動く。
「ヤバイわ……。ガンキチちゃん。どうも、嗅ぎつけられたようね……」
何かに気付いたようだ。
レミュリアとアルステールはカタカタと震えている。
ザムも顔色が変わっている。
突然、ブレイド・ブラッカーがダーツのような短剣を投げた。
短剣は夜の闇に吸い込まれる。避けられたようだ。
「まずい。奴らだ」
「奴ら?」
オレが聞いた瞬間、夜の闇から黒い人影が次々と現れる。
その数、約30人前後。
「ふっふっふ……、見つけたぞ。シャドウキラーと、シャドウキラー頭領、ブレイド・ブラッカー!」
リーダーらしき人物が現れた。
その顔は……何処かで見たことがある。
『ふっふっふ……形勢逆転、だな』
「あっ! あの時の女!!」
オレは思わず叫んでしまう。
アルステールもそれに気付いた。
そう、リーダーらしき奴はオレを襲った刺客だった。
あの時は薄暗くて見えなかったが、切れ長の眼、白い肌、ややおかっぱ気味な黒い髪。
アサシンらしく、無駄のない身体。
パターン通りに悪役の容姿だ。
「ふふふ……。久しぶりだな。テクの下手なボウヤと、私の頭を殴ってくれたお嬢ちゃん。……痛かったわ」
何か雰囲気がこの間と違う。
いや、確かに同一人物のはずだ。
「そうか。我々をおびき出すために悪王の軍を利用し、街を攻めたのか……。ザキュール暗殺団!」
ブレイド・ブラッカーが吠える。
ザキュール暗殺団……。さっきの異様な雰囲気の原因はこいつらだったか。
「ご名答。貴様らは何かと邪魔だからな。死んでもらうよ」
リーダーの女は答えると、指を鳴らすと同時に一斉に襲いかかってきた。
ブレイド・ブラッカー、シャドウキラー達は必死に応戦する。
ザキュール暗殺団の奴らは執拗にブレイド・ブラッカーだけを狙う。
シャドウキラーが援護に回っているがどうも苦しい状況になっている。
不思議と、オレ達には襲ってこない。
しかし、オレは黙ってみているほど頭は良くない。
腰の剣を抜くと、ザキュール暗殺団の一人に斬りかかった。
「てやっ!!」
胴に向かって思い切り振る。
オレの予定では、胴を避けられたら面を狙うつもりだった。これは燕返しもどきといって、もし部活でこの技を使うと顧問の先生からこってりと絞られてしまう。
しかし、山賊や、アテラタス兵には当たるはずの剣は、ことごとく避けられた。
暗殺兵は、くるりと身を翻すと、何事も無かったかのようにオレを無視して再びブレイド・ブラッカーに斬りかかる。
ブレイド・ブラッカーは襲いかかってくる暗殺兵の刃を紙一重でかわし、返す刀で斬り捨てている。しかし、やはり多勢に無勢のようだ。
「うぬっ!」
ブレイド・ブラッカーの左上腕が、僅かに斬り付けられた。
顔をしかめながらも、左手で短剣ダーツを投げ、命中させる。
援護をするシャドウキラー。しかし、徐々に倒れる者が出始めた。
あの女リーダーと目が合った。
「ちくしょおっ!!」
アルステールとザムの三人がかりで斬りかかる。
一撃、二撃とあっさり避けられ、ザムは吹っ飛ばされ、鎌のように先の曲がった短剣で、オレの剣は簡単に止められる。
「うぐぐぐぐ……!?」
物凄い力だ。
この間より強い。
まさか、手加減してやがったのか。
「ふふふ……。坊や達の相手は、また今度だ。まだ、お許しが出ていないからな……」
足が宙に浮いた。
吹っ飛ばされた。
地面に落ちた瞬間、一瞬息が詰まった。
「ごほっ!」
「ガンキチッ!」
アルステールが慌てて駆け寄る。
つ、強い。
剣を杖代わりに立ち上がる。
こっちの方がやや押され気味だ……。
このままではまずいぞ。
ブレイド・ブラッカーは一瞬の隙を突いて暗殺兵との距離を取る。
シャドウキラー達が次々に地面へ何かを叩きつけた。
その途端、濃い煙が吹き出し、周囲が見えなくなる。
煙玉だ。
「逃げるぞ!!」
何者かがオレの手を引く。
ブレイド・ブラッカーだ。
オレは側に居たアルステールの手を引くと、反射的に走り出した。
おとりのシャドウキラーが数人敵を引きつけ、応戦している。
……あいつら、死ぬだろうな。
くそっ……。オレって無力だ。
オレはレミュリア、シェルフィス、ザムを探した。が、心配には及ばず、ザムはレミュリアを抱き抱え、シェルフィスは全速力で走ってきていた。
くそっ! 絶対逃げてやる!
* * *
本拠地、アテラタス砦。
監視塔から外を眺めていた兵が、何かに気付き、驚愕する。
カーンカーンカーン!!
ひとつの監視塔から鐘の音が鳴り響くと同時に、他の監視塔からも連鎖して鐘が鳴りはじめる。
途端に慌ただしくなる周囲。
「敵襲ーッ!! 敵襲ーッ!!」
ルミニオン、ガザロの居る部屋に、兵が飛び込んでくる。
「どうした? 何事だ!?」
「ゆ、ユーネス軍です! ユーネス軍が攻めてきましたッ!!」
大慌てで報告する兵。
それを聞いて、やや焦りの色が隠せないルミニオン。
「数は?」
「はい、約8000との報告です」
「8000だと!?」
アゴの不精髭を触りながら、ガザロが険しい表情になる。
「まずいな……。あいつらが帰ってくるまで持ちこたえられるか?」
「仕方ない。俺達はガンキチにここを守るよう言われたんだ、やるしかないぜ、おやっさん」
ルミニオンが壁に立てかけていた弓を取り、矢筒をしょって言う。
「お前まで『おやっさん』はやめろ。何か、お前、ガンキチに似てきたぞ」
と、言いつつも傍らに置いていた大剣を拾って柄を握る。
「よし、籠城だ! 剣、槍兵を広場に集め、門を固めろ! 弓兵は城壁の上に待機! ここを死守するんだ!!」