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 次の日。

 朝、オレは目が覚めた。

 もうすぐ、小規模ながら戦闘が始まるかもしれないというのに、オレはグッスリと眠れた。

 まあ、ハッキリ言って考えても仕方がない。

 ゲームでも何でも、やってみなけりゃわからないしな。

 んな事を考えながら、廊下を歩いていると。

「……うう」

 フラフラしながらアルステールがこっちへ歩いてくる。

 妙に顔色が悪い。

「よ、よお。気分は大丈夫か?」

 オレは何の気兼ねなしのフリをして声を掛けた。

「……あ、頭が痛い……」

 ヨロヨロと廊下の壁にもたれ掛かる。

「おい、大丈夫か?」

 アルステールの肩を抱いて支える。

 普通なら、ここで顔を赤くするんだが――実際オレは赤くなっているけど――今のアルステールはそれどころではないようだ。

「……ガンキチ、ボクは昨日、何をしていたんだ?」

「……えーっと……。ま、まあ、人間、色々あるさ。気にするな」

 オレは焦りを顔に出さないよう、なるべく冷静に、冷静に答えた。

「全く記憶が無いんだ……うう。店に入るまでは覚えてるんだけど……」

 再び頭を抱える。

「ね、寝とけ。お前は酒を飲みすぎたんだ」

「うう……、思い出せない……」

 うめくアルステールを部屋に連れていって布団に寝かせた。


「ごめん……。ガンキチ……」

 部屋を出ていく時、アルステールが呟いた。

 ……何か、妙に素直だな。

 まだ、アルコールが抜けてないせいか?

「き、気にするな。それより、またヒマができたらどっか行こうぜ」

 何でオレはこんな事を言ってるんだ?

「うん……」

 ……。

 うん?

 うんだと?

 オレの空耳か?

 とりあえずパタンとドアを閉める。


「ふう……」

 オレは閉めたドアを背に、一息つく。

 アルステールの奴、何か妙に人が変わったような……。オレの気のせいだろうか。そうだ気のせいだ。気のせいに決まっている。


 そして、昼過ぎあたりにガザロが帰ってきた。

 ガザロの諜報はこんな感じだった。

 気の弱そうな兵を一人物陰に連れ込んで、尋問したところ、アテラタス砦は今、徴兵中の為、兵の数が若干減っているそうだ。

 その数、約2200らしい。

 2200……。まさにRPGの鉄則、序盤の敵は弱い。だな。

 それにしても、ガザロの尋問とは、一体どんな酷いことをしたのだろうか。その兵士、かなり気の毒だ。

 オレはその日の作戦会議でアテラタス砦攻略を決定した。


 翌朝、全軍が町の広場に集まった。

 早朝に出発すれば、夜にはアテラタス砦に到着する。つまり、夜襲ができるというわけだ。

 これはオレが提案した。

 そして、今、士気を高めるためレミュリアの演説が行われる。

 全く緊張している様子はないレミュリア。

 急遽作った仮ステージの上に立つ。

 静まり返る広場。


「私達は、クリスエルム王国軍討伐の第一歩を踏み出したのです。しかし、相手は強い。油断はできません。みんな、気をつけて。そして、必ず生きて帰って来てください!」


『わぁーーーーっ!!』


 レミュリアの演説が終わると、兵たちは一斉に沸き上がった。


 全軍、アテラタス砦に侵攻開始――。


 *     *     *


「奴らの足取りは掴めたか?」

 荘厳な雰囲気をかもし出す柱、床に敷かれた高価な絨毯。

 クリスエルム城内、謁見の間。

 玉座には、やはりユーネスが座っていた。

 そして、少し離れたところに、数人の男が立っている。

 先頭に居る男、それは恐ろしい刺すような殺気を漂わせている。

 黒く、目まで覆う長い髪、鼻に十字の傷。

 髪の間から覗く眼は、視線だけで殺されそうなプレッシャーを放っている。

「……ああ、奴らは貴様の所有するアテラタス砦に侵攻を開始した」

 そのプレッシャーにも動じることなく、ユーネスは平然としている。

「ふん……。アテラタスか。ザムが居る所だな。奴は俺が気に入らないようだからな。殺されるがよかろう……ふはははははっ!」

 ひとしきり、ユーネスは高らかに笑った後、

「引き続き監視をしろ。俺が合図を送るまでは殺すのではないぞ。リック・ザキュール」

「……わかっている。それに、楽しみは後に取っておいたほうがより味わい深い。クックック……」

 長い黒髪を揺らしながら、リック・ザキュールは気味の悪い声で笑った。


 *     *     *


 夜中。

 アテラタス砦の前に着いた。

 全軍、息を殺して、向かいの森に隠れている。

 門番を昏倒させ、兵を数人中に進入にさせる。

 しばらくして、中を調査していた兵が戻ってきた。

「どうだ?」

「約半数の兵は寝ているようです」

「へえ……。意外と呑気なのね」

 シェルフィスがひょこっと顔を出した。

「おい、アネさんは隠れてろって言っただろ」

「アネさんはよしてって言ってるでしょ」


 門の前に全軍を集めた。

 オレはルミニオンの剣を抜く。

「門は開いたか?」

「大丈夫です。すぐにでも突入できます」

「よし、さあ、ガンキチ、頼むぞ」

 弓を引き絞るルミニオン。

「行くぞ。全軍、突入開始だッ!!」


『ワアアアァァァァァッ!!』


 門が開き、一斉に突入する全軍。

 いきなりの攻撃に、対応できないアテラタス兵。

 次々にアテラタス兵を捕獲。

 そう、これはオレが命令した。

 なるべくこの砦の兵は殺すなってな。

 しかし、やはり何人かは死人が出ているみたいだ。

 峰打ちって言っても、渾身の力で叩けば死ぬからな。

 騒ぎで叩き起こされたアテラタス兵どもが、寝ぼけ眼のまま次々と現れる。

 もちろん、オレにも斬りかかってくる。

「でやぁぁっ!!」

「うおっ!?」

 オレは紙一重でかわした。

 まずい。

 非常にまずい。

 何故か?

 それはこの相手をしている奴が持っている武器にある。

 とても長い。3メートル? それ以上か。

 そう、槍である。

 剣道部員であるオレが、槍を持った奴と戦った事などあるはずがない。

 そう、どう戦えばいいかわからないのだ。

 とりあえず突き出される槍をよけることしかできないのだ。

 柄を斬ればいいじゃないかと思ったが、あいにくとこの槍の柄は金属でできているらしく、とても固い。実際にやってみてわかった。

 くそっ、手が痺れやがった。

「ガンキチ! どけっ!!」

 オレは反射的にサイドステップする。

 その瞬間、矢が目の前を横切った。

「ぐあっ!」

 アテラタス兵に次々と命中する矢。

 しかし、全て手や脚に刺さっている。

 凄いコントロールだな。

「気を付けろ。戦場では何が起こるかわからんからな。勝てそうにない相手が現れたら迷わず逃げるんだ」

 矢を放ったのはルミニオンだった。

「ああ。ありがと……よっ!」

 礼を言いつつオレは新たに斬りかかってきたアテラタス兵を時代劇の主役のように峰打ちを食らわし、昏倒させる。この砦の兵も寝起きだからか、動きが妙にスローだった。


 奇襲攻撃が功を奏したか、アテラタス砦は僅か八時間で陥落……。

 の、はずだった。

 だが、一人の武将により、反乱軍は思わぬ打撃を受けていた。

 次々と斬り捨てられる兵。

「こんなんじゃあ、肩慣らしにもなんねえぞ!! つえぇヤツは居ねえのか!? つえぇヤツ出てこいッ!!」

 赤く鋭く長い槍を持った、時代錯誤な金髪リーゼント頭武将が、兵を蹴散らしながら吠えている。

 いつの間にか、その武将の回りにバリアができたかのように円を囲んで兵が後ずさりを始めた。

「バカな奴だな」

 ルミニオンの弓矢部隊が一斉に弦を引き絞る。

「待て!」

 オレは慌てて止めた。

 そう、こいつもひょっとすると仲間になるかもしれないからだ。

「おい、ガンキチ、まさか」

 驚くルミニオンを尻目に、オレは武将の前に立った。

「お望み通り、つえぇヤツが出てきてやったぞ」

 武将を見据える。

「ケッ! 自分で言うヤツはよえぇっていう相場があんだよ」

 槍を構える武将。

 オレも剣を正眼に構える。

「やるんなら、名乗りぐらいあげたらどうだ? まさか、ビビッたんじゃないだろうな?」

 挑発をして頭に血を上らせて、攻撃が単調になるよう仕向ける。これも作戦だ。

「俺はクリスエルム王国四将軍の一人、知る人ぞ知る槍使いのザム。ザム・エクストリアだ!!」

 オレも名乗りをあげる。

「オレは反乱軍の正義の味方、ガンキチだ!!」

「が、ガンキチだとっ……」

 名乗った途端、ザムの表情が変わる。

 そして、必死に何かをこらえている。


「スキありぃっ!!」


 オレはザムの赤い槍の切っ先をかわすと、素早く踏み込み、ザムの喉元に剣を突きつける。

「し、しまった。戦いの中で戦いを忘れた……くくくっ!」

 勝負に負けたというのに、まだ笑いやがるザム。

 一斉に兵が飛び掛かり、ザムを簀巻きにする。

 簀巻きにされている間も、ザムは笑いまくっていた。


 アテラタス砦、制圧完了。


「処遇はどうする?」

 アルステールが、簀巻きにされ地面に転がされているザムを見て呟いた。

「そうだな……。おい、お前、ユーネスの事をどう思う?」

 オレは簀巻きのザムに問う。

「ケッ! あんな奴、ヘドが出るぜ。恐ろしい事ばかり考えやがってよ」

「村ひとつ焼き払った事もあるらしいよな?」

 前にアルステールから聞いた話を振ってみる。

「ああ、そうだ。ひでぇ事をしやがる。あんな奴人間じゃねえよ。悪魔だ」

「レジスタンスの一人を処刑して、その首を一ヵ月間城門に吊るした事もあったんだってな?」

「そうだよ。一ヵ月もほったらかしにするもんだから、腐っちまってひでえ匂いだったんだぜ。おまけに、その首の表情といったらこりゃまた怨念のこもった眼で……」

 ヤケにペラペラと喋る奴だな。

「更に、姫であって、妹であるレミュリアちゃんを処刑しようとしたんだってな?」

「ああ、奴は絶対頭がおかしいぜ。あんな美人で可愛くて気立てがいい、しかも優しい天使のようなレミュリア姫を殺そうとしやがったんだからな。俺とラムド・ガル、レミュリア姫の護衛……なんて名前だったか忘れたが、そいつと共同して姫を脱出させたぜ。その時のあの悪魔の表情と言ったらもう……」

 本当にペラペラとよく喋る奴だな。

「そんじゃ、何でそんな奴に忠誠を誓ってるんだ?」

「別にあんな奴に忠誠なんて誓ってねえよ。ケッ! 誰があんな悪魔に……」

 吐き捨てるようにザムは言った。

「んじゃ、何でせっせと奴の下で働いてるんだよ?」

「ぐ、そ、それは……」

 唸るザム。何かわけがありそうな様子だが……。

 一部始終を後ろのほうで聞いていたレミュリアは必死に笑いを堪えている。

 それを横目にザムは、

「わーった! わーったよ!! 仲間になりゃあいいんだろ!! 仲間になってやんよ!! 俺は槍使いのザム。槍を扱うのが得意だ。よろしく頼む。以上!!」

 真っ赤な顔をして、開き直った。

「お前、意外といい奴じゃないのか?」

「ケッ! 何を言ってやがる。そこにレミュリア姫が居るから仲間になってやんだよ」


 こうして、槍使いのザムが仲間に加わった。


 これは後で聞いた話だが、ザムから斬られた兵で致命傷を負った奴は一人も居なかったらしい。

 いい奴じゃねえか。


 とりあえず、アテラタス砦は残った兵ともどもオレ達反乱軍のものになった。規模も、倍近くでかくなった。

 これからは、ここを拠点にして行動することになる。

 さて、これからどう展開していくかだ。

 まさか、たった今戦闘したばかりの兵をいきなり使うわけにはいかない。

 しばらくは、休養が必要だということか。


 余談だが、この砦を手に入れた事で、そんなに額は多くないが軍資金が手に入った。

 オレの小遣いも増えたぞ。60000サフィルくらいな。


 アテラタス砦を拠点にして、2日が過ぎた。


 砦の中の結構大きな会議室。

 オレ達は今作戦会議中である。

「やはり、今はまだ兵が疲弊している」

「そうだな」

「だが、悠長な事をしてんと、ユーネスの奴が攻めてくんぜ」

 金色のリーゼント頭、ザムが挟んだ。

「でも、みんな今、とても疲れています。後2日、休憩をしてもらった方が次の戦いで力を発揮できるのではないのでしょうか」

 それまで黙って聞いていたレミュリアが口を開いた。

「はい。その通りです」

 さっきまで悠長な事をしてると……とか言っていたザムが、手のひらを返したように態度が変わったぞ。どうもこいつはレミュリアに気があるようだ。叶わぬ恋だというのに。


 こうして、この日の作戦会議は終わった。

 やはり後2日、兵を休める事になった。

 まあ、無理をして負けちまったら元も子もないからな。


 夜――。

 オレは自室のテラス――と、いってもそんな大したものじゃない――から夜空を眺めていた。

 星がこんなにクッキリと見える……。

 オレの住んでる世界じゃ、周囲が明るすぎて星は少ししか見えない。

 ふう……。

 星ってこんなに綺麗なものだったんだな。

「ガンキチ」

 ポンと肩を叩かれ、オレはビビッた。

 こう、星空に目を奪われている時にいきなり肩を叩かれるとビビるだろう?

「お、あ、アルステールか……」

 そこにはアルステールが立っていた。

「ノックならしたよ。何度叩いても返事が無かったから……」

「だ、誰もそんな事聞いてないし、気にしちゃいないぜ」

「ご、ごめん……」

 ……。

 お、おかしい。

 アルステールがまたヘンだ。

「あ、謝るなよ。お前らしくない」

「う、うん……」

 妙にモジモジしている。

 やはり、おかしい。

「どうしたんだ? 何かオレに話でもあったか?」

 オレは思い切って聞いてみる。

 しかし、アルステールはまたモジモジと、

「いや、その、話は……別に無いんだ」

「そ、そうか。それじゃ、何の用だよ」

「用が無きゃ……来ちゃいけないかな?」

 お、おかしい。

 アルステールがヘンだ。

「お、お前、大丈夫か?」

「えっ? ……別に怪我はしてないよ。ガンキチから鍛えてもらったから」

「そういうことじゃなくて、何か、ヘンだ。今日のお前」

 すると、アルステールは少し俯いて、

「それは……。ガンキチのせいだよ」

 と、オレの目をジッと見つめてきた。

 暗くてよくわからないが、微かに赤くなっているような気がする。

 な、何だ? このラブシーンしてくださいって言わんばかりの雰囲気は。

「ガンキチ……!」

 ガバッとアルステールが抱きついてきた。

 うおっ!?

 あ。アルステール!

 ヤバイ……、オレ、マジになっちゃいそう……。


 ん?

 何だ? この匂いは……。

 香水……?

 何か、ジャスミンの様な匂い……。

 アルステールは香水なんか付けてたか?

 この間、抱きついた時はこんな匂いしなかったぞ。


 違う……。


 こいつは……違う……。

 こいつは……、

 アルステールじゃ……ない!


 そう思った瞬間、オレはそいつを突き飛ばした。

 体勢を崩すそいつ。

 離れ際に、腰の辺りに焼けるような痛みが走る。

「ぐっ!」

 どうやら斬られたようだ。腰に手をやるとぬるりとした感触が伝わってきた。

「ちっ……バレたか……。知らねば幸せなまま死ねたものを……」

 体勢を立て直した謎の女。

 アルステールの顔が、バリバリと破かれる。

 どうやら皮膚のようなマスクを被って変装していたようだ。全く知らない顔が姿を現した。

 その手には忍者がよく使うクナイのようなナイフが握られている。

「くそっ!」

 襲いかかってくる女の手を掴む。

 しかし。

「ぐ……!?」

 なんて力だ!

 男のオレが……押し負かされる……!

「観念するんだな……」

 ち、ちくしょう! 誰が観念するか!

 オレは女の腹に膝蹴りを浴びせる。

「ごふっ!」

 鳩尾にヒットした。

 今だ!!

 オレは女の腕を取り、床に押さえつけてワキ固めを極める。

「ユーネスの刺客か!? そうだな!?」

 しかし、女は答えない。

 それどころか、極めている肩が奇妙な音を立て、あらぬ方向に関節が回り、するりと脱出された。

 しかも、まるで手品のように体を入れ替えられ、気付いたらマウントポジションを取られていた。

 技のレベルが違いすぎる――!

「ふっふっふ……。形勢逆転、だな」

 静かにクナイが振り上げられ、そして振り下ろされる。

「くっ!!」

 オレはその細い手首を死に物狂いで掴むが、一体何処からこんな力が出てくるのか、クナイの切っ先は徐々にオレの眉間へ近付いてくる。

「頑張るねぇ、ボウヤ」

 頑張らなければ死ぬではないか。

「ほらほら、もっと力を入れないと刺さっちゃうよぉ」

 オレは力を更に入れようとするが、マウントポジションを取られていることと、こいつの馬鹿力のおかげで中途半端にしか力が入らない。

「それが全力かい? 面白くないねぇ」

 眉間にクナイの切っ先がピタリと当てられた。

 ほんの少し力を込められれば、オレは簡単にこの女から殺られる。

 と、瞬間、上からゴツンと鈍い音が響いた。

「が……あ……」

 女は手からクナイをポロリと落とし、二、三度痙攣すると、オレの上に倒れてきた。

「うわわわわわっ!!」

 オレは女をはね除け、慌ててはい出る。

「大丈夫か!? ガンキチ!!」

 そこに立っていたのはアルステールだった。

 通路の一角に置いてあった壺を持っている。

 これで後頭部辺りを殴ったんだろう。

「妙に騒がしいから来てみれば……。暗殺者か……。大丈夫か? 怪我は無いか!?」

 壺を床に置いて、オレの身体を心配しまくるアルステール。

 オレはアルステールの顔をジッと見る。

「な、何だよ。どうしたんだ?」

「お前……。本物だよな?」

「何をバカな事を言ってるんだ。ボクという人間は一人しか居ない」

「少し、確認させろ」

 オレはギュッとアルステールを抱きしめた。

「なっ!? なっ! なッ……!?」

 香水の匂いはしない。

 微かに甘い匂い。アルステールの匂い。

 程よく筋肉の付いた丁度よい柔らかさの身体。

 よく考えると、さっきの女の身体は柔らかすぎた。

 こいつは、本物のアルステールだ。

「が、ガンキチ……。そ、その……」


 ドタドタドタ……


「何だ!? どうした!? 何かあったのか!?」

 ルミニオン、シェルフィス、ガザロが数人の兵を連れて部屋に飛び込んできた。

 げっ!!

 しまった。今、オレはアルステールを抱きしめたままだ。

 しかし、既に時は遅い。

 ニヤリとルミニオンが笑う。

 そして、床で寝ている刺客を拘束して連れていく。

 もちろん、シェルフィスやガザロもニヤニヤしながら出ていった。

 顔だけ出して、ルミニオンが。

「邪魔してすまんかったな☆」

 次にシェルフィス。

「野暮だったわね☆」

 更にガザロ。

「焦るなよ☆」


 すたすたすた……。


 な、何か言わせろ。

 頼むから何か言わせてくれ。

 3人と数人の兵はスタスタと去っていった。

「……あ……う……」

 結局、オレは何もいいわけができなかった。


「す、すまん。お前は本物のアルステールだ」

 オレは慌てて離した。

「だ、だから、言ったのに」

 アルステールも慌てて離れる。

 ………。

 ……………。

 …………………。

 こ、この沈黙は何だ。

 ま、間がもたない。

「そ、それじゃ!」

 アルステールは慌てて部屋を出ていった。

 ………。

 ……………。

 不思議なんだよな。人間って。

 さっきまで間がもたないとか思ってたのに、居なくなると妙に寂しくなるんだよな。

 ううむ……不思議だ。

 それにしても斬られた腰が痛いぜ。


 この後、オレを襲った刺客をいろいろと尋問したが、何をしても口を割らなかった。

 あいにくとオレは拷問なんぞする趣味はない。と、いうわけでくすぐりの刑にした。

 これに耐えきれる奴はそんなに居ないだろうと思っていたが、こいつは何をやっても何も反応しなかった。

 足の裏、脇腹、太もも、脇の下、耳の裏。

 全く反応しない。

 これ以上に思いつく箇所は恥ずかしくてできない。


 結局、日を改めてまた聞き出すことにして、とりあえず牢屋にぶち込んだ。

 もちろん、脱走されないよう数人の監視兵を置いておくことも忘れない。

 余談だが、オレ達は一部屋に固まってその夜を過ごした。

 バラバラで寝るのは危険、とオレとルミニオンは判断したからだ。

 もちろん、護衛兵をこれでもかっていうぐらい厳重に配備した事も付け加えておく。


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