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無駄に長い小説ですが、良かったら読んでやってください。

 オレは何の変哲もないただの一般市民だ。

 一人っ子の三人家族だが、それなりに平和で楽しく暮らしている平凡な高校生だ。

 初段になったばかりであまり強くはないが、剣道部に所属。

 幼馴染みのアイツも剣道部だ。

 趣味は主にテレビゲーム。

 最近はRPGに凝っている。


 学校での成績はそこそこ。

 女生徒からの評判もそこそこ。

 ルックスもそこそこ。

 悪い部分も無ければ、飛び抜けて良い部分も無い。

 そんなそこそこだらけのこのオレが、


 何で朝起きたらこんな森の中で寝てるんだ?


 少なくともオレの記憶が確かなら、住宅地の一角にあるオレん家の周辺にはこんな森は存在しない。


 オレん家は? 父さんは? 母さんは?

 近所のガキは? オバサンは?

 幼馴染みのアイツは?


 ここは一体何処なんだ!?


 いや、よーく考えて思い出せ……。

 確か、昨日の晩にゲームしてて……。

 んで、疲れたから寝て……。

 ……。

 そこから全く記憶がない。


 夢遊病のわけないし、魔法が使えるわけでもない。

 オレが寝てるあいだに誰かが運んで、『ドッキリカメラ〜!』か?

 いや、それにしてはいつまで経っても仕掛け人が現れない。

 質の悪いいたずらか?

 それにしては大がかりすぎるし、そんな手の込んだことをオレにするメリットが果たしてあるのか。

 考えれば考えるほどワケわからん……。


 *     *     *


『居たか?』

『いや、見失った』

『そんなに逃げ足は速くないはずだ。何処かに隠れているに違いない』

『探せ!! 探して引っ捕らえろ!! 王女以外は殺しても構わん!!』

 銀色に輝く甲冑に身を包み、剣や槍、弓を手にした中世ヨーロッパ風の兵士が数十人、森の中を金属音混じりの足音を響かせ、過ぎ去っていく。

 散り散りに分かれ、草の根をかき分けるようにして何かを探している。

 探し物が無いと分かると、また別の場所に移動していく。

 大勢の足音が過ぎ去ると、茂みの間から眼が二つ、辺りを覗いた。

 用心深く辺りを見回しながら、それは静かに物音を立てないよう、ゆっくりと立ち上がる。

 その数はひとり。

 赤いマントを羽織り、青い甲冑に身を包み、兜に仮面を付けている騎士。

 いや、もうひとり居た。

 地味な格好をしているが、ハッと見張るような美貌の少女。

 少女は、艶やかなブラウンの長髪を少し揺らすと、仮面の騎士の手を取り立ち上がる。


 その二人は、兵士に気付かれないよう忍び足でその場を去っていく。


 *     *     *


 ここは何処だ?

 何処なんだ?

 オレは叫びたい気持ちを必死にこらえ、ワケわからん森の中を取り敢えず歩く。

 裸足だから足の裏を地面に転がった石や木の枝がチクチクと突いて痛い。ガラスの破片がないだけまだマシだが。

 そして、歩けば歩くほど方向感覚がなくなってくる。


 一陣の風が、オレの身体を撫でていった。

 Tシャツに短パンしか着ていない為、やたらと肌寒い。


 寒い?

 寒いだと?

 今は七月だぞ? 寒いなんておかしいぞ?

 いや、おかしいのはオレか? ここか?


 いきなり、オレの横の茂みから不自然に葉と葉が擦れ合う音が聞こえてきた。

 何だ? ケモノか? 魔物か? モンスターか? 

 オレは咄嗟にそこら辺に落ちていた木の枝を拾い、正眼に構える。

 とりあえず素手よりはマシだ。

 しかし。

「!!」

 出てきたのは、何と銀色の甲冑に身を包んだ中世ヨーロッパ風の歩兵を連想させるような奴だった。

 何だこいつは。

 何でこんな歴史の教科書に載せられているようなヤツが、ここに居るんだ。

 北欧歴史マニアのコスプレか。

「!! 怪しい奴!」

 オレを見た途端、そいつはいきなり腰に下げている剣を抜いた。

 銀色に光る艶やかな物体。

 包丁をロングサイズにした様な物体。


 ……真剣? 真剣なのか?

 銃刀法違反だぞ? 

 警察に捕まるぞ?

 ヤバイ。

 ヤ・バ・イ――。

 その本能ともいえる危険な予感に、足が一歩後退する。

 瞬間、銀色の光が一閃。


 風を斬る、鳥肌が立つような効果音に、オレは背中に冷たいものが流れていくのを感じた。

 正眼に構えた木の枝が、上半分程無くなっている。その事に気付くと、


 に、逃げろ――!!


 考えた瞬間、オレはそれを行動に移した。

 脇目もふらず脱兎の如く走り出す。

 石ころや木の枝を裸足で思い切り踏む痛みは、気にする余裕が無かった。

「待てっ!」

 ガチャガチャと金属音混じりの足音を響かせながら、そいつはオレの後を追ってくる。

 しかし、重そうな鎧を着ているのが災いしたか、足は遅い。

 オレは一気に振り切って、茂みに身を隠した。

 数十メートルくらい離れた所で、オレを探してキョロキョロしている兵士が見える。

 そして、去っていく。

 ホッと胸を撫で下ろすオレ。

 しかし用心の為、茂みの中を音を立てない程度のほふく前進で進む。

 ガチャガチャと金属音の混じった足音が聞こえてくると、息を殺してジッとする。

 通りすぎるとまたほふく前進をする。

 そんな事を続けて進んでいるうちに、辺りが急に薄暗くなった。

 日が暮れるにしては、いきなりすぎる。

 周囲を見回してみる。

 すると、ある一点へ視線が釘付けになった。


 白く透き通るような棒状の物体が二本。

 木にしてはヤケに細い。

 その付け根に付いている薄いピンク色の布。


 こ、コレはもしかして……。


 ソレに指先が触れた瞬間。

 いきなり、周囲が明るくなった。

 次に聞こえてきたのは、耳をつんざくような甲高い悲鳴。

「きゃあああああああぁぁぁっ!!」

「はわっ!?」

 その声は全身を痙攣させる程オレの心臓を強く鼓動させた。心臓病患者なら即昇天だ。

 そして、慌てて立ち上がって悲鳴を上げた主を見る。

 そこにはゲームに出てくるような姫みたいに綺麗な少女と、青い甲冑に身を包んだ仮面の騎士が立っていた。

 オレはどうやら少女のスカートの中に潜り込んだようだ。

 こっちの仮面の騎士は見たところ、オレを襲った兵士とは違う。

 突然の出来事で状況が飲み込めないのか、固まっている二人。

 徐々に状況が分かってくると。

 少女はオレを見るなり青ざめ、仮面の騎士はカタカタと震える手で抜刀し、襲いかかってくる。

 その剣はやはり真剣。

「ぬおっ!? ちょっと待て!」

 オレの声は完全無視で剣は真一文字に一閃される。

 シャツの切れ端が宙を舞う。

 オレの胸元に横一直線の赤い筋が作られる。

「――ぐっ!」

 激痛が走り、オレは思わずその部分に手を当てる。

 その手には真っ赤な鮮血が付いていた。

 それを目の当たりにすると、仮面の騎士は更にガタガタと震えだす。


「ユ、ユーネスの手の者め! ひ、姫様は誰にも殺らせはせんッ!」


 震える声を絞り出し、切っ先にオレの血を少し付けた剣をブンブン振り回してくる仮面の騎士。

 ゆーねす? 姫? 何を言っているこいつは。

 力任せに大モーションで振り回してくれるから何とか避けることができているが、このままだといつかは直撃してしまう。


「ま、待て! 危ねえだろうが! や、やめろ! オレは敵じゃない!」

 いくら技もへったくれもなくても、真剣を振り回されるのは非常に危ないし恐ろしい。

 仮面の騎士が、一瞬止まるが。

「た、た、戯言を! そんな言葉にダマされるか!!」

 ブルブル震えながらも、再び剣をブンブン振り回してくる。

 今思うと、『オレは敵じゃない!』『そうなのか! すまなかった!』ってのも考えものだ。

「おわっ! ちょ、ちょっと待て!」

 ここでこいつの剣を止めなければ有無を言わさずあの世行きだ。そんな危機感が奇跡的な動体視力と無駄のない動作を一時的に生み出し、剣を空振りした仮面の騎士の身体は大きく体勢を崩し、泳いだ。

 これが最初で最後のチャンスだ。

 しくじればオレの命はない。

 剣の柄を握っている両手、それを――掴む!

 オレと、仮面の騎士の身体がブルブルと震える。

「ぐ、ぎぎ、オレは丸腰だ……。お、お前は丸腰の人間を斬るのか……」

「し、信用できるかっ……ぐぐ」

 更に剣を持つ手に力を込めてくる。

 物凄い力だ。火事場の馬鹿力ってヤツか?

 こ、こんなイベントで死にたくねえぞ。ここで死んだらアホみたいじゃねえか。敵と勘違いして斬られたなんて、エキストラもいいとこだ。

 剣の切っ先が、オレの額に段々近づいてくる。

 ち、ちくしょうっ。


「やめて!!」


 少女が澄んだ声で叫んだ。

 それと同時にオレの額にめり込もうとした切っ先が止まる。


「ひ、姫様……?」

「もういいの。いくらユーネスの手の者でも人が傷つくのは見ていられない」

 少女は、透き通るような緑の双眸を潤ませ悲しげに言った。

「そんなにオレは悪人ヅラかよっ」

 胸元からダラダラと血を流しながらも、オレは訴えるが、さらりと流された。

「貴方、すぐに手当てをしたほうがいいわ。……どうぞ、私を捕まえて。それで血を流さなくて済むのなら」

 オレの前に白く透き通るような肌の細い両手を、手錠でもかけてくれと言わんばかりに差し出してきた。

「姫様!!」

 仮面の騎士が両手で兜を着けた頭を抱え、あたふたする。

「何だこの手は。握って欲しいのか?」

 こんな美少女の手を握れるなんて、こんなチャンスは滅多にない。だからとりあえず握っておく。

「……」

「……」

「……あ、あの……」

 手を縛るなどの拘束行為をしようとしないオレに疑問を抱き始めたのか、はたまたオレに手を握られてどうリアクションをしていいかわからないのか、少女の表情が困惑に変わってきたその時。


『こっちだ、こっちから女の悲鳴が聞こえた』

『姫だ! 逃がすんじゃないぞ!』


 ガサガサと草をかき分ける音に、ガチャガチャと金属音混じりの足音が複数、こっちに近付いてくる。

 さっきの兵士だ。

 とりあえずオレは少女から手を離し、ズキンズキンと痛む赤く染まった胸元を押さえながら聞いてみる。

「ひとつ訊いていいか?」

「な、何でしょう?」

「あいつらに捕まったら、オレもタダじゃすまねえよな?」

 その問いに、仮面の騎士は首をかしげた。

「お前はユーネスの手の者ではないのか?」

「オレは武器も防具も持ってない。お前らが言う悪者は武装していただろうが」

 最初に遭遇した奴は銀色に輝く鎧と剣を、確かに装備していた。

「……」

「……私と一緒にいるということは、捕まれば確実に貴方も処刑されます」

 少女が恐ろしいことをスラッと言い、オレは顔から血の気が引いていくのが分かった。

「冗談じゃねえっ」

 オレは少女の手を引いて走り出した。自分の力の限りとにかく急いで。

「おい! 何をするつもりだ!?」

 仮面の騎士がオレの行動に戸惑う。どうもまだ信用されていないようだ。

「逃げるに決まってんだろうが! 捕まったら死ぬんだろっ!?」

『逃げたぞーッ!! 追えーッ!!』

『逃がすなーッ!!』

 ガチャガチャと重いヨロイの脚をフル回転させ、鬼気せまる表情で後を追ってくる兵士ども。


 何本もの剣や槍が恐ろしい輝きを放つ。

 捕まったら死ぬ。

 その事を嫌というほど思い知らされる。


 その恐怖がオレの隠れた駿足を一時的に目覚めさせたようだ。


 だが、掴んでいた柔らかな手が軽い抵抗と共に急に重くなった。

 少女が、オレの隠れた俊足に脚が付いてこれず転倒してしまったのだ。

 情け容赦なく迫ってくる恐怖の対象。

 悲しげな表情でオレにニッコリと笑いかける少女。

 もういい、貴方だけでも逃げてと言わんばかりの表情。

 転倒ですりむいた膝小僧、悲しげな表情を見て、オレは。

「あ!」

 少女をお姫様抱っこした。

 そして再び走り出すが、さっきよりスピードが遅いのは判りきっていた事。

 いくら華奢な少女といえど人間が軽いはずもなく、更に今度はオレがズッコケないよう木の根っこに気を配りつつ全力疾走で、すぐに心臓がバクバクと悲鳴を上げ始め、オレのスタミナを容赦なく削ってゆく。

 諦めたくない。

 頭ではそう思っていても、身体はもう諦めろと、スピードを落とせと命令してくる。後ろにはしつこく追ってくる奴らが居るというのに。

「くっ!」

 その時、仮面の騎士がオレの手から少女の上半身を奪って肩に担いだ。

 なるほど、二人で分担すれば負担は半分だ。

 オレはそれに習い少女の脚を肩に担いだ。まるで大工が二人がかりで木材を運ぶ様だが、今は体裁を気にしている余裕はない。命がかかっているのだ。

 運が良いことに、相手は重そうな甲冑を着ている奴らばかりで、あんな物を着て全力疾走していて体力が無くならないはずはなく、追ってくる金属音は徐々に遠ざかり始めた。

 だが、

「おわっ!」

 最早脚では追いつけないと見た兵士どもは、手に持っていた剣や盾を次々とオレらに投げつけ始めた。

 どちらも当たり所が悪ければ死にかねないが、どちらかと言えば剣の方が危険だ。

 狙いが逸れた剣や盾が地面に突き刺さる、転がる。

 足首を掠めた時はさすがにヒヤリとしたが、それを最後に攻撃は止んだ。

 そろそろオレも青い甲冑を着たアイツも体力が限界だ。

 追っ手は数十人から数人に減っている。

 しかし、足を止めればたちまち捕獲されるかその場で処刑されるかのどちらかだ。

 今は戦って勝てる自信もない。

 残り少ないスタミナで、オレ達はひたすらに走った。


 ついに、森を抜けた。


 しかも、何と都合のいいことに、数十頭もの馬が放置されている。

 これは多分、あの兵士どもの馬だろう。

「おおっ、何て取ってつけたような設定だ! ……ぜえぜえぜえ……」

 まるでゲームのようなシナリオ展開だ。

 だが、しかし。

 オレは馬に乗れない。

 触ったことすらないのだ。

 しかし後ろには迫ってくる恐怖の対象。

 仮面の騎士は木にくくりつけられている馬のロープを素早く解いて、手綱を握る。

「早く乗れっ!」

 いつまでも乗ろうとしないオレが馬に乗れないということを悟ったのか、仮面の騎士は後ろに乗れと言ってくる。

 もう考えている時間はない。オレは仮面の騎士にしがみつきながら、後ろへ飛び乗った。

 膝小僧を擦りむいた少女はすでに馬へ乗ってスタンバっていたようで、仮面の騎士とオレが乗った馬が走り出すとすぐに後を追ってきた。


 馬を全力疾走させて数分。

 何とかあの兵士どもを撒いたようだ。


 そして――。

 いただいた馬で、あてもなく平原を歩いているオレ達。

 仮面の騎士にしがみつきながら、辺りの景色を見回すが、見たことのある風景は一切出てこなかった。

 遠くの方に見える幻想的な森。

 頂上の辺りに少し雪化粧をしている見たことのない形の幻想的な山。

 見たこともないファンタジックな動物。

 ここはオレが住んでいた世界ではないということを、嫌というほど思い知らされる。


 そして、辺りが薄暗くなってきた頃、オレ達はゴツゴツとした岩が並ぶ岩場に馬を止めた。

 仮面の騎士は、岩場の奥にケモノか何かの巣みたいな洞窟を発見する。

 中を調べて、もう住居者が居ないことがわかると、野宿の準備を始めた。

 仮面の騎士が、火打ち石と油紙を使って火をつける。

 近くの雑木林から拾ってきた薪を入れると、すぐにパチパチと燃えはじめた。

 火がついて、一息つくと少女が口を開いた。

「あの、さっきは助けてくれてありがとうございます」

 オレの顔を綺麗な緑の双眸で真っ直ぐ見つめながら、心底感謝するように言った。

 何て可愛い顔だ。

「な、なあに、礼はいらんよ」

「お前は逃げただけだろうが」

 仮面の騎士からツッコミを入れられた。

「やかましい、お前こそオレは敵じゃないって言ってんのに、斬りつけやがったではないか」

 オレは、胸の傷に手をやりながら文句を言う。

 しかし、その行為が災いした。

 せっかく血が止まっていたのに、傷が開いてまた出血しだす。

 病院に行ったら、多分10針以上は縫うかもしれないような傷だぞ。

「あててて……」

「わっ! バカ! 触るな!」

 仮面の騎士が血を見て慌てる。

「と、とりあえず、応急手当をするからっ」

 オレを無理矢理寝かしつけ、薬草の様な奇妙な葉っぱをすりつぶし、ガーゼのような布でオレの胸元の傷口に塗る。

「……ったく、何でオレがこんなヤツに膝枕されなきゃならんの……。ぎゃっ!?」

 言っておくが、この行動はふざけてやってはいないぞ。真面目に痛いんだ。

 電気ショックを受けたように身体が跳ねるのは仕方のない事だぞ。

「が、我慢しろ。すぐ終わる」

 チョンチョンと少しずつ薬草を塗っていくが、それでも激痛が走る。塗る物を間違ってるんじゃないのかと思えるほどだ。

 やっと激痛の薬草を塗り終えると、包帯のような布を巻き付けて、右肩で包帯を切って結ぶ。

 そして、手当てが終わった。

 ついでに、この少女の膝小僧も治療完了だ。

「あの、私はレミュリア・クリスエルムと申します。そして、この人は護衛のアルステールです」

 レミュリアと名乗る少女。

 オレはその顔をよく観察してみる。

「ふむ……、この美貌、言動、気品のよさ。君は何処かの姫だな」

「そ、その通りです。何故わかったのですか?」

 美しい顔が、驚きの色に染まる。

「いくら地味な服を着ても、そんな美貌の持ち主は一国の姫ぐらいのモンだ」

 こっちのアルステールって奴が姫様って普通に呼んでるんだから、誰でもわかると思うがそれは敢えて黙っておく。

「んで、お前。剣をあんな大モーションでブンブン振り回すだけじゃ姫様を守れねえぞ」

 しかも剣を振った後ヨロけて、真剣を持ったこともない初段のオレに止められたんだから。

「あ、あれは無我夢中で……。いや、その通りだ」

 案外素直に認めたアルステールは顔を伏せる。

 すると、レミュリアが。

「仕方ないですよ、アルステールは女の子なんですから」

「へ?」


 オレは固まった。


「い、今、何て?」

 聞き返してみる。

「アルステールは女の子だって言ったんです」

「オンナ?」

「はい」

「こいつが!?」

「はい」

 レミュリアは微笑みながら頷いた。


 ……マジか。


 オレはアルステールを見る。

 すると、アルステールはおもむろに仮面と兜をはずした。

 仮面の下に眠っていた素顔を目の当たりにしてオレは軽い衝撃が走った。

 青い艶やかな短髪に、レミュリアほどではないが艶のある白い肌。

 ブラックブルーの双眸。

 可愛らしい鼻梁。

 全体的に見て、活発で可愛らしい印象がある。

 こいつ、本当に騎士なのか? っていうか、こんな騎士がいてもいいのか?

 オレは急に、甲冑越しとはいえさっき膝枕をされた事を思い出した。そして、いきなり、どう口を利いていいのかわからなくなった。

「な、何だよ。黙るなよ。態度変わりすぎだ」

 こいつもオレの態度の変わり様に少し慌てる。

「アルステールは可愛いでしょ。城の騎士たちにも人気がありましたからね」

「そんな、あいつらはみんな姫様を見てて……」

 次にレミュリアは、アルステールの腕を触る。

「身体を鍛えていますから、少々男っぽいですけど……」

「姫様、それは気にして……」

 アルステールが苦笑する。

 でも、そのくらいの筋肉なら別に普通じゃねえのか?

 と、思いつつもそれを口に出来るほどオレはナンパ野郎ではない。

「あ、ごめんなさい! つい……」

 可愛らしい舌をペロッと出して謝るレミュリア。


 しばらく経った。

 焚き火に赤くなった炭が混じりはじめた頃オレはぽつりと聞いた。

「ここの大陸名は何だ?」

 まず世界を知る。これはゲームの基本だからだ。

 すぐに答えが帰ってくる。

「ここはイリーン大陸です」

「いりーん大陸? 聞いたこともない大陸だぞ?」

 悪いが、ゲームでも聞いた事がない。

「知らないんですか?」

「知らん。ついでにオレの出身地は日本の山口県だ」

 レミュリアは首を傾げる。

「ニホン? ヤマグチケン? 聞いたことありませんわ」

「……。やはりオレは、異世界に飛ばされたみたいだな」

 オレは考える。

 何処かのマンガで『主人公が異世界に飛ばされて、諸悪の根源を倒したら元の世界に戻れた』っていうストーリーがあったな。

 ひょっとすると、オレも同じコトをしなくちゃならないのか。

 このパターンだと、クリアするまで帰れそうにないぞ。

 でも、どうやってクリアするんだ?

 攻略本もないし裏技なんぞももちろん使えん。

 しかし、このまま何もしなければ、オレはこの世界に永住だ。

 ……仕方がない。

「よし、レミュリアちゃん。君の手助けをしよう」

 目の前のイベントをこなす。

 とっととクリアしてしまおうという事だ。

 もう、こうなったらなるようになれだ。

 このままジッとしてても、どうにもならねえしな。

「え、て、手助けって……」

「れ、レミュリアちゃん……ひ、姫に向かってレミュリアちゃんだと……」

 当然の事ながら、レミュリアはオレの発言に慌てる。アルステールの方はなんか顔が引きつっているように見えるが。

「話してくれないか。あの兵士どもに追われていたワケを」

「は、はい。実は……」


 オレはレミュリアの話を真剣に聞いた。

 攻略本が無い分、ヒトが話している内容からヒントを得るしかない。

 まあ、RPGの基本だな。

 レミュリアが話した内容はこうだ。

 この大陸、イリーン大陸には、クリスエルム王国というのが存在するらしい。

 レミュリアはそこの姫で、兄である王子のユーネスと、母ちゃんと父ちゃん、つまり王と王妃の4人で暮らしていたとか。

 何事もなく、平和な国だったらしいが、ある日、突然父ちゃんが死んだその日を境に、だんだん妙な方向へ話が進んでいったようだ。

 父ちゃんが死んだ数日後、後を追うように母ちゃんが死んで、ついにユーネスと二人になっちまった。

 王位を継承したユーネスは人が変わったように圧政を繰り広げ、やりたい放題。そして性格も残忍で冷酷になったとか。

 妹の抗議も聞く耳持たず、父ちゃんと母ちゃんを殺したのはユーネスではないかとレミュリアは疑った、それを耳にしたユーネスは、王を侮辱したとかなんとかいちゃもんを付けて、レミュリアを処刑しようとしたらしい。

 実の妹に何て事を。

 とんでもない奴だ。

 見るに見かねたアルステールが、処刑前夜にレミュリアを脱獄させ、連れて逃げたとか。


「でも、こいつひとりじゃレミュリアちゃんを逃がすのは不可能だよな?」

「う、うるさいな」

「ええ、手助けをしてくれた人が居たんです」

 レミュリアは急に、熱っぽい目で夜空を見上げた。

「へへえ、誰だい? それは」

 オレは興味半分で聞いてみる。

 代わりにアルステールが答えた。

「クリスエルム王国四将軍の一人、ラムド・ガル様だ。ついでに、姫様の婚約者だ」

「な、何だと」

 オレのアタマの中でガラスが砕け散った。

 こういった類のストーリーは、姫様とハッピーなエンディングを迎えるんじゃなかったのか!?

 しかし、んな事考えても仕方ないので、話を進める。

「お前、今、ショック受けてなかったか?」

「う、うるさいな」


 と、まあそんな事情で逃げまくって、あの森の中でオレと出くわしたってワケだ。


「素朴な疑問なんだが」

「はい?」

「何で、護衛の騎士が女なんだ?」

 すると、レミュリアは少し頬を染めて、

「私の国のしきたりでは、異性の騎士が王子や王女の護衛をすることは許されないんです」

「ほう、それは何故だい?」

 オレはだいたい先が読めたが、敢えて聞いてみる。

「その……、私の父が元騎士で母が一国の王女だったんです」

「ふむふむ」

「母の護衛を任されていた父は、いつしか母に恋心を抱きはじめて、母もそんな父を好きに……」

「んで、許されぬ愛を貫き通すため駆け落ちしたってか?」

「そうです」

「だから、こんなことが再び起こらないように、今のしきたりを作ったってワケか」

「はい」


 ふむ、三流のストーリーだ。

 このパターンだと、クリアの条件はユーネスとかいう悪王を倒して、レミュリアを基盤に国を再建する事だろうな。

 何にせよ、王国ひとつを相手にするってのは相当な戦力が必要だ。

「よし、レミュリアちゃん、クリスエルムを取り戻す為、そしてクリアの為に助太刀するぜ」

 すると、レミュリアの顔が輝いた。

「本当ですか!? 今はひとりでも味方が欲しいところ。心強いです! でも、くりあとは何でしょう?」

 オレの手を柔らかな手で握りながら、歓喜の表情で見つめてくる。と、同時に、オレの世界では当たり前な言葉に疑問をぶつけてくる。

 しまった。いつもフツーに使っている言葉だから、意味なんて考えた事なかったぞ。

 とりあえず適当に……。

「そ、それはだな、オレの旅が終わるという意味だ。オレが住んでいる世界ではそう言うんだ」

 うむ。間違ってはいないと思うぞ。

 すると、レミュリアの視線が、更に熱くなる。

「何故、見ず知らずの私達に手助けをしてくれるのですか?」

「それは、クリアしないとオレの世界に帰れな……、あわわわ」

 オレは慌てて口をつぐんだ。余計なことを言うと話がややこしくなるからだ。

「不思議な言葉、見たこともない服装。そして、この世界の人間じゃないとおっしゃる。もしかして、神様?」

 レミュリアの視線がとても眩しくて、目を開けていられない。――ことはないが、それくらいプレッシャーを感じるそ。

「か、神なんてとんでもない。まあ、異世界から来た正義の味方ってところかな」

 オレは冷や汗混じりに言う。

 うーむ、まずいことを言ってしまったかもしれんぞ。

 こんな事を言っといて、ゲームオーバーになったらシャレにならんな。

 ゲームオーバー=死――。いや、こんなことを考えても仕方がない。

 オレはレミュリアの手をそっと離すと。

「そして、お前!」

 アルステールに指をさす。

「な、何だよ」

 アルステール、いきなり指名されて面食らう。

「オレが剣の腕を鍛えてやるから、覚悟しとけ」

 ニヤリと、格好を付けて言う。

 キマったぜ……。

 何処かの冒険モノで剣豪が弱い主人公に向かって言うセリフだ。

 オレも初段であまり強くはないが、あんなブンブン振り回すだけのこいつに比べればまだマシな方だ。竹刀でやり合えば勝てる自信はある。

 しかし、オレもオレでレベルアップが必要だ。だからさっきの言葉はオレも一緒に鍛えようという意味だ。

「ふ、ふん」

 アルステールは口を尖らせてそっぽを向く。

 こういうトコロは意外に女っぽいな。


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