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誰でもいいから私の手を掴んでよ

作者: 成浅 シナ

ねぇ。


誰か、私の手を掴んでよ。


それが、たとえ、私を見ていなくても良い。


それが偽善的で、私一個人を認識していなくとも。


私の孤独が埋まるのなら。



人、人、人。


普段は閑散とした通りが人で埋まる。



しゃがみ込んだ私を避けて、時に私に躓いて。


躓きコケた人はその元凶である私を一瞥することも無く人の流れに追いつこうと四つん這いになりながらも慌てて進もうとする。


ぼんやりとした頭のまま私はその様子を眺めていた。



いかなきゃ。



そう思って首を傾げた。



『いかなきゃ』?


どこに?



自分で思ったことなのに、それがどうして、頭に浮かんだのか...



頭が重い。


重力が普段より重くかかっているようだ。




ふと自分の両手を見る。


所々傷が付いて血が滲んでいた。それに黒く汚れている。


それを認識した瞬間、今更になって痛みを思い出したかのようにピリッと痛んだ。



また、首を傾げる。


どこでついたものだろう。



それに。



周りを見渡す。



人、人、人。


老若男女、背も格好も違う人々が慌てた様子で、叫び、泣き喚きながら走る。



彼らはどうしてこうも慌てふためいているのだろうか。


その中で、1人しゃがみこんでいる私は、世界から隔絶でもされているようだ。


重い。


重い。



頭が重い。



髪をクシャッと握りながら頭を抑える。



いかなきゃ。



いかなきゃ。



いかなきゃ。



どこから湧いたか分からないその言葉に従うように、あるいは逃げる様に私は駆け出した。




自分の意思とは無関係に足は動く。


人の流れに逆らうように逆走していく。



「バカヤロウ」「そっちに行くな」「死ぬぞ」と誰かの叫び声がした。


叫びながら私の腕を掴んで来る手を乱暴に振り払う。



次第に、人の数も減って行って誰もいなくなった。



私は、どこに向かっているんだろう。



自分で足を動かしているくせに何がしたいのか分からない。



それでも私は何かに導かれるようにして進んでいく。



目の先は、何があるかも分からない、真っ暗闇だった。




「やあ」



頬に伝う汗を袖で拭いながら視線を上げる。



誰だろう。



その顔にピンと来なかった。



真っ黒のローブに身を包み顔を隠している。


だがフードの下に見えた口元はニヤリと弧を描いていた。



不気味だ。


それに。


私は視線を男の手元に落とす。


キラリと光る『それ』を捉えた瞬間、背筋が凍る。


刃渡り15センチくらいのナイフだ。



その男は潰れた家の瓦礫の上に行儀悪く座っている。


どう見えも一般人には見えない。




こんな、瓦礫と人の死骸が散らばる真ん中で、血のついた刃物を握りしめて。



逃げなきゃ。


瞬時にそう思ったのに、足が動かない。


後ろに後ずさると瓦礫に躓いて尻もちをついた。



「なにしてんの」


男がケラケラ笑う。


「よっと」と言いながら男は瓦礫から飛び降りた。

男の手の中にあるナイフが月の光に当てられキラリと光る。



殺される。



だけど。



こんな状況だというのに酷く冷静な自分がいる。


その刃が自分の皮膚を切り裂き、肉を抉られ、血が溢れる。



これから起こるであろうそんな未来を想像しても不思議とそれを受け入れている自分がいる。



なんでだろう。


怖いのに。


怖いはずなのに。



...本当にそうか?



キュッと瞑った目を開け再び男の顔を捉える。



「ん?どしたの」


「あなた...」


何者?


そう聞く前に男が「はいこれ」とナイフを私に差し出してきた。


柄をこちらに向けて、だ。



どういうつもり?

ナイフを私に渡して。



下手に動けずにいると


「ん」とナイフの柄を突き出して無理やり受け取らせてきた。


そしてナイフを持つ手と逆側の腕を捕まれ引っ張られた。


そのまま立ち上がらされる。


意味がわからない。


男は攻撃する素振りすら見せなかった。



それどころか男は背を向けて歩き出す。


「なにしてんの。ほら、行くよ」


動かない私の方を向き男が言う。



「...どういう、つもり?」


震える声でそう言うと男は「あっれ〜?」とわざとらしく首を傾げ、頭を掻いた。


「キミが言ったんじゃない」


「...なに、言ってんの」


「はぁ〜?」


何を言われているのか分からないというように男は眉を寄せ、顔を屈んで私の視線の位置まで合わせる。


その際、エメラルド色の瞳が私を捉えた。

顔だけ見ればなかなかの好青年だ。



頬にある痛々しい傷さえなければ。





男は「むむっ」と手を顎に当てて何かを考えているようだった。


そして「ああ、そうか...」と呟く。


「あっのサディストめ。(ヤク)の副作用、説明し忘れたな...」


サディスト?


(ヤク)



「...なに、言ってんの」



そう言うと男はまた、ニヤリとした笑みになり


「いや、こっちのは、な、し。それはそうと行くよ。もうあまり、時間が無い」


おちゃらけた様子で男が言う。


「ちょっと待ってよ。さっきから私の質問に答えもしないで。あなたは誰?行くってどこによ」



男は更に笑みを深める。


「そのうち思い出すさ。君は僕らの神様なんだよ?このままじゃ終わらないだろう」


「だから...」


「さぁ」


差し出された手をじっと見ることしか出来ない私の腕を男は無理やり掴む。



「全てをぶっ壊しに行こう。人も、建物も、世界も......もちろん君の願い通り、君すらも、ね」


「え...?」



ぶっ壊す?


それに、私も...って?



あれ。



あれ?



頭がまた、鈍く痛む。



何か大事なことを忘れているような。



何かって、何?





腕を引かれるまま私は男と一緒に走っていく。


流れるように過ぎていく道には倒れる人、人、人。



それを横目に私たちは駆けていく。



ぼんやりとした頭のまま、ふと掴まれた腕を見やる。



この人は普通じゃない。恐怖の対象。私に害を与えるかもしれない人。



なのに。



なのに、何故か涙が溢れてきた。



掴まれた腕を見ながら、私は泣いた。



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