終わりなき夜の大地にて
もうこの世界に昼は訪れない。
どれだけ多くの人々がそれを願おうとも絶対に訪れることはないのだ。
故に人々はこの世界をこう呼ぶ。
“失われた夜の世界”と。失われたのは昼。そして人々の希望だった。
昼は訪れない。夜だけの世界。夜だけの世界は人々の心に安らぎと、一つ所の闇を落とし込んだ。
人々は安寧の日々を享受しながらもどこか憂鬱な毎日を過ごすのだ。
昼の訪れない世界の昼は専ら眠らない街と呼ばれる世界の大都市である。
それは東京然り、北京然り、ニューヨーク然り、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ····
大都市は人々の新たな希望となった。覚めぬ世界の新たな太陽として。
一方で暗い影を背負ったのは地方である。地方から人々は都市に流入し、人口が減少。
やがて周辺地域との統合を迎えた。
過密となった都市はやがて人が溢れた。職を求めて都市に来たというのに、職にあぶれ、その日一日を食いつなぐ事すらままならない。
しかし、何も永遠の闇の世界は人々に暗黒をもたらしたわけではない。同時に人類に新たな可能性を与えたのだ。
それは、闇への適応。
これまで人類は遍く光に依存してきた。これは神々が与えし試練なのである。闇を受け入れ、闇とともに生きる。
それが人類が歩むべき新たな未来。
そしてこれは、そんな闇の世界で人類が衰退した中、必死に闇へと抗う一人の少女の物語。
少女の名は宵闇光。
日本のとある地方に暮らす普通の女の子だ。
両親にも恵まれ、愛情を注がれ育った彼女は、優しく美しく育った。
しかし光は一つ気に入らないことがあった。それはこの世界に二度と昼が訪れないこと。
それは光にとって至上命題だった。
彼女は両親に訊ねた。
「お昼が来ないの。どうして?」
「それはね····お日様が隠れてしまったから」
「何でお日様無くなっちゃったの?」
「それは····ごめんね。お母さんにも分からないわ」
「分からないの」
「····ごめんね」
その時、お母さんは不器用に笑って謝るだけだった。
お母さんが謝ったところで意味はないのに。
「私は光を取り戻す。ホンモノの光を」
私はその為に生まれたんだから。
と、訳もわからない根拠を持って、周囲の反対を押し切ってなぜ太陽が無くなったのか。その研究に没頭することとなる。
無論、そうした研究がこれまで行われなかった事はない。
しかし、あらゆる研究者は直に匙を投げた。
単純に、なぜ太陽が無くなったのか。明快かつ単純なその出来事の要因は、その事実に反して何一つ手がかりの掴めない難解な迷宮そのものだった。
「お日様はね、きっと後ろが暗い人類を見限ったんだよ。きっと」
光は根拠もなく勝手に結論付けした。
「お日様を取り戻すにはね、この世界に後ろが暗い人類は要らないの」
光は狂気的で凄絶な笑みを浮かべて言った。その表情は、狂人そのものだった。
「だからね。私もその、要らない人類なんだよ」
そう言っておもむろにナイフを首に突きつける。
「だから、私は死ななくちゃならない」
訳のわからない理論だ。滅茶苦茶だ。道理の適ったものではない。
狂気に取り憑かれている。
光はそのまま己の首を掻き切った。
ドバドバと赤い血があふれる。
「あははっ。ほ~ら、お日様が出てきたよ」
驚いたことに、光のその言葉は現実となるのだ。
そして後にこう語られた。
世界でたった一日の太陽と。
そして、その後世界に再び昼が訪れることは二度と無かった。
The madwoman wishes. Light up the world again. When.