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魔法の万年筆(後編)


「今日はいい天気ですね。リロイさん」


 フィリアはリロイを連れて、近くにある小さな公園へとやってきました。昼間にリロイが外出するということは本当に珍しいようで、本人以上にアントニーのほうが慌ただしい様子を見せていたほどです。


「……僕にはちょっと眩しすぎるよ」


 つかつかと歩くフィリアの後ろを、猫背気味のリロイがのろのろとついていきます。

 はた目から見てもリロイから陰々たる雰囲気がにじみ出ているのが分かります。


「それで……何をするのかな?」

「何もしません。ぼんやり、のんびりしましょう」

「何もしない……?」


 木陰にあったベンチに腰かけたフィリアが言います。

 公園には心地よい風が流れ、黄緑色の芝生が広がっています。

おもわずあくびが出てしまいそうになるほどの、のんびりとした雰囲気です。


「……やっぱり帰るよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」


 しかしリロイにはそうとも言えないようです。


「僕は忙しいんだ。こんなの時間がもったいない」

「ダメですって……これは治療なんですから」


 万年筆が仕えなくなったのは、リロイの生活に問題がある。

それがフィリアの出した結論です。


 魔具は使い主の性格や意識を反映する。その考え方そのものは珍しいものではありません。

しばらく魔具を使わないでおくと、いざ使おうとした時に使えないことがある――それは魔具が使ってくれなくて、へそを曲げてしまっているからだ――そんな言い伝えは昔から人々の間で伝えられてきています。


 一方で、魔法を確立した『理論』として扱う魔法使いは、信ぴょう性に欠ける迷信の一種として受け取るのが普通です。放置した魔具が使えないのは、魔力の流れが悪くなっているからだ――そんな風に、はっきりとした『理論』によって答えを出すのが優秀な魔法使いというものです。


「リロイさんと万年筆さんの間で、すれ違いが起こっちゃってるんです」


 そんな中、フィリアは魔法使いでありながら、魔具と使い手の関係を信じています。理論的ではないにしても、声を聞くことができるという唯一無二の力を持つフィリアは魔具と人間の間に作られる関係が影響していると考えているのです。


「じゃあこうしましょう。とにかく、あと15分! あと15分だけお願いします」

「……仕方ないな……本当に15分だけだからね? それ以上は死んじゃうからね」

「あー……分かりました、お約束します」


 立ち上がりかけていたリロイは、ふたたびベンチに座り直します。

 そして少ししたところで、ごく自然にフィリアが質問をしました。


「リロイさんはどうしてあまり外出されないんですか?」

「そりゃ、仕事が忙しいからだよ」

「でもリロイさんのお仕事はどこでも出来ますよね? どうしてずっとお部屋で書いてるんですか?」

「……うるさいのは苦手なんだ。雑音が嫌いなんだよ」


 リロイが少しずつ言葉をつむぎはじめます。


「今聞こえるのも音も嫌いですか?」

「……ああ、全部そうだよ」

「全部、ですか? 風の音もですか?」


 フィリアが言ったとたん、リロイの耳に風の音が聞こえてきました。意識しないままでは雑然とした音でしかなかった雑音の中で、吹き抜ける音だけがハッキリと聞こえてきます。それに合わせて、木々の葉が揺れる音も聞こえ始めます。


「「…………」」


 二人の間で言葉が交わされることはありません。走り回る子どもたちの声や憩いの場に集う人々の足音。公園の周りから聞こえてくる市場の喧噪、行き交う馬車の音が絶え間なく聞こえてきます。それでも二人には、些細ながらも大きな動きの音だけが聴こえていました。


 ◆◆◆


「すー……すー……」


 やがて、リロイはフィリアの隣で規則正しい寝息を立てはじめます。約束通り起こした方がいいのかもしれませんが、ここまでリラックスしているのに起こすというのも、なんだか忍びありません。


「よし……今のうちに……」


 それにこっちの方が、誰にも聞かれる心配がないのでむしろ好都合です。

 起こさないように注意しながら、フィリアはポケットから万年筆を取り出します。

 そしてそれをリロイの胸ポケットにそっと差し入れました。


(……これは)


 すぐに、万年筆からの声が聞こえてきます。


「どうですか?」

(……こんなに落ち着いてるリロイは久しぶりだよ。よかった)


 顔色などは分かりませんが、口調に感情がこもっているのをフィリアは感じます。


「万年筆さんって、リロイさんが心配だったんでしょ?」

(え? いや……別にそんなことは……)

「……ずーっと一人で閉じこもってて、全然外にでなくっていつも思いつめたみたいな感じになってて……それを近くでずっと見てるんだから、そりゃ心配になっちゃうよね」

(な、何が言いたいのさ……)


 悩みを抱えている大切な人を見ているうちに、自分自身も悩みにさいなまれるようになってしまう――あくまでも想像に過ぎませんが、フィリアは二人(?)のそんな関係性を見いだしていました。


「あっ、おーい、フィリアー……」

「ちょ……しぃー……っ!」


 レオンの声が聞こえてきて、フィリアは慌てて顔の前で指を立てます。

 レオンもそれに気がついて、語尾を抑えながら近づいてきます。


「リロイさん寝ちゃったの?」

「うん、かなり疲れてたみたい」

「……治療はどうなったの?」

「多分、大丈夫だと思う」


 胸ポケットにささった万年筆を見ながらフィリアは答えます。

 はっきりとした確証はありませんが、きっと変化はあったはずです。


「リロイさんにちゃんと書けるようになったのか見てもらいたいけど……せっかく外で気持ちよくお昼寝してるんだし……少し寝かせておいてあげたいかな……」

「そっか……分かった、それじゃアントニーさんに伝えておいてあげるね」

「でもリロイさんと15分で帰るって約束しちゃったんだよね……」

「破ったらどうなるの?」

「……死んじゃう……かも?」

「ま、まぁ、大丈夫でしょ……ちゃんと説明してあげてね」


 レオンはくるりと踵を返し、戻っていこうとしました。

 そこでフィリアは思い出したかのように声をかけます。


「あ、待って……!」

「何?」

「……お昼買ってきてくれない? 流石にお腹がすいてやばい……」


 レオンは本日四度目の苦笑いとため息をこぼしました。


 ◆◆◆


「いやー、無事に直ってよかったね」


 薄暗さが見え始めた通りを、フィリアとレオンが並んで歩いています。


 あの後、レオンが買ってきた遅めのお昼を食べた二人は、リロイとの約束をすっかり忘れてしまい、そのままお昼寝タイムに突入してしまいました。

 おかげですっかり寝過ごしてしまったリロイの慌てっぷりはかなりのものでしたが、久しぶりに心から休息できたことと、愛用の万年筆が無事に元通りになったということで、なんとか落ち着きを取り戻してくれました。


「こいつとは僕が執筆を始めた時からの付き合いでね。書き味も持ち心地も本当に僕にピッタリで助かっているんだ。ありがとう、これで執筆がはかどるよ」

「ふふ、よかったですね――ちらっ」

(な、なんだよ! なんか言いたそうな顔しやがって!)


 リロイの手の中から聞こえる声も心なしか嬉しそうだったのを覚えています。


「魔具ってやっぱりいいな……早くわたしも一から作れるようになりたいよ」

「フィリアがそこまでいくのは、一体いつになるんだろうね?」

「え~何? 私には一生できないなんて言うつもり?」

「……いや、応援するよ。ずっとね……うん、ずっと」

「そ? ありがと」


 あっさりとした返事と共に、フィリアがお店の扉を開けると、


「くぅ……くぅ……」


 カウンターに突っ伏して居眠りしている、イロリナはの姿が見えました。


「あぁっ! 留守番頼んどいたのn――んぐっ?」


 起こそうと声をあげかけたフィリアの口を、レオンがふさぎます。


「起こさないと死ぬ?」


 レオンが小声でそう言います。


「別に――お茶でも入れる?」

「うん、三人分で」

「了解、手伝ってね」

「もちろん」


 夕日が差し込む部屋に、紅茶の香りが広がります。


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