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魔法の万年筆(中編)


 中央広場から西へと伸びる大通りからわき道に入ったところ。

 同じような作りの建物がならぶ住宅区の一角へ、二人はやってきました。


「ここね」

「違うよ、その隣」

「え、だって大通りから入って七つ目の家だって……」

「だからそこは六つ目でしょ……」

「ここね」


 すばやく隣へと移動したフィリアは、何事もなかったかのように建物を見上げます。よくある赤レンガ製の五階建ての集合住宅ではなく、白い染料を使った白磁レンガを使ったメゾネット住宅です。


「いいお家ね」

「うん……ここに一人暮らし? 結構な家賃がありそうだけど……」

「それだけ儲かってるってことでしょ、なにせ小説家の先生なんだから!」


 しっかりと掃除が行き届いている階段をのぼって、フィリアはドアを叩きます。


「こんにちは、リロイさんのお宅ですか?」

「はい。こちらリロイ・サンブルクのお宅となっております」


 たいした間もなく扉が開かれ、フィリアは思わず後ずさります。


「これはお若いお嬢さん。リロイ・サンブルクに何か御用ですか?」

「え、ええと……その……」


 想像していた“変人の小説家”とはまるで違う、きっぱりとした喋りをする人物の登場に、フィリアはしどろもどろとなってしまいます。代わりに後ろで見守っていたレオンが要件を伝えていきました。


「レマルク先生のお弟子さんですか。はい、お話はかねがね、どうぞお入りください」

 そのまま、二人はあっけなく中へ案内されます。

「ちょっとレオン……なんか聞いてた話と違くない……?」


 先導する男性に聞こえない程度の小声で、レオンに耳打ちします


「多分だけど、この人はリロイさんじゃないと思うよ」

「え、違うの?」

「自分で『リロイ・サンブルクのお宅』なんて言わないでしょ。たぶん、お手伝いをしてる人――秘書さんとか、そういう人だと思うよ」

「なるほど……家から出ないからそう言う人がいるってことね」

「そう……なのかなぁ……?」

「その通りです」


 突然振り返って返事を返した男性に、今度は二人して後ずさりします。


「リロイさんは一人じゃなにもしない人ですからね。こうして私がいることによって、ようやく人並みの生活が遅れているというものなのです――申し遅れました。わたくしはアントニーという者です。以後お見知りおきを」


 二階へと上がっていったアントニーは、ノックをすることもなく扉を開きます。


「リロイさん。レマルク先生ご自慢の方々がいらっしゃいました」


 開かれた室内の様子を見て、フィリアはまず驚きました。

 部屋の中はとんでもない数のもので溢れかえっています。そのほとんどは何かの文章が書かれた紙。新聞に手紙、雑誌の切り抜きから手書きのメモ帳まで、さまざまものが床に散らばっています。


 床だけでは足りないとばかりに、四方の壁には同じような紙がピンで止められています。床と比べるとまとめられているように見えますが、紙の上にまた別の紙が重なって止められているのを見るとそれも怪しいものです。


「……………………」


 そんな部屋の中心にある机に一人の男性が向かっています。

 何かを書いているようですが、動きは全く止まる気配もありません。


「リロイさん。お客様ですよ――リロイさん!」

「お……おお……そうか……」


 三度名前を呼ばれたところで、ようやく返事が返ってきます。

 しかしそれでも手の動きはとまることはなく、顔もずっと下を向いたままです。


「申し訳ありません。もうしばらくお待ちください」


 そうしてさらに数十秒ほど待ったところで、ようやく男性の顔があがりました。


「やあ、どうも。リロイ・サンブルクです」


 眼鏡をかけた男性の顔がぺこりとお辞儀をします。レマルク先生の友人というだけあって、顔立ちは若いのですが、力の抜けたような喋り方や仕草をみると、妙に歳をくっているように見えてしまいます。


「は、初めましてわたしは――」

「それじゃよろしく頼むよ」

「え? あの……?」


 フィリアと何を話すまでもなく、リロイはまた書き仕事を再開していきます。


「申し訳ありません。リロイさんはとてもお忙しい方なので一日六時間の睡眠時間をのぞいてはずっとこの状態なんです――あとの詳しい話はわたしがしますので、どうぞこちらへ」

「は、はぁ……」


 返答に困りつつ、フィリアはそのまま部屋を後にしていきました。


 ◆◆◆


「修理して頂きたいものというのはこちらです」


 応接室の椅子に座る二人の前に、小さな金属製のものが置かれました。


「万年筆……じゃないですね。永年筆ですか?」

「はい、その通りです」


 机の上に置かれた万年筆――もとい永年筆を見てフィリアはうなずきます。

 永年筆というのは万年筆に魔力を加えて作られた魔具です。最大の特徴は、魔力をインクに変換することによって、インク切れが起こらないという点です。正しく手入れをしていれば、文字通り永年使い続けられる。文筆家垂涎の魔具です。


「……そのはずなのですが、先日、リロイさんが使おうとしたところ、インクが出なくなってしまったのです」

「なるほど……ちょっと見てもいいですか?」


 アントニーの了承を得て、フィリアはカバンの中身を机の上に広げていきます。


「まずは基本的なところから、と……」


 フィリアは万年筆を手にとって、指先で触って調べていきます。


「……壊れているわけじゃない、と……魔力切れでもない……」


 首をかしげつつ、フィリアはカバンに入れているメモ帳の上に万年筆を滑らせていきます。


「……確かに書けないわね、なんでかしら……?」

「他の修理師の方にも見て貰ったんですが、どこもよくわからないということでして……」

「そうですか……まぁ、そうですよねぇ……」


 そんなに難しい構造をしているものでもないので、理由がわからないというようなことはそうそうないはずです。そもそもちょっと見て分かるようなものだったら、他の人の手によってとっくに直っていることでしょう。


「……では別のやり方をしてみますので……笑わないでくださいね」

「はい?」


 しかしフィリアにはまだ手が残されています。

 王国で、フィリアにしかできない唯一の無二の特技です。


「こんにちは。ご気分はいかがですか?」

(え、なに。あんた私の声が聞こえるの?)

「はい、聞こえてますよ」

(こりゃ驚いた。あんた名前は?)

「わたしの名前はフィリアといいます」

(へぇ、良い名前だね)

「あら、ありがとうございます」

「え、あの、フィリアさん、急にどうしたのですか……?」

「あー……すみません。僕が説明しますから――」


 いきなり一人で問答を始めたフィリアに、アントニーが怪訝な目を向けます。魔法使いの間では、フィリアが魔具と言葉を交わすことができるというのは有名な話です。しかし一般人の間でそれを知っているのは、女将さんなどを含めたごく一部の人だけです。


「声が聞こえる……? そんなことあるんですか……?」

「ええ、とても珍しい力なんですけど、ちゃんと昔の文献とかにも出てきます。魔具と話せるという力は魔法使いの中でもごくまれにしか持っている人がいないんですよ。レマルク先生でもできないのに、本当にすごい力なんですよ」

「はぁ……私は魔法にはからきしですがそんなものが……いやはや、そんなことができるとはフィリアさんは相当優秀な魔法使いの方なんですね」

「あ、いやこれは魔法の腕前との関係は……むしろフィリアは優秀というよりは――」

「レオン、ちょっと静かに!」


 余計なことまで言おうとするレオンを静かにさせつつ、会話を続けていきます。


(何? どうかしたの?)

「ああ、ごめんなさい。ちょっと静かにしてって言っただけです」

(あははっ! ま、回りから見たらあんた一人で喋ってるってことに見えるからね)

「ふふふ、そうですね。よく『一人で何やってるの』って言われちゃいます」

(あらら、大変だねぇあんたも。ま、私としては話せる人がいて嬉しいけどさ)


 万年筆はすっかり気慣れた雰囲気でおしゃべりしています。

 魔具がおしゃべりというのはそれほど珍しいことではありません。彼ら(?)は人と喋りたいという欲求を持っていることが多いようで、フィリアが話しかけると大抵すぐに気を許しておしゃべりをしてくれるようになります。


「うーん……でもやっぱりにわかには信じがたいですなぁ……」

「まぁ、僕にも聞こえませんからね……」

(……なんて言われてるけど、フィリアさん?)

「もう、笑わないでって言ったのに……! あなたもなんで嬉しそうなんですか……」

(いや、実際に嬉しいけれどね?)

「なにそれ……万年筆ってそんな趣味があるの?」

「え、万年筆にも趣味なんてものがあるんですか?」

「ああもう……! ちょっと待ってくださいってば……!」


 話題がちょくちょく飛ぶせいで、フィリアの頭は混乱寸前です。

 すると万年筆が突然笑い始めました。それから、しんみりとした口調で話し始めます。


(話が出来なくても、こうやって話すのを聞いてると楽しいよ。リロイも昔はあたしを使っている間に華歌とかも歌ってたんだけどさ、最近は全然喋ってくれないんだよね……その上あたしはインクが出せなくなっちゃうし……迷惑かけてばっかだよ全く)

「ん……なるほど、そういうことね……」


 万年筆の言葉を聞いて、フィリアは原因の片鱗をつかみとりました。


「ねぇ、レオン。魔具ってたしか持ち主の影響を受けるみたいな話があったわよね?」

「あー、うん。といってもまだ仮説の段階だけど……物理的な性質によって魔力の流れ方に変異が影響してるのか、それとも未知の部分が影響してるのか……どっちにしてもまだ分からない部分が多くて――」

「そこまでは聞いてないから、とにかくそういう話があるのよね?」

「……ある……とは思うけど」

「じゃあ、大丈夫ね」


 フィリアはすっくと立ちあがると、部屋の外へと出ていきました。


「あのフィリアさん、どちらへ……」

「リロイさんのお部屋です」

「リロイさんにご用ならわたし……」

「いえ、自分でやります。この子を直すにはそれが必要ですから」


 ◆◆◆


「リロイさん――リロイさん!」

「……ぉ……ぉぉ……」


 小声での返事が聞こえてから数十秒、ようやくリロイの顔が上がります。


「ああ、君か。どう? 直った?」

「いえ、まだです。でも直す方法は見つけました」

「そうか、ありがとう。それじゃ直ったらアントニーに渡しておいて。支払いも彼に言ってあるから、よろしく」


 そうして、リロイは再び書き仕事へと戻っていきます。フィリアが引っ込むことなくずっと部屋の中で直立していてもお構いなしです。というより、まだ部屋にいるということにも気が付いていないのかもしれません。


「リロイさん、リロイさん――リロイさん!」

「……ぉ……ぉぉ……」


 小声での返事が聞こえてから数十秒、ようやくリロイの顔が上がります。


「ああ、君か。まだ何か?」

「リロイさん、少しお時間を頂けますか?」

「ふむ、悪いね。少々忙しくてね。手を止めるわけにはいかないんだ。アントニーに伝えておいてくれるかな?」


 そうして、リロイは再び書き仕事へと戻っていきます。

 フィリアは、床に広がる書類の中にあるかすかな隙間を見つけながら、机の前に立ちました。


「――死にますか?」


 そして、ピシりと言い放ちました。


「……はい?」


小声での返事が聞こえてから数秒、リロイの顔が上がります。


「なにそれ?」

「手を止めたら死ぬんですか?」

「……死ぬね。仕事に忙殺されて死ぬ」

「でも死んでないじゃないですか」

「……なにこれ? 何かの遊び?」

「いいえ、治療ですよ」


 フィリアは、リロイの半目がちな眼を見ながら言います。


「リロイさん。お散歩にいきましょう、今日はいい天気ですよ」


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