遠い過去の詩(うた)
前半と繋げられなかったので、ファンタジアシリーズで繋げました。
よろしくお願いします。
「成人の儀が終わったら、すぐに会議が始まる。ディサンテは王族の中で最年少だ。しかしもう時間がない。詳しい話は明日の午後に――それからそのお守りは何かの縁だ。大切にするといい」
レークスはそれだけ言うと、ディサンテの部屋を出ていった。
父と姉が帰ってくる……この城に王族すべてが集まるってことだろう。
ディサンテが考えていたよりも、事態は深刻なのかもしれない。テーブルに置いた人形を大切に胸元へしまう。
レークスが部屋を出てから間もなく、教育係ともう一人の男性が入ってきた。
「ディサンテ様、私の役目も終わりです。私の後はこの者が引き継ぎます」
教育係がそういうと、隣に立っていた男は挨拶をする。
「成人後から、ディサンテ様の側近になります。リヤンです、よろしくお願いします」
リヤンが深く頭を下げると、教育係もまたお辞儀をした。
「ではディサンテ様、これよりはリヤンとともに。私はこれで失礼します」
そう言い残し、教育係は部屋を出ていく。
残されたのはディサンテの側近となるリヤン。逞しく背が高い男は、王家の血を引いていないとわかる。
「リヤン、これからよろしくお願いします」
「ディサンテ様、私はただの側近ですので、普通にお話しください」
「……わかった。ところでリヤンの歳はいくつだ?」
急な周囲の変化に戸惑いながら、リヤンを知ることが大切だとディサンテは考えた。
側近というからには、常にそばにいることだろう。成人したほかの王族を見ればわかる。そして信頼関係が大切だとディサンテは思う。
「歳は二十四になります」
「見た目より若い……あ、ごめん」
リヤンは気にしていることを言われたせいか、目を伏せてしまった。考えてみれば、普通なら成人まであと三年もあるディサンテにつくのだから、あまり歳が離れ過ぎてもよくない。とはいえ若すぎても主の支えになれない。
ディサンテの側近選びは、とても難しいものだっただろう。
「歳はともかく……よろしく頼む」
「はい。では、明日行われる儀の説明をしていきますので、一度で覚えてください」
(リヤンもまた、結構きびしいんだな)
成人の儀は予定通りに、何事もなく終わる。
これでディサンテも幼いけれど成人となり、今まで関わることが許されなかった事柄が、義務として増えていく。
午前中に礼拝堂で祈ること。
視察に行くことと、視察先の礼拝堂で祈ること。
雨の降らない地域には、雨ごいを。
水害の危険があるところには、晴天を。
ひたすら祈る。祈ることが力となり、守護となる。
実に抽象的な感じがするが、王族は成人を迎えると水龍から与えられた力を発動させることができる。それは祈りによって、形となる。
民は知らないこと。
「ディサンテ様、聖域につきました。ベールをどうぞ」
リヤンは刺繍の凝ったさらりとした白い布をディサンテに手渡す。
力の発動にはもうひとつ必要なことがある。
それは水龍との対面。その姿を見ることは叶わない。ただ王族の血に眠る力を目覚めさせるために、水龍へ祈りを捧げに聖域……水龍の棲む湖に来ていた。
どこかで見たことがあるような既視感。湖だけなら何度か遠目で見たことがある。だけど、そうじゃない。この儀式事態どこかで見たような気がしていた。
「では私は聖域の外でお待ちしております」
リヤンはそういうと、城のほうへ向かって歩き出した。
ディサンテは言われていた通りに、ベールを頭から被る。視界が遮られ足元が危うい。気を付けながら、湖の淵へたどり着き両ひざを地面につけた。
ディサンテは祈る。この血に眠る力を目覚めさせてほしいと。
雑念は払い、思考は静寂につつまれていく。
ふいに空気が動いた。水のきらめくイメージと香りで、水龍が目の前に降りたことを知る。
水龍は額のあたりを軽く触れて、離れた。ディさんの額からは心地良いひんやりとした水を感じ、それは全身を覆う。それが消えるとディサンテは地に頭をつけ、水龍が去るのを待った。
ここまではリヤンの説明通りだった。しかし――。
静寂のなか、低い声が頭の中に響いた。
『聖域が穢された。契約したとおり、私はここを去る』
その言葉とともに突風が吹き荒れる。
やがて風がやむと、確かにあった何らかの気配はきれいに消えていた。いったい何が起きたのか、ディサンテは理解できない。
ベールは先ほどの風でどこかへ飛ばされて、ディサンテの頭にはない。
――何か嫌な予感がする。
そう思い、聖域の外へ向かって走り出す。城に行けば皆がそろっている。まずは知らせなければいけない。心が急かすほど足はもつれ、小石に躓きそうになる。
それでも必死に走った。
「ディサンテ様?」
息を切らしているディサンテにリヤンは怪訝そうな表情をする。
リヤンに話そうとして、やめた。これは王族に関わる問題。リヤンにどこまで知られていいのか、判断がつかなかった。まずは兄に、それから指示に従う。
「リヤン。兄は城にいるだろうか?」
「はい」
「ならば、兄だけに話したいことがある」
ディサンテは息を整える。
「では、先に知らせます」
リヤンの隣にいた者が、リヤンの指示で走っていく。
ほかの者はディサンテからの報告を待っている。ここへ来たのは、血に眠る力を目覚めさせるため。彼らが聞きたいのは、力が使えるようになったかどうかだろう。
「水龍に会い、力の解放がされた」
あらかじめ決められていた言葉を発する。彼らは感嘆を上げ、ディサンテとともに城へ戻る。
――嫌な予感しかしない……。
兄に話をしたあと、王族のみ一室に集められた。側近すらいない。
事態はそれほどに良くないことらしい。
「水龍がこの地を去った」
父が口を開く。その言葉に皆は苦い表情になる。誰一人驚いているものはいない。 ディサンテは知らなかったが、王族の人数の多さに目を見張る。そして老いているものもいない。
いつも閑散としていた城には、これだけの王族がいた。そしてそれぞれが国の各地に出向いていたと知る。
「水龍が去ったなら、我らの加護もなくなった。力があってもそれぞれ警戒をして欲しい。急ぎで調査したことがこの紙に記されているから、皆も見て事態の把握をお願いする」
一枚の紙には、事細かに字が書かれている。急ぎで調査といっても昨日今日ではないことに思えた。
「――兄さん、王族の王って誰なの?」
兄に声を潜めて聞く。兄は丁寧に答えてくれた。
「この国は王制になっている。民を守るのが王族の義務。しかし王族の中では上下はない。ここでの最年長は父だから支持を出したりする」
「最年長? え、でも……」
「ディサンテ、俺たちの本当の父はこの国を出た。だから最年長のいまの父が俺たちの父になっている」
予想していなかったことにディサンテは動揺した。
「母は王族の血を引いていないから、この場にはいない。父は成人したけど、力の解放を水龍にされていない。水龍が認めなかったから……心に闇を持つものを水龍は認めない」
結婚して子を成しても、王族の一員として弾かれた父は異国へ旅立ったという。
最年長の者が父の代わりになっていた。
――いやでも、どう見ても四十歳以上に見えない。
「力の解放をされた王族は、老いてしまうことはないんだ」
この一室に集められた者たちは、三十人ほどいる。皆見た目は二十際から三十歳くらいにしか見えない。
「民に紛れ、各地を視察することで、この体質を秘匿している。だから城にいるのは、見た目に近い年齢の者が多い」
「側近の者たちは知っているんですか?」
「側近でも知られないようにしている。だけどそれは大した問題じゃない。いま一番問題なのは、水龍がこの地を去ったということ。王族は水龍の加護がなくなった」
兄が眉を顰めた。めったに見せないその表情にディサンテは、水龍がいないということがそれほどまでに大きな問題だと理解する。
「ともかく、いま自分たちにできることは……民を守ること。この先どんなことが起きるかわからない。先読みの者が水龍が去るのを予見していたからこそ、ディサンテの成人の儀を急ぎ、力の解放を求めた。幸いにも王族はこれですべて解放された」
水龍に開放を許されなかった者たち以外は。
ディサンテはこの中で最年少。十二歳の成人は前例のないことだという。
「これから何が始まるのですか?」
「混乱、争い、不作による飢え……天候はさすがに水龍がいないとどうにもならない。――なぁ、ディサンテはこの国が好きか?」
「好きです。市場の人たちなど楽しい人が多くいるので」
そうか、と兄はため息をついた。
「先日、ディサンテがもらったという物を調べた。やはり国外から入ってきたものだった。いま、国は他国と交流をしていない。……もし王族の力が他国に知れ渡ることになれば、恐れを抱く国もあるだろう」
普通の人ではありえない力を秘めた、王族は他国から……あるいは民からどう見られるのか。考えてみれば忌避されることだろう。
もともと体が細いというだけで、不思議だと思われている。他国でなくても異端者として王族をみる可能性が高い。
「ディサンテ、この国はもう少しで崩壊する。他国からの侵入者が、聖域の湖に呪詛が込められた小石を投げ入れた」
「もしかして『穢された』というのは……」
「そうだ、呪詛で神域が穢されたんだ。もう取り返しはつかない」
いつの日か夢で見た水龍との契約をディサンテは思い出した。あのとき水龍は『穢されるまで』と言っていた。
「これも先読みで既に知っていたことだったんだ。だから神域の周囲の警戒を強化したんだが……未来は変えられないという事なのかもしれない」
去る直前の水龍とディサンテは出会い、そして最後の別れになった。この国を守るには王族だけでは支えられない。
もう国が滅亡するのを見ていることしかできないのだろうか? 願いが力になるとはいえ……所詮はただの人だ。
「レークス、ディサンテ。話が決まったから説明する」
父は二人の兄弟に向かって話を始める。最年長という年齢のためか、父に同様した表情はない。すでに知っていた事態。止めることのできなかった聖域の『穢れ』。しかもこれからこの国が滅亡するという中、父は冷静だった。
「無駄な争いは避ける。いいか、民を巻き込んではいけない。それぞれが各地にすぐ移動しすべての民を各地に点在する神殿に避難させる。ここの民はこの城へ誘導してくれ。明日の夕暮れ前に必ず」
「はい、わかりました」
迷いもなく返事をしたのは兄レークスで、ディサンテは頷くので精一杯だった。
話はまとまり、皆は部屋から出ていく。その姿を呆然とディサンテは眺めていると、兄の手が肩に置かれた。
「ディサンテ、今はなにも考えるな。出来ることだけやるんだ。無理はしない。敵に出くわしても民のふりをしてやり過ごせ。今は誰も欠けてはいけない」
「わかりました……」
年齢のわからない王族が側近とともに、馬で移動していく。女性も馬に乗って行くのを見送った。
ディサンテとレークスは城に残る。つまりここで役割を果たす。
城の地下には予想以上の空間があり、無事にこの街の避難を完了した。
彼らには詳しい経緯は説明していない。
「兄さん、街が……」
ディサンテは礼拝堂の高台から街を見ていた。
予想もしていなかったことに、街が燃え上がり見たことのない色に空が染まっていく。
「ディサンテ、落ち着いて。未来を変えようとすれば弊害が出る。だけどそれは些細な変化しかなくて、結局この国は滅びる。――さて、時間だ」
兄はディサンテを連れて、礼拝堂の一室に入る。その部屋からさらに隠し通路があり二人で歩いていく。
「この通路は隠し通路。王族ならだれでもしっているけどね」
「どこへ通じているんですか?」
「――海につながる運河に出る」
兄は足を止めることなく淡々と話を続けた。
「ディサンテの役割は俺たちとは違う。俺たちはこの国を封印する。時間と空間すべてを封印する」
「そんなこと出来るんですか?」
「無理に決まっているだろう。だけど、そんなこと言ってはいられなくなった。王族すべての能力を使いすべての地から網目状に……すべてに蓋をすることしかできない。おそらく、俺を含めて皆も無事ではいられないだろう。ディサンテの役割はこの国を出ることだ」
兄の背中が遠く見える。この通路は狭くて薄暗い。レークスの声は怖いくらいに冷静で、ディサンテは不安でたまらない。
しばらく歩いたところで、一つの空間に出た。
水の香り、川の流れ、それらがこの空間が充満している。
部屋の隅には木の小舟が置かれていた。
兄は足を止めて、ディサンテをまっすぐ見た。決意した目が自分を捉える。
「さあディサンテ、お前の役割はこの国を出ること。そして水龍を探して欲しい」
小舟を水に浮かべて、乗るように兄は促す。
「横たわってくれ、これからお前の能力を封じる。けれど水龍に会えたときにこの封印は解ける。たのむ、水龍にこの地へ……。それからこの剣は持っていけ。どうか無事で何があっても生きてくれ。俺たちの寿命は果てしない」
ディサンテの額に兄の手が触れる。急激に訪れる眠気にあらがえない。
「兄さん……このお守りを代わりに」
「ああ、ありがとう。いいか? 必ず生き抜け」
「はい。必ず帰ってきます」
意識のすべてが遠くなる中、兄レークスの声が聞こえた気がした。
『ここを脱出しなさい。この国はもう……』
――兄さん?
『――いつの日か……に、出会えたら……この封印は解ける。それまで……』
燃え盛る街、各地で避難誘導された民、そして王族はすべての能力を使い、この国リリオの空間と時間の封印が行われるだろう。
その時間が動き出すには、水龍の力が必要になる。
――必ず生き抜く、何があっても。生きて帰ってくるんだ。
ディサンテは心に強く刻み、波に揺られ運河に運ばれていく。
のちに、他の干渉を許さない『幻の東の最果て』と言われることになる。
記憶を封じられ旅立つ。
伝説の中の幻の国から。
【end】
はるか昔の伝説のお話。
今は無き伝説上の国。
それは遠い大陸の国々へ伝えられていく。