12-06 彼女の出現場所が確実にわかる決定打が欲しいね
榛名のノートに記載された発端の場所、野幌森林公園。磯野たちは調査に向かうが手掛かりは得られなかった。その帰り道、色の薄い世界で見たのとおなじ高校がみつかる。
たしかこの学校は、八月七日の「色の薄い世界」で大学の南門からの瞬間移動先だったはずだ。一四時を過ぎたいまは、まだ授業中のようだった。
色の薄い世界では、未来的な建物が並び、そのなかでこの現実味のある建造物のみが浮いていた。その空間では、あるべき場所にあるはずの文字が消えていたんだ。だから、校門に書かれている文字を確認する。
――北海道札幌啓陵高等学校
「磯野、本当にこの高校なのか?」
「ええ、間違いありません」
柳井さんはちょっと待ってろと言って玄関に入っていった。
しばらくして戻ってくる。
「見学の許可をもらってきた」
「え、なんて言って許可もらったんです?」
「ゼミのフィールドワークとか適当に言ってごまかした」
そりゃオカルト研究会なんて言えませんよね。
映研での撮影許可とおなじようなことをする柳井さんに、なんだか内心ほころんでしまった。
俺たちは校舎からグラウンドへと出た。
そこはたしかに色の薄い世界で見たグラウンドで、大学の南門からの瞬間移動先だった。そんな場所で、いまは高校生たちがサッカーをやっている。
「磯野、どうだ?」
「ええ、このグラウンドです」
八月二五日 一六時過ぎ。
野幌森林公園からオカ研部室へ戻った俺たちは、途中で買った札幌市の地図をテーブルの上にひろげた。
「色の薄い世界への重要な手がかりになったね」
そう言いながら、竹内千尋は野幌森林公園とそのしたにある高校、うちの大学へと指を滑らせた。
それを目で追っていた千代田怜が顔を上げる。
「もし、わたしたちの世界と色の薄い世界が重なるとしたら、磯野の言っていた未来的な建物とかそういうのからして、未来の札幌ってことになるわけ?」
「普通に考えればそうだろうな」
柳井さんが腕を組みながら答える。
「一方で、向こうの世界で遭遇したっていう、霧島榛名がいた海岸も気になってくるが……」
「海岸って言っても、北海道だけでさえ砂浜の海岸なんていくらでもありますし」
「千代田、このまえ三馬が言っていたんだが、その色の薄い世界の駅のプラットホームは、時速4000kmを走れる鉄道のものらしい。こうなると、日本どころか海外まで広げて考える必要ががあるだろう」
「それって……もう見つけ出すのは無理なレベルですね……」
二人の話に、うーんと唸りながら竹内千尋が話に加わる。
「それもそうなんですけど、こっちの消失した榛名に関する手がかりは、まったくつかめませんね……」
千部室のドアがひらいた。
「おつかれさまです」
すこしやつれ気味のちばちゃんが、笑顔を作って部室に入ってきた。
「おつかれさま。学校のほうは大丈夫かい?」
「ええ、昨日一日休んだだけだったんで、友達からノート借りて写させてもらいました」
三人掛けベンチソファの俺と怜のあいだにちばちゃんは座った。
「札幌市の地図ですか?」
「うん。さっき野幌森林公園から帰ってきたばかりでね」
地図を見つめたままの竹内千尋が答える。
「今日行った野幌森林公園のほかに、榛名の行きそうな場所を書き込んでみたらどうだろう。ちばちゃんも思いつくところを書き込んでくれるかい?」
大学と文化棟、霧島家、円山公園、大学までの通学路となる地下鉄、野幌森林公園、大学周辺のコンビニ……と、ちばちゃんは地図に赤ペンで書き込んでいった。
「……これくらいですね」
「ありがとう。これで結構場所が絞れてきたね」
そう言って笑う千尋に、ちばちゃんもまた微笑み返した。
その様子を見て、柳井さんが俺を見る。
「ちょっといいか?」
俺と柳井さんは文化棟から離れ、大学図書館前のベンチに腰かけた。
「磯野、もしあの地図のどこかに榛名が現れたとしても、磯野の入れ替わり周辺の短い時間で見つけ出すのはとてもむずかしいと思う」
「ええ」
「なんとか、三一日の入れ替わり時間に、榛名を確実に見つけられる方法を思いつかないといかんよなあ」
結局、いい方法が思い浮かばないまま一日一日と過ぎていった。
とはいえ手をこまねいていても仕方がないので、映研でやったのと同じように、サークルメンバーで手分けをして札幌中を探してみた。
しかし、三馬さんの言うとおりなのだろう、入れ替わり時間から間隔のあるこの時期に、霧島榛名と遭遇することはなかった。
八月二九日 一六時十一分。
ひさびさに駆けつけてきた三馬さんとともに、オカ研メンバーはテーブルの上にひろげた地図を眺めていた。
「今の段階では、世界の危機について説得しようとしても、説得材料が無くてね。とはいえ、いそがなければならないのだが」
部室にきて早々苦笑いを浮かべた三馬さんの顔に疲れが見えた。
俺もまた、人のことを心配している場合じゃない、と突っ込まれるくらいにひどい顔をしているらしい。
ドッペルゲンガーに祟られたような妙な体の重さが、いまだ抜けきらないままでいた。
「確率分布図を作るにしてもまったく情報量が足りない。しかも二日後の二一時二四分三二秒に霧島榛名さんを確実に見つけるには、確率などというものはあまりにも曖昧で心細すぎる」
「三馬、当てずっぽうに探すより、この地図にすでに書かれた榛名のふだんいそうな場所を、日常生活から頻度の高い順に順位づけくらいは当てになるんじゃないか?」
そう言って柳井さんが指をさした地図には、思いつくかぎりの榛名がいるであろう場所と時間帯がいたるところに書き込まれていた。彼女の幼少期からの現在にいたるまでの思い出の場所も含めて。
「彼女の出現場所が確実にわかる決定打が欲しいね。映研世界では未来からのメッセージが届いたのだから、こっちの世界にもヒントをくれてもいいと思うのだが」
パソコン机の上には、二つの大学ノートの最後のページがひらかれたまま並べられて置かれていた。が、いまだに書き込みは無い。
柳井さんは、ふと思いついたように俺を見る。
「なあ磯野、この地図を見て、まったくの勘で榛名の出現しそうな場所をひとつあげるとしたらどこになる?」
うーん。まあ人のいる場所だろうから、野幌森林公園の奥みたいな森林部分はいないだろうしなあ。
「適当でいいんですか?」
「ああ。なるべく適当に――サイコロを振るような感覚で、って感じかな。三馬もインスピレーションが湧いたとか言ってたんだから、なにかヒントが出てくるかもしれん」
三馬さんもまた疲れた顔のままうなずいた。
俺は赤ペンを握る。
適当か。うーん。適当、適当……。
俺は地図にペンを近づけたとき、
「ダメだよ、磯野!」
突然の制止に千尋を見たが、赤ペンはすでに地図に触れていた。
そして、
――地図がすべて、赤で染まった。





