表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
12.八月三一日二一時二四分三二秒
96/196

12-05 これを書いた榛名は、どっちの世界の榛名なんだろうね

 突如出現したオカ研世界の榛名の大学ノート。七月一四日から八月七日の世界の再構築までの出来事が記され、

「三馬、おまえも目を通しただろうが、七月一四日にはじめて色の薄い世界に迷い込んだのは野幌森林公園だ。それも北海道百年記念塔の五階から六階にかけての階段部分だと判明はんめいしている。そこを探してみるのはどうなんだ?」

「柳井、私もそれについては考えたよ。だけどね、磯野君が最初に色の薄い世界に接触した、この大学の、ええと……どこのベンチだったか――」

「学生生協前のベンチです」


 千代田怜が言い添えた。

 三馬さんは、そうそうと怜にうなずいて、


「ありがとう。そのベンチにふたたび訪れたところで、色の薄い世界には接触できなかっただろう? 八月三一日の入れ替わり時間であれば、霧島榛名さんを見つけられる重要なポイントの一つにはなるだろうが」


 竹内千尋が、思いついたように顔を上げた。


「あの、こっちの礒野の大学ノートは、映研世界みたいになにかヒントをくれるんでしょうか」


 三馬さんは、千尋に軽く指差して忘れてたと笑い、かばんから大学ノートを取り出した。最後のページをひらいてテーブルの上に置く。


「やはりなにも書かれていないか」

「うーん。あ、そうだ。榛名の部屋に出てきた大学ノートもとなりに置いてみたらどうでしょう。礒野、たしか映研世界ではそれでメッセージが書き込まれたんでしょ?」


 千尋の提案に柳井さんはうなずいて、今度は柳井さんの鞄から榛名のノートを取り出した。二つのノートは最後のページがひらかれた状態でテーブルの上に並ぶ。


 のだが、榛名のノートの最後のページには、榛名が「俺のことが好きになった」とあからさまに書かれていて、恥ずかしいことこの上ない。


 狙いをすましたように、怜のやかしの視線にさらされる。


「これを書いた榛名は、どっちの世界の榛名なんだろうね」

「しらねえよ」

「で、どうなの」

「なにがだ」


 怜は俺の弱味よわみを握ったかのような、満足そうな笑みを浮かべた。


「あー鬱陶うっとうしいやつだな」

「この榛名さんの愛の告白に磯野君がむくいられるよう、我々は後押ししてやらねばならんね」


 そう言って三馬さんも茶化ちゃかしたような笑みを浮かべた。


 こうして八月三一日までのあいだにやっておけることを出し合い、明日、野幌森林公園の百年記念塔を調査することとなった。




 八月二五日 一三時三三分。


 野幌森林公園は2,053ヘクタールの敷地しきちを持つ丘陵きゅうりょう公園である。

 と、柳井さんの車の後部こうぶ座席でスマホを見つめる竹内千尋が教えてくれた。その大半は森林でめられ、俺たちが向かう北海道百年記念塔はその森林に入る前にあった。


 ちばちゃんは、すでにはじまった二学期の授業じゅぎょうで連れてくることはできなかったため、柳井さんの車に、俺と竹内千尋、そして千代田怜の四人が乗っていた。駐車場に到着したオカ研メンバー一行は、車から降りて青空の公園へむかって歩いていく。


 公園に踏み入れると、百年記念塔が目に入ってきた。

 塔にむかう歩道には、噴水ふんすい水路すいろが流れ、それを挟むようにひらけた野原が広がっていた。ピクニックの家族づれや観光客などがその景色を楽しんでいる。うしろへ振り返ってみると、厚別あつべつ区からの札幌の街を見渡すことができた。


 けれど、この景色に「色の薄い世界」の街並まちなみと重ねてみても、どうもしっくりこない。


 百年記念塔の五階と六階のあいだにある踊り場部分ということで、途中なにかないかと、みんなはエレベーターを使わずにぞろぞろと階段を上っていく。


 ……のだが、この階段、微妙びみょうに吹き抜け気味ぎみなのだ。いや、ホントに微妙になのだが。


 俺は高所恐怖症こうしょきょうふしょうだった。

 しかもこの階段は、幼稚園のころの遠足で二階まで上ったところで怖くて泣いてしまった、という思い出があった。


 現在の俺もまた、二階の途中とちゅうで足を止めている。


「ちょっと磯野、なにしてるの」


 事情じじょうを知らない怜が無慈悲むじひな言葉をなげかけてくる。

 いや、この緊急きんきゅう時に高所恐怖症がどうとか言ってられないのだが。


 ごうやして下りてきた怜は、俺の顔を見てあきれたらしい。


「あ、あんた高所恐怖症だったっけ? だったらエレベーター使いなよ」

「……けどな、階段の途中で、俺だからこそ見つけられるかもしれない()()()があるかもしれないだろ?」


 そう言っておきながらも、どうにも足が動かない俺。

 そんな様子の俺に、怜は一つため息をつくと手を差し出してきた。


「もう……世話せわけるんだから。左手は手すりにつかまって。ほら、のぼるよ」


 俺は怜に右手をまかせ、左手は手すりをつかみながら、ゆっくりとのぼっていった。


 ……おじいちゃんかよ俺は。

 いや、そのときは自分にツッコミ入れられるほど余裕よゆうがなかったのだ。ああ、情けない。


 やっとのことで五階と六階のあいだの踊り場までたどり着いた。しかし苦労の甲斐かいもなく、たいした手がかりはつかめなかった。


「大学ノートも反応ないね」


 千尋はひらいたノートを見つめながら言う。


 ただ、この場所があの色の薄い世界の駅のプラットフォームだとしたら、場所的にも高さ的にも近い位置にあるのだろう、ということはよくわかった。


 展望台てんぼうだいまでのぼり、ふたたび厚別区からの札幌の街を眺める。

 あの色の薄い世界で見たプラットフォームの窓の外の景色を思い浮かべてみる。が、やはり重なるような重ならないような曖昧あいまい印象いんしょうだった。というのも、色の薄い世界に林立りんりつする未来的な建物とその都市の様相ようそうは、こことはちがう、どこか別世界を見ているような強烈きょうれつな印象があったからかもしれない。


「磯野、どうだ?」

「正直、この場所とプラットホームが同じ位置にあるものなのかシックリきません」


 となりの竹内千尋は目的を忘れているのか、札幌の景色にひとみをはしゃがせていた。


「ただの観光になっちゃったね」


 そのうしろで軽くため息をつく怜。

 そんな彼女に、幼稚園時代に果たせなかった百年記念塔の二階から上の世界を見せてくれたことに感謝の気持ちがいた。


「悪いな怜」

「あんたの情けない顔が見れて面白かったよ」


 ったく、減らず口を(たた)きやがってこいつは。

 と思いながらも、その反応にちょっとニヤけそうな自分に気づいた。


 こうして、公園をあとにした。

 なにか手がかりを見落としているような、そんな感覚に襲われながら。




 駐車場から丘をくだる途中。


 さっきの階段の一件で無駄むだ精神せいしん疲弊ひへいしてしまったらしい。後部座席に座らせてもらった。ドッペルゲンガーとの接触から比べればたいしたことなどないんだろうが、高所恐怖症が吹き抜け階段を歩くのはすごい怖いんだ。うん。


 と、さきほどの湧き上がる恐怖から目をそむけようと窓の外を眺めていると、並木の奥に学校の校門が見えた。


「柳井さん!」


 色の薄い世界で見かけたのとまったく同じ高校。

 それが、いま、目の前にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ