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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
12.八月三一日二一時二四分三二秒
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12-01 ……なあ千尋、次の入れ替わりはいつになる?

 現実世界でのドッペルゲンガーとの接触、世界に存在しないはずの霧島榛名の発見の直後、磯野はもう一つの世界へと飛ばされ、

 八月二二日 一四時四四分。


 入れ替わり直後ちょくご

 俺は、柳井(やない)さんと竹内千尋たけうちちひろとオカルト研究会の部室で対面していた。


磯野いその、すごく顔色かおいろが悪いよ。なにがあったの?」


 一方の柳井さんは、スマートフォンを操作そうさして耳もとにえた。


 いや、そんなことより、たったいま二人にかなければならないことを口にする。


「……向こうの世界で、俺はドッペルゲンガーと――」


 ちがう。

 入れ替わる瞬間しゅんかん霧島榛名きりしまはるなあらわれたんだ。そのことを、むこうの俺はちゃんと把握はあくしたうえで、彼女を救いにむかっているのか?


「なあ千尋、入れ替わったもう一人の俺は、この世界の危機ききと、救う方法を――」

「磯野、三馬みまだ」


 柳井さんが、スマートフォンを差し出してくる。


 ああ、三馬さんなら。

 俺はうなずき、すがるように受け取った。


「あの……こっちでは――」

「すまない磯野君、一つだけだ。まず一つだけ質問をしたい。一七日、八月一七日の一九時をを過ぎたあたりに、映研世界で何か起こらなかったかね?」


 三馬さんもまた、あわてた様子で早口はやくちでまくし立ててくる。


 一七日の一九時過ぎ……? 

 その時間は三馬みまさんが部室を訪れて三〇分くらいった……それって……!


「あの、その時間にこっちの世界でも、未来からのメッセージが書き込まれたんですか?」


 俺の言葉に、柳井さんと千尋が注目した。


「そうか、やはりそうか……! そのメッセージについて少し詳しく話してくれないだろうか」

「ええと、もう忘れてしまいましたが、『地球の静止せいしする日』という映画に出てくるとある呪文のような台詞が書かれたあとに、世界各国(かっこく)の科学者たち、ええと……NASAとかの研究機関(きかん)署名しょめいがたくさん書かれはじめて――」


 三馬さんはうなった。


「……素晴すばらしい! 未来の我われは世界中の科学者たちを味方につけ、未来から過去へ通信つうしんする方法を見つけ出したのか。それにしても、なかなか洒落しゃれたことをするな未来の我われは」


 ということは……。


「あの……この世界の大学ノートの最後のページには書かれていないんですか?」

「そうか。やはり大学ノートを使っていたんだね。いま手元てもとにあるが、こちらの最後のページは……まだ白紙はくしだな」


 電話()しに聞こえてきた、ページをめくる音がおさまる。


「そう、その映研世界での大学ノートの最後のページに、メッセージが書き込まれた、おそらくその時間に、


 ――インスピレーションがいたんだ。


 そちらのメッセージと同じく、世界が止まってしまうその危機と対策たいさくが」


 三馬さんの言葉に、俺は何度もうなずいてしまう。


「そうです! だから、こちらではドッペルゲンガーと接触せっしょくして世界の変質化へんしつかを進めて、入れ替わり間際まぎわに、霧島榛名が――」

「接触出来たのかね?」

「いえ。その直後ちょくご、色の薄い世界に」

滞在たいざい時間は、びていたのかい?」

「ええ、けど、一〇数秒程度ですが。あの、うかがいますが、もう一人の俺には――」

「伝えてある。入れ替わりのあと、霧島榛名さんの居場所いばしょが分かればすぐにむかっているはずだ」


 それだけわかれば十分じゅうぶんだった。

 俺は倒れるように、うしろのソファへ体をしずめた。


「磯野!」


 心配ない、と千尋に手を振った。


「こちらの世界では、変質化をおさえるためになるべく普段ふだんと同じ行動をもう一人の磯野君にとってもらっていた。いま現在、もう一人の磯野君が霧島榛名さんと接触していれば、彼女を連れ戻してくれるだろう。つかんだ手を離さぬよう伝えておいた。あとは彼女を連れ戻した瞬間か、次の入れ替わりで、二人の磯野君がそれぞれもとの世界へ戻れれば、世界は元通もとどおりになるはずだ。だからまずは、ゆっくり休むといい」


 三馬さんとの話は終わった。

 俺は柳井さんにスマートフォンを返す。


「その様子だと大丈夫そうだな。俺たちもくわしい話が訊きたいが……まあいい。少し休め」


 柳井さんの言葉に、俺はたぶん、苦笑にがわらいでも浮かべてこたえていたのだろう。というのも、本当は笑顔えがおを浮かべたかったんだが、どうもあのさっきのドッペルゲンガーとの接触のせいなのか、うまく体が動かない。


 次第しだいに、まぶたがおもくなっていく。けど、あとは、


 ――待っていれば、この世界の危機が終わる。


 それがわかると、いままで背負せおっていたものをすべておろろしてしまえるような、やっと気がれるような心地ここちよさが俺をおそってきた。


「……なあ千尋、次の入れ替わりはいつになる?」


 ソファに沈み目を閉じたままの俺の問いに、千尋はパソコンのマウスとキーボードの操作そうさ音を部室にひびかせた。


「八月三一日 二一時二四分三二秒。……あと九日と七時間弱だね」


 ……九日か。

 まったく、笑いたくなる。残りの九日間を、このなにもする必要のないオカルト研究会の世界で過ごすことになるのか。


 俺の体は、まるでなまりのような重さでソファに押しつけられていく。

 そのまますべてを手放すように、意識いしきがゆっくりと消えていった。




 気だるさが体をソファに沈み込ませたまま、あさい眠りのなかでなつかしいやり取りが耳をかすめた。


 コンビニから帰ってきた千代田怜ちよだれい


「ただいまー」「ダメだよ怜、磯野寝てるから」「……あ、ごめん」などと、そんな受け答えがかすかに耳にとどいた。


 交わされる言葉とともにカサカサと耳にさわる音が聞こえてくる。


 柳井さんと竹内千尋にアイスをくばっているらしい。

 いつかのあのときも、ジャイアントコーンとスーパーカップのバニラあじだった気がする。俺の目の前のテーブルにも、コカ・コーラのペットボトルがかれたようだ。


 俺はぼんやりした意識の中、のどのかわきをうるおそうと、身を起こして手をばそうとした。

 しかし、気づいたときにはぐったりとソファに沈み込んだ状態に戻る。また身体からだを、起こして、手を伸ばす。いつのにか沈み込んむ。もう一度、重い体を起こして、手を。


 何度も、何度もり返し、それが金縛かなしばり状態であることに気づいて、動くことをあきらめてしまったころ、っすらと目を覚ましたはなさきに、薄っすらとオレンジ色にめられた霧島榛名の顔があった。


「うおう?」


 榛名は俺が気がついたことにおどろいたのか、うしろへと身体をり返った。


 薄手うすでのカーディガンがかけられていることに、気づいた。

 このカーディガン。見たことがある。


「榛名、これ、おまえのか?」

「……あ、うん」


 なんだかれくさそうにしている榛名に、ツッコミのひとつでもを入れるべきなんだろうが、それよりも気になることが口に出た。


「……いま何時だ?」


 意外いがいな問いだったのか、今度はわざとらしい戸惑いの素振そぶりを榛名は見せたあと、それも不発ふはつだと気づいたのか、素直すなおに尻ポケットからスマートフォンを出し待受まちうけ画面を見た。


「一六時……四〇分かな。よっぽどつかれてたんだな」


 そうか。このオレンジは夕方ゆうがたか。

 窓を見ると、夕焼ゆうやけというにはまだ早いが、それでもアンバーにかたむいた光がし込んで、部室をあたたかな色に染め上げていた。そして、いつも通りのタンクトップにショートパンツ、そしてサンダルの榛名は、野球少年のようにその中にたたずんでいた。

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