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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
11.二つの世界の螺旋カノン
90/196

11-07 磯野、あのね、そんな顔してちゃダメだよ

 八月一八日一四時半。つぎの世界の入れ替わりである二二日の一四時四四分〇七秒までに、ドッペルゲンガーを見つけるため、映研全員で動きがだすが――

挿絵(By みてみん)


 八月一八日 一五時二八分。


 俺のドッペルゲンガーと霧島榛名を探すため、おのおのが部室を出て行く。


 三馬さんは、一度国立大へと戻るそうだ。柳井さんは車で移動。女子高生組は、二人とはいえ、遠くまで捜索させるには危ないので大学とその周辺しゅうへんのみを回ってもらう。竹内千尋は俺の自転車で移動となった。


「磯野のクロスバイク、一度乗ってみたかったんだよねー。前に触らせてもらったときすごく軽かったから、乗り心地ごこちが楽しみだよ」


 千尋、おまえは目的をわかっているだろうが……。

 とても楽しそうにサイクリングをする光景が目に浮かぶ。


 ……ああ、なんとも微笑ましい。

 って! ……いや、千尋はこいつはやる男だ。大丈夫だ。おそらく、たぶん。


「まあ、こわさん程度に乗り回してくれ」


 俺から自転車のかぎを受け取ると、うん! と笑顔を返して階段をけ下りていった。こいつはなんでも愉快ゆかいなことにしてしまう人生を送るんだろうな。


 今川は、部室から出て行く俺たちをキョロキョロと見まわした。


「柳井さん、よくわからんのですが、ぼくは綾乃ちゃんたちといっしょにいますね」

「今川、今日は手伝ってくれて本当に感謝している。なにをしていいかわからないだろうから、特別とくべつに俺の車に乗せてやろう。目星めぼしの場所に着いたらおまえは車を降りて、もう一人の磯野がいないかその周辺を探し回るんだ」

「あの……それってぼく、鵜飼うかいみたいじゃないですか。鳥ですかぼく」


 その横を女子高生二人が、おしゃべりをしながら通り過ぎた。


 俺は、他のメンバーがドッペルゲンガーか霧島榛名を見つけたときのために、すぐに駆けつけられるよう千代田怜の車に同乗どうじょうすることになった。


 怜と二人っきりはなんとも気まずいが、それでも怜に俺の気持ちをキチンと伝える絶好ぜっこうの機会なのだろう。そうだ。怜のことを思えばこそ、ちゃんと……。


 文化棟ぶんかとうロビーで、青葉綾乃に声をかけられた。


「磯野さん、ちょっといいですか?」


 一緒にいるちばちゃんも、なにか話したそうだ。


 すでに車に向かっていた怜に、車で待っているようSNSを送ると、怜は「了解」とひと言だけ返してきた。


「なんだい?」

「まずはちばちゃんからね」


 うなずいたちばちゃんは、頭の中で言うことをまとめているのか、うつむきながら、


「あの……、わたしは、まだ……わからないんです。その人が、わたしの……姉なのか……」


 そこで口をつぐみ、少しなあと、ゆっくり顔を上げた。


「……けど、もし榛名さんに、姉に会ったら……よろしくお願いします」


 そして、ちばちゃんは頭を下げた。


 ああ、大丈夫。大丈夫だとも。


 俺は「まかせとけ!」と、おもいっきり笑顔を見せた。

 それを見たちばちゃんは、この世界で、はじめて俺に微笑ほほえんだ。




 青葉綾乃の話は、俺がオカ研世界にいるあいだに起こった、あることについてだった。


 ――千代田怜は、俺がオカ研世界にいるあいだにもう一人の俺に告白をしたらしい。


 想像するに、あの撮影旅行さつえいりょこうの晩のことなど知らぬもう一人の俺は、さぞかし面食めんくらったにちがいない。なにせ、あの記憶の無い「もう一人の俺」のオカ研世界での怜との関係かんけいは、いまだにくまれ口をたたきあう、うっとおしくも、それでも、俺にとってはホッとする距離感だったんだ。


 告白をされたもう一人の俺は、自身がオカ研出身であることを伝え、そういうことは映研出身の俺とのあいだで話をするよう説得したそうだ。


 ちくしょう、逃げやがって……。

 いや、言っていることは正しいんだけれども。


 つまりこの時点で、この俺本人ではないにしろ、一度は俺に振られている状態にあるってことだ。




 千代田怜の車に乗り込み、まずは豊平とよひら周辺(しゅうへん)を見まわっていく。車で市内を二人っきりでドライブなどという状況は、この世界の危機などという切羽せっぱ詰まった事態にあったとしても、どうしても彼女の心中しんちゅうが気になってしまう。


 沈黙は避けたいので、適当てきとう話題わだいを振ってみる。


「なあ怜、このインプレッサ、去年の夏に手に入れたって言ってたけど、よくそんな金あったな」


「たまに行くほうのバイト先で買い取ってたキズものだからね。かなり安いうえに身内価格だし。それに移動するだけならこれで十分じゅうぶんだから」


 いやいや、移動するだけって……完全にドリフト用じゃねーか。

 心の中でのツッコミではあったが……なんだ、これ、とても懐かしい感じがする。たしか、イギリス国営放送こくえいほうそうぼう番組を観てハマったのがきっかけだったっけ。


「この子にも愛着あいちゃく湧いてきたんだけど、ホントはもっと走破性そうはせいの高いSUVが欲しいんだけどね。今年の二月に見た、若宮わかみや先輩のディフェンダーかっこよかったなあ」


 俺は自転車一択(いったく)だから車のことはよくわからんが、怜のこの素直すなおなところはとなりで聞いていても心地よい。ていうか、このご時世じせいによく車なんか持てたよな。まあ、いろいろやっているらしいから維持費いじひまかなえているんだろうけど。


「俺がインフルかかってたときに、クロスカントリー部の合宿がっしゅく参加さんかしたってあれか。……ランドローバーってやつだったか」


 たしかあのときも、み上がりの俺などお構いなしに、キャッキャと浮かれながら画像や動画どうがをひたすら見せられたんだよなあ。


「そうそう。維持費考えたら手なんて出せないんだけどね。そのディフェンダーも親の車らしいし。……ねえ磯野、あんたも早く免許めんきょ取りなよ。そうすれば今回だって車なくても、レンタカーで手分てわけできたかもしれないんだし」


 そう笑顔で話す怜は、どこかさびしげに見えた。


 三馬さんのあの言葉で、千代田怜はさとったんだろう。

 だとしたら、いまこそちゃんと言わないと。


「なあ、怜――」


 そう口をひらいた俺に、怜は、ちらりと一瞥いちべつをむけたあと、言う。


「磯野、あのね、そんな顔してちゃダメだよ。これからその、霧島榛名さんを救いに行くんでしょ?」

「だけど――」

「……聞きたくない。ごめん、運転に集中したいから」


 その一言で、俺は、言うべき言葉をつぐんでしまう。



「それに、磯野、


 ――ちゃんと、探し出さなきゃ」


 こうして、俺たちは無言のまま、その日を過ごした。



 翌日よくじつも、その翌日も青空の八月は駆け抜けていく。この世界が停止ていしへと向かっていくなんて、まるで嘘であるかのように。八月も後半の夏は、暑いと言っても過ごしやすい気温に落ち着き、このままいけば残暑ざんしょも終わりそうなそんな日々だった。


 大学二年生の夏の終わり。


 そんな時間を、こんな奇妙な事態に巻き込まれ、翻弄ほんろうされている俺に、となりにいる千代田怜は、二つの世界を通して多くの大学生が過ごすような、ちょっとしたイベントをもよおしてくれた。怜は自分のためだと言い張るだろうし、実際にそうなのだろう。大学生を大学生らしく過ごしたい。そんな気持ちだったはずだ。だけど、それは混乱こんらんの中にいる俺を大いにはげましてくれた。俺ですら気づかぬうちに。何度も何度も。


 そんなことを思い、俺は怜への感謝の気持ちにいまさらながらに気づきながらも、彼女が欲しい言葉はそういうものではないということも、また胸に抱えてしまったまま、翌日も、翌々日もその無言の空間に慣れてしまう。


 そう、慣れてしまうことで、なにかがくずれてしまっていっているような感覚に、俺はおおわれていった。


 そして、なんの手がかりも無く、二二日を迎えた。




 八月二二日 一四時二五分。


 それは、突然起こった。


 怜と俺はみやさわ方面をぐるりと回っている最中に、竹内千尋からの着信ちゃくしんが入った。


「磯野! 見つけた! ……旭山あさひやま公園!」


 入れ替わりは今日の一四時四四分〇七秒。


 ……おい、いまさらかよ!


 あと二〇分を切ったこのタイミングでのドッペルゲンガーの出現しゅつげんは、ここ数日を潰してきた俺たちをあざ笑うかのようだ。腹立はらだたしいことこの上ないが、ドッペルゲンガーとの接触が無いまま、この映研世界を去ってしまうよりはずっとましだ。


「怜! 旭山記念公園だ!」

「わかった!」




 怜は車を器用きようにUターンさせて環状通かんじょうどおりへと入る。


「千尋って自転車でしょ!? なんでそんなところまで行けるの? たまたま近くだから助かるっちゃ助かるけど」


 そりゃこっちのセリフだ。

 大学からの距離にしたってそれなりになるのに、あの坂道さかみちを自転車で登るんだぞ? 札幌市を見下ろすような高台たかだいに――


「高台?」


 俺の言葉に、怜はフロントガラスから目を離さずに、うなずく。

「色の薄い世界」もまた丘の上にあった。あの巨大な建造物けんぞうぶつ圧倒あっとうされて失念しつねんしていたが、あれは未来の札幌なのか? ……いや、まずは入れ替わり前に、


 ――ドッペルゲンガーと接触するのが先だ。

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