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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
09.彼女の理由
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09-08 もし向こうの世界の、映画研究会の世界のわたしに会ったら、

 八月一六日。磯野と千葉は喫茶店で待ち合わせる。そこで千葉が語った二年前の事故と父親の死を知り、榛名の理由が明らかになる。


「ここ一年のあいだ、お姉ちゃんがオカ研の皆さんと仲良くしているの、わたし、とても嬉しかったんです。無理してるのはわかるんだけど、それでも、みんなと仲良くして、笑って、過ごしているのを見てとても嬉しくて――」


 だから、と、ちばちゃんは、目を濡らしたままで俺を見た。


「ありがとうございます――って、どこかで言わなくちゃって」


 濡れた笑顔のまま崩れてしまいそうな、そんなちばちゃんを、俺は微笑んだままうなずいてやる。


「映研の世界のお姉ちゃんの手がかりになるんじゃないかって。やっぱり伝えなきゃって。それに、今夜はわたしもお姉ちゃんも、部室には行けないから――」


 そこまで話すと、ちばちゃんはハンカチで涙をおさえて呼吸を整えた。そうやって、ちばちゃんは気持ちを落ち着かせたあと、目元めもとせ、少しためらい気味に言った。


「……あの、磯野さん。もし向こうの世界の、映画研究会の世界のわたしに会ったら、もし差し支えなければですが……家族のこと、訊いていただいてもいいですか?」


 そんなことなら――

 それくらいのことなら――


「ああ。任せとき」


 俺は答えた。

 わざと、笑顔で。


 ちばちゃんは、顔をほころばせ、微笑んだ。

 そして「はい」と返事をした。




 円山公園前までちばちゃんを見送ったあと、地下鉄東西線に乗って、途中乗り換えとなる大通駅まで向かう。ひとり座席に座りながら、先ほどのちばちゃんの話を思い出す。


「……ふざけるなよ」


 思わず口に出ちまう。

 誰にむけていいかもわからない腹立たしさ。それが俺の身体のなかでぐるぐると渦巻うずまいてやがる。


 映研とオカ研、この二つの世界両方で、榛名とその父親は事故に遭い、こっちの世界ではさらに父親を失っていただと?


 映研世界の榛名も足を不自由にするくらいなのだから、この世界よりももっとひどい事故に遭った可能性が高い。


 なんて話だ。榛名もちばちゃんも、事故からまだ二年しか経っていない中で、父親の死を心に留めながら、しかも、俺たちにはそんな気も見せずに明るく振舞っていたなんて。

 榛名も榛名だ。なんでここ一年で俺たちに、少しでもいいから甘えてくれなかったんだよ。柳井さんだっていたじゃないか。


 いや、俺はそんなことに怒っているんじゃない。

 こんな現実を突きつけてくる運命……神様ってやつに腹をたてているんだ。


 なあ、神様。なんでよりによって、どちらの世界でも事故を起こして二人を悲しませるんだよ。どちらか一方でいいとは言わないが、だからって、両方の姉妹を苦しめなくたっていいだろう?


 俺を超常現象に巻き込ませる神っていったいなんなんだよ。

 そもそもこれが神の仕業しわざだとしたら、神様ってのはそんなに上等じょうとうなものなのか? 目の前にいる姉妹だけでなく、もう一つの世界、つまり二つの世界にまで不幸を振りまいて、合計四人とその周囲を泣かせるなんてどんだけ性格悪いんだよ。


 だいたいにおいて打ちのめされるのなんてのは、俺一人で十分なんだ。それにいまの俺の状況なんて、榛名やちばちゃんが抱えているものから比べれば、ぜんっぜんたいしたことじゃない。それなのに――


「クソ喰らえ!」


 たったいまも、あの色の薄い世界に霧島榛名が一人取り残されているんだぞ? 神だか宇宙人だか知らんが、そんなサディスティクなことをするやつに言ってやる。あんたが起こした超常現象、それを逆手さかてにとって、あいつを、霧島榛名を、


 ――絶対に救い出してやるからな。


 そのあとでヘラヘラと笑うその神ってやつの顔に一発ぶち込んでやる。


「…………!?」


 ――違和感。


 あたりを見回すと、乗車中の地下鉄には走行時の揺れはすでになく、周囲にいたはずの乗客もまた、どこにもいなかった。


「どういう……ことだ?」


 まさか……また色の薄い世界?

 にしては、世界は彩度(さいど)を保ったままだった。


「……あ」


 目の前の駅名標えきめいひょうを見て、俺はすべてを悟った。

 東西線終点の新さっぽろ駅、つまり、とっくの昔に大通駅を乗り過ごしていたのだった。


 ……なにやってんだ、俺。

 しばらく待っていたら、このまま大通駅方面に切り替わるよな……?




 八月十六日 十七時十八分。


 大学に戻り、オカ研部室のドアをあけた。

 と、そこへ待ってましたとばかりに、柳井さん、竹内千尋、千代田怜の三人が顔を向けてきた。正確に言うなら、三人とも俺の顔をみて神妙な面持おももちになっているというか。


「お待たせしてすみません」

「大丈夫だ。三馬もギリギリになるらしい。それより――」


 柳井さんは、神妙な表情のまま窓際から腰を上げて竹内千尋を見た。

 千尋は俺に向きなおると、確認するように尋ねてくる。


「ねえ、磯野はいつ大学に着いたの?」


 いつ?


「いまさっきだけど」

「そっかあ」


 千尋は珍しく腕を組んでそのまま考え込む。なんなんだ?

 それに代わって、同じく難しい顔をした千代田怜がアイスコーヒーをテーブルに置きながら言った。


「あのね、千尋が一時間くらい前に、大学で磯野のこと見かけたんだって」

「は?」


 そのころは、ちばちゃんと話している最中だったよな。

 ……って、それって――


「……俺の、ドッペルゲンガー?」

「うん、多分。わたしがこの前見たのと同じやつだと思う」


 怜もまた真剣な面持ちのまま、俺を気遣うような目を向けた。

 ってことは、やはり――


「柳井さん、これってやっぱりあの大学ノートの警告ですかね」

「……ああ、だろうな。磯野のインフレーションがあまりにも集約されすぎた結果、この世界にあらわれてしまっているのかもしれん。三馬にはさっき伝えたから、後ほどそれに関する考察も聞けると思う」


 ドッペルゲンガー。いわゆる都市伝説として有名な怪奇かいき現象のひとつ。その内容をそのまま今回の件に当てはめて解釈すれば、俺が自分のドッペルゲンガーを目撃したとしたら――


「死ぬって……ことか?」

 09.彼女の理由 END

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