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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
09.彼女の理由
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09-07 ……お姉ちゃんのこと、どう思いますか?

 霧島千葉の「話したいこと」のタイミングを逃したまま八月一四日の夏祭りは終わり、千代田怜の夏のイベント制覇は無事終了となった。その翌日、

 翌日、八月十五日は、さすがにオカルト研究会も休業となった。

 ……ていうか、ふだんもなぜ毎日通っているのかと一人ツッコミが入る日々ではあったのだが、まあ今日は休みだよな。休み。


 磯野家も市内の霊園れいえんで墓参りを済ませ、親戚しんせきの家で珍しく回らない寿司を食べたことで、つかの間の幸せに浸ったのだった。


 帰ってきた午後四時ごろ、SNSの通知に気づいて待受まちうけ画面をひらく。

 ちばちゃんからだった。




 八月十六日 午後三時一二分。


 お盆明けのその日、円山公園まるやまこうえん近くにある喫茶店きっさてんで待ち合わせとなった。

 

 ちばちゃんは霧島家の親戚が集まる中を抜けだしてくるらしい。

 それならばと俺はちばちゃんに恐縮きょうしゅくされながらも、霧島宅に近いこの喫茶店を提案ていあんしたのだった。


 地下鉄から地上に出たあと、公園から聞こえてくるミンミンゼミとアブラゼミのたがいにきそい合うき声にうんざりしながら店内に入ると、世界は、すずやかな空気と落ちついたジャズという極上ごくじょうの空間へと切り替わった。


 シックな雰囲気の静かな店。

 ちばちゃんの「お話」を聞く空間としては悪くない。

 ただ「抜け出す」という言葉から苦戦くせんしているのであろう、ちばちゃんは待ち合わせ時間よりも一五分ほど遅れてやってきた。


 カランと鳴るドアベルとともに入ってきたちばちゃんは、白のブラウスにカーディガン、そして、スカート姿。

 彼女は店内を見回して俺を見つけた。こちらに振り向いたその姿に、一瞬、映研世界の霧島榛名を見ている錯覚さっかくに襲われた。


「遅れてごめんなさい」


 そう言って目の前の席に腰かけたちばちゃんは、いつもとはちがった気品きひんかもし出していた。


「着替えるのに時間がかかってしまって」

「ううん。大丈夫だよ」


 俺はそう言ってメニューを渡すと、ちばちゃんはさっと目を通し顔を上げたところで、ウェイターが水を運んできた。


「あの、水出しアイスコーヒーで」


 注文のあと、ちばちゃんは緊張した面持ちで言った。


「お時間いただきありがとうございます。実は磯野さんにお伝えしておかなければいけないお話があります」

「俺に伝えなければならない話?」


 それって、


「榛名がいたら話せないことなの?」

「いえ、おねえ……姉がいてもつかえはないんですが、けど、


 ――やはりつらいことだと思うので」


 つらいこと? 榛名にとって?


 と、そこへ水出しアイスコーヒーが運ばれてきた。

 ちばちゃんは丁寧ていねいにガムシロップとミルクを入れてストローで軽くかき混ぜ、ひとくちつけると、小さくほころんだ。ちばちゃんはグラスを置き、一度目を閉じたあと、すっと顔を上げて口をひらいた。


「あの、一昨日おとといの部室で磯野さんがお話ししていた映画研究会の世界の姉は、杖をついていたんですよね?」

「え? ああ。一年前にも見かけていて、そのときは車椅子だったんだ。だから一年のあいだに杖をつけるくらいに――」


 そこで、俺はハッとしてちばちゃんを見た。

 ちばちゃんはこくりとうなずく。


「こちらの姉も、二年前に事故にいまして。たぶん、その事故は同じ時期なんだろうと思います」


 二年前ってことは榛名が大学に入る一年前か。


 同時期に事故に遭って、映研世界の榛名は足を不自由にし、この世界の榛名は五体満足に過ごしている。運命とはいえ、こうもその後の境遇きょうぐうが変わるのか。なんとも言葉にならない。


 あれ? ちばちゃんはさっき、()()()()()()()()()()()って言ってたよな。それって――


「そのときの事故で、父がくなったんです」


 え?

 ……いや、まってくれよ。


 模型研で名前の由来の話になったとき、榛名は父親が亡くなっているのに、あんな、平気な顔をして話してたのか?

 サークル旅行の運び出しのときのあのエアガンは、亡くなった父親の遺品いひんってことなのか? だから……父親じゃなくて、柳井さんたちがアドバイスを……。


 血の気が引くのと同時に、悲鳴のようなものが心の中を埋め尽くす。


 おい、なんだよ。あいつはそんな大事なこと、なんで俺たちに……黙ってたんだよ。水くさいなんてもんじゃないだろ。だけど……あいつは。


 もう一度ちばちゃんに顔を上げると、ちばちゃんは、俺の動揺どうようがおさまるのを待っていてくれたのだろう、切なさを隠すように微笑んだ。


「自動車同士の事故で。そのとき、姉が助手席に乗っていて、父はぶつかる車から姉をかばうために、無理やり車を横に向けて。姉が気づいた時には、父が……姉に覆い被さるように、守って……。だから姉は、自分自身を――」


 ちばちゃんの瞳から、つうっと一筋ひとすじ、頬へと流れ落ちていく。


「あの……ごめんなさい」


 俺は、返事を返すことが出来なかった。


 ちばちゃんは、ポケットからハンカチを出して涙をぬぐい、顔を上げた。


「ふだんの……お姉ちゃんのこと、どう思いますか?」


 突然の質問に俺は戸惑とまどう。


 ……榛名のこと?


 数瞬ののち、目の前にいる少女の訊きたいことが、なんとなくわかった。


 榛名のこと……か。

 俺……いや、オカ研のもう一人の俺の記憶をたどる。

 そう、あいつは、


「……話しやすくて、親しみやすくて、いたずら好きなところはたまにうんざりするところもあるけど――」


 けど、


「あいつは……実は人をよく見ていて、そして気を遣うやつだなって思う。そんな榛名は、本当は、そう、いまにも崩れてしまうような、それくらい繊細せんさいで、だから見ていて心配になることが……たまにあって、だから気にかけてやんないとって」


 そして、多分、俺は、

 この世界でも、榛名のことを――


 ちばちゃんは一度大きく瞳を見開いたあと、ほつれるような微笑みをたたえながら、もう一度、ハンカチで目元をぬぐった。


「……ごめんなさい、お姉ちゃんのこと、そう思ってもらってるって、そのことが嬉しくて」


 ちばちゃんは「ありがとうございます」と言った。

 伏せるように目をテーブルへ落とす。


「お姉ちゃんは、父のことで自分を責めてしまっているんです。全然悪くないのに。お姉ちゃんのせいじゃないのに。……お姉ちゃんも、それはわかっているのに、どうしても。どうしても自分自身を追い詰めてしまって。それで、お父さんの分まで家族のこと頑張ろうとして、お母さんやわたしに悲しい顔させないために明るく振舞ふるまって……」


 そうか。


 榛名のあの明るい態度って、

 無理している感じって、


 そういうことなのか。

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