09-06 それって売れ残りになるってこと? それってどうなの? 言っていいことなの?
千代田怜は、模型研にいたはずの磯野に南門で会ったと言い張る。それはひとまず置き、オカ研メンバーはは夏祭りへと繰り出すことになった。
「黙っていたこと? それって――」
「到着ー!」
千代田怜の声に顔を上げると、いつの間にかビアガーデン会場に到着していた。
「千尋はそこの席押さえといて! ほかのみんなは一度飲み物頼んできて! 千尋、あんたはなに飲みたいの」
千代田怜はテキパキと指示をだして場を仕切る。
「まったく張りきりやがって」
「あったり前でしょ! 時は金なり。ゆっくりしてたら夏祭り終了の九時なんてすぐにきちゃうんだから。それにわたしたちの浴衣姿なんて年に一回しか見れないんだからね」
「はいはい」
「千葉、わたしがおごってやるから、なに飲みたいか言ってみ」
「わーい!」
結局、ちばちゃんの話を聞く機会を逃してしまった。
ひと心地つくころには一通りの飲み物とおつまみがテーブルに揃った。
ちばちゃんと千尋は二人してオレンジジュース。怜と柳井さんは中ジョッキ。俺と榛名はジントニックにぶどうサワー。そして目の前には鳥串、豚串、ソーセージに唐揚げ、プライドポテトに枝豆と……なんだよそこらの飲み屋状態じゃねーか。
「なあ怜、大通十一丁目とか行けば、ドイツ村のおいしい食い物にありつけたんじゃないのか?」
「あんたね、ドイツ村のビールも食べ物も高いの知ってるでしょ? サークル旅行あとの大学生の財布事情を考えて、一番リーズナブルな五丁目にしたんじゃない。それこそ感謝されるべきなんだけど」
そのサークル旅行を企画したのはどこのどいつだよ。
乾杯のあとはただの飲み会状態だった。
「ぷっはー生き返る!」
晴れやかな浴衣姿が台無しな、おっさんのようなことを言う千代田怜。
まったく、ビールなんて苦いものよく飲めるよな。
「あのねー磯野、飲みといえば最初は生でしょ! まったく最近の若いもんはー」
……若いもんって同い年だろうが。
からみ方までおっさんだぞ。というかさっきまでぶっ倒れていたのに、このテンションの差はなんだよ。ナチュラル・ハイかよ。
「あー千代田は某NERVに出てくる保護者お姉さんに似てるよなー」と、榛名は豚串をもぐもぐ食べながら言う。
「ちょっと、それって売れ残りになるってこと? それってどうなの? 言っていいことなの?」
怜はジョッキを持ったまま、真顔で榛名に突っかかった。
うわあ……めんどくせえ。
だが榛名は榛名でどこ吹く風と、次の豚串に手をつけた。柳井さんはため息をつきながら、
「千代田、おまえ営業向きだし、そういう出会いには事欠かないだろうし、おそらく大丈夫だろ」
怜は顔をパッと輝かせて柳井さんに抱きついた。
「柳井さーん! やさしー!」
「こら! 離れろ! 酒が溢れる!」
「今日は特に酔ってるね。あんなに弾けてる怜、僕、はじめて見たかも」
あれは単に、疲れで酒の酔いが早くまわっているってだけだろうな。
「そうなんですね。ふだんは飲み会には参加しないので、いつもこういう感じだと思ってました」
「ちばちゃんは高校生だもん。わからなくて当然でしょ」
「ですよね」
千尋とちばちゃんはくすくす笑った。
撮影旅行でも休憩をもらった気がしていた。
けれど、数多の超常現象にも理屈があるってわかったことで、俺のなかでやっとひと心地がつけたのかもしれない。
十六日の夜にはまた映研世界に戻ることになる。
おそらくむこうではもう、ちばちゃんの大学ノートがなんであるか明らかになっているはずだ。あとは俺が戻りさえすれば、この事態の真相、そして解決にかなり近づけるはずなんだ。けれど、
――そうか。この事態が解決したら、こいつらとはお別れになるのか。
俺の胸の奥に、チリチリとした痛みのようなものが浮かんだ。
いやいや、まだなにも解決していないなのに、なに感傷的になってるんだよ。
俺は気を取り直して顔を上げると、枝豆をつまんでいる榛名と目が合う。
晴れやかな浴衣のその美しい着姿に、油断するとまたもや見蕩れてしまいそうだ。
いや、油断していたのだろう。しばらくのあいだ、見蕩れていたらしい。気がついたときには、ほんのり頬を赤らめた榛名が俺にグラスをかたむけるジェスチャーをしていた。
「おっと……」
グラスの縁に口をつけていたままになっていたことに気づいて、ジントニックをひとくち飲んだ。
榛名から目をそらし、グラスを置いてそれを眺めると、今度は「色の薄い世界」の海岸、そして俺に向けられた榛名の悲痛な表情が思い浮かんでしまう。
オカ研世界にいるあいだはなにも出来ない。考えても仕方ないんだ。だから、
――十六日の夜、映研世界に戻るまでは悩んじゃいけない。
そう頭のなかで言い聞かせて、ジントニックの残りを飲んだ。
一気に飲みすぎたのだろうか、酔いが早めにまわったらしい。
気を取り直して顔を上げると、俺を見つめていたらしい榛名が、慌てて目をそらした。その仕草がまた……いや、頭を冷やせよ俺。
飲み会もひと段落すると、おもに元気な連中――千代田怜、霧島姉妹、竹内千尋は盆踊りに参加した。
つまり俺と柳井さんはそれを眺めるわけだ。こういう時間をのんびり過ごしていると、さっきまであった焦りのようなものも、いくぶん和らいでいった。
「磯野は踊らなくていいのか?」
「俺は遠慮しときますよ」
盆踊りなんて中学以降まったく踊っていなかったことを思い出す。
まあ、いまさら衆目に晒されながら踊りたいとも思わないのだが。
ちばちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。
と、俺の前でつまづいた。
「おっと」
俺は数歩踏み込んで、倒れこむちばちゃんを正面から受け止めた。
ちばちゃんは俺の胸に飛び込むような形で抱かれ――って、なんというラッキーなんとか展開!
いい匂いのするちばちゃんをまた転ばぬよう抱き起こして、俺は適切な距離に戻った。最高の思い出だ。この瞬間を記憶に刻めよ磯野!
「ごめんなさい」
「どういたしましてですとも」
ちばちゃんは頬を赤らめながら「磯野さんと柳井さんも一緒に踊りましょう!」と、俺たちの手をつかんだ。
俺と柳井さんは苦笑いを交わしながらも、目の前の美少女に誘われては、野郎二人、されるままにならざるを得なかった。
盆踊りを楽しみひと息ついたころには、お開きの時間になっていた。
てなわけで、おもに千代田怜ご所望のサークル旅行プラス夏祭りイベントは無事全行程を終了したのである。
それぞれ帰路に就くことになったのだが、
「そっか、榛名とちばちゃんは十七日まで部室来れないんだね」
怜が残念そうに言う。
「墓参りがあるからなー。というか、ほかのみんなも墓参りだろ?」
榛名の問いに怜以外の全員がうなずいた。
「おい、怜。そういえばおまえは実家に帰らないのか? 苫小牧だったろ?」
「父親の顔見たくなくてね」
「まだ喧嘩してるのか。いや、べつに人様の家庭事情をとやかく言う気はないが」
ちばちゃんを見ると、なんだか切ない表情で怜を見つめていた。
が、俺の視線に気づくと笑顔になってこちらを見た。
そういえば、今夜これで解散だとしたら、ちばちゃんの話も十七日以降になってしまうんじゃないか?
しかし、その後もちばちゃんに声をかけられることもなく解散となり、八月十四日は終わった。





