09-04 わたしの名前は戦艦からとったから、妹には可愛らしい戦車の名前にしたんだろう
三馬との話の後、榛名から模型研究会へ呼び出された妹の千葉は、オカ研面子とともに部室を訪れるが、
模型研メンバーと霧島榛名による、諸手を挙げての圧倒的唱和。
「えっ? えっ?」
ドアノブを掴んだまま放心状態のちばちゃん。
万歳に晒されるうしろ姿がなんとも痛ましい。模型研部員たちの熱烈な歓迎が終わったあと、黒縁眼鏡を掛けたガタイの良い男が出迎えた。
「ようこそ! 戦車の名前を持つ娘よ。私は会長の堅田だ」
「おい堅田、これはどういうことだ?」
固まったままのちばちゃんにかわり、柳井さんが模型研会長に問いただした。
「さっき霧島さんから話を聞いたんだよ」
「お姉ちゃん!」
部室の窓際から、笑顔で手を振る霧島榛名。
背中越しで見えないが、ちばちゃんは抗議の目で姉をにらんでいるのであろう。
「チハたんばんじゃーい! チハたんばんじゃーい!」
模型研の面子はふたたび万歳を行なった。
堅田会長はちばちゃんに握手を求める。
「いやーこの子がチハちゃんか! 納得の可愛らしさだ」
「どうも……って、お姉ちゃん!」
「千葉のことを一番喜んでくれてる連中だぞ。喜べ」
「前々から気にはなっていたが、ちばちゃんの名前の千葉って、戦車のチハからとっているのか……」と柳井さんはため息をついた。
「俺達もさっき聞いてびっくりしたよ。大日本帝国陸軍の主力戦車、九七式中戦車チハを名前にするとはなあ、お父上はわかっておられる」
なにがだよ。
「う、うえ……」
誇らしげに語る模型研会長と、声無き声をあげる戦車の名前を持つ娘。
「親の顔がみてみたいな」
「お父様に一度ご挨拶に伺いたいものだ」
「親父はもともとテケかケニにしようとしてたんだが、母親に全力で止められてな。「お願いだから人の名前にして!」と発狂しかけたらしい」
「確かにチハより小さいっちゃ小さいが……。まともなお母さんでよかったな、ちばちゃん」
柳井さんの言葉に、ちばちゃんは腑抜けた顔のままうなずいた。
「……にしても、チハは腐っても中戦車だぞ。可愛らしい戦車を上げるなら、なぜルノーFT-17が出てこないんだ」
「柳井さん、それも人の名前じゃないですから!」
「……あ、悪い悪い」
ちばちゃんの必死の抗議に、柳井さんは我に返った。
「わたしの名前は戦艦からとったから、妹には可愛らしい戦車の名前にしたんだろう」
いやいやその比較はどうなんだ?
そもそも戦艦の名前の姉に、戦車の名前の妹……それって――
「命名の仕方がDQNネームと大差ないぞ」
「いい名前だろうが。失礼だな」
「いい名前ではある」
「素直だな」
「うん」
そういえば、ちばちゃんの名前の由来もわかったことだし、
「ちばちゃん、これからは俺たちも、ちはちゃんて呼んだらいいの?」
「磯野さん! お願いだからやめてください!」
いやいや、由来を気にしなければ可愛らしいと思うのだが。
「でも可愛らしい名前ですよー。チハもその手の人達には大人気の戦車ですし」
タミヤロゴが日本人女性の平均よりも立体的に強調されたTシャツを着た、ミディアムヘアの眼鏡のおねえさんが、キャビネットからなにかを取り出しながら言う。
……あ、俺も模型研究会に入部していいです?
「チハは二次大戦の戦車の中でも小柄で装甲もうすくて、つまり貧弱なんですね。そのか弱い存在から、『チハと女の子には優しくしなきゃダメ』って言われてるんですよ」
「……ニッチな市場ですね」
「チハちゃんは、チハで女の子なので最強ですね!」
なんだこのネタなのか本気なのかわからない会話は。
「……お姉ちゃん、もしかしてわたしのこと呼んだのってこれだけ?」
「うん。そうだぜ」
「ええええええ」
「はい。チハちゃん」
「あ」
眼鏡のおねえさんは、ちばちゃんに塗装済の1/35『九七式中戦車チハ』の模型を手渡した。
塗装はダークグリーンにウェザリング――汚しをかけて雰囲気を出している。ちばちゃんは手に乗せて慎重に眺めた。
「このチハ……お父さんのより出来いい」
「それは柳井さんが組み立てたチハだよ」
「え? 柳井さんが?」
目を丸くして柳井さんを見るちばちゃん。
柳井さんはどう反応していいかわからないのか苦笑いを返した。
「たまに組立てに来てるだけだ」
「柳井さんの戦車模型だったらこっちも……あ、ありました」
模型研の女性はそう言って模型を取り出し、ちばちゃんに手渡そうとした。同じくダークグリーン塗装である、
「M4……初期型シャーマンとM3スチュアートか」
柳井さんはぼそりと言う。
一方のちばちゃんは、なんとも言えない表情を浮かべ「それはいいです」と遠慮した。
「ところで榛名、素組みでピンバイスなんてなにに使うんだよ」
「このザクキャノン、旧式キットだから素組みしても味気ないんだよ。だから、なんか凝れないかなって」
「榛名、MSVをなめるな。関節可動域を細工するだけで完成度は高くなるはずだぞ。たしか、ニコイチであまった旧ザクのあまりがあったはずだが――」
柳井さんは模型研の棚に積まれたガンプラの箱を探しはじめる。
「いいよ会長。わたしはこのプロポーションのまま、旧キットの味を残したいし」
素組みといえばガンプラが合うのはわかる。
が、またマニアックな話をしているなこいつらは。模型研のメンバーもまたテーブルに、主にジオン水泳部のガンプラを並べていた。
ちなみに眼鏡のおねえさんだけは、ガンプラとは別のロボットを組み立てているっぽい。
「あの、これはなんていうロボットです?」
「あ、これはイシュタルMk-Ⅱですよ」
眼鏡のおねえさんは、にっこりしながら答えた。
わからん。なんのシリーズだ?
「ご存じないですか? 戦場で能を舞ったりするんです」
「……そういうものがあるんですか」
まあ、よくはわからないけど幸せそうならOKだな。うん。
ふと榛名の横を見ると、作りかけの軍艦の模型が置いてあった。
「榛名、軍艦模型も作ってるのか?」
「なんだ、磯野も興味あるのか?」
「軍艦模型は敷居が高いって、バイト先でよく聞いてたからな」
榛名は軍艦模型を手渡してきた。
うっかり壊してしまわないよう慎重に受け取る。なかなかきれいに組み上がっている。サフ――塗装前に塗る下地――もきれいに吹かれており、あとは本塗装のみの状態だ。
「これは、金剛型か。器用なもんだな」
「比叡だぞ。伊達に模型研部員じゃないぜ」
榛名は窓際に飾ってある軍艦に目を向けた。
その先にはもう一隻の軍艦がすでに塗装済みで飾られている。
「金剛か」
柳井さんは腰を屈めて窓際の模型を見る。
「だいぶ腕を上げたな。あと二隻の、おまえの苗字と名前は?」
「自宅で組み始めてるよ。霧島から手をつけて、わたしの名前は最後にするつもり」
「意味合いは変わるが、榛名にとってのネームシップだな」
柳井さんは笑った。
ちばちゃんを見ると、さっきまで弄られていたときとはかわって、優しさを帯びた目を姉にむけていた。
ちばちゃんは、俺に気づくと笑顔を返して、
「あとで少しいいですか?」と、耳元でささやいてきた。
いいですとも!
ちばちゃんとの会話はそれっきりだった。
おそらく二人で話したいということらしい。気にはなるが、まあ後ほど話せる時間くらいできるだろう。





