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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
09.彼女の理由
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09-03 時間が止まった世界なんじゃないかなあ

 無数の並行世界の磯野によって書き込まれたノート。重なる世界がインフレーションを起こすこの現象に、ある世界線の磯野が警告を発していた。

 そこまで言うと、三馬さんは大げさに腕時計をみる仕草しぐさをした。


「さて、もうそろそろ時間だな。この大学ノートを借りたいんだが」

「三馬、なにをするんだ?」

「大学の友人に頼んで解析かいせきにかけたくてね。筆圧ひつあつ筆跡ひっせきから、どれくらいの重ね書きがなされているのか知りたい。その数がわかれば、関連づけられている磯野君の数を知ることが出来るかもしれない」


 三馬さんは「ただ私の予想では……」と口をつぐみ、


「……まあいい。十六日には返すよ」


 俺は三馬さんと連絡先交換を済ませた。

 三馬さんは部室を出ようとしたところで、ドアの前で振り向いた。


「そうそう、最近とてもおいしいパンケーキを食わせる店を見つけてね、大学に戻る前に寄ろうと思っているんだが、皆さんもどうかね?」

「ありがとう三馬。今回は遠慮えんりょしとくよ」


 柳井さんが苦笑いで返すのに合わせて、俺を含めたほかの面子めんつもにこやかにうなずいた。


「じゃあまた今度ということで。それでは皆さんご機嫌よう」


 三馬さんは部室を後にした。



「すごいお話でしたね」


 ちばちゃんは、ため息をついた。


「そうだね。いろいろと説明してもらったけど、磯野はどう? しっくりきた?」


 千尋の問い以前に、ひとつ思うことがあった。


 ここ一週間の異常な事態に慣れ過ぎてしまったということ。


 いまの俺には、この()()はとてもありがたかった。

 もし、いまだに超常現象にいちいち翻弄ほんろうされていたら、今日、ここに至る前に、俺の心はボロボロになってしまっていただろう。だから、


 ――生物にとっての「慣れ」は、生きるのに大切な機能なんだろう


 そう思った。


 この慣れがあったから、三馬さんの話を聞けたんだと思う。

 三馬さんは、俺一人では考えの至らないことを次々と分析ぶんせきしていった。俺は、その分析から出た仮説かせつ圧倒あっとうされた。フィボナッチ数列から求めた、世界の切り替わりのタイミングは合っていると思うし、自然界の法則をもとにして導き出しているから説得力がある。


 そう、そうなんだよ。


「とても、安心した、って感じかな」

「安心?」

「ああ。七日からのここ一週間は、わからないことがとても不安で、ずっと、なにかにおびやかされているような感覚におちいっていたんだ。それが三馬さんに説明されて理解できるようになると、ちゃんとなにかしらの理屈りくつから起こっていることだとわかって、安心したんだよ」

「磯野の言っているのは、科学の成り立ちと重なるな」


 柳井さんが話に加わった。


古来こらいから人類じんるいは、自然界で起こることに関心を抱いてきた。自然とともに生きてきたために、その振る舞い自体が、人類にとっての死活しかつ問題だったからだ。わからないものには不安、恐怖がともなう。だから「自然の存在と現象に解釈を与える」ことで世界を生きていくための心構えをつちかってきた。神の創造そうぞうや宗教もそういう意味では同じものだったはずだ。この世界を生きていく上で「解らない」という状況は、人類にとって、それだけ脅威(きょうい)だったんだろう」

「それって、人類が進化していく上での指針ししんなのかもしれませんね。もし人類にとってさらに先に進むものがあるとしたら、この世界、宇宙を理解することであり、それが人類の本能なのかもしれません」と千尋もまたうなずいた。


 スケールの大きな話に、四人四様ため息をつきながら黙り込む。ふとちばちゃんは、俺を見つめて不安そうな顔をした。


「あの、磯野さん、映研世界のお姉ちゃんについてなんですが、その色の薄い世界にいるあいだ、食べ物とかはあるんでしょうか」


 ちばちゃんの問いに、俺は眩暈めまいのようなものを感じた。

 置き去りにしたまま一日が経過しているのに、榛名はるなは――


「ちばちゃん、大丈夫だと思うよ」


 千尋が穏やかな顔で答えた。


「僕の考えなんだけど、映研世界にあらわれた榛名は、実体化じったいかしていないだろうから、空腹くうふくに関しては問題ないだろうと思う。色の薄い世界に関しては、


 ――時間が止まった世界なんじゃないかなあ。


磯野の話によれば列車が出てきたみたいだけど、基本的に動くものが無い世界のようだし。それに八月七日の時点で、磯野も文化棟ぶんかとう前で彼女を目撃しているでしょ? そこから一週間近くたった昨日の榛名も平気っぽいから、食べ物については心配しなくていいと思う。それに、榛名ならいまごろ退屈たいくつしてそうだし」


 そう言って、千尋は笑いかけた。

 ちばちゃんは千尋の笑顔につられて「お姉ちゃんならそうですね」と微笑ほほえみ返す。


 なんとも、三馬さんしかり、柳井さん然り、千尋もふくめてみんなから助けられているな。俺一人でもがき続けていたら、この状況に心が押し潰されていただろう。


 そこへ、スマートフォンの短いバイブ音が鳴った。


「俺か」


 柳井さんはポケットからスマホを取り出し、画面をみて目を細めた。


「ちばちゃん、お姉さんが模型研に来いって言ってるぞ」

「えっ、お姉ちゃんですか? あ、わたしずっとマナーモードにしてました」


 ちばちゃんもまたスマホを取り出した。


「柳井さんも一緒に来てほしいみたいですよ。ええと……ドリルを持って来て?」

「あいつ、なんでこっちに直接言ってこないんだ」

「プラモデルでドリルって言うと……」

「ああ、ピンバイスだろうな」


 柳井さんは、たなから工具箱こうぐばこを取り出した。

 プラモデル用と思われるナイフやらニッパーやらいろいろな道具がゴチャゴチャとひしめき合っていたが、その中からピンバイスと呼ばれる可能なペン状のドリルを取り出した。


 なんで知っているのかって?

 この前まで模型屋でバイトしていたからだ。


「俺とちばちゃんで模型研に行くが、磯野、竹内、おまえらはどうする?」

「俺も行きます」

「僕はさっきの話で、ちょっと調べたいことあるんで留守番るすばんしてますね」

「千尋、なにを調べるんだ?」

「異世界系の話題で、一つ思い出したものがあってね」


 竹内千尋はそう言ってパソコンに向かいだした。




 こうして俺たちは、一階上の四階にある模型研究会の部室前に到着した。

 ちばちゃんはノックをして模型研究会のドアをあけた。その直後、


「チハたんばんじゃーい! チハたんばんじゃーい!」


 ……は?

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