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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
01.八月七日
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01-05 異常なのはこの世界のほうだ

 女子高生たちの見学と、その真意がいまいち読み取れない中、磯野は女子高生の片割れちばちゃんの大学ノートを見た瞬間、眩暈に襲われ――

 不思議に感じて一四時二四分を指すG-SHOCKから顔を上げると、色彩しきさいが抜けたかのように視界に入るすべての色が淡白たんぱくだった。まるで俺自身を含めたこの空間全体の色調しきちょうが、モノクロへと薄められたかのように。


 試しにまばたきをしてみたが、治らない。

 俺はあたりを見まわそうとしたが、身動きすることを躊躇ためらった。

 空気が動くことでこの世界がドミノのように崩れていくような予感。


 ……そういえば、音が無い。


 いや、その表現は正確ではない。

 俺の口から発する呼吸音や心臓の鼓動こどうは、音が無いからこそ強調されたかのようにしっかりと俺の耳に届く。しかし、さきほどまであった自販機の稼働音かどうおんや、廊下から聞こえていた話し声、外の自動車の往来おうらいなど、あらゆるものの音が無かった。


 まずは落ち着け、深呼吸だ。

 この呼吸もまた、周囲の無音によってやけに大きく聞こえてくる。


 しばらくその場でじっとしていたが視覚も聴覚も元には戻らない。

 これは大人しく病院にでも行ったほうがいいのかもしれない。とりあえず、鞄を取りに部室へ戻ろう。だが、動いても大丈夫だろうか。


 意を決して、ゆっくりとゆっくりと文化棟のほうへ顔をむけた。

 よし。思ったより視界は揺れない。大丈夫だ。

 思い切って腰を上げてみた。


 やはり揺れない。いつの間にか眩暈は治っていたらしい。


 それならばと一歩足を踏み出したとき、カーンという足音がこの無音の空間をどこまでも反響はんきょうしていった。


 ――そう、俺の生み出す足音だけが世界に響いた。


 この足音を聴いてはじめて気づいた。

 俺の視覚と聴覚が異常なんじゃない。


 ――異常なのはこの世界のほうだ。


 いままで聞こえていた呼吸や心臓音などの生理的せいりてきな音とは違い、ゆかを鳴らす足音は外的がいてきな音。この音が鮮明せんめいに響いているということは、俺の聴覚ちょうかくは問題ないってことだ。自分の体調のせいだと思い込んでいたがどうやら違うらしい。


 もしそうだとしたら、俺は異世界いせかいにでも迷い込んだのか? それなら、


 ――みんなは?


 そうだ、部室だ。部室に戻るべきだろう。


 俺は一歩踏み出す。

 もう一度、足音が世界に響き渡った。静寂せいじゃくを乱すこの異様いよう残響ざんきょうが次の一歩を躊躇わせる。


 ――それでも、動かなければ。


 脳裏のうりに浮かんだその言葉が力となってもう一歩。それが次第に連続となって床のタイルから離れ、俺は歩き出した。




 廊下に出ると、さっきまで立ち話をしていた学生たちはいなくなっていた。

 廊下の窓から差し込んでいた夏の日差しは、いまは無い。窓から空を見上げると、どんよりとした厚い雲のような()()おおわれていた。というのも空を覆うそれは、やけに整然せいぜんき詰めらていたからだ。


 ここで光源こうげんが無いことに気づく。

 自分で言っていておかしいのだが、太陽や蛍光灯けいこうとうなどの周囲を照らす光が無いんだとしたらこの世界は真っ暗なはずだ。しかし俺の目にはちゃんと見えている。光源は無くともこの空間には一定量の明るさがあり、物体ぶったい輪郭りんかくを表す明暗めいあんがあり、だからこそこの空間になにがあるのかがわかる。


 これは物理的ぶつりてきにおかしい。


 だが俺はこれと似たものに見覚えがあった。

 いつだったか竹内千尋が使っていた3Dソフトの画面。あれに近い。照明しょうめいが無いにもかかわらず物体が見える世界。モデリングをするには好都合こうつごうな空間。つまり俺の足もとには、


 ――かげが無かった。


 物体から離れた影は無い。


 異常だ。異常なのだが、まずは――


 文化棟三階にたどり着くあいだに、俺は誰一人遭遇することはなかった。

 部室の前まできてもなにも聞こえない。そもそも人の気配けはいが無い。だがどちらにしろ確かめなきゃしょうがない。俺はドアノブに手をかけゆっくりとあけた。


 やはりと言うべきか、部室には誰もいなかった。


 みんなはどこに行ったんだ?

 いや、俺はどこに迷い込んだ?

 そもそも、ここはどこだ?


 頭が真っ白になりそうだ。なにから考えればいいのかわからない。気を抜くと途方とほうれてしまう。


 ダメだ考えろ。思考しこうを止めるな。なにか――なにか手がかりは?


 ふと目にとまったソファには千代田怜の荷物がそのまま置かれている。

 俺はスマートフォンを取り出して通話履歴つうわりれきを開き、最初に表示された竹内千尋の番号をタップした。呼び出し音だけが部室に響く。怜は? 柳井さんは?


 両親も含め誰にかけてもつながらない。SNSも既読きどくにならない。この空間に俺一人が迷い込んだのか? もしくはつながらないだけで、みんなはこの空間のどこかにいるんだろうか。


 頭の中に浮かび上がる疑問に思考が追いつかないまま、俺は部屋の中に視線をさまよわせていると、ソファの上に置いてあるちばちゃんの鞄が目に入った。


 ――あの大学ノート


 いや、ノート一冊いっさつでこんな得体えたいの知れない空間に放り込まれるなんてことがあり得るのか?


 だが俺はあのノートを見て眩暈をもよおし、そしてこの空間に迷い込んだ。この状況に至った原因があるとすれば、あの大学ノートが一番疑わしいんじゃないのか? そもそもいま置かれている状況が、まったくもってデタラメなのだからなにが原因でも不思議じゃない。


 俺はちばちゃんの鞄に手をばし、すんでのところで止めた。女の子の鞄を勝手にのぞくのは――って言ってる場合じゃねえ。


 俺は半ばヤケクソ気味にちばちゃんの鞄の中から、何冊か収まっている教科書やノートをすべてテーブルの上に出した。


「なんで無いんだよ!」


 たばになったノートの中に、さきほど見たボロボロの大学ノートを見つけることはできなかった。鞄の中をもう一度見たがノートは見あたらない。


 一つだけわかったことは、彼女の教科書やノートに書いてある名前から、本名は霧島千葉だということくらいだ。


 だから、「ちばちゃん」なのか。

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