表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
08.インフレーション
67/196

08-08 シュレーディンガーの猫、つまり箱の中身を覗いているような状態なんだよ

 三馬は、世界の入れ替わりの周期を発見する。その後137.5°と4時間02分55秒という数字を口にし――


「4時間02分55秒? 三馬、これはいったいなんだ?」

「針時計だよ。君たちがよく目にするアナログ時計ってやつだ。時計の中心から0へ引かれるへんに対して、同じく0からもう一方へ辺を引いたときに137.5°となる角度かくどを時間に置き換えると、この時間単位(たんい)になる。これを1として1,1,2, 3, 5, 8, 13――」

「なるほど。それはわかった。で、この数字がなんなんだ?」

葉序ようじょだ」

「幼女?」


 思わず出た俺の言葉に、柳井さんが呆れ顔をむけた。

 ちばちゃんを見ると残念そうな苦笑いを見せた。

 竹内千尋はじっと数字を見つめていた。

 一方の三馬さんはそんな俺たちにはお構いなく興奮気味こうふんぎみに解説する。


「葉っぱのように序列のじょ葉序ようじょ。植物がくきにつける葉の並び方のことだ。この二つの葉の間の角度のうち、光合成こうごうせい、つまり日光を効率良く吸収するのに一番理想的な角度が137.5°となる。そして、この角度は黄金角おうごんかく、つまりフィボナッチ数列につうじる」

「そのたびたび出ているフィボナッチ数列ってなんですか?」

「磯野、高校時代に習っただろう。というか、おまえの好きなドラマ『フリンジ』でもたまに登場するぞ」

「あ、わたしは数学Bの授業で習いました!」

「偉いなちばちゃん。階差かいさ数列が出てくるあたりだな」


 俺の顔を見た柳井さんがため息混じりに言う。


「……まさか磯野、覚えてないのか?」

「あ、いや、俺文系(ぶんけい)なんで」と、笑いながら誤魔化ごまかした。

「文系って言ったって、磯野、お前たしか経済けいざい学部だったろ?」


 俺たちのくだらないやり取りがひと段落したのを見計みはからって、三馬さんは口をひらいた。


「直前の二つのこうが、次の項となるのがフィボナッチ数列だ。このあたいをフィボナッチ数というが、花びらの数、黄金比、ヒマワリの種の螺旋らせん数、台風や銀河系ぎんがけいの螺旋までフィボナッチ螺旋らせん――対数螺旋たいすうらせんであらわすことが出来る。自然界の一つの法則性ほうそくせいを示しているものだ」


 三馬さんはそこまで言うと「だからね」と柳井さんに振り返り、


「このようなちょう自然的現象が起こるのであれば、まずはその法則性に関して真っ先に出てくるのがフィボナッチ数列のはずなんだ……だが、頭には浮かんでいたんだろう?」


 柳井さんは苦笑いをしながらうなずいた。


「さて、こうなれば高校数学どころかただの足し算だ。次に磯野君の入れ替わりが起こるのはいつになるかな?」


 えっと、52時間38分に32時間23分を足せばいいから――


「85時間1分ですね」

「正解だ、ちばちゃん」

「いままでの流れから、重力じゅうりょくなどの影響を受けないと仮定して、次の入れ替わり日時を予想すると――」


 ――八月十六日 二一時〇四分


 三馬さんはホワイトボードに書き込む。


「二日後の夜か。この間に、できるだけ磯野君の手土産てみやげになる情報を見つけられれば良いのだが。ほかに気になることはあるかね? あ、時空のおっさんや、丘の上の建造物については解らんよ。普段ふだんならそこらへんのオカルト話も大変興味があるのだがね。いまのところ私が役に立てそうなのは、現実世界で起こったことを通しての推論すいろんのみだ。ただ――」


 三馬さんはそこで言葉を止めると、少し迷ったような素振りを見せたあとに続けた。


「その色の薄い世界に出てきたチューブ状の線路は、もしかしたら真空しんくうチューブ鉄道のことなんじゃないか?」

「真空チューブ鉄道?」

「名前そのままの意味でね、真空のチューブに列車を走らせることで、摩擦力まさつりょくや空気抵抗をゼロにし、リニアモーターカーよりもさらに高速に移動出来る輸送ゆそうシステムだ。世界各国で研究されているが、真空状態を保つことが最大のネックでね、実際のところは目処めどが立っていない。だが、実現されれば時速4000kmを超える超高速鉄道となるはずだ。しかも丘の上にあり高架こうかびているのだとしたら、位置いちエネルギーを用いた加速かそくで運用しているのだろう。見てみたいものだ」

「それはすごいですね!」


 いままで大人しかった竹内千尋が目を輝かせた。


「磯野が訪れた色の薄い世界って、僕たちの文明よりもはるかに進んでいるのかもしれないね。そういう世界だとしたら、時空のおっさんみたいに言語化による認識を阻害そがいする装置そうちなんかがあっても不思議じゃないと思うよ」


 興奮気味の千尋に対して、一方の柳井さんは不満そうに腕を組んだ。

 ちなみにちばちゃんは、ポカンとしたまま話を聞いている。


「未来の世界だから起こされた超常現象か……。なんともなんでもありにできてしまってつまらんな」

「柳井さん、ひとの身に起こっていることを、面白さの尺度しゃくどではかるのやめてくれませんか……」

「ああ、悪い悪い。三馬が気になることはほかにないのか?」

「大学ノートかな。この文字の浮かび上がり現象は実に興味深い」


 文字の浮かび上がり現象といえば、俺も気になることがあったな。


「三馬さん、それに関してどうしてもしっくりこないことがありまして――」


 この前から気になっている「三人目の俺」についてだ。


「入れ替わっている映研出身のこの俺と、オカ研出身の二人がいることはに落ちるんです。ですが、そのほかに映研出身の俺が大学ノートに書き込みをしているってのがどうしても引っかかって」

「ああ、そのことか。


 ――映研出身の磯野君はいまこの世界に無数に存在するはずだ。


しかも、この瞬間にさらに増え続けている」

「映研出身の俺が増え続けている?」

「まずノートを見てみよう。この文字の浮かび上がりに関する仕組しくみはさすがに解らないのだが、こいつはおそらくこの大学ノートを手に入れ最初に書き込んだ磯野君から、世界が無数むすう分岐ぶんきしていったのではないかと思う。というのも――」


 三馬さんはノートをテーブルの上にひろげた。

 全員がノートに顔を近づけたのを見計らって、三馬さんは文章のにじんでいる箇所かしょ指差ゆびさしていく。その箇所はページが進むごとに増えていき、今回浮かび上がったあるページでは、文章全体が塗りつぶされたような状態になっていた。

「なんなんです? これ」

「おそらくこのノートは、()()()()()()()()()()()()()()()()()になっている。そして、それぞれの世界の磯野君がこのノートに書き込み、その結果がすべてこの大学ノートに浮かび上がっている、ということだ。我々はシュレーディンガーの猫、つまり箱の中身をのぞいているような状態なんだよ」


 三馬さんは、顔を上げてぼそりとつぶやいた。


「まったく皮肉ひにくなことにね」

 08.インフレーション END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ