08-06 そうじゃなきゃ、わざわざこんな場を設けたりしないだろう? 柳井
もう一つの世界、オカ研世界の榛名が隠しているであろうことを推測する柳井と磯野。そして、サークル旅行も終わり――
文化棟玄関前へ到着したのは午後三時二〇分。
玄関前に柳井さんと千代田怜の車を横づけして、各自荷物の運び出しをはじめた。メンバー全員の顔にプールの疲れがにじみ出ていた。
そりゃそうだよ。水泳とは言わないまでも、水中での運動はスポーツの中でも消費カロリーがもっとも高かったはずだぞ。
「なあ怜よ、お前……本当にこのあと夏祭りに行く気か?」
問われた怜は、少し口ごもったあとムキになった。
「……あ、当たり前でしょ!」
「いま少し考えただろ。いま少し考えたよなあ」
俺の追求と周囲のぐったりした視線に右往左往しながら「考えてないもん! 考えてないもん!」と叫ぶ怜。涙目になってるぞ、お前。
「千代田さん、夏祭りまだ明日ありますから今日は解散にしましょ?」
と、ちばちゃんに諭されて、ぐずりながらも怜はうなずいた。
って、俺は悪くないよな?
千代田怜の言質を取って安堵する一同。
気を取り直して荷物の運び出しを再開した。と、榛名の背負うケースがやけに大きいことに気づいた。吹奏楽の楽器でも入ってそうな黒いソフトケースを眺めていると、榛名はいかにも見せびらかしたい顔へと変化して俺を見た。
「電動ガンだぞ」
「あーサバゲーか」
「マルイのG3SASHCだ。初心者向けってことで今回はこれだったんだけど、確かに扱いやすかったな」
榛名はケースを開けて銃を取り出した。銃身は短いが――
「これはサブマシンガンか?」
「うんにゃ、アサルトライフルだぞ。とは言ってもかなり弾をバラまけるから似たような使い方になるけど」
「なるほどな。俺にはサッパリだが、やはり銃を見ると心躍るものがあるな。これだけコンパクトだと軽そうだが」
「軽いぞ。女でも扱いやすいってことでMP5Kと迷ったんだけど、MP5Kは親父が持ってるし毎回借りるのも、っていうのもあってこっちにしてみた」
「榛名は前回VSR―10なんて持ってきてたからな。いきなりエアコッキングなんてみんなして笑ったもんだが」
と柳井さんもにやにやしながら話に加わってくる。のだが、
……まったくもって話についていけねえ。
「いや、あれも親父から借りたやつだからさ……。今回は会長やペストマスクの人に色々アドバイスもらってたから助かったけどな」
「ペストマスクの人?」
「有明の定例会によく遊びにくる人で、ペストマスク被ってくるんだよ。いろいろ教えてくれるし面白いぞ」
荷物を降ろし終わり、解散となった。
翌日、八月十四日の正午。
文化棟のオカ研部室に到着した。
こっちの世界の三馬さんとお会いできるからだ。
部室のドアをあけると、柳井さんと竹内千尋とちばちゃんが部室にいた。
霧島榛名は午後は模型研で素組み会ということで不在。
「そういえば怜は?」
「ああ、千代田なら夕方に部室にくるようだぞ。疲れが出たんだろう」
怜の疲れは半端なかっただろう。
そりゃ俺たちでさえ昨日はぐったりしてたのに、一日でサークル旅行を組み立てて、それをこなし切ったんだから。とはいえ、そんなに頑張らなくたって夏休みはまだつづくだろうに。
と、部室のドアがひらいた。
「皆さんご機嫌よう」と三馬さんは挨拶をしながら部室に入ってきた。
そういえば、映研世界とはちがって、今回は俺が部室に迎えるかたちなんだな。
「はじめまして、磯野です」
俺は振り返りざまに手を差し出した。
三馬さんは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔になって握手を交わした。映研でお会いしたよりも固い握手だった。柳井さんにうながされて、三馬さんは長ソファに腰掛ける。
「こっちが竹内で、その女の子はちばちゃんだ」
「初めまして。最近の女子大生はなんとも可愛らしいね」
「はじめまして! 実は高校二年生なんです」と、ちばちゃんははにかんだ。
「なるほど。オカ研は大人気じゃないか、柳井」
「ちばちゃんは、姉が連れてきたんだがな」
「それでも馴染んでしまうくらい、このサークルは居心地がいいんじゃないか?」
ちばちゃんは笑顔を返した。
「私は三馬だ。柳井とは高校時代から同期でね、いまは宇宙物理学の博士研究員をしている。今回の件でどれだけ役にたてるかわからないが――」
三馬さんは俺に振り返る。
「早速だが、話を聞かせてくれるかい?」
「あの、「文字の浮かび上がり現象」はさきに見なくていいんですか?」
「ああ、まずはどういう経緯があったのかを先に知りたくてね」
俺は八月七日から今日一四日までの出来事を話した。
超常現象の前置きが無いまま、普通なら信じられないこの話をいきなり伝えるのはとても不安だった。
しかも一週間分だ。
話す俺でさえ骨が折れるというのに。
けれど、三馬さんは少しも訝しがることもなく最後まで聞いてくれた。
三馬さんは一言「なるほど」と言った。そして、話を整理しているのかそのまま押し黙り、「実に興味深い」とつぶやいた。
「おい三馬、この話を信じるのか?」
「愚問だよ柳井。磯野君が話しているとき、君と竹内君、そしてちばちゃんだったか、君たちもまた真剣な面持ちだったじゃないか。つまり君ら三人もまた当事者ということなんだろう? それに磯野君が話していることは、実際に体験した出来事だと踏まえて聞かなくちゃなにもはじまらないだろう」
「信用されてるんだな」
「当然だよ。そうじゃなきゃ、わざわざこんな場を設けたりしないだろう? 柳井」
柳井さんは苦笑いをした。
「じゃあ話に出てきた大学ノートを見せてもらうとしよう」
「これです」
ノートを受け取った三馬さんは、表紙と背表紙を注意深く眺めたあとノートをひらき、質感を確かめるように何度か指でこすった。
「科学パルプ100%の普通の筆記用紙だね。私もよく使うよ」と言って、三馬さんは笑った。
書かれている部分と白紙のページを何度も見返した。
最初のページに書かれた文章と、最後に書かれたページの文章や文字を見比べると、ふむう、とため息をついた。
三馬さんは顔を上げると「文字の浮かび上がり現象を見せてもらえるかな?」と俺にノートをひらいたまま返した。
俺は大学ノートを受け取ると、今日のために考えていた内容を頭に思い浮かべてペンを持つ。
十二日夜、文化棟玄関から色の薄い世界へ迷い込んだこと。
海岸のような場所からプラットホームへの瞬間移動。
時空のおっさんのような存在との接触。
帰還後、柳井さんと竹内千尋の話から三〇分間消えていたこと。
翌日、映研世界での三馬さんとの接触。
いま現在、ちばちゃんになにかしらのアプローチをしているだろうこと。
映研世界の霧島榛名との接触は除外した。
なぜなら、千尋はともかく、ちばちゃんが同席しているからだ。
俺は、ノートの新しいページに八月十四日 十三時一〇分と書き込み、その下にペンを近づけた。





