08-05 ところで誰か双眼鏡よこせ
ウォーターパークていねプールに到着したオカ研女性陣+竹内千尋はウォータースライダーへと並ぶ。一方、柳井は磯野に「もう一人の磯野」の重要な話をする。
あれ?
「まってください。それって超常現象のそもそもの原因は俺になりませんか?」
「そういうことだろうな。映研の磯野――お前が色の薄い世界に迷い込んだことが、この事態の発端だったと見るのが正しいだろう。「もう一人の磯野」は、それに巻き込まれたってことだろうな」
俺が色の薄い世界に迷い込まなければ、もう一人との俺との入れ替わりは起きなかったってことになるのか?
それは回避できることだったんだろうか。
いや、ちばちゃんが映研に訪ねてきた時点で避けようのないことだった。そう思うのだが――
「なんだかもう一人の俺に申し訳ないですね。今更言ってもしょうがないですけど」
「そうか? けどな、もう一人の磯野はこう言ってたぞ。「そっちの俺が先行して情報集めてくれるからありがたい」ってな」
なんだよそれ。
「俺が俺にありがたがられるって、なんだか妙な気分ですね」
「傍から見ている俺らのほうが不思議な気分にさせられているよ」
「そうだ」
「どうした?」
「柳井さん、ひとつ話しておきたいことがありまして」
俺は柳井さんに、昨晩の文化棟玄関での霧島榛名との遭遇。
彼女に触れたことがきっかけで色の薄い世界へ入り込んだこと。
砂浜へとたどり着いたこと。
そして、手を離した瞬間にプラットホームへ飛ばされたことを話した。
「……なるほど。昨晩の色の薄い世界へ迷い込むきっかけは、映研世界の霧島榛名との接触によるものだったのか」
「霧島榛名を色の薄い世界へ置き去りにしてしまっている現状と、この世界の榛名もなにか知っている可能性もありまして」
「それなら直接榛名に……そうか、あいつがあえて隠している可能性もあるのか」
「向こうの柳井さんも、霧島榛名のことが見えたと言っていました。ですので、可能性は低いのですが、向こうの榛名は幽霊である可能性もありまして」
「向こうで幽霊……けど、それなら磯野は幽霊にあの世に連れ去れ、この世に戻ってきたことになるな」
「はい。なので、向こうの霧島榛名が死んでいるわけではないとは思うのですが……」
「どちらにしろ、こっちの榛名がそのことを知っていて、あえて隠しているなら、なにかしら事情があるからこそ俺たちに知られたくない、ってことか」
柳井さんは、難しいなとひと言つぶやいて、ウォータースライダーを見た。
長蛇の列となっていたウォータースライダーの行列に並ぶ榛名たちは、いつの間にか滑る段になっていた。
ウォータースライダーの先頭に来た霧島榛名は、いかにも「ヒャッホー」とでも叫ぶ様子で滑り降りていった。といっても、滑っている最中はチューブ状のトンネルの中なので見えやしないのだが。
「この件を本人に切り出すのにタイミングが必要になりそうだな。もし隠していたのなら、それを白状させる方法を考えねばならんし……磯野は、あいつのことをどう思う?」
ウォータースライダーを降りた先のプールの中を、水と人混みをかき分けていく榛名を眺めた。相変わらず元気にはしゃいでいるように見えた。けれど、
――いやな、人生楽しんでいるのはそうだと思うんだが、なんだかそう思うには焦りがある感じがするんだ。充実に迫られているっていうか、楽しまなきゃいけないっていうか
向こうの世界の柳井さんの言葉を思い出す。
もしなにかを隠しているのだとしたら、それはどうしても仕方がないことなのだろう。色の薄い世界に取り残された榛名の「……ごめんね」という言葉と同様、この世界の榛名にとっても切実な理由があるとしか思えない。
「なあ磯野、榛名がなにかを隠しているにしても、それは悪意とは無縁のものなんじゃないだろうか」
そうなのかもしれない。
榛名がこうなったのも――
一年前の夏の記憶が蘇る。
オカ研の部室を見学にきた彼女は、白いブラウスに紺のスカートといった、いかにもお嬢さまといった身なりに、それに相応しい気品があった。繊細そうな雰囲気を纏った、触ったら壊れてしまいそうな女の子。
いま目の前にいる榛名は、纏っていたものをわざと崩してしまったかように見えた。当時の本人の容姿や仕草があまりにもお淑やか過ぎて、そのことを榛名自身気にしたからなのかもしれない。
一年前の彼女と仲良くなるには、高嶺の花のように感じられて、声をかけるにも勇気が必要だった。それが榛名のほうから砕けてくれたことで入部後、時間もかからずに親しくなれた。これも、彼女の意図したことなのだろう。
そんな彼女の、そこまでして気を遣う振る舞いや、楽しもうとしている生き方に、なにか引っかりを感じてしまう。
もしかしたら、この世界の榛名も――
ウォータースライダーを滑る段になったちばちゃんが、こちらに気づき手を振ってきた。
俺と柳井さんは手を振り返す。
「なあ磯野、男という生き物は、なぜおっぱいに弱いんだろうな」
……柳井さん、俺が真剣に考えているときになに口走ってるんですか。
いや、仕方ない。ウォータースライダーを滑り、降り口から水しぶきをあげて出てくるちばちゃんから目が離せなかった。
ちばちゃんのあの姿は犯罪的だ。
彼女はロリ巨乳であり、それがスクール水着というフェチズムの塊のような反則的な布に、窮屈そうに包まれているのだ。そう、窮屈そうに! 好きとかそういう以前に、男であればそれが揺れ――あの神秘的な光景に目を逸らすことはできないであろう。ところで誰か双眼鏡よこせ。
柳井さん、サングラスしてきて正解でしたね。いや、サングラスしていない俺もガン見でしたが。
千代田怜が滑る段になると、俺と柳井さんは話に戻った――わけではなかった。例の負のオーラが頭をよぎったのか、二人して一生懸命手を振った。
千代田怜は、俺たちに気づいたらしい。
最初、俺たちを無視しようとしたのか目を逸らした。ところが思い直したのか、ムスッとした顔のままこちらへ手を振り返した。駄々っ子かよ。
その後は俺と柳井さんも女連中と合流して戯れ程度に水に浸かったが、入ってみるとそれなりに楽しめるものだな。人と水とをかき分けながら竹内千尋とプールの向こう端まで競争した。女性陣は浮き輪の取り合いをしつつも、のんびりと過ごしているらしい。
ただ、正午ともなると、主に小学生を中心とした来場客によって、プール密度は最高潮に達した。
まあ二時間も遊べば上等だろう。
こうして手稲プールから撤収となった。途中、ファミレスに寄って遅めの昼食を済ませて、大学へと戻った。





