08-04 なんでちばちゃんは……スクール水着なの?
サークル旅行。プール&水着回です。
ウォーターなんとか手稲プールに到着したのは午前十一時。
お盆休みということもあって、カップルから家族連れ――いわゆるリア充とリア充の成れの果ての集い場となっていた。ああ、水場が狭い。
そんな中、まったく泳ぐ気のないサーフパンツ姿の俺。
同じく泳ぐことなど考えていないのであろう、サーフパンツに赤いアロハシャツを足し、サボテンの花にコメントを吐きそうなサングラス姿の柳井さん。緑のボックスパンツにサメの浮き輪を抱えた、泳ぐ気満々の竹内千尋の野郎三人が、プールサイドで立ち尽くした。
あの奥に見えるの、あれがウォータースライダーか?
めっちゃ並んでるぞ。高所恐怖症の俺があれを楽しむことはまずないので、正直どうでもいいのだが。
いまごろ映研世界では、ここ一連の超常現象の核心に迫っているだろうに、なにやってんだか……。
「わー混んでますねー」といつも通りはしゃぐ竹内千尋。
目の輝きはふだんとは段違いだった。水を得た魚のように活き活きしている。
と、こちらに振る手。そして、腋。
「おーい」
白のビキニ姿の霧島榛名と、たわわに揺れる豊かな乳。
やわらかそうだ。いや、この前やわらかかったことは確認済みである。って、なにアホなこと思い出してるんだ俺。それにしても、まったく恥ずかしげもなく見せつけてきやがるな。だが、それも多分に水着補正によるものであろう。水着万歳!
俺は思わず拝んでしまいそうになる衝動を抑えるのにひとり苦闘していると、姉の胸を引き継ぎつつも羞らいを帯びて榛名のうしろに隠れる、なぜかスクール水着のちばちゃんが顔をのぞかせてくる。
なに、その極度にマニアックな選択。
しかも、プール入場前のシャワー浴びたてなので、濡れたスク水に滴る光沢。放送禁止だこれはたまらん。
そして二人とは対照的に、フラットな赤ビキニにジト目の千代田怜。
とはいえ、パーカーを羽織っているその姿は、なかなかにさまになっていた。
「磯野、なーにまじまじ見てるの、いやらしい」
「いや、艦載機が着艦しやすそうだなって」
「はあ?」
こっちの怜との程よい距離感。
これはこれで安心はするが――そういえば、入れ替わった先の俺は大丈夫か? むこうの怜のデレ具合にうまく対処できてるんだろうな?
そんなことを考えていると、恥ずかしがっていたはずのちばちゃんが、俺と怜の横をすり抜けて竹内千尋に駆け寄った。目当てはサメの浮き輪らしい。
「わー竹内さん! そのサメすごく大きい!」
「このまえドンキで買ったんだよ。ちばちゃん乗ってみる?」
「いいんですか?」
サメの浮き輪を受け取って満足そうに微笑むちばちゃん。
そんなちばちゃんに不粋とは知りながらも、先ほどから抱いていた疑問を俺は投げかけてみた。
「なあ、ちばちゃん。なんでちばちゃんは……スクール水着なの?」
このツッコミは予想していただろうに、ちばちゃんはあわあわしながら水着をサメで隠しつつ弁解する。
「これはちがうんです! いきなり旅行に行くって話になったから水着を買いに行けなくて……それに――」
ちばちゃんはそこで言葉を止めて真っ赤になった。
そのうしろから、いきなりちばちゃんの胸を揉みしだく両の手が!
「きゃー!」
……霧島榛名だった。
いつのまにか姉にうしろを取られたちばちゃんは、サメで両手がふさがったままなので、ひたすら無防備に揉まれ放題である。くそう、録画してえ。
「だよなー。千葉はまた成長しちゃったもんだから、去年の水着は着れなくなってるんだよなー」
「や……やめてよ……お姉ちゃん!」
野郎三人のうち、俺と柳井さんはその光景をひたすら茫然としながらも眺め続けた。となりの千尋は「あはは」といつものように笑っていた。
「あいた」
千代田怜の空手チョップ。
榛名は「なにするんだよう」と頭を抱え、涙目で怜に振り返った。が、千代田怜はすべてを一掃してしまいそうな負のオーラを解き放つ。
さすがの霧島榛名も、その光景に圧倒されて言葉を失った。
千代田怜の負のオーラは、放っておいたら名状し難い何かに具現化してしまいそうだ。……ああ、おぞましい。
だが俺は、揉まれたちばちゃんの胸から、千代田怜のそれへとあえて目線を移し、遺伝子の格差を嘆くの――ぐえ!
頭を押さえてきたと思ったら、千代田怜のヤツ、みぞおちにひざ蹴り入れてきやがった。
それを見て恐れをなした霧島榛名は、話題を変えるべく千尋とちばちゃんに声を震わせながら、指をさして提案した。
「お、おい、ウォータースライダー行こうぜ!」
そして、目を泳がせながら俺と柳井さんを見て、
「会長は……その格好、泳ぐ感じじゃないな。……磯野はどうだ?」
みぞおちの痛みに耐えながら俺は手を振る。
「わたしも行く」
いまだ負のオーラを身に包みながら千代田怜が答えた。
霧島榛名は青ざめながらも、怜が暴れる様子がないことを察知すると、ちばちゃんを連れてウォータースライダーの列へと向かった。千代田怜は、まとっていたパーカーを俺に雑に投げつけて、榛名たちのあとを追う。そして、いまのやりとりなどわれ関せずと、竹内千尋もまたニコニコ顔でそれにつづいた。
と、ちばちゃんだけ戻ってきた。
「ごめんなさい、いいですか?」
抱えていたサメの浮き輪を両手で持ち直しながら、上目遣いで見てくるちばちゃん。相変わらずあざとい。
「まかせとき」
サメの浮き輪を受け取り頭を撫でてやると、ちばちゃんは満面の笑みでお礼を言って走っていった。
うん。今日は死ぬのにもってこいの日だ。
「そういえば、磯野に言い忘れていたことがある」
柳井さんの話によると、オカ研の俺は、八月七日のあの時間は色の薄い世界へは接触していないということだった。
たしかに、あの世界に入り込むきっかけは映研世界のちばちゃん、そして、あの汚れた大学ノート。入れ替わり開始前の七日の時点で、オカ研側にそのきっかけになるものは存在していないのだから、色の薄い世界に迷い込んでいないのは納得できる。だが、その話でいくと、
「駅のプラットホームまでのことは「もう一人の俺」は知らないんですか?」
「いや、その翌日、八日の入れ替わりの時点で、おまえが体験したことについては、あいつも「思い出す」という形で把握したそうだ」
なるほど、最初の入れ替わりか。
オカ研出身の俺によみがえったもう片方の記憶――映研世界の記憶には、前日七日の色の薄い世界のことも含まれていた、ってことか。





