08-03 ウォーターパークていねプールだ
互いの情報を共有したオカ研メンバーと磯野は、超常現象の発端らしい大学ノート、文字の浮かび上がり現象、世界の入れ替わりについて考察する。
あ、そうか。
「そういえば、プラットホームから映研世界に戻ってきたとき、ちょうど千代田怜に起こされたんですよ」
「あ、そうだったね」
「消えていた、ってわけでもないのか。なんとも判断がつかんな」
「あと世界が切り替わるときのことなんですが、そのとき一瞬、色の薄い世界を垣間見えるんです」
「二つの世界を渡るときに、色の薄い世界を経由している?」
「わかりません。けど、色の薄い世界の時間が次第に増えている気がするんです」
「それはどれくらいの時間なんだ?」
「一秒あるかくらいです」
「気になるな。この先また入れ替わりが起こったら、その隙間の時間も延びるかもしれんってことだろ」
「色の薄い世界といえば、磯野が昨晩遭遇したっていう「時空のおっさん」的存在も気になりますよね」
「……話を聞くかぎり時空のおっさんっぽいが、本当にいるなら、あの都市伝説も嘘じゃないってことになるのか」
「巷に溢れている時空のおっさんの話を集めて、一度比較してみるのはありだと思います。磯野の話と共通点が多いですからね」
時空のおっさんという都市伝説。
それがそのまま実体験として語られれば、オカルト研究会としては一番の関心事になるだろう。
「俺もあれが、都市伝説でいうところの時空のおっさんなのかはわからないんですけどね。ただ接触した際のあの異様な体験を思い出すと、どちらにしろ人間ではないんだろうな、と」
「言語認識を阻害することで、存在自体を曖昧にしてしまうってやつか」
と、そこへガチャリという音が。
「ちょっと! わたしたちのいないところでなに話してるんですか!」
「そうですよー」
浴衣姿の千代田怜とちばちゃんが、男部屋へ雪崩れ込んできた。
二人とも怒気を含みながら俺たちに詰め寄ってきたが、怜に関しては見慣れているので気にならない。
ちばちゃんは、怒った顔もかわいい。
「いやいや怜よ、お前らの温泉が長かっただけだろ」
「千代田ー、その磯野は映研版だからなー」
千代田怜は、目を細めて俺をにらんだ。
「あんたが入れ替わろうが、このサークル旅行に予定変更は一切無いんだからね!」
いや、べつにいいけどさ。まあ、大好きな旅行を守ろうとするおまえの気持ちは痛いほどわかったよ。
それとはべつに、映研でのビミョーな距離感からすれば、いま目の前にいる千代田怜の俺への雑な扱いは、かえって安心感すらあった。
「ちょっと磯野、なに笑ってるの」
「いや、なんでもない」
千代田怜は、威嚇をするように目を細めたまま、ジリジリと顔を近づけてくる。
……お前は、サバンナで獲物を狙うチーターかよ。
怜の浴衣姿を見ていると、俺の頭のなかで撮影旅行のあの夜がリフレインしてきた。
しかも、座っている俺に対して、威嚇のために前屈みで顔を近づけてくる怜のその姿勢は、首すじから鎖骨、胸元までのやわ肌が絶妙に見えてしまう。
――やはり、俺は、
鎖骨萌えなのか。
「はっはは。磯野のヤツ、千代田に欲情してやがる」
怜は顔を真っ赤にして浴衣の前を押さえた。
恥ずかしさと怒りが混ざり合った顔で俺をにらむ。
「この変態!」
「おまえが前屈みになるのが悪いんだろ」
「けど仕方ないですよ。千代田さん綺麗ですし」と、なにちばちゃん、その処世術に長けたフォロー。
ちばちゃんの不意打ちにふたたび顔を真っ赤にする怜。そこへ霧島家の姉のほうが面白がりながらけしかけた。
「さっきなあ、竹内が嬉しいことを言ってくれていたぞ。なあ、竹内」
「うん。怜って可愛い」
「…………ふぇ!?」
声にならない声を上げた怜。
そのうしろには両手で口をふさぐちばちゃん。
あまりにも予測できるリアクション。
だが俺にとって、このむずがゆくにやけ面を隠しきれなくなるシチュエーションに、一方の千代田怜は耐えられなかったらしい。
「チェックアウトだから! チェックアウトなんだから!」と、わけのわからない捨て台詞を吐いて男部屋から逃げ出した。
「なんです? あれ」
誰にむけたでもない俺の疑問に、笑いすぎて涙目になっている榛名が解説する。
「ああ。一〇時のチェックアウトのことを言ってるんだろうな。「このあとウォーターパークていねプールに寄るんだからさっさと支度しなさいよ!」って意味だと思う」
「なるほどな。……手稲プール?」
「ウォーターパークていねプールだ」
「ウォーターパークていねプール……」
「ウォータースライダーのあるウォーターパークていねプールに行きたいらしい」
「ウォータースライダーのあるウォーターパークていねプール……」
「もうお姉ちゃん、千代田さんにあんなことしてダメだよー」
ちばちゃんのあまり本気になりきれない抗議に、にやにやしたまま腰を上げる榛名。
姉にむけていた呆れ顔を、まるで猫のように微笑みへと変えてちばちゃんは千尋につぶやいた。
「けど、竹内さんがあんなこと言うなんで意外でした」
「そうかなあ」
「なあ竹内、わたしと千代田には可愛いって言ってくれたけど、我が妹はどうなんだ?」
「えっ? すごく可愛いと思うよ」
さらっとのたまいやがった。
だが千尋よ、こうなると女なら誰にでも言いそうでまったく信用ならんぞ。ところが――
「あわわ……竹内さん、それダメですから! それはダメなんですから!」
ちばちゃんもまた逃げ出した。
榛名は満足げな様子で俺たちに手を振り、ちばちゃんのあとを追った。
……まったくなんなんだよこの茶番は。
「まあ、あれだ。竹内よ、榛名の助言どおり、本当に好きな子ができてからその子だけに言ったほうがいいぞ」
千尋は「わかりました」と柳井さんにうなずいて、なにごともなかったかのように荷物を整えだした。
そうそう、手稲プールと言っていたが、つまりは帰り支度なわけだよな。
「じゃあ柳井さん、このあと札幌に戻るんですね」
「それはそうなんだがなあ。千代田が、帰札したら夜は夏祭りだとか言い放ってなあ」
……なに怜のやつ、夏のイベントをひたすら詰め込もうとしてるんだよ。
「あの……早く三馬さんと合流して色々と相談したいんですが」
「その三馬は出張中でな、都合がつくのは明日になるらしいんだ」
「えっ、そうなんですか?」
映研世界とは大幅にスケジュールがちがうもんなんだな。
というわけで、我われオカ研一行は午前十時を待たずにホテルのチェックアウトを済ませ、一路、手稲プールを目指したのであった。





