表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
01.八月七日
6/196

01-04 前にどこかで会ったことがあるのか?

 映研部室へ二人の女子高生が見学に来た。ところが、臆しているのかなかなか部室に入ってこない。映画に興味のあるらしい二人は――

「今日ここにきたってことは、受験はそのままうちの大学を受けるってこと?」

「いえ、そういうことでもなくて……」


 青葉綾乃は、歯切はぎれの悪い返事をしながらちばちゃんを見た。


「うーん。二人は何年生なの?」

「わたしもちばちゃんも二年生です」

「てことは二人とも十七歳?」

「若いな」


 ふと気配けはいを感じて横を見ると、千代田怜(二十歳)の殺意さついのこもった視線しせんが俺をしてきた。


 これはいかん。たたられてしまう。


 柳井さんもまた、俺の言葉につられて比較対象ひかくたいしょうに目を向けたが、俺と同様どうよう殺意の波動はどうによって返りちにあっていた。


 仕方なく女子高生たちに視線を戻すと、思いがけずちばちゃんと目が合った。ちばちゃんは、あわてて目をそらして、小さくなってうつむく。


 うーむ……かわいい。

 とはいえ彼女の顔を見つめているわけにもいかず、俺もまた彼女を視界しかいからはずそうとしたとき、胸のあたりで釘づけになってしまった。


 怜より大きいぞ、この子。


「ちばちゃんも書いてる小説の話とかしてみようよ。わたしだけ話しててもしょうがないし」


 そらしたはずの話題をさりげなく戻し、心配顔で傷口きずぐちをえぐるという愛情あふれる気づかいをする青葉綾乃。それに絵に描いたような困り顔を向けるちばちゃん。


 なかなか味わいのある表情ひょうじょうだな。この子は意外と言語外げんごがいコミュニケーションが豊かなのかもしれない。


「ほら。いま書いているお話でも見せたら?」


 ちばちゃんはさおになってしまった。

 青葉綾乃という子は、多分、そういう界隈かいわい無縁むえんで、しかも人びとの良心りょうしんを信じ切っているからこそなのであろう。いま起こっている事態は、彼女の無邪気な善意ぜんいをフル稼働かどうさせてしまった結果であった。


 二人をのぞいたこの場にいる全員が、いたたまれないと感じているのは間違いない。……いや、竹内千尋だけはなにも考えてないのかもしれない。

 だが悲しいかな、そんなことを俺ものたまいながらも、すでに彫像ちょうぞうした小動物の執筆物しっぴつぶつへの興味が、気の毒に思う気持ちをはるかに上回うわまわってしまった。


 世界は残酷ざんこくである。


「お」

「見たい見たい」

「あ……あの……」

「おお」

「ちばちゃんがしゃべった」

「すげえ」


 はじめて声を聞き、感動に襲われる我々映研メンバー。

 だが、一方の青葉綾乃は「ほら、かばんからノート出しなって」と冷徹れいてつに、容赦ようしゃ無くちばちゃんの鞄からノートを引っぱり出そうとする。鬼か!

 ちばちゃんは文字どおり涙目になって必死にその手をつかみ、「最後の戦い」をこころみた。リュック・ベッソンである。


「まあ……嫌がってるみたいだから、別にいいんじゃない?」


 さすがに千代田怜が助け船を出した。

 青葉綾乃は少し不満げになりながらも、年輩ねんぱいの言葉にあきらめて手を止めた。


 ……おまえら本当に友達なのか?


 半ば泣き顔のちばちゃんは、青葉綾乃からノートをうばい返し、凌辱りんじょくのあとのような鞄のなかを必死になって整える。


 と、俺はちばちゃんの鞄の中に、やけに汚れた大学ノートがあることに気づいた。それは古びたかのように色褪いろあせている。


 なんだろう、みょうに引っかかる。


 ――そのとき、世界がれた。


 眩暈めまい

 遊園地ゆうえんちのコーヒーカップのような揺れと浮遊感ふゆうかん


 そんな感覚に襲われている目の前で、俺の視線の先に気づいたのか、ちばちゃんはかばんをソファの奥に押し込めてしまった。


「さっき館内をまわっていたと言っていたけど、うちのほかにどのサークルを見てきたんだ?」


 柳井さんの問いに、青葉綾乃は指をりながら答える。


「えーと、文学会に、SF研究会に美術研究会……模型研究会に、サバイバル……」

「サバイバルゲーム館、サバ館だな。やけにマニアックなサークルが多いな」

「あと四階のオカルト部です」

「オカルト部って、むかし柳井さん入ってましたよね」

「え? ああ」


 ダメだ。この眩暈はいつまでつづくんだ?

 俺は立ち上がってドアをあけた。


「磯野どこいくの? 顔色悪いよ」

「ちょっと飲み物買ってくる」


 千代田怜の言葉を背に、俺は部室から抜け出した。




 文化棟と大学図書館を渡す廊下の中間ちゅうかん地点に学生食堂と学生生協があった。その手前には三台の自動販売機と木製もくせいベンチがならび、学生たちのいこいの場となっていた。


 俺は廊下で立ち話をしている二人の学生を横切よこぎり、自販機の前までなんとかたどり着いた。


 ベンチに座る前に飲み物は買っておくべきか。一度座ってしまったら動けなくなりそうだ。


 俺は財布から一四〇円を取り出した。ふだんなら迷うことなくコーラを選ぶところだが、いまはそんな気分とは程遠ほどとおい。俺はとなりのお茶のボタンを押した。取り出し口からペットボトルを拾い上げると、その先にあるベンチへくずれるように座り込んだ。


 眩暈はさっぱり治まらない。

 あのノートを見た直後だったよな。貧血ひんけつなのだろうか。ともかく治るまでじっとしているしかない。


 俺はペットボトルのキャップをあけてお茶を一口飲んだあと、なるべく下を見ないように、午後の日が差す廊下の窓を見つめた。


 さっきノートを見たときの、妙に引っかかるあの感じはなんだったんだろう。ちばちゃんの鞄にあった汚れたノート。なんの変哲へんてつもない、ただの大学ノートのはずなのに。そう。なぜか前に見た覚えがある。デジャヴュ? けど、どこで? 

 そういえば俺が大学ノートを見たときに向けてきたちばちゃんのあの表情。あれは、さっきの絶望とは違う種類のこわばった顔だったよな。緊張きんちょうと恐れが入り交じったような――


「前にどこかで会ったことがあるのか? もしそうだとしたら、なんで俺を見てあんな顔をする?」


 そうぼそりと口にして目線を落とすと、ちょうど腕時計が視界に入った。


 ――目に映るものの色がやけにうすい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ