07-07 えっと……抱き心地、悪くなかったぞ
三馬との超常現象の検証途中に世界の入れ替わりが起こり、オカ研世界へと飛ばされた磯野。勘違いをして目の前にいた榛名に抱きつき――
って!
「わりい!」
俺は慌てて榛名から離れた。
目の前にいるのはロングヘア。
どっからどうみてもオカ研世界の霧島榛名にちがいなかった。
当の本人は顔を真っ赤にしながらうつむいている。
……うわあ、めっちゃかわいい。お前そんな顔できたのか!
じゃなくて、
これは……どうすればいい?
入れ替わったと言えば、おそらく誤解は解けるだろうけれども。……いや、「……榛名!」なんて叫んでいる手前、この抱きつきの言い訳にならなくね?
そもそも映研世界に榛名はいないってことになっているんだし。
いっそのこと、いまここで榛名の知っていることをすべて聞き出したほうがいいんじゃないか?
けど、いまここで昨晩起きた話を榛名にするのは正直気が引ける。
……いや、二人きりだからこそ、昨日起こったすべてを話したうえで、知っていることを――
「……あの、」
緊張で、切り出すべき言葉が見つからない。
そりゃそうだ。「色の薄い世界」に囚われている霧島榛名と、いま目の前にいる霧島榛名は、大学ノートを通じてやり取りをしていた可能性があるんだ。
しかも、目の前の榛名が世界に留まれていることと引き換えに、もう一人が現実世界から姿を消したってこともありえる。
そうなれば、最悪だ。
目の前の榛名は、それを承知で俺たちに本当のことを黙っていたことになる。色の薄い世界の、あの子の犠牲をどうこの子は受け入れたのか。これから訊ねることは、とても重く、つらいものとなるだろう。
けれど、あの子を救うためにも、俺は、
「榛名、俺、」
「……はい」
麦わら帽に、まるでウェディング・ドレスのような白のワンピースを纏った美女が、身体をこわばらせながら、切なげに俺に目を向けた。
その顔は、俺のつぎの言葉を、緊張しながらも、それでも……って、
……ちょっとまって。
なんかちがう。ちがうぞ。
なんで、愛の告白シチュエーション描写になってるの。
これは、あきらかに勘違いされてないか?
冷静に考えれば、たしかにそうだろう。
突然、名前を叫んで抱き着いたんだ。ふつうに考えれば、辛抱たまらん! って感じに欲情に身を任せてしまった結果が、さっきのあれになってしまうんじゃないのか? シャンプーのいい匂いもしたしな、浴場だけに。
って、脳内でダジャレ飛ばしてる場合かーい!
……ど、ど、どうしよう。
ここは、華麗なギャグとかかましてうまく誤魔化せばいいのではないか?
華麗に、華麗にだ。こう、「磯野ーなんだよ、それ。HAHAHA」みたいな感じで流せるような感じのやつを……、
「えっと……抱き心地、悪くなかったぞ」
……ギャグにもなってねえじゃねえか!
俺が脳内一人ツッコミしていると、榛名は顔を真っ赤にしたまま、しおらしく答えた。
「それは……どうもご丁寧に」
やっちまったー。
そのまま無言になってそっぽ向く榛名。
うわあ、なんだよかわいいな、おい。
……じゃなくて、
「いや、マジで、ごめん」
G-SHOCKを見ると、八月十三日 午前八時三分。
まえに入れ替わったのは十一日の撮影旅行の朝。やはり二日間入れ替わりが無かったということか。いままで一日置きだったものが、時間が一日延びて、二日空いてしまっている。
なぜ延びたんだろう。もしこの入れ替わり間隔がこのさき延びていくとしたら、次は二日後の十五日の朝か?
「……磯野。それでその……、つづき……する?」
相変わらず顔を赤く染めた霧島榛名が、うつむきながらそう言った。
って! え? なんの――
ええ!?
ちょっとまて。
いまのは事故だけれども!
事故ではあるけれども!
榛名もまんざらでもなかったってことなの?
さっきは、映研世界の榛名だと思って必死で抱きしめたけどさ。
……というか、照れながらの上目遣いの破壊力がやばい。これはやばい。惚れてしまいそうだ。いや、同一人物だと判った時点で、すでに惚れてるのとおなじか。
けど、本当に、おなじなのか?
混乱しすぎてよくわからない。
そんなことを考え――思考停止しているあいだに、目の前の最高にいじらしい顔は、次第に疑念に満ちたそれへと変わり、とうとう確信の顔になって俺を指差した。
「あっ! もしかして入れ替わっただろ!」
「……ははっ」
榛名は両手を頬に当てて、先ほどとはべつの悶え方を披露した。
そして、ふたたび俺を見て、
「さっきのセリフ、あれは無しの方向で」
思いっきり仏頂面で手をふった。
うん。いまの流れはとても面白かったぞ。
……めっちゃドキドキしたけど。
そういえば、ここも砂浜なのか。
昨晩の記憶がよみがえる。
キャスケット帽の霧島榛名との邂逅。
飛ばされた色の薄い世界にも、ここと同じような砂浜、そして海があった。
「なあ榛名、なんで俺たち海にいるんだ?」
いや――
「ここはどこだ?」
「ん? 小樽だよ」
「小樽?」
榛名は俺の顔を見て「しょうがないなあ」とため息をついた。
「磯野も大変だな。十一日にサバ館でサバゲー合宿やることになってたのは知ってるよな? わたしはここの近くの桃内ってところのフィールドで、大学サークル合同のサバゲーに参加してたんだけど、千代田のやつが、わたしが遠出するの羨ましがってさ。あいつ駄々をこねて、結局、昨日この小樽にオカ研メンバーも遊びにきたってわけ」
あーその光景目に浮かぶわー。目に浮かぶが、こっちの怜も同じようなことするのな。
「それでサバゲー合宿終わったから、昨日の夜にわたしもこっちに合流してホテルにも泊めてもらったって感じ」
「なるほどな。けど、なんで俺たちは朝から浜辺にいるんだ?」
「二人っきりだから期待でもしたか?」
榛名は笑った。
「いきなり抱きついてきたしな」
「それは言うな」
「けど」
榛名はまた顔が赤くなる。
「なんでいきなり……抱きついてきたの?」
榛名お前……それ蒸し返すのか?





