07-05 ……お前、量子コンピューターみたいなやつだな
色の薄い世界に囚われている霧島榛名と、磯野の身に起こる事態を解決すべく、柳井は宇宙物理学者三馬の協力を仰ぐ。
「僕も同感です。磯野が目の前から消えて三〇分後にまた現れたんですから……」
「……あとは、磯野がオカルト研究会の世界に入れ替わった際にやるべきことか」
「霧島榛名から情報を聞き出すってことですね」
「ああ。こっちの世界の霧島榛名が「色の薄い世界」に囚われているとするなら、なんらかの手掛かりがその子にある可能性が高い」
オカ研の榛名。
あいつがなにか知っているなら、俺の身に起こった出来事にたいしてなにかしらリアクションがあってもよかったはずなんだが。
「まあ、それはそれとしてだ。そのオカ研にいる霧島榛名に関して、気になったことを話していいか?」
「榛名についてですか? ええ、もちろんです」
「その榛名って子の趣味と行動だが、なんだか楽しむことに躍起になっているように見えるんだよな」
「躍起……ですか?」
「人生を楽しんでいるのはそうだと思うんだが、そう思うには焦りがある気がするんだ。充実に迫られているっていうか、楽しまなきゃいけないというか」
いままでの榛名の顔が、頭の中をかすめていく。
コロコロと表情が変わり、人懐っこくて、悪戯好きで、それでいて妙なところで頭をまわしては、さり気なく人のことを気遣う。
一方で、無邪気という傍目の印象は、周囲にそう見せかけるためのもので、実際は取り繕っているだけなのかもしれない。
「つまり、霧島榛名は、なにかを隠している?」
「ああ。ただ今回の件とはちがう気はするがな」
「どういうことです?」
「もっと家庭的な事情がその子にはあるんじゃないか?」
「家庭的な……事情?」
「そう思うのもさ、そっちの俺がその子に放任しながらも妙に世話を焼いているだろ? なんだか親心的に接してる気がするんだよ。なんでかはわからないが、榛名って子本人が納得できるまで見守る感じでな」
ああ、そうか。
柳井さんは、オカ研側の柳井さんの様子を外から見たからこそ、気になったってわけか。
「そんな接し方をする俺が、なにを考えているか思い浮かべてみるとだな、
その子、過去になにかあったんじゃないのか? そっちの俺はそれを察して、変にサークルの縛りにこだわらずに、彼女のやりたいように放っておいてやってるんじゃないか?
そう思うんだ」
世話好きの柳井さんらしい。
とはいえ、オカ研でのここ一年のあいつの様子を柳井さんの言葉と重ねてみると、驚くほどに違和感がなかった。
「柳井さんに指摘されるまで、全然気がつかなかったです」
「わからないだろうよ。俺だって、磯野の話からもう一人の俺の行動を思い浮かべて、はじめてヘンだと思ったからな。もう一人の俺は、その榛名って子に関して妙に気を遣ってるな、ってな」
「なるほど」
「大丈夫だろうとは思うが、榛名って子、元気そうに見えて実は繊細で脆そうな感じがするから気をつけてやってくれ。直接ささえるのはそっちの俺の役目じゃなさそうだし」
「え、そうなんですか? いま言われたみたいな気遣いができる柳井さんのほうが――」
「俺にはつとまらんよ。キャラ的におまえが一番の適任だと思う」
「……正直、ピンとこないです」
「あ、おまえには千代田がいるから難しいか」
「だから怜についてはまったくの思いちがいですから!」
「とりあえず頭の片隅に入れておけ」
「……わかりました」
オカ研に戻ったら榛名からいろいろと訊き出すことになるだろう。
けれど、あいつも自分自身のこととなると、あまり話したがらないからなあ。ちばちゃんとは別の意味で難易度が高いかもしれん。
「もう一つ話は変わって、磯野、おまえには些細なことかもしれんが、俺にとって気になることがある」
「え、なんです?」
「そっちの俺はオカルト研究会を選んだのか。不思議なもんだな」
選んだ? ……ああ、サークル設立についての話か。
オカ研柳井さんの話では、自治会の安斎さんという人から、オカルト研究会の設立を頼まれたんじゃなかったっけ。
「詳しくは話してなかったが、こっちの安斎さんからは、映研を存続させるか、新規のオカルトサークルの立ち上げかの二択を持ちかけられたんだよ」
「えっ? そうだったんですか?」
「俺はオカルト部の現状をみているからオカルト研究会を建てたかったんだが、文化棟にすでにオカルト部があるのに、映研が無くなってしまうことに目も当てられなくってな」
「柳井さんってつくづく世話焼きなんですね」
「だよな。なんでこんな性分なんだろうな」
俺と柳井さん二人して笑った。
柳井さんといっしょに「ははは」と笑っていた竹内千尋が、ふと真顔になって俺を見た。
「あっ」
「どうした? 千尋」
「ねえ磯野、もし明日三馬さんと会うまでに磯野の入れ替わりが起こったとしても、こっちにくる「もう一人の磯野」は、ある程度話は通じるよね?」
「ああ。むこうでは確実にオカ研メンバーと情報共有してるから、入れ替わったとしても、千尋と柳井さんなら話は解るはずだ。オカ研世界では、すでに情報共有用の大学ノートが稼働しているしな」
「そうそう。磯野がいつ入れ替わっても問題はないと思うんだよね。いまこのあいだも、オカ研世界ではこっちでは得られない情報をつかんでるかもしれないし。だから、入れ替わったほうが情報収集の効率がかえって良くなることもあるだろうし」
「二つの世界での磯野の並列処理か。……お前、量子コンピューターみたいなやつだな」
「いえ、そう言われても、意味がわからんのですが……」
「まあ、入れ替わったとしても、こっちでうまくやっておくから、安心してオカ研世界で情報収集してこい」
「……わかりました。ちばちゃんの説得と大学ノートの件もお願いしますよ」
「ああ、任せとけ」
部室を出るころには、日をまたぎかけていた。
管理人のおじさんから小言を言われつつ文化棟を出た。終電を逃したため、結局、柳井さんの車で家まで送ってもらった。
八月十三日 午前〇時半。
自宅の前までたどり着くと名犬ジョンの熱烈な出迎えがあった。
お前、この時間はもう寝ているだろうに。
飛び跳ねはしゃいで、俺の顔を舐めまくるジョン。しかたないので、十分ほど捏ねくりまわしてやった。
というかジョンよ、再会にしたって、たった一日留守にしただけなのに喜びすぎだろ。これが長いあいだ帰ってこなかったらどうなるんだよ。
だれかに見られているような気がした。
以前、なぜかコンビニまえまで徘徊していたときに感じたのと同じ感覚。
けれど周囲を見渡したところで、となりの家と路面くらいしか見当たらなかった。とはいえ、深夜に見られている感覚っていうのは、どうにも不気味で仕方がない。
……いや、気のせいだろ気のせい。





