06-03 なんだこの白い光は。光どけろよく見えないだろ!
温泉回です。
俺はバスタオルと旅館備え付けの浴衣を抱えて、柳井さんと千尋の後について行った。
とはいえ、まだだるい。これは今夜しっかり寝ないと疲れは抜け切らないんじゃないか? 入れ替わり時間なんて知ったことか。寝不足のままじゃまともな状況判断なんてできるわけがない。今夜はしっかり寝てやる。
「そういえば今川は?」
「あいつはさきに風呂に行ってるみたいだが……」
柳井さんの顔が険しくなる。
今川もまた別の意味でバイタリティ溢れているからな。いまの俺じゃ対処できる気がしないので、柳井さんに頑張ってもらうしかない。
と、風呂にむかう廊下で女子連中と鉢合わせた。
「あ、柳井さんたちもお風呂ですか?」
相変わらず二段階くらいテンションが高くなっている千代田怜。
「なんだ、おまえらもか」
笑顔の怜と青葉綾乃。そして二人のうしろに隠れながらもコクコクとうなずくちばちゃん。
「柳井さん、のぞかないでくださいよ」
「はは。千代田よ、俺より今川を警戒しろよ」
あれだけ歩きまわったのにみんな元気すぎるだろ。
「磯野、あんたホントに顔色悪いよ。お風呂入って大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫だ問題ない」
こういう場合、茶化さず本気で心配してくる千代田怜。あえて毒でも吐いて気を遣わせまいと思ったが、その思いとは裏腹に気の利いた言葉がなにも浮かばなかった。これは飯食ったらさっさと寝たほうがいいな……。
「そう、それならいいけど」
心配そうな顔をするなよ。おまえは気にせず楽しんでいればいいんだ怜。
俺たちはそれぞれ男湯と女湯に別れた。
脱衣所に野郎三人。修学旅行気分とはいえ、ふだん銭湯などあまり行ったことはないので少々気恥ずかしさがある。
が、そんなことお構いなしに竹内千尋は衣服をポイポイ籠に放り込んで、われさきにと大浴場へ入って行った。
そういえば、俺たち以外に籠が埋まってないような。
客はそれなりにいるはずなんだが。ちょうど隙間の時間なのかもしれない。
大浴場へと向かう。
アルミサッシの引き戸をあけけると、普通の銭湯と同じ程度の大浴場、その奥にさらに露天風呂への引き戸があった。大浴場では、体を軽く流した竹内千尋が、人がいないことをいいことにスイスイと元気に泳ぎはじめた。
お前は、はじめての銭湯ではしゃぐガキか。
「おい竹内、人がいないからって泳いでいいもんでもないだろ」
洗い場で体を流している柳井さんが苦笑いでたしなめた。
千尋は「人がきたらやめますー」と言ってスイミングを楽しんだ。
柳井さんは体を流し終わると、そのまま奥の露天風呂へと消えた。
まあ人様がいなければ大丈夫だろ。他の客が入ってくればさすがに止めるだろうし。……止めるよな? そんなことに気を遣う気力もないんだ。俺は軽く浸かってさっさと上がりたい。
洗い場で体を流す。
このまま大浴場に入っておわりにしよう。……うーん、せっかく露天風呂があるんだ、少しだけ浸かっていくか。
露天風呂へのアルミサッシの引き戸を開けて、石畳の道を行く。
最初は竹垣にさえぎられて景色がなかなか見えなかったが、かどを曲がると遠目に湖が目に入った。なるほど。気づかなかったがこの旅館、すこし高所にあるのかもしれない。
そして、目当ての露天風呂。
湯けむりの中に柳井さんと今川の二人。そして奥におじいさんが一人。
なんだよ、ほぼ映研の貸し切り状態じゃないか。なかなかに贅沢な空間である。
「お、磯野ちゃんも来たのね」
「すぐに上がるがな」
「ここは裸の付き合いでしょ」
「遠慮しとく」
「えーつれないなあ磯野ちゃーん」
「やかましい」
温まったら上がって飯食ってさっさっと寝てやる。
二人から若干距離をおいて湯船に浸かる。
ちょっと熱いな。
だがそのうち慣れる程度の熱さだった。
少しぬめりけのあるこのお湯はなにか効能でもあるんだろうか。おそらく入口に解説があるんだろうが、そこまで戻る気力はなかった。
「磯野、顔色悪かったがすこしは良くはなったか?」
湯けむりの奥から柳井さんの一言。
「はい。けど、まだだるいので、上がって晩飯食べたらそうそうに寝ますね」
「まあ、それがいいだろうな」
「それにしても、今回は急すぎて正直疲れました」
「千代田と青葉が元気すぎたからな。とはいえ、編集時間のことを考えたら再撮は早いに越したことはないわけだし、今回の件は素直にありがたかったがな」
そうだ。いまのうちに例の柳井さんを味方つける件を消化すべきじゃ……。
いや、今川がいるから無理か。そもそもロケハン後のくつろいでいるときに、込み入った長話をするなんてちょっと無粋過ぎないか? しかも露天風呂だぞ。だが……とりあえず、今夜か明日にでも時間を作ってもらうお願いだけしておこうか。
と、俺が口をひらきかけたところで、竹垣のむこう側からキーの高い声が微かに聞こえてきた。
「ちばちゃん早く。恥ずかしがらないで、ほら」
……マジかよ。
これは……明らかに青葉綾乃の声だ。
露天風呂って、のぞき対策で男女それぞれそれなりに距離をあけているもんだろ普通。いや、声の聞こえ方からしてそれなりに距離は離れているはずなんだ。……やつらの声量がそれを上回っているとでもいうのか?
しかしこの旅館は青葉綾乃の親戚が経営する老舗旅館。
ほどほどの客の入りと、失礼ながらも改築してなさそうな感じからみて、そこらへんの配慮まで行き届いていない時代を保全している、貴重な空間なのかもしれない。……やつらがうるさいというだけなんだが。
この女湯の様子が駄々漏れな状況をどうしたものか。
柳井さんと今川を見ると、さっきまでくつろいでいた二人の顔が、いまや絵に描いたように引き締まっていた。そしておじいさんも……。極度の意識の集中がうかがえる。柳井さんは俺と目が合うと静かにうなずいて、ゆっくりと目を閉じた。
今川はともかく、ふだんは仏のようなこの人もやはり人の子なのだな。
俺も柳井さんに習い、まぶたを閉じて聴覚に意識を集中する。
聴こえる。聴こえるぞ。ちばちゃんの胸を見て動揺する千代田怜の声が。
「ちょっと……それってどうなの……」
「ちばちゃんは地味に大きいですからねー」
「……あ……やめて」
ちばちゃんのか細い声が耳に届く。
いかん、これは色々と駄目な気がしてきましたぞ。
……そうだ、俺は知っている。
――ちばちゃんは隠れ巨乳であることを。
そもそも霧島姉からして大きいのだから、ちばちゃんも大きいのは自明である。もし万が一、ちばちゃんの胸が無ければ、それは霧島家における遺伝子の伝達に複雑な事情が絡んでしまうだろう。
幸いそんなことはなく、霧島榛名は大きく、その妹の千葉もまた大きかった。そして、映研世界において彼女が一人っ子であったとしても、それはかわらなかったのだ。
と、いうことは――
俺の中の意識が囁く。
そう、千代田怜、青葉綾乃、霧島千葉の順に背が小さくなって行くのに反比例して胸の大きさが増していくことを。
何カップとかは知らん。とりあえず本人に訊いたら刺されることは確かだ。
――背丈L M Sに対して、胸S M Lなのだ。
言い方をかえれば、ショート、トール、そしてグランデ。千代田怜に関してはSSと言ってもいいかもしれない。控えめなものにさらにスーパーが付くのだ。スーパー控えめカップ。
――ちなみにここ最近の日本人はAカップが激減しているらしい。
日本全体の約八パーセント。それよりも小さいと言うことはつまり、レア度的にはSSRなのかもしれない。つまり星5だ。……いや、星5って、1%だよな。てことは、星4? 星4って何パーセントだっけ?
まあレアだ。希少なのだ。希少価値だぞ、ステータスだぞ喜べ千代田怜。本人に言ったら確実に殺される。
そんなことを考えているうちに、なんてことだ! 俺の右脳がフル回転して三人の様子の映像化がはじまってしまった。
どうも青葉綾乃が調子に乗ってちばちゃんの胸を千代田怜の背中に押し付けているらしい。
ときどき聴こえてくるちばちゃんの「……嫌………やめて」という囁くような抗議と、背中に胸の感触を味わいながらも己に持ち合わせないそれに屈辱を感じているであろう千代田怜の複雑な表情が克明に浮かぶ。
って! なんだこの白い光は。光どけろよく見えないだろ!





