05-02 時空のおばあちゃんでもいいけど
磯野の話を聞いたオカ研面子は、七日に迷い込んだ色の薄い世界が、都市伝説「時空のおっさん」に似ていると指摘し――
「知っているのか榛名!?」
「いや、女っておばさん? お姉さん?」
「え? ……そこまではわからなったが」
「お姉ちゃん、時空のおっさんっていうくらいだから、やっぱり女の人ならおばさんだと思うよ。時空のおばさん」
「そうか? 時空のお姉さんとかいてもいいんじゃないか? 時空のおばあちゃんでもいいけど」
「…………は?」
……なんなんだよ。なにか知ってるんじゃないのかよ。
そもそもなにがいいんだよ。
それじゃあなんでもありになっちゃうよ、と見当違いの反論をするちばちゃん。それに応じる姉。
そんな二人を横目に、時空のおっさんの解説あたりからそわそわしていた千代田怜が口を出した。
「時空のおっさん以外だと「飽きた」とか「エレベーター」とか「姿見鏡」のヤツとかあったじゃない? そこらへんの異世界へ行く話とかになにかヒントとかないかな」
巷で耳にする、異世界へ迷い込むための代表的な方法をスラスラと挙げていく千代田怜。ふだんはこういう話題には混ざらないのだが、やけに生き生きしているなこいつ。そういえば――
と、竹内千尋が先に口にする。
「怜はそっち系の話好きだったっけ」
「別に……好きってほどでもないけど」
慌てて無関心を装う千代田怜。なんだそのツンデレのテンプレみたいな反応は。べつにここはオカ研なんだから、オカルト話に無関心を決め込む必要もないだろうに。
「ちなみに磯野の好きなジャンルって、たしかUFOとか宇宙人だっけ?」
「よく覚えてたな千尋」
「だって磯野、入部のとき『Xファイル』や『フリンジ』の話で盛り上がってたじゃない」
そういえば、こっちの世界でもSFドラマや映画が好きで映研に入ろうと部室を訪ねたんだったな。やっと思い出した。
「さっきの怜の話だけど、付け加えるなら「禁足地」とかの神隠し系スポットまで広げても面白いかもね」
禁足地とは、その名の通り、古来から人が入ってはならない場所とされており、もしも入ってしまったら神隠しにあい、二度と出てこられなくなると言われている。
神道などにおける神域であり、この世とあの世の境目とされている。いわゆる結界になっている領域であり、いまも日本各地に所縁の地がある。と、むかし柳井さんに解説されたことがあった。
そこへ霧島姉が口を挟んだ。
「それだったら、本家の『オカルト部』に相談してみるのもありなんじゃないか?」
オカルト部。文化棟の四階にあるもう一つのオカルト系サークル。しかし、柳井さんは表情を曇らせた。
「うーん、今回のはちがう気がする。そもそも時空のおっさんに似たその空間は、学生生協前のベンチから迷い込んだんだろ? なら、再度入り込めるかはともかく入り口は確定しているわけだ」
あ、そうか。色の薄い世界に迷い込むことを恐れて、あまり考えないようにしていたが、あの場所が入り口になっていることだってあるよな。学食へ行く途中でそれくらい気づいてもよかったはずなのだが……、無意識のうちに気が引けていたんだんだろうな。
「――それにオカルト部は心霊系メインだしな」
「ああ……会長はそっち系ダメだったな、そういえば」
「榛名、柳井さんは「わかる」人だからかえって駄目なんだよ」
「へー! 初めて聞きました」
竹内千尋の補足にちばちゃんは目を輝かせた。
「俺自身、幽霊が見えているとも思わんのだがな。第一非科学的だし。それはさておき、神隠しスポットはともかく禁足地なんてもってのほかだ。危険すぎる。洒落にならんことも多い。本家は気にせず動くのが気に食わんのだ」
「……異世界とは別の世界に飛ばされそうですしね」
竹内千尋は苦笑いしながら肩をすくめた。
「つーかさ会長、いまさらだけどオカルトサークルが心霊ネタ避けるって……それってどうなんだ? それに非科学的って、それじゃあうちのサークル全否定じゃん」
「俺個人としてはオカルト話としての信憑性よりも、都市伝説として伝播していったその土地における由来や、民俗学的な視点からの研究を楽しむ性質なんだ。まあ、ほかのメンバーはそんなことにこだわらず、オカルトを楽しんでもらえば良いんだが」
「なるほどなー。たまには会長らしいこと言うな」
「榛名お前……俺をなんだと思ってるんだ?」
オカルト部か。あれ? そういえば、たしか映研世界にもオカルト部ってあったよな。
「柳井さん、オカ研の設立経緯って……」
「オカルト部から柳井さんが独立させたんでしょ?」
怜の言うとおり、もともとは四階にあるオカルト部に所属していた柳井さんが、昨年、このオカルト研究会を独立させた。そしてその年に俺たちが入部したという流れ。というのは聞いていたのだが――
「気になったんだよ。むこうの世界だと柳井さん映研の会長で、こっちだとオカ研の会長だしさ」
「磯野が気にしてるのは、柳井さんがなんで映研じゃなくて、オカルト研究会のサークル設立に至ったのかってこと?」
「そう」
「……なるほど。俺にしてみれば、なんでむこうの俺が映研の会長なのかは気にはなるな」
柳井さんは神妙な顔つきになって窓際に腰かけた。
「むこうの柳井さんは自治会から頼まれたって言ってました。映研の部員が少なくて廃部になりそうだった。とか」
「そうなのか。オカ研も自治会の先輩の安斎さんから頼まれて設立したんだ。「オカルト部はトラブル続きだからさ、オカルト部とは別にオカルト系の受け皿となるサークルを作ってほしいんだよね。今度飯でもおごるからさー」という感じだ」
「なるほど」
「あ、そういえば……安斎さんにいまだに飯おごってもらってないぞ……」
苦笑いを返すしかない一同。
「ちなみにそのトラブルって」
「心霊スポット巡りだ。本家が人気なのもこれのおかげなんだが、いろいろとトラブルが絶えない。ただ学外にまで知れ渡るくらいの人気になっているから、自治会や学生部にとってはただただ厄介でしかないんだ」
「それで受け皿としてのうちというわけですか」
「ああ。とはいえ、入ってきたのはお前らくらいだから、自治会の意図通りにはいかなかっただろうがな。そんな経緯だから、うちらは本家からは良くは思われてはいないだろう」
「どっちの柳井さんも世話好きですねえ……」
そう呆れたように言う千代田怜の目は、わずかだが優しさを帯びているように見えた。
「あ、だからオカルト研究会って、愛好会、同好会をすっとばして、いきなり研究会になってるんですね」
人指し指を立ててひとり納得する怜に、意外そうな顔をした榛名が問いかける。
「え、サークルって全部研究会じゃないのか?」
「榛名って、いろんなサークル出入りするわりに全然知らないんだね。うちの大学では最低でも愛好会一年、同好会一年活動して、やっと研究会に昇格できるか審査される権利を得るんだよ」
「へー」
「研究会はイコール部室のあるサークルね。文化棟の部室の数は限られてるから、自治会の昇格審査は毎年かなり厳しいことになってるよ」
怜のやつ、やけに詳しいな。けどあいつ、そこらへんのことをいろいろと調べてた時期がたしかあったよな。
「そういえば、怜は一年のころにサークル作ろうとしてたもんね」
竹内千尋のいまの言葉で思い出した。
「あ……あのネズミ講サークル構想か……」





