05-01 時空のおっさん? なんだそれ
「文字の浮かび上がり現象」を目撃したオカ研メンバーたちは、磯野がいままで遭遇した超常現象の話をきくことになり――
オカ研メンバー全員が一堂に会するなか、三日前――八月七日から本日十日に至るまでの身に起こった奇妙な出来事について、俺は打ち明けた。
八月七日に映画研究会に訪れた、もう一人のちばちゃんの持っていた汚れた大学ノートを見てからの眩暈と、色の薄い世界での出来事。
翌日のオカルト研究会世界への移動と、霧島千葉の名前の一致。
映研世界への帰還と、これが夢ではなく二つの世界の往来であることの確信。
昨晩の覚醒中に起こったこのオカ研世界への二度目となる移動。
そして、たったいまノートに浮かびあがった最後の一言、
――いまこれを書いているのはもともと映研世界から来た磯野である
いままでの流れから、この一文の書き手、文字の浮かび上がり現象を起こした相手はオカ研世界出身の俺だと思っていたのに、映研から来た俺――つまりいまいる俺自身であると言っていること。
だが、そんなことは有り得ないということも。
本棚を背もたれにして腕を組んでいた柳井さんが一つため息をついた。
「……信じられん」
「わたしだって信じられませんよ。……けどさっきの見ちゃうと」
千代田怜はそう言って、ふたたび考え込むように大学ノートを見つめた。
「わたしなんて文字が浮かび上がるの二回も見ちゃってますし」
ちばちゃんもまた神妙な面持ちで答えた。
一方の霧島榛名は先ほどの深刻そうな様子とは一転して「モロオカルトじゃん。うちのサークル向きだな」と他人事のように言い放った。とはいえ霧島榛名を見ると、ほかの面子の様子を窺っているっぽい。
霧島榛名は、こういう場合ふざけた態度をとることがほとんどだ。
けれど、たまにではあるが、あまりにも持てますような事態に陥ったときには、周囲に配慮したり、冷静になって物事を見ることがあった。今回も、ほかのメンバーこの超常現象と俺の話に呑み込まれているのを察して、あえて一度突き放して様子を見ているのかもしれない。
まあ、ノートに文字が浮かび上がるという超常現象を見たとはいっても、色の薄い世界や、その後の映研――オカ研世界間の往来などという話を、真面目に聞けというほうが無茶な話なのではあるが。
「……あんたねえ」
霧島榛名の呑気な発言にツッコミを入れる千代田怜。だが、今回は話が話だけにいつものような勢いはない。
腕を組んだままの柳井さんがゆっくりと話しはじめた。
「まあ、なんだ。磯野はこのノートの書き手について気にしている、ということだが、俺たちにしてみれば、いま磯野が話した「いままで起こった出来事」に面食らって、そこまで頭がまわらん。そもそも磯野の話を事実として受け止めていいのかすらわからんしな」
おっしゃるとおり、俺だっていまこの状況が現実だなんて信じられないし信じたくもない。ここ数日のあいだの不可解な出来事は、夢だと思っていたからこそギリギリ受け入れられていたというのに。
それにも関わらず、突然の世界の切り替わりを体験してしまった現在、二つの世界――並行世界を往き来していたことにしないと、どうしても辻褄が合わないと感じてしまった。
さらに、このノートの書き込みによれば、今度はさらに別の映研出身の俺がいるらしい。この先また増えたら結局俺は何人になるんだ?
「とりあえず事実かどうかはともかく、一度、磯野の話した一連について考えてみるに、これもまたどこかで聞いたようなオカルトネタだらけで、どこから手をつければいいか……」
柳井さんが口をつぐんだところで、竹内千尋が続いた。
「磯野の話、二〇〇〇年代に入ってからの都市伝説がいろいろ混ざってるよね。七日の午後に迷い込んだっていう、色の薄い世界だっけ? その無人の世界の話は「時空のおっさん」ぽいし」
「時空のおっさん? なんだそれ」
いや、名前は聞いたことがある気がするが、どんな話だったけか。
……そもそもなんでこっちの俺はオカ研に入ったんだっけ? オカ研世界の記憶はたしかによみがえっている。とはいえ、その上で忘れている出来事もそれなりにあるっぽい。現実世界でだって、些細なことまですべて思い出せているわけじゃないから当然といえば当然だが。
ただ、なんとなく覚えているのは、こっちの世界でも映研に入ろうとしてこの部室に訪れたってことだ。
そんなことを考えている俺をよそに、「時空のおっさん」という言葉を聞いて顔の弛んだ柳井さんが、嬉々として解説をはじめた。
「時空のおっさんっていうのは、磯野が話したような無人、無音の世界に突然迷い込んでしまう話だ。その無人世界の中にしばらく閉じ込められたあと、どこからともなく作業着を着たおっさんが現れて、迷い込んだ人間を元に戻す、という流れが一般的だな。掲示板で流行……ってたしか二〇〇七年あたりから話題になりはじめたんだったか」
柳井さんの話に、同じく高揚気味の竹内千尋が反応した。
「十年以上もまえですか。時空のおっさんって意外と古いんですね。似た話の「きさらぎ駅」ってこれより前ですよね。それにきさらぎ駅のほうが有名だから、時空のおっさんは影が薄かった印象あります」
きさらぎ駅って、たしか現実には存在しない駅に迷い込んだ人が、その様子をネット掲示板でリアルタイムで実況した話だよな。
「時空のおっさんに出てくる空間は、色が薄くて、空が赤くて、いま柳井さんが言ったみたいに無人で無音なんだよね。磯野の迷い込んだ空間って時空のおっさんの空間に近いんじゃないかな」
言われてみれば、色が薄い、無人、無音……時空のおっさんの話に出てくる空間に近い気はする。ただ空は赤くなかったな。それに――
「おっさんには会わなかったし、瞬間移動みたいなこともあったんだぜ?」
「磯野の瞬間移動した先って、学校のグラウンドなんでしょ? なら時空のおっさんの初期の話もグラウンドが舞台の話が多いし、やっぱり似てると思うよ。文字が無いとか、黒い空間というのは気になるけどね」
「あ、あとは駅のプラットホームっぽいところで女の人影を見かけたか」
俺の言葉にピンと反応して霧島榛名が食いついてきた。
「……女?」





