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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
04.二つの世界
34/196

04-08 磯野……一昨日のあの話、夢じゃなかったの?

 部室に戻った磯野たちは、プリントに追加で書き加えられた「情報共有をしろ」をもとに超常現象の再現実験を行う。

「ちょっとー」

「いやさ、やっぱ注目されると書きづらいわけよ」

「気持ちはわかる」


 柳井さんのため息からのフォロー。それに対して、


「日付と時間! あとはさっきの箇条書きの内容を書けばいいじゃない」


 怜よ、意気込むのはわかるが張り切りすぎだろう。怖いぞ。


「怖いぞ」

「はあ?」

「そうだね。情報共有の意味はよくわからないけど、比較実験で考えれば、怜の言うとおり、この大学ノートでもプリントと同じ文が浮かび上がるのか確かめてみるのが先決せんけつだね」


 竹内千尋の助言に、千代田怜とはちがい、可愛らしい意気込みでうなずくちばちゃん。榛名だけは、いまだに頭にはてなマークをつけながらおとなしく眺めていた。


「ほんじゃいくぞ」


 俺はそう言うと、大学ノートの見開き左ページの頭に日付といまの時間


 ――八月十〇日 十三時〇六分


 と書き込んだ。


 そして、さきほどのプリントを見ながら、箇条書きを書き写そうと、ペンの先がノートに接触せっしょくしたそのとき――


「なにも起こらんな」

「ん? なにも起こらんってなんかあるのか?」


 榛名が問う。


「お姉ちゃん、さっきね、そのプリントに磯野さんがこうやって書き込もうとしたら、そこに書かれてるみたいに文章の箇条書きがバッて感じに出てきて」

「おおー」

「お姉ちゃん……信じてないでしょ」

「うん、よくわからんし」


 ムスッとするちばちゃん。


 そりゃ普通に考えたら信じられるはずがない。これが当たり前の反応なんだからしかたないさ、ちばちゃん。


「とりあえず、そのまま書き写してみたらどうだ?」

「あ、はい」


 柳井さんの提案により、そのままさっきの箇条書きを書き写しはじめた。ところが、書き写しているあいだに文字が浮かび上がるようなことなど起こることもなく、だいたい五分ほど経過したあたりで、箇条書きの内容をすべて書き終えてしまった。


 大学ノートへの書き出しにあった張り詰めた空気は、書き終わるころには微妙な空気へとなり果てた。


「やはり情報共有って言葉が気になる」


 柳井さんはボソリと言った。


 しばらくの沈黙。そんななか、一人だけノートを穴がくほど見つめていた竹内千尋がつぶやいた。


「磯野は、この情報共有って言葉になにか心当たりはある?」

「心当たり……」


 ああ、あるさ。これを書いた人間は「もう一人の俺」だろ? 文字が浮かび上がるってのは予想外だったけどな。けど、この心当たり――オカ研出身の俺との情報共有ということを、どうやってみんなに話す?


 ……まてよ。ノートを用意しろってことは、もう一人の俺はすでにノートを用意して……それって、つまり――


 俺はボールペンを持ち、すでに埋め尽くされていた箇条書きから次のページへとペンを近づけた。そのとき、


 ――今度は右側のページに数行の文章が浮かび上がった。


「うおおおおおお」


 そうだ。「情報共有をしろ」と伝えてきたもう一人の俺は、プリントに書いた内容のほかにも、ノートに書き込んでいるはずなのだ。


 だから、すでに書き込んだプリントの情報ではなく、まだ書き込んでいない新たな内容をイメージしてやれば、もう一つの世界で書かれた内容が追加されて浮かび上がるだろうと思ったわけだ。その新たな内容とは、


 ――俺がいま抱えている三つの問題について。


 そして案の定、文字を浮かび上がらせることに成功した。

 そこに書かれていたのは、


 色の薄い世界について気づいたことの詳細。

 映研世界とオカ研世界のたびかさなる入れ替わりに関する疑問。

 映研世界のちばちゃんが持つ汚れた大学ノートが気になるということ。


 プリントに書かれていない新たな情報共有。


 文章が浮かび上がるのを目の当たりにしたオカ研の面子は、超常現象としか言いようのないこの事態に、ノートに釘づけになっていた。


 その下にさらにもう一つの文章があることに気づく。

 まったく想定そうていしていなかったその一文、それは、


 ――いまこれを書いているのは、もともと映研世界から来た磯野である


 え?


 身に覚えのない一文の書き手、つまりこの大学ノートの通信つうしん相手は、俺自身であると言っている。だが、これはおかしい。いままで想定そうていしていたもう一人の俺は、オカ研出身の俺のはずだ。そう、二つの世界を入れ替わっているなら、



 いまオカ研世界にいる映研出身の俺と、

 いま映研世界にいるオカ研出身の俺。



 この二人のはずなんだ。

 もしそうではなくて「映研から来た俺」が書いたものなら、このオカ研世界に映研出身の俺が二人いるってことなのか?

 そんなわけはない。もう一人の俺っていうのは、映研世界とオカ研世界、この二つの世界の片割かたわれでないと、二つの世界の入れ替わりに説明がつかない。たが、


 ――本当に説明がつかないのか?


「磯野、おまえなにしたんだ?」


 俺の思考をさえぎるように、霧島榛名が質問を投げかけてきた。


 だが俺は、このオカ研世界におけるもう一人の俺という存在について頭がいっぱいで、返事などする気になれなかった。霧島榛名は、俺の沈黙にしびれを切らしてもう一度口をひらこうとする。しかし、


「ね? お姉ちゃん、嘘じゃなかったでしょ?」


 オカ研メンバー全員が目の当たりにしたことで、喜びをおさえられないちばちゃんに、榛名の言葉はさえぎられた。霧島榛名は、すこしの沈黙のあと、神妙な面持ちのまま妹をたしなめた。


「そうかもしれないが、これが本当なら本気でヤバいぞ。千葉ちはわかってるのか?」


 榛名にそう言われたちばちゃんはキョトンとした。が、目の前で起こったことのその異常いじょうさについてあらためて頭をめぐらせたのであろう、ハッとして両手で口をおおった。


 柳井さんは腕を組んだまま沈黙を守り、千代田怜も難しい顔をしながら、トリックでも疑っているのか、ノートと俺の持つボールペンのあいだを交互に見かえしている。そんななか、浮かび上がった右のページを凝視ぎょうししていた竹内千尋が口をひらいた。


「磯野……一昨日のあの話、夢じゃなかったの?」


 その言葉に一同が「え?」という声をこぼし、俺以外の全員が大学ノートの右ページに注目した。


 そうだ。大学ノートに書かれているその内容は、映研世界とオカ研世界の往来と、そのときの状況についての疑問。そして、入れ替わり元である映研世界について、夢ではなく現実にある世界として記述きじゅつされている。


 竹内千尋は、冷静なる興味をもって俺を見つめてきた。

 俺は、躊躇ためらうことなく答えた。


「ああ」

 04.二つの世界 END

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