04-07 榛名……屋上へ行こうぜ……
ちばちゃんも文字の浮かび上がり現象を目撃したことで、磯野はオカ研面子を巻き込んでの現象再現のための打ち合わせをはじめる。
「ちょっと! わたしがいないあいだに話進めないでくださいよ」
千代田伶がそう言って、ちばちゃんのとなりに腰をかけた。こいつの昼飯は、学生生協で買ってきたたまごサンドとコーヒー。そして、
「はい、これ必要でしょ?」
と言って、大学ノートを手渡してきた。
大学ノート……。
「ルーズリーフとかリングノートのほうが便利かなと思ったけど、さっき大学ノートって言ってたから」
こういうところは気が利くよなこいつは。素直にありがたく受け取っておこう。
怜を見ると涼しい顔をしていたが、わざわざ気を利かせるあたり、今回の件についてこいつも内心盛り上がってるのかもしれない。
「一二〇円」
そう言いながら手を差し出す千代田怜。
「え? 学生生協なら税込九八円だろこれ」
「手間賃だよ言わせんな」
「おまえのこと少しでも褒めようと思った俺が馬鹿だったわ」
「当事者はあんたでしょ」
そりゃそうだが……釈然としねえ。
「なるほど、たしかにさっきのプリントの裏とノートの比較も必要だね。あのプリントだけで発生するのか、ほかの紙でも文字は浮かび上がるのか。そもそも磯野じゃなくても文字を浮かび上がらせられるのか。なんだかワクワクしてきたよ」
俺たちのやり取りなどお構いなしに、無垢な少年のように竹内千尋ははしゃぐ。ほかのやつが言うのならわざとらしく聞こえるのだろうが、こいつの場合は本心だからなあ。
千尋の言葉が心強かったのか、向かいの席のちばちゃんもまた目を輝かせながら千尋を見つめていた。
「ところで磯野、さっき書き込んでたのって――」と千代田怜。
「ああ、九月祭のなんかの申請書類……だったかな」
「ちょっと、なんでそんなものに書き込んでるの? また委員会に取りに行かなきゃいけないじゃない」
「手ごろな位置にあったんだからしかたないだろ」
俺の無理筋な言い訳に、怜はぶつぶつと文句をつづけた。
とりあえず、みんな乗り気なのはありがたい。このままあの超常現象を上手く再現できればいいんだが。
部室に戻ると、さっきまでパソコンを占有していた霧島榛名が、例のプリントを手に取ってじっと見つめていた。
なんだか難しい顔をしている。
「さっきの試合どうだった?」
柳井さんの問いかけに、そのまま渋い顔を向ける榛名。こいつもまたわかりやすい。
「ありゃダメだよ。味方が堪えきれずに撃つもんだから、位置バレして一気に崩れた。ヌーブチームだよまったく」
「おまえ……今日からはじめたゲームになに言ってんだよ」
二人してわけのわからん話で盛り上がりはじめた。しかしそんなことより、榛名の手に持っているそのプリントを早く返してもらいたいんだが……。
「とりあえず、大学ノートにさっきの箇条書き書いてみるわ」
俺の言葉にニコニコ顔の竹内千尋と、意気込んでうなずくちばちゃん。その横で千代田怜が涼しい顔をしているが、明らかに目だけは注目している。こいつもポーカーフェイスとは程遠い。
ソファに座り、テーブルの上に大学ノートの二ページ目を見開きでひらいて、そばにあったボールペンをつかむ。
「榛名……ファンメ届いてるぞ」
一方、マウスをつかんでパソコン画面を見ている柳井さんの呆れ声。その声に榛名もパソコンをのぞき込んだ。
「あー……さっきのめくら撃ちしてたヤツだな。ええと……なんでおまえが籠ってるの、すこしはスポットしろよ、この……クソヌーブ」
榛名の音読に、どんどん顔が険しくなっていく柳井さん。
「……わたしが返事書こうか?」
「榛名……屋上へ行こうぜ……」
「か、会長、落ち着けって……」
柳井さんのただならぬオーラに気圧される榛名。
って、まったくこっちが気合い入れて書き込もうとしてるのに、二人してゲームの話してんじゃねーよ。気が散るじゃねえか。
「柳井さん、榛名おまえもだ。いまからノートに書き込むんだから、少し静かにしてくれませんかね」
「おお、悪い悪い」
「お、磯野、用意いいな。ここに書いてある通りノート買ってきたのか」
え? 書いてある?
榛名の言葉に、俺も含めたこの場にいる全員が注目した。
全員の目線に、榛名はなにかまずいことを言ったのかとポカンとしている。最初に口をひらいたのは千代田怜。
「ちょっと榛名、なに言ってるの?」
「え? なにって……なんだ?」
榛名は怜の問いかけの意図を理解できないのか、首をかしげ頭にはてなマークを浮かべた。
基本美人ではあるのだが、キャラに慣れてしまっているせいか、ちばちゃんのような可愛らしさはまったくないな。同じ姉妹でもこうもちがうか。
「だから、書いてある通りってなんなの」
「え、いや、この紙に書かれてて――」
「ちょっと貸せ」
となりにいた柳井さんが榛名の手からプリントを奪い取り、箇条書きが書き込まれている裏面を見た。
「おい榛名、おまえなに勝手に書き込んでるんだよ」
「へ? なに言ってんの? これ磯野が書いたんじゃないのか? 磯野の字だろこれ」
榛名のその言葉に、俺を含めた全員が駆けよりプリントをのぞき込む。
プリントに書かれた箇条書きの下には、さっきまでなかったはずの一文が追加されていた。
――ノートを用意して情報共有をしろ
「この筆跡……」
そう言って千代田怜は前後の文を見比べた。
ああ、そうだ。走り書きではあるが、上の箇条書きと比べるべくもない。どう見ても俺の字だ。
「磯野、いつの間に」
「いや、俺は書いてない」
全員の沈黙。
ここにいる面子は、ちばちゃんをのぞいて超常現象を目の当たりにしたわけではない。だが、この奇妙な走り書きと、物理的に書き足すことが不可能な俺の一文にみんな黙り込んだ。
とはいえ、気づかなかっただけで実は知らないあいだに俺が書き込んだのではないか? という疑念もあるのだろう、なんとなく気まずい空気が流れた。そんななか、一人状況を把握できていない榛名が口をひらいた。
「え、なに? なんか面白いことになってるのか?」
榛名をのぞいた全員のため息。
そんな榛名の言葉がきっかけになったのか、顎に手をそえていた柳井さんが提案する。
「この言葉どおり大学ノートになにか書き込んでみるしかないだろう」
榛名をのぞいた全員がうなずいた。
俺の目の前には見開きになった大学ノート。
そして、それを取り囲み注目するオカ研の面々《めんめん》。
ボールペンをふたたびつかんだ俺は、ペンをノートに近づける。
そして次の一瞬――
「なに書けばいいんだっけ?」
俺をのぞいた全員の緊張が崩れた。





