04-02 ちなみにこれはタンクトップだけど、ブラトップな
並行世界であるオカ研世界に再び迷い込んだ磯野は、抜け出す方法が思いつかないまま、その世界の日常に埋もれていく。
午前十一時過ぎ。
シャワーから戻り、部室のドアをあけると、パソコンまえに榛名が陣取っていた。回転椅子にあぐらをかき、マウスを操作をしている。怜がいたら怒られるであろう生乾きの頭に、バスタオルをかけたままのその姿は、いかにも夏の気だるさを演出する女子大生。
一人暮らしの女子大生のだらしなさってこんな感じなんだろうな、と妙に様になっているその姿に感心した。だが、相変わらずタンクトップにショートパンツ。
「榛名―、ちゃんと髪乾かさないと臭くなるぞ」
「うん」
「まえ見たときも疑問に思ってたんだが、おまえ着替え持ってきてないのか?」
「ん? ちゃんと着替えてるぞ」
「いや、そのタンクトップとパンツ、さっき着てたやつじゃん」
榛名はパソコンから顔をあげて俺を見た。
「ちゃうちゃう。これは別。ちなみにこれはタンクトップだけど、ブラトップな」
「ブラトップ?」
「これの内側にブラがついてる。だから乳首透けない。便利だぞ」
ほう、そういうのもあるのか。
「って、ちょっとまてい! いまちく……」
「うん乳首」
「あのなあ、さっきもそうだが少しは女を保てよおまえ……」
「お、磯野は、わたしのこと女として見ているのか?」
「……ただすこし心配になっただけだ」
「へー」
榛名はにやけ面を俺にむけた。
そんなことより……いやいやどうでもよくないが、それよりも――
「おなじ服何着も持ってるのか?」
「そうそう」
「え、なんで?」
「なんでって、楽だからに決まってんじゃん」
「もしかして」
「気に入ったら数着同じの買う」
「わかからんではないが」
「服の組み合わせとか毎日考えるの面倒いじゃん」
「お前……発想が野郎と変わらんぞ。そんなこと言って本当は着替えずにきてるんじゃないのか? 足だって臭くなってたりして。いや、あきらかに臭そう」
「失礼なやつだなー。さっきシャワー浴びたの知ってるだろー」
「それはそうだが雰囲気的に臭そう」
「臭そう臭そうって……。あのなあ……そんな疑うんなら嗅いでみるか?」
そう言いながら、足を俺に向けてくる。
「やめろや、臭そうなのこっち向けるな」
「磯野ーこれでもわたしだって女の子なんだぜ。そんなデリカシーのない――」
「女の子だと? どの口が言うんだよ。それに足まで向けてきといて、さすがに草生えるわ」
「なんだとー」
いまの言葉に頭にきたのか、珍しくふくれっ面になる榛名。たが、すぐさま不気味なドヤ顔を浮かべて次の言葉をのたまいやがった。
「そこまで言うなら三千円やるよ貧乏学生。嗅いでみ、ほれほれ」
三千円……だと。
昨日のモスバーガー代がチャラどころか、二千円もお釣りがくるぞ。いや、あれは映研世界だからこっちじゃ関係な……それにしたって三千円か。……三千円だぞ! ……いやいや、なに考えてるんだ磯野。たかが三千円のために人間としての尊厳をドブに捨てるのか?
しかし、時給八五〇円にしたって四時間弱……地方学生にとってこれはでかい。それにこの世界で原因を究明するための軍資金となるやもしれん。くそう……悩ましい。
……いやまて、女子大生の生足の臭いを嗅ぐんだぞ。ある業界にとってこれはご褒美……って! バカか俺は!
とか考えながらも、気がついてみると俺は榛名の右足の親指に、腰をかがめながら鼻を近づけようとしていた。
心頭滅却すれば……いやちがうな。
一時の恥を偲び三千円。一時の恥を偲び三千円。一時の……。
と、そこへ、バタンとドアのひらく音が。
「おまえら……なに……やってんだ?」
できることなら振りかえりたくない声のほうへ顔を向けると、柳井さんと千代田怜がひらいたドアのまえで固まっていた。
「バッカじゃないの!?」
事情を聞くなり千代田怜は思いっきり罵倒してきた。仰るとおりで。一方の柳井さんは堪え切れないらしく、思いっきり腹を抱えている。
たしかにドアをあけたら、いまにも女の足の臭いを嗅ごうとして屈みながら鼻を近づけている男、などという変態的フェチズム的情景なんてものを見れば、そりゃあ狼狽えもするだろうし嫌悪もしよう。
だがな怜よ、察してくれ。夏休み中にたいしてバイトを入れていない俺にとって、三千円はあまりにも大きいんだぞ。いや、ろくにバイトもしないでだらだらしてる俺が、自業自得だと言われてしまうとそれまでなんだが。……なんだか耳が痛い。
しかしだ、男ならともかく、異性同士であれば、そこにはなにかしらの感情が芽生えるのは自然であり、その一例として、ほんの少しだけ常軌の逸したかように見える行為――
「バッカじゃないの」
千代田怜は、もう一度、吐き捨てるように、言った。
「榛名もいつもそんな格好してるから、臭そうとか言われるんじゃない。少しは身だしなみに気をつけなさいよ」
「なんだよ、千代田も臭いとか言うのか? 臭くないって。ほれ嗅いでみ」
そう言って、榛名は怜に向かって足を伸ばした。
怜は、その足を払い榛名の前で立ち止まると、真顔のまま榛名の頭に何度も空手チョップを食らわせた。
「いたい、いたい、いたい」
「千代田、世の中には嗅ぐべき足が臭ければ臭いほど、ご褒美と感じる輩もいるんだから、俺たちはあまり立ち入らないほうがいい」
と、俺がさっき頭に掠めたのと同様の、わざと誤解を招くようなフォローを入れる柳井さん。その言葉に怜は思わず口に手をあてると、憐れむように俺を見た。
「え、ご褒美だったの……? 磯野、なんかごめん」
「いや、ホント違うから。その顔やめてマジで」
怜の冗談だか本気だかわからないリアクションと、俺たち二人のなんとも言えない空気を捨て置いたまま、柳井さんは、すでにパソコンに向かっていた榛名の横から画面をのぞき込んだ。
「榛名、おまえなにやってんだ?」
「チュートリアル進めてるよ」
「そりゃ見ればわかるだろ。なんで俺のアカのままプレイしてる?」
「いまこの瞬間も拡がり続ける銀河系の広大さに比べれば、まったくもって些細な問題だな」
柳井さんはおもむろにヘッドロック。
「榛名おまえ、なに勝手にダウンロードコンテンツ詰め込めるだけ詰め込んでんだよ。まだバニラでさえ触ったことないのに」
「いたい、いたい、やめて」





