03-08 この感覚、なにか身に覚えがある
八日に映研に訪れたという「もう一人の俺」。磯野の別人格から霧島榛名の名前が出たことで、オカ研世界が夢ではないと磯野に確信させる。
けど、引っかかることがある。
今朝、別れ際でちばちゃんがつぶやいた「どこに」は、なにを指しているんだろう。
顔をあげると、千代田怜と目が合った。
千代田怜は、無言のまま俺に疑いの目を向けていた。また騙されてなるものかとムキになりつつも、俺の状況を見極めきれないため声をかけられずにいる、そんな感じだった。
こういうときは半端に誤魔化しちゃいけない気がする。とはいえ、このジト目にどう答えたものだろうか。
思考をめぐらしつつも答えが思い浮かぶこともなく、千代田怜をひたすら見つめかえしていたらしい。怜は次第に頬を赤らめ、とうとうあらぬほうへと目をそらした。
「なんなのもう……」
なんだコイツ、
「俺に惚れたか?」
まるで絵にかいたかのような「はあ? あんたバカァ?」という表情になった千代田怜は、本日二回目となる実力行使を俺の顔面に繰り出した。
千代田怜による二度目のタイムリープ(物理)によって、意識を取り戻したときにはすでに夕方を過ぎていた。
今度は眉間が痛い……。
って! 眉間にストレートとか下手したら死ぬぞ!
「磯野、おはよー」
部室に一人残っていた竹内千尋の話によると、あのあと柳井さんは学生部から無事許可を取りつけたらしい。女子高生二人が付属高校というのが主な理由だが、柳井さんと学生部の七年来の付き合いのほうが大きかったんじゃないかな、たぶん。
その後、柳井さんは帰り、千代田怜と青葉綾乃は、近くの喫茶店で早速サークル旅行の日程を組みはじめているらしい。
「なるほどな」
「こんなかたちで撮影旅行できるなんてすごくワクワクするよね!」
千尋はそう言いながら、きらきらと目を輝かせた。よかったな千尋。今日はもう疲れたから俺は帰るよ。
帰宅した俺は、そうそうに晩飯を食べて、自室へと戻る。
待ち受け画面を見ると八月九日 十八時五〇分。
今日もまた怒涛の一日だった。
いままで夢だと思っていたオカ研世界の記憶。
それが霧島千葉の名前の一致と、二四時間の空白、その空白に現実世界で動き回っていたらしい「もう一人の俺」の存在が明らかになったことで、はたして本当にあれが夢だったのか疑わしくなってきた。
そもそも俺自身、この事態をちゃんと受け止められているか、と訊かれたら、答えはNOだ。……ていうか「もう一人の俺」ってなんだよ。気味悪いどころのはなしじゃねえよ。
……その「もう一人の俺」について、気になることがある。
怜や柳井さんのはなしだと、昨日の映研でのそいつはあきらかに動揺していた。ということは、映研での「もう一人の俺」は、俺がオカ研世界で狼狽えていたのとおなじ状況だった可能性が高い。
つまり、「もう一人の俺」も、この超常現象に巻き込まれた存在じゃないのか? すくなくとも、俺の体を乗っ取ってやろう、みたいな悪意のある存在ではないのだろう。
さらに、そのことを裏付ける決定的な発言。
――霧島榛名。
そう、「もう一人の俺」は、オカ研世界でしか存在しない人物の名前を口にした。ということはだ、あれは夢ではなく、この現実世界と、オカ研世界があって、それぞれの世界の俺が入れ替わっていたんじゃないのか?
……いやいや、なにマジになって考えてんだ。頭おかしいんじゃないかな俺。SFにしたって、もうすこしマシな設定があるだろ普通。
まて、落ち着け磯野。とりあえず、いままで起こったことを整理するんだ。そうだよ、いま俺が直面している問題についてきちんと把握しておかなければ、ただでさえ混乱している頭がどうにかなっちまいそうだ。
よし。
まずは二つの世界の霧島千葉という名前の一致。
オカ研世界にしかいないはずの霧島榛名の名前を「もう一人の俺」が口にしたこと。
そこから推理するに、夢だと思われたオカ研世界はおそらく存在するだろうということ。
昨日一日、俺とオカ研世界の俺が入れ替わっていたらしいということ。
霧島榛名はこっちの世界には存在しないということ。
この不思議な現象の数々は、一昨日の八月七日にちばちゃんの大学ノートを見て起こった眩暈と、そのあと見た色の薄い世界の夢が関係している疑いがあること。
そして、俺の頭のなかには、現実世界とオカ研世界の両方の人生の記憶がいまだにあるということ。
ひととおり羅列をしてあきらかになったのは、結局、この異常事態から抜け出せていない、という結論。
俺がいまいる現実世界と、昨日迷い込んだオカルト研究会の世界。
二重人格、もしくは記憶錯誤という線もいまだにあるにはある。
ただ仮にそうだとしても、いまの状況を整理するには二つの世界の入れ替わりがあったとするほうが、スムーズに考えやすい。にしてもだ、このオカ研の記憶は、いつか消えるんだろうか。
――違和感。
……なんだこれは。
――一瞬と次の一瞬のあいだにわずかながらも違う時間と空間があったような感覚。
この感覚、なにか身に覚えがある。デジャヴュ?
一瞬と、次の一瞬の間にある隙間のようなものの「匂い」を感じた。あのときの……色の薄い世界の空気のような、あのプラットホームにいたときのような。あの世界に匂いなど無かったはずなのだが。
スマホのホーム画面を見ると十九時二分。
そこへ通知音と画面が表示される。
そこに示された名前に俺は目を疑った。
はるーな「明日午前中からPC使ってるんでよろしく」
存在しないやつの名前がそこにはあった。
俺は通知をタップしてSNSを立ち上げる。
画面にはやはりオカ研グループと羊羹アイコンの榛名の新着コメント。そこに千代田怜が「またゲーム?」と反応し、リアルタイムにスタンプの応酬が繰り広げられていく。
なんだ、なんなんだこれは。
もしかして、俺はまた戻されたのか?
……オカルト研究会の世界に。
03.霧島千葉 END





