03-06 昨日の俺は……どんなこと言ってた?
夢のなかで見た、磯野以外誰も知らないはずのオカルト研究会の名を、現実世界の映研メンバーが口にし、磯野は言葉を失う。
「そうそう、オカルト研究会だっけ? あれ面白い話だったよね。昨日も言ったけど、シナリオのネタにちょうどいいよね」
千尋もまた昨日の話題に触れてきた。
……それって、俺の別人格はオカ研の俺ってことなのか? オカ研世界の俺がこっちの世界に「いた」ってことなのか?
「昨日の俺は……どんなこと言ってた?」
「え?」
「磯野、あんた覚えてないの?」
「おいおい……」
部室の空気が止まった。マズったか。
ここで俺が覚えていないと答えたとしたら、昨日のことはいろいろと聞けるだろう。が、オカ研のときと同じように病院に連れ込まれてしまうんじゃないのか? いや、こっちではすでに真柄先生に診察してもらったのか? そもそもこっちには真柄先生はいるのか?
まてよ、ここは現実世界なんだから、病院送りになったほうが、いままでの不可解なことについて、解明してもらえるのかもしれない。ただ、それは多重人格や記憶障害が原因だった場合についてだ。
――もしこの一連の出来事が、すべて超常現象だったとしたら……。
超常現象なんて普通に考えればあり得るはずはないのだが、霧島千葉の名前の一致が、常識的なものの見方をあっさりと覆してしまう。
……なにが起こったのであれ、オカルト研究会という言葉が出てきた以上、俺とは別人格のもう一人の俺がいることは確実だ。そいつは昨日一日この現実世界で過ごし、俺はオカルト研究会のある世界で過ごした。
だから二重人格なのか夢なのかわからないが、確実に言えることは、
――現実世界とオカ研世界のそれぞれの俺が、昨日入れ替わったであろうということ。
「ちょっと! 磯野聞いてる?」
「ああ、悪い」
まずいな。
このまま無言でいたら本気で病気を疑われる。こうなったら――
「なあ怜、昨日俺になにがあった?」
驚いた顔のまま青ざめる怜。
「え、ホントに憶えてないの?」
「よく思い出せないんだ……。昨日、俺がなにをしたのか、すまん怜」
そう言ってさりげなく、いかにも深刻そうにうつむく俺。
「柳井さん、やっぱり病院に連れて行ったほうが良かったんですよ!」
なるほど、ということはもう一人の俺は真柄先生には会ってないのか。オカルト研究会に所属しているんだ。オカルト慣れしているであろう「もう一人の俺」は、状況を把握して上手く取り繕ったのかもしれない。じゃあ、「もう一人の俺」は、どういう行動を取ったのだろうか。
まず入れ替わった時点で、もう一人の俺が共有した情報は、おそらくではあるが、そいつの頭にも蘇ったであろう、
――二つの世界の人生の記憶。
そして、俺がオカ研でしたのと同じように、動揺して口に出たであろう言葉は、部室にいないヤツの名前――
「霧島榛名」
怜は、ハッとして俺を見た。
コイツのいまの反応からして、霧島榛名の名前を、「もう一人の俺」は口にしていたようだ。だが「もう一人の俺」は、医者に連れて行かれるまでには至らなかった。
そうか!
だからちばちゃんは、「昨日のこと」つまり俺が知るはずもない姉――霧島榛名の名前を口にしたことが気になったのか。
ここまでわかれば、もうこの猿芝居を押し通す必要はないだろう。さて、どうやって切り抜けようか。
俺は千代田怜の顔をまじまじとのぞき込む。
「え、なに? なんなの?」
いきなり俺に見つめられたことで、あわあわと挙動不審に陥る千代田怜。……リアクションが面白すぎる。もうしばらく眺めていよう。
見つめられつづける怜は、困惑しながらも頬をほんのりと赤らめ、悩ましげに目をそらした。なんだよ意外とかわいいな。
「……なに…………見てるの」
いや、そろそろ笑いを堪えられなくなってきた。
「怜、おまえ適度にデレたほうが、可愛げがあっていいぞ」
吹き出しながらの俺の言葉に、涙目になってアホ面で固まる千代田怜。その顔は、次第に真っ赤に染まっていった。
「…………磯野、あれ演技だったの?」
……ダメだ。ひさびさの怜のアホ面に、ぷっ……ぷぷっ……。
腹を抱えて笑い出すと、怜の顔が次第に怒り顔へと変化していくのがわかった。
自分で言っておいてなんだが、さきほど見せた動揺気味の千代田怜を俺は半ば本気でかわいいと思ってしまった。ところがだ、そこから下へと目を向けるとやはり――
決定的に胸が無い。
残念だ。非常に残念である。顔はかわいいんだし、世の中の貧乳好きならどストライクなのだろうが、たいへん申し訳ない。その属性は持ち合わせていないのだ。あえて言うならば、俺は両手で――いや、詳しくはよそう。
柳井さんと千尋の反応を見ると、なぜか二人とも青ざめたまま首を振っていた。まあいい。とりあえず、病院送りをまぬがれつつ、うまく情報を引き出せた。「もう一人の俺」についての行動を知ることが出来たのは大きな収穫だ。
俺は、怜のほうへと顔を戻す。
直後、なにか鋭い、拳のようなものがあg――
アッパーカット!
激しい衝撃とともに俺は意識を失った。
「行きましょう! 撮影旅行!」
うっすらと意識が覚醒していく中で、千代田怜とは違ったはしゃぎ気味の声が耳に届いた。
声の主へと顔を向けると、目を輝かせながら浮かれる青葉綾乃と、やや引き気味の苦笑いを浮かべる柳井さんがいた。
さきほどと同じくパソコン席を占領している竹内千尋は、青葉綾乃のはしゃぎっぷりに合わせて、ニコニコとあどけない笑顔を振りまいている。
……つーか顎痛え。頭がクラクラする。……気を失ったのか俺は。
って! これって、脳震盪じゃねえか!
うわあ……あぶねえなあこいつは!
「あ、バカが起きた」
「いきなり殴るなよ! 舌噛んだらどうすんだよ! いや、脳震盪とか下手したら後遺症になるぞこのやろう」
「わたしだって右手痛いんだからお互いさまでしょ」
「そりゃ自業自得だろうが」
「うっさいバカ」





