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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
03.霧島千葉
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03-03 いや、良いだろうこのシチュエーションは!

 不可解な状況に関係するであろう霧島千葉との接触のタイムリミットを知った磯野は、情報を訊き出そうとするが――


「やっぱ高校は、夏休み終わるの早いね。ちばちゃんたちは、夏休み終わってもうちのサークル来れそうなの?」


 あんじょう、ちばちゃんは困り顔。やはり味わいのある表情だな。なんだろう、困った子猫がしょんぼりしている顔に近い。かわいい。


 いや、なにのんきに眺めて感想述べてるんだよ俺は。ロスタイムの可能性すら判別はんべつできないのはちょっともどかしいにもほどがあるぞ。……うーん。ちばちゃんにとって、なにかしら判断のともなう質問は答えづらいということなのだろうか。


「そういえば宿題は順調じゅんちょう?」

「……なんとか」

「夏休み中にどこか旅行とか行った?」

「家族と……海へ」


 答えやすい質問にはサクサク……とまではいかないがちゃんと答えてくれるんだな。そういえば、今年の夏は映研も、オカ研のあの夢の記憶でもサークル旅行には行ってないな。そろそろお盆だし、すでに海水浴かいすいよくのチャンスはいっしてしまったのが少々心残(こころのこ)りだ。


「へーいいなあ。結構けっこう泳げた?」

「……はい」

「じゃあ、今年用の水着とか買ってもらったの?」


 沈黙。


 やっちまった。

 本題ほんだいからズレたとはいえ意外とスルスルと進む会話に、調子に乗ってなにを訊いてるんだ俺は。次の質問は「どんな水着?」だからな。会話だけ見れば完全に援交のおっさんである。いやおっさんじゃねーよ、おにいさんだよ。……そんなのどうでもいい!


 いや、まてよ。ここらへんの会話ってオカ研でこのまえしてたじゃん! むこうのちばちゃんは、笑いながら「セクハラですよ磯野さーん」とか言ってたじゃん!


 ……けど、こっちじゃほぼ初対面しょたいめんだし。オカ研での一年の付き合いとはやっぱり事情がちがうよな。ていうかさ、このもう一つの記憶があるのがいちいち判断を狂わせるんだよ。


 言い訳はいい。まずはこの沈黙をどうにかしなければ。どうする磯野。ここからどうやって会話を仕切り直せばいい?


 じゃあ……これはどうだ。よく見ればそれなりに胸もあるし、かわいいちばちゃんの水着姿とかやっぱ気になるよね! って仕切り直せてないじゃーん! しかも胸もあるしって、さりげなくもなにもただのセクハラ発言じゃん!


 ダメだ、冗談でも挟まないとなにも思いつかねえ。いや、冗談なのか? ただ欲望が口から出かかっただけではないのか? そもそも水着の話題からはなれろ。俺の無意識が見たいのはわかるがとにかく離れろ。ああ沈黙がつらい。


 俺がひとり自爆じばくして、性癖せいへきという名のナイフでえぐられた胸の痛みにひたすら苦しんでいるあいだ、困っているであろうはずのちばちゃんは、なぜか窓の外へと目をそらしながらうずうずしていた。


 え、なにそれ、じらい? なやましな恥じらい? それともトイレ我慢がまんしてるの?


 俺も窓の外へ向けると、なんてことはないスズメが二羽、路地ろじの木の枝にとまってチュンチュンついばんでいた。


 もう一度ちばちゃんに目を戻すと、俺を見ていたのか、目が合いそうになると慌てて目線めせんを落とし、そっと窓のスズメに目をやった。


 どうしたんだ、この子?


 ふと彼女の隣の席に置かれた鞄とスケッチブックが目に入る。そういえば――


「スズメ、描きたいの?」


 ちばちゃんは顔を赤くしてうつむいた。

 だが、否定はしない。つまり図星ずぼしだったようだ。そろそろ慣れてきたぞ、わかってきたぞ、このやり取り。


 なにを探るにしても、まずはちばちゃんのはじらう姿からスタートして、どんな意図があるのかを判断する段取だんどりりか。面倒くさい! とても面倒くさい! なんだよこのSNSを確認するのに、いちいちスマホを再起動さいきどうしないといけないみたいな流れは。


 いやまて。慣れれば可愛かわいらしい女の子の恥じらう姿を毎度まいどながめられるんじゃないか? ……これはむしろご褒美ほうびなのでは? などとアホなことを思いつつも、


 俺は、彼女から顔をそらしてから言った。


「大丈夫。俺、見ないから」


 たぶん、ちばちゃんは俺の顔を見て目を丸くしているに違いない。俺は見ないからという意思表示を強調きょうちょうするために、身体と椅子を横に向けて座りなおした。


 なんだろう、このわれながらむずがゆくなるような初初ういういしさと甘酸あまずっぱさがただようイケメン対応。スタジオなんとかに出てきそうな青春時代のやり取りみたいじゃないか。これは、好感度アップじゃないか。アップじゃないかな、どうだろう。


 彼女は理解したのであろう、鞄のゴソゴソいう音やスケッチブックのページをめくる音が聞こえたあと、鉛筆を走らせるサッサッという音が響きはじめた。


 盗み見をするつもりはなかったが、左手で頬杖ほおづえしようとした拍子に、スケッチブックを胸に抱え込みながら、スズメを描いているちばちゃんの姿がちらりと見えた。


 俺の判断は正しかった。


 とはいえ、俺は朝っぱらからなにをやっているんだろう。コミュニケーションになんがある美少女女子高生との朝食のひととき。……あれ? 言葉にしてみると悪くないな。うん、良いんじゃないかな、いや、良いだろうこのシチュエーションは! なに余裕ぶっこいて贅沢ぜいたく言ってるんだ俺は。


 ……現実世界に戻れたことだし、こうして夏休みの朝の時間をのんびり過ごすのも案外あんがい悪くないのかもしれない。


 俺は、ちばちゃんのスケッチが終わるまで、のんびりと窓から景色を眺めて過ごした。




 ……おっと。あまりの心地よさに、いつの間にか居眠りをしていたらしい。そういえば今朝けさ早かったもんな。


 目をこすりながらちばちゃんのほうを見ると、俺を待っていたんだろうか、すでにスケッチブックをしまって俺の顔をじっと見つめていた。かわいい。 ……まあ、目があった瞬間、いつもどおり目をそらされてしまったんだが。


「ごめんこめん。いい絵描けた?」


 ちばちゃんは目をそらしたままうなずいた。


「えーと……ちばちゃんもなにか聞きたいこととかあったら気軽きがるに話していいからね。なんでも答えるから」


 半分寝ぼけながら適当てきとうなことを口走くちばしる俺。とはいえ、これでなにか聞き出せるとは思えないのだが。……という予想とは裏腹うらはらに、ちばちゃんは口をひらいた。


「あの……」

「ん?」

「昨日の……」

「昨日?」

「……あの」


 そのままちばちゃんは口をつぐんでしまった。


 昨日?


「ちばちゃんたちがうちの部室に訪ねてきたときのこと?」


 ちばちゃんは無言で首を振った。


「あれ? けど昨日はじめて映研に来たよね?」

「いえ……」


 なにが言いたいんだこの子は。


 だが、ちばちゃんが勇気を出して口にした次のひと言に、俺は自分の耳を疑った。


「それは……一昨日おととい


 ……ちょっとまて。一昨日って、それは無いだろう!

 だって、それなら、


 ――俺は、あのオカルト研究会の夢を丸一日見ていたことになるんだぞ?

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