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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
02.オカルト研究会
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02-08 戻ってこれたんだ……こんなに嬉しいことはない……

 夢の世界からどう脱出するか手詰まりになった磯野は、その世界の夜を迎え、眠気に襲われて――

 ジョンの散歩は、その後なにごともなく無事終わった。


 いまだにこの夢の世界から目覚めることなく、午後一〇時半を回ってしまった。


 今日一日いろいろあったからだろうか、夢のなかとはいえ、いつにも増して眠気ねむけがある。


 夢のなかでさらに夢を見るとどうなるかわからない。

 この得体のしれない状況で眠りにつくのは、ふだんたまに見るような夢のなかの夢とは根本的にちがう気がする。が、そもそもこの夢から覚める方法がわからないのだ。


 それなら、もういっそのこと寝てしまってもいいのかもしれない。夢の世界から抜け出せるかもしれないし、試してないことはとことん試したほうがいいだろう。もうこれ以上突き詰めて考えてしまうと、夢のゲシュタルト崩壊を味わってしまいそうな気分だし。


 ……ああ、眠い。眠気に耐えられなくなってきた。


 と、そのまえに。俺はスマートフォンを手にとってSNSを立ち上げた。


 なんでSNSなのかというと、明日目が覚めたときにこの夢から抜け出せているかどうかを確認できるようにするためだ。いまいる磯野家はかわりばえしないためどっちの世界にいるのかわからない。だが、明日の朝目覚めたときにSNSに誰がいるか確認できれば、どちらの世界にいるのかすぐに確かめられるのだ。……なかなかかしこい。えらいぞ俺。


 つながってるやつは微妙びみょうに違っているはずだが、基本的には榛名とちばちゃんがいるかどうかを確かめられればいいよな。……えっと、ちばちゃんのアイコンは飼ってるゼニガメの写真で、榛名のはたしか……羊羹ようかん


 腹を冷やさないようタオルケットだけかけて横になる。


 思えば、この世界はこれはこれで居心地は悪くなかった。サークルの面子は現実の世界と同じだし、それにあの姉妹が加わっていることで、映研とは違ったにぎやかさがオカ研にはあった。


 もし現実の世界に戻れたとしたら、内気うちきなほうのちばちゃんと会う機会もあるだろうし、姉がいるか訊いてみるのもいいかもしれないな。




 スズメの鳴き声が聞こえる。カーテンの隙間すきまから夏の日差ひざしが顔面に直撃ちょくげきしていた。って――


 熱い! 非常にまぶしい! 死んでしまう!


 ああ……もう朝か。六時五四分? まだ早い。日差しを回避して二度寝だ二度寝。あと数時間は……。


「うおおおお!!」


 俺がね起きたことで、いま時刻を確認していたはずのスマホが蹴とばしたタオルケットのなかに飛び込んでいった。


「この大バカやろう!」


 俺はタオルケットを必死ひっしにまさぐった。

 目覚めてそうそうなにやってるんだよ俺は。


 いつのまにか、ベッドの下に落ち込んでいたスマホをサルベージし、ホームボタンからすみやかにSNSのアイコンをタップする。


「ない!」


 思わず俺はさけんだ。

 SNSに榛名とちばちゃんがいない!

 あわてるな。ほかに夢の世界の住人は残っていないか? 


 二度確認したが夢の中だけでつながっていたはずの面子は誰も見当たらなかった。そして、決定的なのは我が映画研究会グループの存在!


「戻ってこれたんだ……こんなに嬉しいことはない……」


 長かった。

 戻ってこれてよかった。

 本当によかった。


 しばらく感慨かんがいひたったあと、現実とはまた違った心地よさのあったオカ研に、スズメのなみだ程度の心残こころのこりを感じて傷心しょうしんしていると、ふと頭によぎった。


 念のために部室に行って確認してみるか?


 そこまでしなくても……いやいや、一度映研メンバーに会って確実に安心したい。そうだよ。映画研究会という現実を俺の頭に叩きつけて、二度とあんな夢を見ないようにトドメを刺したほうがいい。そして現実世界の夏休みを、思う存分ぞんぶん謳歌おうかするのだ。




 一時間のあと八時過ぎには文化棟へとたどり着き、管理人のおじさんから部室のかぎを受け取って三階まで一気に駆けあがった。俺は部室の表札を見る。


 ――映画研究会


 ……帰ってきたんだ。

 安心してしまったのか、気が抜けて三階廊下(ろうか)中央にあるソファに沈み込んでしまった。


「は……はは……」


 思わず声が出ちまう。

 戻ってこれた。やっと戻ってこれたんだ。


 ひと心地ついてG-SHOCKを見ると、時間はまだ午前八時を数分過ぎたあたり。このもてあました時間をどうしようか。こんな朝早くから部室に来たってやることはなにもない。


 かといって図書館で自習するにも、教科書も課題も持って来ちゃいない。けど帰るにしたって、また暑いなか自転車で四〇分も走るのもアホらしい。


「…………」


 それなら、ほかの面子が来るまでのあいだ、部室のソファですずみながら横になればいいじゃない。


 的確な答えを見つけ出した俺は、部室の鍵をジーンズのポケットから出し、ドアの鍵穴へと差し込む。と、あることに気づきこおりついた。


 夢の中の――オカ研世界の記憶が、いまだに頭の中に残っている。


 あの夢の記憶だけでなくオカ研世界におけるいままでの人生の記憶が、現実の記憶と並行してしっかりと頭にこびりついていやがる。


 ――この記憶は消えないのか?


 勘弁かんべんしてくれよ。これからの人生、この二つの記憶の混線にいちいちさいなまれながら生きていくのかよ。


 ふと階段の方から足音がひびいてきた。

 俺以外にも朝早くから部室にくるサークルがあるのか。こんな朝っぱらから部室に通ってくるのは演研あたりだろうか。


 足音は三階まで上がるとそのまま足を止めた。そして――


「あっ」


 ささやくような声が三階フロアに響いた。


 この声は。


 俺は聞いたことのある声のほうへゆっくりと顔を向けた。階段を上がったところで、セーラー服姿の少女が固まっていた。少女は、昨日、そして夢の中で見たのと同じように、夏服のセーラーに鞄、そして今日はスケッチブックを胸に抱えていた。彼女は、俺を見て一歩も動けないまま立ち尽くしている。そう、その少女は、


 ――霧島千葉。


 いや、その名前を確認したのは、あの色の薄い世界でのノートに記された名前と、オカルト研究会の夢だけだ。現実であるこの世界で、彼女の名前を霧島千葉と確認したわけではない。


 彼女を目の前にして、もう一つ、気になることが頭をかすめた。


 ――汚れた大学ノート。


 あれを見てから眩暈めまいおそわれ、そして色の薄い世界の夢を見た。あの色の薄いの世界ではなにもかもがリアルだったのに、なぜかあの大学ノートだけが見つからなかった。


 昨日、部室を訪れた少女と、あの大学ノート。

 この二つは、俺の身に起きた不可解な出来事のきっかけな気がしてならない。そしてオカ研の記憶――もう一つの人生の記憶がいまだに残っているってことは、まだ事態は解決していないのかもしれない。


 彼女は、なぜこんなところにいるのかと言わんばかりに、俺に怯えた目を向けていた。


 訊きたいのはこっちのほうだ。

 昨日はじめて映研を見学にきた彼女が、翌日の朝っぱらから部室に来るなんて明らかにおかしい。しかも一人で。保護者ほごしゃのポニーテールはどうして一緒じゃない?


 まさかとは思うが、


 ――彼女は、俺がこの時間に部室に来ることを知っていたのか?


 いや、考えすぎではないのか?

 だが彼女になんらかの意図いとがあって、俺を待ち伏せしようとしていたとしたら? 思ったよりも早く俺が部室に着いていたからこそ、あのように狼狽えているのだとしたら?


 不可解なことだらけだが、まずはちゃんと確認しなかればならない。


 ――彼女の名前を。


 目の前の少女の本名が霧島千葉だとすれば、薄い色の世界やオカ研世界の夢が、現実世界と確実につながっていることになる。


 俺は一歩踏み出した。

 少女は俺を見て反射的はんしゃてきに一歩あとずさる。


 逃げるのか? ダメだ。彼女が逃げる前になんとしても訊き出さなければ。


 きみの本名は霧島千葉きりしまちはなのか?

 そもそもきみはいったい何者なんだ?

 02.オカルト研究会 END

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