02-05 やわらかい……とか言ってる場合じゃない
磯野はオカルト研究会のメンバーから助言をもらうが、事態は思わぬ方向へ――
榛名のやつ何気に核心を突いてくるな。
けれど、現状はこの夢から目覚めることが第一だ。榛名の言うこのオカ研世界の記憶が消えるのは、起きたあとの話なわけで。
「そうなんだけどさ。また同じような夢を見てしまったときに、そんな現実味のある夢を夢だとわかっていながらも、目覚められないまま見せられ続けるのはツラいものだぜ」
「そうかー。たしかにそうだな」
榛名は真剣なのかわからないまま腕を組んでうなずいた。こいつはこいつなりに知恵を絞ってくれているんだろうか、よくわからない。
「そもそもそれって本当のことなの? やっぱり信じられないんだけど」
ひとり納得させたところで今度は千代田怜が疑問を投げかけてきた。
本当のことなの? と問われても納得できる答えなど思いつくはずもない。
「怜、さっきの磯野は演技じゃなかったと思うよ」
どう反論すべきか言いあぐねていたところで、竹内千尋が可愛らしい笑顔で擁護してくれた。
たしかにあのときは、二つの記憶に面食らって取り乱していたんだから嘘じゃない。とはいえ、第三者が言いそえてくれないと説得力など皆無なだけに、千尋の発言はとてもありがたかった。
そう言われればそうだ、と千代田怜もまた腑に落ちたようだ。
ここにいる面子のひととおりの疑問も収まり、安心しかけたそのとき――
柳井さんが、鶴の一声の皮をかぶった悪魔のひと言を告げた。
「今の話が本当のことだとしたら、オカルト的に盛り上がってる場合じゃないな。一度医者に相談したほうがいいだろう」
まずい。
柳井さん、たしかにオカルト話では定石の対処なんですが、この得体の知れない夢の中でさらに医者にかかるっていうのは、どう転んでもヤバさしかないんですが。
それにこのまま夢から目覚められないなかで、精神異常と診断されて監禁、なんて事態になったら、この夢から抜け出す手掛かりをみつけるどころじゃなくなってしまう。
「えっとですね……振りかえってみると、さっきのはただ寝ぼけてただけだと思うんですよ。最近疲れが溜まっていたし」
「そうはいってもあれは尋常じゃなかったぞ。念のために医者に診てもらった方がいい。俺にあてがあるから先方があいてるようならこれから連れていってやろう」と言って、柳井さんはスマートフォンを取り出した。
って、いまかよ!
この流れを……どうにかして話題を変えなければ。
「榛名お前いつもショートパンツだけどちょっとお尻みえ――」
「たしかに会長の言うとおりだ。磯野ー病院いこうぜ」
「うるせえよ」
「さっきの磯野は普通じゃなかったよ。なにもないにしても、僕も一度相談しに行った方がいいと思うなあ」
「さっきって、磯野さんなにかあったんですか?」
頭の上にはてなマークをつけながら、ちばちゃんはみんなを見た。ナイスちばちゃん!
「それがな、さっき部室に入ってきた磯野のヤツがわたしのことを――」
ちばちゃんの質問のおかげで、みんなの注意が榛名に向いた! こうなればもう逃げ出すしかない。
俺は音を立てぬようパイプ椅子からゆっくりと腰を浮かして、この場から逃げる体勢に入った。鞄なんかどうでもいい。どうせこれは夢なんだから――
「……で、誰だよとか言いだしたんだよ」
よし。あとは振り向いて、半開きのドアに進めば――
ガタン。
っ痛! ……脛が! 脛があー!
「あ」
「逃げるぞ」
「引っ捕らえろ!」
皆が大挙して俺を取り押さえにかかった。
やばい!
だが、俺の運動能力にかかればこんなも――
はなせ! やめろ!
榛名笑ってんじゃねーよ!
しかも、腕におっぱいが当たって――
やわらかい……とか言ってる場合じゃない!
……というわけで、柳井さんの車に押し込められて、半ば拉致気味に北大の大学病院へとつれていかれたのであった。柳井さんの車には、俺のほかに霧島姉妹が同乗していた。
なんでおまえらもついてくるんだよ……。
「磯野が心配だからに決まってんじゃん」
「うんうん」
後部座席にならんで座る霧島姉妹が笑顔で答えた。
大学病院の駐車場に車を置いた。そこから大学敷地内を数分歩き医学部棟前にたどり着いた。
「あれ? 病院じゃないんですか?」
「先方が今日は非番らしい」
柳井さんが電話をかけると数分後に、館内から白衣を着た三十代らしき中肉中背の男が出迎えてきた。
「真柄だ。精神医学教室というところで助教をしている。柳井君、三馬から話は聞いてはいると思うけど、医者としてあまり期待して欲しくないんだけどね」
真柄先生か。なんだか苗字に縁を感じる。いやいや油断してはいけない。
「いえいえ、お休みのところ急にすみません」
「気にしないでくれ。三馬には借りもあるしね。君が磯野君だね。こちらは……女子高生?」
真柄先生と目が合ったちばちゃんは愛想よく微笑み返した。
「霧島千葉です」
「その姉です」
「野次馬どもです」
「失礼なヤツだなー」
「そうですよー」
俺たち三人のやり取りを横目で見ながら、半ば呆れ顔の柳井さんが真柄先生に謝った。
「すみません。どうしても来たいと言い張って……」
「べつに大丈夫だよ。ただ問診中は外してもらうから暇だろうけど。あ、病院じゃないのは勘弁してくれ。非番とはいえ、こんなことしているのがバレたら私が怒られちゃうからね」
真柄先生は茶目っ気のある笑顔でそう言い訳すると、医学部館内へ歩き出した。
真柄先生はある教室のドアを開けて、
「西脇君、例の件なんだが空いている部屋に案内してくれないか?」
真柄先生の言葉に、教室内で自習していたらしい一人の学部生らしき色白の男が「わかりました」と教室から出てきた。
西脇さんが先頭に目的の教室に向かう。
真柄先生は終始笑顔を浮かべ、人の良さげな雰囲気を醸していたが、それでもどこか鋭い印象のある人物のように感じられた。
西脇さんがカードキーを通して教室のドアを開けているあいだ、真柄先生が口をひらいた。
「あらためて言うけど、助教とはいっても私は研修医に毛が生えたレベルだから期待しないでくれ。症状によっては紹介状を書くから、時間ができたらちゃんと受診することをオススメするよ」
「よろしくお願いします」
真柄先生から受け取った問診票への記入が終わると、教室で受診となった。そのあいだ柳井さんたち三人は廊下で待つことになった。
「頑張って下さいね!」
ちばちゃんが励ますように俺に手を振った。思わず手を振り返す俺。ありがとう。なにを頑張ればいいのかわからないけど頑張るよ、ちばちゃん。
そしてちばちゃんとは対照的にニヤニヤしながら手を振る姉。うん。見てると無性に腹が立ってくるな。