表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
プロローグ
1/196

00-00 八月七日一〇時二一分三七秒

 雨、雨、雨。

 悲鳴を上げる両足と、心臓の鼓動こどう


 坂道をのぼる視界が、土砂降どしゃぶりでさえぎられてしまう。

 雨なのか、汗なのか、涙なのか、もうわからない。


 俺の行く手を阻んでくる、世界。

 それでも、一秒でも速く、速く、彼女に、追いつきたかった。


 なぜ、みんな、黙っていたのか。

 俺を巻き込みたくないと、彼女が言ったのを、なぜみんなは、に受けたのか。


 走れ。

 走れ。

 もっと走ってくれ。


 一〇時二一分三七秒まで、

 たぶん、あと、残り一〇秒。


 世界が、変わってしまうまえに。

 彼女が、



 ――消えてしまうまえに。



 止まらない涙とともに、俺は、



 ――彼女の名を、叫んだ。



挿絵(By みてみん)



「なぜ泣いてるんだろう」


 その言葉が、りそそぐシャワーをかき分けて耳へと届く。直後、いつの間に吸い込んだのか、肺を満たす大量の空気に思わず咳込せきこんだ。過呼吸かこきゅうおぼれるような苦しさと、焼きつくような胸の痛み。かがみ込んだまま手をのばし、流れっぱなしの蛇口じゃぐちをひねった。


 呼吸が落ち着くにつれて、換気扇かんきせんの回転音が浮かびあがる。窓から差し込む八月の日差ひざし。白で満たされたバスルーム。


 頬をつたっていた感触かんしょくがよみがえる。


 すでに流されてしまったのか、そもそもそれが涙だったのか、いまとなってはわからない。ただ、なにか、必死だったような、ざらついた感覚かんかくだけが胸に残っている。


 ――違和感いわかん


 ほんの一瞬いっしゅん。けれど、その一瞬には到底とうてい入り切らない、感情のかたまりのようなものが、そこにあったかのような。最初の一秒と、次の一秒までのあいだに、途方とほうもない時間と、途方もない情動じょうどうが、そこにあったように思えて。


 こういうのなんて言うんだっけ? デジャヴュ? ……いや、ちがう気がする。どうにも説明のつかないこの感覚に、頭をめぐらせていることが馬鹿らしく思えてきた。すこし疲れているのかもしれない。


 俺はバスタオルを肩にかけたなに置いていた、その丈夫さゆえに世界中から愛されている、去年五千円で買った(ジー)SHOCK(ショック)を手にとった。



 八月七日 午前一〇時二二分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ